黒森峰女学園、戦車道の訓練の為に割り当てられた区画。
同学年同士による5対5の模擬戦を行われている。人工的に生み出された大自然の悪路をⅡ号戦車が爽快に駆け抜ける中、我らが戦車長の楼レイラはキャンキャンと悲鳴を喚き散らしていた。それも仕方ない。試合開始時点では5輌で編成された部隊は今、2輌にまで数を落としている。対して我らが与えた被害は1輌だけだ。2対4と劣勢に追い込まれているのが我らの現状であった。
敵戦車の一輌から西住みほが身を乗り出している。
敵部隊の砲弾が我らが駆け抜ける周囲の地形を荒らし、時に装甲を掠めて車体を揺らした。その度に背中の車長殿と装填手が可愛い悲鳴を上げて怯えるので、それが楽しくってケラケラと肩を揺らす。
とはいえだ、逃げ回っているだけでは活路は見い出せない。
「さあて、車長殿。如何なさる?」
その私の問い掛けに「ちょ、ちょっと待って!」とレイラは頭を抱えて考え出した。
これが戦争を想定した実戦であれば、判断が遅い。と叱責することもあったかも知れない。しかし今の御時世は平和であり、戦車道はスポーツだ。少年少女の健やかな成長を願えば、矯正する真似なんて出来るはずもない。そうしなければ生きられないような世知辛い御時世ではないのだ。かといって悠長に悩んでいる状況でもないので「早くしないともう1輌もやられてしまうなあ?」と軽い調子で急かしてやれば「うー! うー!」と我らが車長殿は可愛らしく唸ってみせた。
そんな感じで我らが車長殿の反応で楽しんでいると『レイラ!』と別車輌から通信が入る。
『私が側面から奇襲を仕掛けるから、そのまま相手を引き付けて頂戴!』
通信は一方的に切られてしまった。
「先を越されてしまったな」と呟く私の背後で、瞳に生気が戻るレイラの姿があった。意気揚々と彼女が「とりあえず砲撃で反撃をすればいいよね!?」と問い掛けて来たので「良いんでないかい?」と溜息混じりに答える。自分で目標を定められず、作戦を立てることもできない。そして我らが車長殿は与えられた目的を遂行する事に満足していた。
そのことを責めるつもりはない。しかし部隊を率いる器ではないな、と苦笑する。
「もっとガツガツしても良いと思うんだがねえ」
頃合いを見計らって、戦車を停車させて姿勢を安定させる。
僅か数秒後に放たれた砲弾は敵戦車の一輌を破壊したが、返す刃の砲弾で私達も倒されてしまった。「これでお膳立ては済ませたよ」と互いに1輌撃破した状態で側面から飛び出したのは先程、私達に囮役を命じたⅡ号戦車。彼女達は1輌を撃破し、もう1輌に砲口を向ける。しかし、そんな彼女達の側面を捉えたのは、私達を撃破したみほの駆る車輌。奇襲から2輌目を撃破したのと同時に彼女達も至近距離から側面を撃ち抜かれてしまった。
結果、私達の敗北だ。2対4の劣勢から残り1輌まで肉薄したが、負けは負けだ。
キューポラから身を乗り出していたベージュ色のミドルヘアな少女が、悔しそうに拳を装甲に叩き付けるのを見た。
彼女は逸見エリカ。中等部では確か、みほの副隊長を務めた少女であったはずだ。
◆
「……仕留めさせて貰っちゃったな」
模擬戦が始まってから残り2輌に追い詰めた後、4輌で追いかけても最後まで当てる事ができなかった。
最後はエリカさんの奇襲を成功させる為にわざと隙を見せて、私に砲弾を撃たせた。そのせいで次の装填まで砲弾を撃てず、エリカさんに2輌も持っていかれてしまった。「すみません、やられてしまいました」と少しボサッとした癖のある髪をした同級生の子が告げる。名前は赤星小梅、彼女とは中等部の時から一緒のチームで頑張ってきた。
その彼女は今回の模擬戦で、レイラさんからの砲撃を受けて撃破されてしまっている。
「ん~ん、あれは相手が上手かったよ」
あの砲撃は戦車の停車位置が良かった。
実際、小梅に落ち度はない。砲撃手が砲撃のしやすい位置に、砲撃のしやすい角度と速度で突っ込んだのが良かった。勿論、それにしっかりと応えたレイラさんも良かったんだけど、それを可能としたのは操縦手の腕があってのことだ。西澤詩織、経験者にしか思えない彼女の操縦手としての腕前は私達を大きく超えている。
私は勿論、上級生の皆。お姉ちゃんにも匹敵するんじゃないかって思えるくらいだ。
「あれだけの腕前があれば、有名になってないはずがないと思うんだけどな」
どれだけ小さな大会であっても観衆の目を引くはずだ。全国大会に出られなくても、彼女と戦った誰かが彼女の話をしているはずだった。だけど、公式戦は勿論、非公式の
「何処で戦車道のことを学んだんだろう?」
戦車道が未経験って事は、欠片も信じちゃいなかった。
◆
最近、時間がある時は何時も視聴覚室に閉じこもっている。
周囲の人間には、戦術研究ということにして、ずっと過去の映像を睨み付けている。
西澤詩織、彼女が操縦する戦車の動きには既視感があった。心の奥底に根付いた懐かしい気持ち。その想いを拭い切れず、私用で視聴覚室の一角を占有し続けていた。映像は蝶野一佐の時代から遡り、今は母が全国大会に出ていた時の映像を眺めている。戦車道の映像記録は粗方、小学生の時に観てしまっている。でも高等部になった今、改めて見てみると多くの気付きがあり、ついつい最初から最後まで見続けてしまうのだ。
おかげで調査の方は遅々として進んじゃいなかった。
自分一人では手が足りない、このままでは全国大会にも支障が出る。かといって自分の抱いた懐かしさを共有できる人間が他に居る訳でもない。悩み、悩んだ末に、駄目で元々の精神でスマホに手を伸ばす。
私は、学外の知人に助けを求める事にしたのだ。
『まほ、貴女が連絡を入れるなんて珍しいわね』
「蝶野さん、お久しぶりです」
蝶野亜美、自衛隊で母から直接指導を受けた事もある人物である。
初等部の時から戦車道の全国大会に出ていた縁から私も彼女との繋がりがあり、西住流の誼で連絡先も交換してあった。彼女に助けを求めたのは、みほが西澤に対して私と同じ懐かしさを感じていた為だ。それなら西住流に関わる事かも知れない。と、そんな想いから蝶野さんに声を掛けてみた。「気になる子が居ます」と今日、行った模擬戦の映像を彼女に送信する。母に頼らなかったのは、なんとなく気恥ずかしかったのと気後れしてしまったからだ。
暫くして、蝶野さんから折り返しの連絡が入る。
『なんか喉まで出かかっているんだけど、分からなくて……とってもモヤモヤするわ!』
これで少なくとも蝶野さんも知っていることが分かった。
ありがとうございます。と通話を切り、観る映像を蝶野さんの時代よりも前に照準を絞る。
翌日、SNSに蝶野さんからの通知があった。
確認すると、昨日の映像のせいで寝坊しかけた。という愚痴だった。
既読スルーした。
◆
夕餉の時間、食堂にて。
詩織は、今日も今日とてトレーいっぱいに食事を載せて満面の笑顔を浮かべていた。黒森峰女学園で誰よりも小さな彼女は、誰よりもよく食べる。白御飯の代わりに丼を頼んで、汁物に鍋物を合わせる。そこに主食として肉類が加えてくるので下手な運動部よりもよく食べている。朝に昼に晩と一般生徒の三倍以上の量を食べる合間に菓子類を頬張ったり、デザートを楽しんだりしているので時折、彼女の胃袋はブラックホールか何かかと思ってしまう事があった。
そんな彼女の前で何時も苦笑いを浮かべているのが私、楼レイラである。
「……ほんっとよく食べるわね」
そして私の隣では、呆れた顔で詩織を眺めるエリカの姿があった。
彼女とは中等部からの付き合いで、中等部では黒森峰の副隊長を務めていた自慢の友達だ。
そんな彼女の前にはハンバーグ定食が置いてあり、今日はおろし大根が乗っかっている。
「そんなに食べてばかりで食べることに飽きないのかしら?」
「飽きんな、ここの料理は美味いもんばかりだ。エリカこそ同じものばかりで飽きんのか?」
「昨日はチーズ乗せだったわよ」
「もっと色んなものを食べないと栄養が偏って成長が止まるぞ」
黒森峰女学園で記録的に背の小さな彼女が伝える言葉に説得力は皆無だった。
「ねえ、一緒しても良いかな?」
そう声を掛けたのは、惚けた顔の西住みほだった。
焼いた極太のソーセージを中心にした定食を手に持っている。反射的にエリカが口を開こうとしたが「構わないよ」と詩織が先に椅子を引いてしまった。機を逃したエリカは、まだ何かを言いたそうにみほを睨み付ける。椅子に腰を下ろしたみほもまた居心地が悪そうに顔を逸らす。そんな二人を見た詩織は、溜息をひとつ零し、定食に付いていた小さなプリンをエリカのトレーに置いた。
この対応にエリカは「こんなもので篭絡されるか!」と怒声を張り上げた。
「……エリカ、此処は度量の見せどころだ」
「これの何処に度量が関係あるのよ!」
「こんなもの……確かに今の御時世、こんなものかも知れんがね」
詩織は、柔和な笑みを浮かべてみせた。
「時に相手の顔を立て、こういった子供騙しに騙されるのも強者の余裕というものなんだよ」
どうか、と彼女は優しく続ける。
「ここは私に騙されてやってくれないかい?」
その言葉にエリカは押し黙り、言葉を切らした時点で彼女の勝利はなくなった。
詩織は、自分の隣に座るみほのトレーからソーセージの一本を箸で摘み取り、そのまま一口で頬張ってみせた。
しっかりと味わった後で底なしの胃袋に収められる。
「それで、私に何の用事だい?」
問うた後、まだ彼女は目の前の食事を頬張り始める。
食べ続けておかないと死んでしまうんじゃないかってくらい本当によく食べる。彼女の食べっぷりは食堂のおばちゃん達にも好評であり、今では頼まずとも大盛にしてくれる程だった。大食いの割には、行儀よく綺麗に平らげるので見ていて不快感もない。
次から次に食べ続ける彼女に、みほが意を決して口を開いた。
「西澤さんは、何処で戦車道を習いましたか?」
「なんだ、そんなことを聞きに来たのかい?」
詩織は、マッチで鍋の卓上コンロに火を灯した。
白御飯に梳いた卵を入れて、軽く混ぜながら答える。
……丼を食べてたのに、まだ食べるんだ。
「独学だよ」
その答えに、みほは納得のいかない様子だった。