戦車倉庫前に機甲科の全生徒が集められている。
そのみんなの前に立つのは、プリント用紙を片手に持った我らが隊長殿である西住まほだ。今日は全国大会に向けた本格的な練習を始める為、暫定的なレギュラーの発表となっていた。とはいえだ、戦車道の全国大会は春から夏と他の競技と比べて早い時期に開催される。黒森峰女学園ほどの名門校ともなれば、一年生でレギュラーを取ることは難しい。ましてや戦車道の未経験者では、可能性は限りなく零に近かった。
まあ私の人生は二度目、無作為に若人達の青春を奪いたい訳でもない。
学生生活を満喫する事に一年間。二年目の全国大会までは、じっくりと今の戦車道を学べば良いと考えていた。だからレギュラーの選出に興味はなくて、どうせ自分は呼ばれないだろうと高を括って欠伸を零す。還暦を過ぎても身内の試合と海外のプロの試合は見ていたのだけど、現場を退けば、やっぱり技術などに対する貪欲さが違ってくる。
精神は成熟しても、何時までも心に若さは抱えていたいもんだ。
「……そして、西澤詩織。以上だ」
急に呼ばれた名前にコテンと首を傾げた。
周りに立ち並ぶ生徒達を見て、状況を察し、あー、と気の抜けた声を零す。
姿勢を正す、踵を揃えて頭を切り替えた。
そして魂に刻み込んだ正確無比の敬礼を取って腹の底から声を発する。
「はいッ!!」
戦車道の未経験者をレギュラーに引っ張り出すとは、我が一族ながら型破りなことをしてくれる。
まあ尤も、後で聞いた話によると補欠組だったようなのだけど。決勝戦まで出た時に20番目のチームとしての出場が内定されており、優勝常連校の黒森峰なら出番がない可能性の方が低い。レギュラーに選ばれた事で戦車もⅡ号戦車からⅢ号戦車に乗り替わりとなり、チームも一新される事になる。
新しい相棒に会いに行く為に戦車倉庫の中を歩けば、私よりも先に戦車の前に来ている少女が居た。
「西澤さん」
私の名を呼んだ彼女は癖のある髪を揺らしながら歩み寄る。
「僭越ながら車長を務めさせてもらう事になった赤星小梅です。よろしくお願いします」
そう言って物腰柔らかに差し出された手を、私は受け取った。
「こちらこそよろしくお願いするよ」と力強く握手を返し、新しく与えられた戦車を眺める。昨日までは他の誰かが使っていた戦車。中を覗くと、まだ他のチームが使っていた痕跡を感じられる。レギュラーの枠は勿論、戦車の数には限りがある。私達がレギュラーになった事で追われた生徒がいるのかも知れない、と思えば少し心苦しくも思えた。
特に現役半世紀以上の私が今更、学生の枠を奪っても良いのかという後ろめたさもある。
「次は貴女達が、私達の戦車を扱ってくれるのね」
横を振り向けば、長身の少女が私達に並んで立っていた。
ひとつ上の先輩だ。話を聞けば、彼女は今年の全国大会で初戦からのレギュラーに入り、
そうして残された私達は先輩の背中を見つめる。
「良い人でしたね」
「ああ、そうだね」
「託されました。恥ずかしい戦いは見せられません」
呟く小梅の瞳には、強い意志が込められていた。
ちなみに我らが元車長の楼レイラは、砲撃手の腕が買われたのか逸見エリカのチームに編入されている。
少し離れた場所で、エリカの後を追いかけるレイラの姿があった。
まるで子犬が尻尾を振る友人の姿を、エリカは少し困った感じで眺めている。
◆
大量の映像資料が積み重ねられた隊長室。
私が部屋に入った時、姉は再生機器を取り付けた薄型モニターの映像を眺めていた。私の姿を確認した姉は「早速だが」と映像を一時停止しながら私に向き直る。映像は、どうやら戦車道の試合のようだ。解像度が低いことから察するに古い試合のようだった。
そんな私の視線に気付いた姉は「ああ、これか?」と映像を見やった。
「蝶野さんが高校時代の時の試合だ」
「蝶野さんの?」
「詩織の既視感を確かめる為だ」
隊長室に積み上げられた映像資料の数々は、どれも数十年以上も古いものばかりだった。
中にはVHSまである。祖母や曾祖母の試合まで、歴代西住流家元が戦ってきた歴史の資料が今、この隊長室に集められていた。「気になるなら持って行っても良い」と姉が言ってくれたのでVHSの中でも興味の惹かれた西住流開祖の試合を手に取る。あまり露出が好きな人ではなかったのか、開祖の試合の記録はほとんど残されていなかった。
「それは待って欲しい」と姉が手で静止する。
「今、見直すついでに古い映像をブルーレイディスクに焼き直している」
姉は机の上に置かれたBDの山を視線で示す。
そのてっぺんには、マジックで日付と共に「蝶野亜美、十五輌抜き」と書かれてあった。
「みほ」と姉が私の名を呼んだ。
「副隊長に任命したが、引き続き雑務は磨或先輩がやってくれる」
姉の隣で書類整理をしていた磨或先輩が手をひらひらと振ってみせる。
彼女は去年、一昨年と副隊長を続けてきた今年で三年の先輩であり、私が黒森峰女学園の中等部に入学した時にも姉の副隊長を務めていた。……中等部の時は私が副隊長になったことで彼女は副隊長を落とされた。そして高等部でも私のせいで彼女は副隊長を落とされることになる。少し、申し訳ない。そんな私の心情を察したのか「前にも言ったけど、私って誰かの上に立つのって苦手だから」と彼女は軽い調子で笑ってみせた。
実際、中等部の時の彼女は他人に気を遣うのは好きではなかった。
できないことはないのだけど、必要に迫られなければやりたくないといった感じで気心の知れた相手と一緒に居る事が多い。言葉数の少ない姉と上手くやっていけるのも、沈黙が苦痛にならないからっていうのが一番の理由のようだ。
私には、その感覚が分かるようで、いまいち分からなかった。
「来年はみほに任せるつもりだから仕事は学んでおけ」
相変わらず、言葉が足りないなあと思いながらも承諾する。
とはいえ先ずは全国大会に集中しないといけない。今年は十連覇の掛かった大事な大会、万が一にも負ける訳にはいかないことなんて私にも分かっていた。隊長を務めるお姉ちゃんの責任は重い。黒森峰女学園の十連覇を逃した人物として、名を残させる訳にはいかない。私はお姉ちゃんが好きだ。言葉足らずなようで優しくて何時も周りを気遣ってくれている。ずっと一緒に居てくれた、私の事を見ていてくれた。守ってくれていた。今だって守ってくれている。姉が西住流を引き継ぐのも、私の為ってのも入っている事はちゃんと分かっている。私のお姉ちゃんは皆が思う十倍以上も優しいのだ。
そんなお姉ちゃんを悪者になんて、絶対に許されない。
「私、頑張るよ。お姉ちゃん」
「……そうか。あまり気を張り詰めるな」
「うん、わかってる」
私が、お姉ちゃんの力になって黒森峰を優勝させるのだ。
◆
黒森峰女学園の学寮は二人一部屋となっている。
ならば当然、私にも同居人が存在している。今、学習机に噛り付いて戦車道の座学に励んでいる少女、彼女は今年のレギュラーから外れてしまった同学年の女の子で名前は小島エミと云った。それで経歴上、戦車道未経験者の私がレギュラーに選ばれたものだから今、対抗心と焦燥感から座学に励んでいるとのことだ。若干、拗ねているところもあるので面倒臭かったりもする。
かといって、これだけ懸命に戦車を学ぶ者を放っておくのも人生の先達としては失格だ。
バリボリと煎餅を齧った後、ポンと腹を叩いた。そして床に黒森峰女学園にある演習場の詳細な地図を広げる。ミニチュア戦車を幾つも取り出して、地図上に展開する。
そして準備を整えた後で「のう、エミよ」と声を掛けた。
「なによ?」
不機嫌な声色で振り返る彼女の目に入ったのは、ひとつの局面であった。
「これって、なに?」
「先週に行われた紅白戦だよ。おそらくは今回のレギュラー選抜の決め手となった模擬戦だね」
「……えっ? あれって映像記録とか残ってたっけ?」
「そんなもんは通信を聞いておれば、ある程度は掴めるだろう」
「分からないって」
「なら分かるようにならないといけないねえ」
言いながら幾つかのミニチュア戦車を取り除いた。
先ずは自分の置かれた状況を判断できるようになるところからだ。
「自分の状況を把握することはしておかないとね。作戦の意図を読み取れば、おのずと自分がしなくてはならない事も見えてくるってもんだ」
さあ、と言葉を続ける。
「下剋上するのだろう? なら先ずは脳の回路を戦車用に作り替えないといけないねえ」
数時間後、エミは知恵熱で倒れた。
まあ最初はこんなものか、と彼女をベッドに放り込んで自分自身も就寝の準備を始める。
寝られる時に寝る。それもまた才能なのだ。
■磨或レン(現3年生)
出展はフェイズエリカ。原作、未登場。
中等部の時、みほが副隊長をやる前の副隊長。結構、さっぱりとした性格でみほに副隊長を取られた時も気にしていなかった。彼女が副隊長をやっている時点で分かることだけど、本作の黒森峰女学園にプラウダ戦記のキャラクターは登場しない。でも他校だと登場するかも知れない。大分前にプラウダ戦記を主軸に二次創作をやったので今回はフェイズエリカで良いかな、とか、そんな感じ。
磨或レンはなんでも普通に熟す子。中等部時代、砲撃手としての腕前は黒森峰でもトップクラスだった模様。