とある魔術の天の住人   作:翔泳

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第一〇話 「透明の粒」

 7

 

 肩まである茶色い髪に常盤台中学の制服。

 ドッペルゲンガーの如く、二人は瓜二つだった。

 御坂美琴のDNAから作られた単細胞クローン、妹達(シスターズ)。改めて二人を一緒に見ると見分けがつかない。

 違うと言えばミサカは軍用ゴーグルを額に装着している。

 クッと、御坂美琴の顔が引きつる。

 自分蒔いた種によってこれから命を失う運命しかない少女が目の前にいる。ミサカを見るたびに御坂美琴の胸はチクチクと痛んだ。

 だからこそ、自分がやらなければならない。

 そう胸に刻み込んで

 バッ、と御坂美琴は飛び上がるとその体は磁石に吸い寄せられる様に建物の壁に引き寄せられる。左手と左足を壁につけて、そこに梯子でも在るかのように壁にぶら下がっている。

「おい! どこに行くつもりだ!?」

 御坂美琴は尊を見降ろしている。

 その顔はまるで何かを優しく包み込むように優しく、

「アンタはこれ以上関わらないで。これ以上来たら戻れなくなるから」

 御坂美琴は僅かに笑ってそう言った。

 尊からは御坂美琴の顔がはっきりとは見えなかったが、無理をしている事くらい分かる。

 その声は泣きそうなほど弱々しく、そしてとても辛そうだった。

「これは私にしか出来ない事、私がやらなくちゃいけない事。だからアンタは戻って、絶対に来ちゃダメ」

 御坂美琴は尊の言葉を聞く前に建物の屋上へと壁をつたって走る。

 尊には彼女追う術が無かった。

 御坂美琴は一人で実験を止める為に行ってしまった。

 尊は心の底から思う。どうして頼ってくれないのか? と。

 確かに尊と御坂美琴は二度会っただけの顔見知りだ。

 しかし、尊が考える限りではこの実験を知る人間は数少ないであろう。ネット上にすら載る事の無いモノだ、増してそれを止めようと思っている人間は一体何人いるのだろうか?

 御坂美琴が一人で戦っている以上、御坂美琴の周りでその事を知っている人物はいないであろう。

 だからこそ実験を知る数少ない人間を頼ってほしいと思った。

「何の話しをしていたんでしょうか? とミサカは質問します」

 振り返る先にはミサカがいる。

「あぁ、あんたにかなり関係のある話だ。聞かせてやりたいのは山々なんだが、その前に質問させてもらう。まず、あんたは何でこんな所にいるんだ?」

 ミサカはその質問にやはり表情を変える事無く答える。

「ミサカは研修中ですので、とミサカは答えます」

 研修。前回聞いた時には何も感じなかったが、今となってはその言葉の意味がある程度理解出来た。

 ミサカが言う研修と言うのは恐らく実験を行う為の準備の事だ。二万体もの妹達(シスターズ)。彼女達が実験に支障が出ない為に適正させる為のモノだと尊は推測した。

「あんたは、何番目になる?」

「ミサカの検体番号(シリアルナンバー)は一九〇九〇号になります、とミサカは答えます。この質問に一体どんな意味があるのでしょうか? とミサカは訊ねます。貴方は九九九九号の記憶によれば実験とは無関係のハズですが? とミサカは確認を取ります」

 妹達(シスターズ)は脳をリンクさせる事によって記憶を共有しているらしい。

 つまりはあの日のミサカに尊が何と言ったか、何をしたかと言う事は筒抜けのようだ。

「あぁ、その通りだ。だから俺にはあんた等が何で実験をしているかなんて分からない。あんたは何とも思わないのか? 自分が殺されると分かっていてそれでも何も感じないのか?」

「ミサカの脳内情報は洗脳装置(テスタメント)によって基本情報を強制入力(インストール)させているに過ぎません。よって不要な感情は持ち合わせていません、とミサカは説明します。それにミサカは実験の為に作られた実験動物です」

「本気で言ってるのか?」

「はい、ミサカはボタン一つで大量生産出来るクローンです。その単価は一八万、とミサカは説明します」

 ふざけるな、と尊は心底強く思った。

 こんな事が許されるハズは無かった。たった一人の為に二万人の人間が殺されて良い理由なんてあるはずが無い。

 ミサカは猫にチョコを上げようとしていた。

 一緒にご飯も食べた。

 そしてマタタビを握りしめ猫を探す姿、見つからなかった時表情には出さなかったが残念そうに見えた。

 それは普通の事かもしれないが、ミサカはそんな普通の事が出来る人間だ。

 実験動物なんかでは無い。

「おい、あんた。確か妹達(シスターズ)は脳がリンクされてるんだよな?」

「はい、その通りです、とミサカは答えます」

「なら、実験がどこで行われるかも分かるんだよな?」

「……念のために確認します。貴方はそれを訊いてどうするつもりでしょうか?、とミサカは問いかけます」

 そんなもん分かるんじゃないか? と守越尊は答え、そして力強く

「実験を止めに行くに決まってるだろ!」

 ミサカはこちらを見つめている。無表情、無感情なミサカは何を考えているか予想がつかない。その瞳は絶えず映る全てのモノを捉えるかの様に焦点が曖昧だ。

 そしてミサカはゆっくりと右手を腰に持っていく。

 先ほどまで気がつかなかったがミサカは腰にポーチの様なモノを付けていた。

 そしてその中から何かを取り出して、

「――上位命令文によって実験の妨害行為を行うと見られる人物の対処を致します。これ以上の行為は実験の妨害と見做しそれなりの対処を取ります、とミサカは警告致します」

 ミサカの手には小型の拳銃が握られていた。

「ミサカは研修中ですので『オモチャの兵隊(トイソルジャー)』などは持ち合わせておりませんが、これを使用すれば貴方は致命傷を負う事に変わりはありません、とミサカは再度警告致します」

(銃はさすがにマズイよな……)

 しかし下がる訳にはいかなかった。こうしている間にも二万人の人間が殺害されている。

 尊は両足を開き、重心を落として構えた。

「そうですか、残念です、とミサカは呟きます」

 最小限の炸裂音と共に一発の弾丸が銃口から発射される。

 爆竹の様は音が鳴ると同時にそれは尊の頬を掠める様に空気を切り裂いて行った。

 ジワリ、と尊の背中を冷たい何かが流れて行く。

「最後の警告です、とミサカは貴方に投げかけます」

 クッ

 と尊はミサカとの距離を詰める為に勢いよく走りだす。

 その距離およそ一〇メートル。

 直線的に走る訳にも行かない。尊は建物の壁に向かって走る。それと同時に二発の銃声と共に二つの銃弾が空を切った。

 一つは耳の数十センチの所を掠める。

 尊は壁伝いに走った。

 数発の弾丸が放たれるがそれは壁へと突き刺さる。

 尊は考えた。何故こうも弾丸が外れるのか?

 以前妹達(シスターズ)がライフルを使用していた際には、その弾丸は確実に相手を捉えていた。

 その全ては尽く弾かれていたが、こんな素人の自分に一発も当たらない訳が無い。闇雲に走っているだけなのだから。

 だからこそ、尊は一つの答えを考える。

 同時に、残り二メートルも無い距離を足に力を入れてミサカの懐へを飛び込む。

 攻撃なんて出来ない。尊にはただ彼女の動きを止めて実験場所を聞き出す事くらいしか選択肢が無い。

 それでもラグビーのタックルの様に姿勢を低くしミサカとの距離が一メートルを切る所で

「お忘れですか? ミサカは発電能力者(エレクトロマスター)ですよ? とミサカは促します」

 手に溜められ放たれる電気は形を成す前に尊に直撃した。

「が……ッ!」

 全身を針が突き刺すような痛みが走る。

 同時にミサカは、そう、まるで自動販売機を蹴り飛ばす御坂美琴の様な上段蹴りを放つ。

 痺れる体に防げと信号が送られるが腕は反応しない。丁度肩の下に叩きこまれた蹴りの反動で尊は横へと大きく飛ばされる。

 二回三回と体は地面を転がり、仰向けの状態で止まった。

「く……そ……ッ!」

 腕に力を入れて上半身を起こそうと数センチ上げた所で、

 カチ、と言う金属音が聞こえる。

「終わりですね、とミサカは貴方にチェックメイトを宣告します」

 尊の腹部を跨ぐ様にして膝をつきミサカは銃口を突きつける。

 その表情に変化は無い。焦点の曖昧な瞳と銃を尊に向ける。

「貴方はたったこれだけの力で実験を止めようとしていたのですか? とミサカは訊ねます。ミサカは既に一方通行(アクセラレータ)によって一〇〇三一回殺害されています。そのミサカに手も足も出ない様では話にならないのでは? とミサカは貴方に疑問を投げかけます」

 確かに尊は弱かった。運動神経には自信があるが喧嘩もろくにした事が無い。能力開発も受けておらず魔術も使える訳ではない。

 それでも尊は思う。

「確かに俺には何の力も無いかもしれないけど……それで人か死ぬって分かっている事を見逃していいって事はねぇ」

「先ほどミサカが申した様にミサカは実験動物です。実験の為に作られたクローンです。ですからミサカは――」

「うるせぇよ」

 尊は吐き捨てる。

「あんたは実験動物なんかじゃねぇって言ってるだろ! なんで分からねぇんだ? なんでおかしいって感じねぇんだ?」

「ですから先ほど申した様にミサカの情報は洗脳装置(テスタメント)強制入力(インストール)なれているに過ぎません、とミサカは再度説明します。ですからミサカにはそう言った余分な感情は持ち合わせていません、とミサカは補足説明します」

「なら訊いてやる」

 尊はまるで小学生に質問するようにゆっくり

「――何であんたの手は震えてんだ?」

「何を言って――」

 自分の手を見てミサカの言葉が止まった。

 銃を握られている手が小刻みに震えている。

 ミサカは内心驚いていた。それは銃の重さに腕が耐えられない、と言うモノではない。重量僅か六一三グラムの拳銃などで腕が耐えられない訳が無い。

 ならこの震えは何なのか?

 モゾ、と尊の体が起き上がろうと動いた。

 ミサカは後ろへ飛び退く様に距離を取る。

「動かないで下さい、とミサカは警告します」

 ミサカは銃を構える。しかしどうした事かその腕の震えが止まらない。

 尊は起き上がるとゆっくりとした足取りでミサカへと近づいて行く。

 ミサカは自分の心理状態に疑問を抱いていた。

 彼を見ると何故か中で何かがチクチクと痛む。

 ミサカは気が付いていない。自分の声すら震えている事に。

 それでも銃を下ろす事は出来ない。頭の中の命令文がそれを邪魔する。

 尊が近づく分と同じだけミサカは後退りをする。そして、ドン、と背中に何かが当たる感触。

 建物の壁がミサカの後退をそれ以上許さなかった。

「け、警告します、それ以上近づいた場合はミサカは貴方を打つ事になります、とミサカは忠告します」

 ミサカは震える声でそう呟いた。

 しかし尊は足を止めようとはしない。ミサカの瞳を力強く見つめたまま。

 カチャ、とミサカの構える銃が動く。その僅か数センチ先に尊の左胸があった。

 ミサカは震える右手に左手を添えるがそれでも震えは止まらない。

「貴方はミサカが打たないとでも思っているのですか? とミサカは問いかけます」

 それは尊ではなく、まるで自分に言い聞かせている様に

「ミサカには逆らうことの出来ない上位命令があります。それは実験の妨害をする者の除外と言う命令文となって今も発令しています、とミサカは説明します。つまりミサカは実験の妨害をする貴方にこの銃を打つ事が可能と言う事を示しています、とミサカは貴方に忠告します」

「じゃあなんで当てなかったんだ?」

 最初の一撃を含めて明らかにミサカは尊をワザと外す様に銃弾を発射していた。

 もしも上位命令に逆らう事が出来ないのであれば、殺すまでは行かなくとも急所をハズして体に当てる事が出来たハズだ。

 しかしミサカはそれすらやらなかった。

「今ミサカが引き金を引けばこの銃弾は間違いなく貴方に当たりますよ? とミサカは問いかけます」

 ミサカは気がついていない。自分の声が震えて、手も震えている。

 だからこそ尊は言う。

「じゃあ引いてみろよ。あんたが実験動物で命令に逆らえないと言うなら打ってみろよ」

 彼の目はまっすぐだった。

『――なぁ、あんた今からどっか行かないか?』

『――探そうか?猫』

『――マタタビは食べないし』

 ミサカはその視線の曖昧な瞳を閉じて腕に力を入れて、

『――あんたは実験動物なんかじゃねぇ!』

 その銃は力なく地面へと落ちた。

「ミサカは自分の心理状態に疑問を抱きます。ミサカは実験の為に作られた単細胞クローンであり実験動物です。脳内の情報も洗脳装置(テスタメント)を用いて強制入力(インストール)されたモノで感情を持ち合わせていません、とミサカは再度説明します」

 ミサカの声は震えて

「なのに――」

 ポツリ、ポツリと地面へ透明の粒が落ちる。

「――なぜ涙が出るのでしょうか? とミサカは質問します」

 ミサカの目からは涙が零れていた。

 初めて見る涙にミサカは戸惑った様子で自分の手に落ちる涙を見つめている。

 だから尊は初めてのモノを小学生に説明する様にやさしく

「そりゃ、あんたが『人間』だからに決まってるだろ」

「ミサカが人間? 実験動物ではないんでしょうか? とミサカは確認を取ります」

「あんたは命令通りにしか動けないロボットでもないし、実験の為に作られた実験動物なんかじゃない。そんなんだったら涙なんて流さないし俺は撃たれていた。あんたは人間だよ」

 ミサカはその場に力無く崩れ落ちた。正座を崩した様な形で座り込み、その目は涙に溢れていた。

「ミサカは人間なんでしょうか?」

 あぁ、と尊は地面に右膝をついて答える。

「ミサカは実験をしなくてもよろしいのでしょうか?」

 ミサカは確認するかのように訊ねる。

「ミサカは、生きても良いんでしょうか?」

「あぁ、いいに決まってる。だから教えてくれミサカ、実験はどこで行われるんだ?」

 学園都市の西にある工業地帯。そこにある列車の操車場が第一〇〇三二回目の『実験場』だとミサカは伝えた。

「残りの妹達(シスターズ)を助けて下さい、とミサカは心からお願いします」

 ミサカの涙を拭き取った目は真っ赤だった。

 当たり前だ、と言って尊は立ち上がった。

 相手は学園都市最強と言われる一方通行(アクセラレータ)。御坂美琴が言うには有らゆる物の向き(ベクトル)を操る能力者。

 どう立ち向かえばいいかなんて分からない。

 しかし戦わなければならない理由が出来た。

 上条当麻の様に命を掛けて戦う理由が。

 不思議と恐怖は感じなかった。

 尊は拳を強く握りしめ『実験場』へ向けて走りだした。

 

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