とある魔術の天の住人   作:翔泳

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第一一話 「一方通行」 

 8

 

 尊は夜の街を走っていた。

 完全下校時刻を過ぎた今、交通機関を使う事は出来ず自分の足で工業地帯を目指すしかなかった。

 繁華街を抜け、住宅街を通り、辺りからは少しずつ人気が無くなり街の灯りが遠ざかって行く。そんな中、尊の頭の中に幾度もミサカの顔が思い出される。

 ミサカは泣いていた。

 初めて涙を流す様に、その目は赤く腫れて。

 尊は拳に力を入れる。

 何故上条当麻がインデックスに記憶喪失を隠すためにウソをついたのか、笑顔を守る為にウソをついたのか。それが今ハッキリと分かった気がしていた。

「――もうミサカを泣かせたくない」

 辿りついた工業地帯は何の物音も聞こえなかった。

 音も無く、風も無く、人気も無く、まるで人払いの刻印(ルーン)でも刻まれているのではないかと疑いたくなる様な静けさだった。

 しかし、そんな中一つの足音が尊に近づいて来て、後ろで止まった。

 尊が振り向いたその先には――

 

 9

 

 一方通行(アクセラレータ)

 学園都市最強の能力者。その能力は運動量・熱量・光・電気量と言ったあらゆる向き(ベクトル)を変換する。その能力の前では核兵器を打ち込んだとしても無傷のままでいられると言う。

 そんな相手に対して一人の少女は敵を視界に収めつつ距離を取る様に走り続けていた。

 灰色のプリーツスカートに半袖のブラウスとサマーセーター、茶色い短髪に軍用のゴーグルを装着した少女。

 妹達(シスターズ)

 検体番号一〇〇三二号と名乗るミサカは操車場のコンテナに囲まれた場所、まるで檻の様な所を走る。

 振り向く先には白い肌に白い短髪の少年、一方通行(アクセラレータ)。暗闇に光る紅い瞳は獲物を狙う肉食獣(ハンター)の如く獲物(ミサカ)を視野に入れている。

 ミサカは走る方向を横へと向ける際に左手を払い電撃を放つ。しかしそれは一方通行(アクセラレータ)に当たると同時に四方八方へと弾かれる。

「何だよ何だ何ですかァその逃げ腰は? 愉快にケツ振りやがって誘ってンのかァ!?」

 一方通行(アクセラレータ)は不気味な笑みを浮かべてミサカを追う。

 それは鬼ごっこの様なモノだ、(アクセラレータ)は如何に素早く獲物(ミサカ)を捕まえるかを考えればいい。相手が電気を放とうが銃を撃とうが気にする必要はない。全て一方通行(アクセラレータ)の能力において『反射』されてしまう。そう設定されてある。

 しかし追いかけられるミサカの立場は鬼ごっこと言う遊びのレベルでは無い。ミサカもそれを分かった上で一方通行(アクセラレータ)から距離を取りつつ攻撃に転じている。

 もし一方通行(アクセラレータ)に捕まった場合は死を意味する。捕まった瞬間、体に流れる血流の流れを逆流させられその体は肉の塊となってしまうだろう。

 ミサカは幾度も一方通行(アクセラレータ)に対して火花を散らす。反射を適応している一方通行(アクセラレータ)に電気を放とうがそれは全て退けられる。それでもミサカは攻撃を止めない。

 一方通行(アクセラレータ)だけでなく辺りの空気をも巻き込んで電撃を放つ。

「ンな事やったって無駄な事くらい分かンねェかァ? 一万回も殺されて学習能力ゼロかァ? オマエは」

 しかしミサカはその行動パターンを変えない。

 放たれる電気は一方通行(アクセラレータ)の周りで火花を散らすばかり。

 チッ、と舌を鳴らした所で息切れを起こしている自分に気がつく。

「今実験の用途は『反射』を適応出来ない戦闘における対処法、とミサカは確認を取ります」

「あァ?」

 ミサカの声は一方通行(アクセラレータ)には届かなかったが、その鼻を突く異臭に

「はァン、電気で酸素を分解してオゾンって訳か」

 ミサカは一方通行(アクセラレータ)に近づく必要はない。鬼から遠ざかる様に逃げて空気を分解して酸素を奪えば良い。

 幸い、今日は無風。風によって空気が流される事はない。留まった空気は電気によってオゾンへと変えられ、辺り一帯は無酸素状態になる。

 『反射』を適用出来ない戦闘、とは即ち人間が生きる為に必要な空気(酸素)を武器として使用する事を指している。

 一方通行(アクセラレータ)が如何に学園都市最強の能力者であったとしても酸素を肺に取りこんで生きている人間に変わりは無い。

 この実験は一方通行(アクセラレータ)絶対能力者(レベル6)にする為のモノ。その為に必要な戦闘回数は二万回。その実験全てに意味があり、それは樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)によって導き出された答えに則って行われている。

 つまりは今回の実験も、今日この時間に風が無い事も全て樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)によって導き出されたモノだ。

「一万回も殺されれば多少の知恵はつくみてェだな。けどよォ、よく考えられた作戦だが、弱点が二つあるなァ?」

 一方通行(アクセラレータ)は不気味に笑う。

 逃げるミサカの背中に悪寒が襲う。

「一つは鬼ごっこでオマエが追いつかれちまえばそこでゲームオーバー」

 一方通行(アクセラレータ)は右手を体に交差される様に左方まで持っていくと、それを何かを投げつける様に振るう。

 ミサカはその姿を振り向いて確認して、

 瞬間、後方から突風が吹き荒れる。

「が、は……ッ!」

 それと同時に背中を何かに殴られた様な衝撃によってミサカは地面へと前方に転がる様に倒れた。

 仰向けになって倒れる体を、左肘を地面へ着き体を捻ってうつ伏せの状態になる様に右手を着く。

 そして頭を起こし見上げる先には、ゆっくりとした足取りで一方通行(アクセラレータ)が近づいて来る。

「もう一つは、風で空気が流されちまえば意味ねェよなァ?」

 ミサカは全身に力を入れて、立ち上がろうと膝を着いた所で

「ご、ふっ……!」

 腹部に一方通行(アクセラレータ)を靴のつま先が突き刺さった。

 中のモノが全て出て来そうな衝撃にミサカは背を丸めて倒れる。

「なァ、自分の手を汚さずに相手を殴る方法って知ってっかァ?」

 体を丸める隙間を塗って腹部に衝撃が加わる。

「相手の体が触れた瞬間、運動量の向き(ベクトル)を相手に向けりゃいいんだよ。まァ、その分相手のダメージは倍になるけどなァ?」

 幾度となく突き刺さる衝撃に耐えきれなくなったミサカはゴロンと仰向けに転がった。

 かすむ視界では最早空に光る星どころか一方通行(アクセラレータ)の顔すらぼやけている。

 仰向けに転がるミサカに対して一方通行(アクセラレータ)は右足を軽く膝を曲げて、地面に捨てた煙草を踏みつける様に足を下ろそうとした。

 しかしその衝撃はミサカを襲う事は無かった。

「おいおい。この場合、『実験』ってなァどうなっちまうンだァ?」

 一方通行(アクセラレータ)は踏み込む足を地面に下ろすと後方へと振り返る。

 ミサカの位置からでは一方通行(アクセラレータ)が視界の邪魔になってその先にあるモノが分からない。地面を這う様に場所を移動し、その視線の先を確かめた。

 そこには、

「おいおい、一般人を二人も『実験場』に連れ込ンでンじゃねェよ」

 上条当麻と守越尊の姿があった。

 二人の服はすでに地面に転がった様に汚れて、頬を切り足を切り、ボロボロであるにも関わらず、

「おい、御坂妹から離れろ」

 その瞳の光りは失われておらず、一方通行(アクセラレータ)を睨みつけていた。

「何を……しているのですか? とミサカは問いかけます」 

 自分はこの実験の為に作られた模造品でしかない。

 ボタン一つで自動生産される実験動物。

 作りモノの体に作りモノの心。

 いくらでも替えを作る事の出来る体。

 単価にして一八万円。

 こんな自分の為に何故二人の少年はこんな所にいるのか? 何故そんな言葉を発しているのか? ミサカには理解出来なかった。

「何をしているのですか? とミサカは問いかけます。ミサカはこの実験の為に作られた実験動物です。作られた体に作られた心、単価にして一八万円。いくらでも替えの作れる模造品でしかありません。とミサカは説明します。なのに、貴方たちはどうしてここに――」

「何って決まってるだろ」

 尊は叫ぶ。

「あんたは実験動物なんかじゃねぇ!」

 上条当麻は叫ぶ。

「お前は世界にたった一人しかいねえだろが!」

 その二人の黒い瞳は力強く、

 その二人の声は力強く、

「「御坂妹(ミサカ)! 助けに来たぞ!」」

 二つの声は混ざり合う様にミサカの心に響いた。

「何だよ何だ何ですかァ? 黙って話し聞いてりゃ、お前ら何様だァ?」

 低く突き刺さる様な声に混じって辺りに殺気が放たれる。

「つまりお前らは学園都市七人の超能力者(レベル5)の頂点って呼ばれるこの俺を倒すってかァ? ハッ、笑えねェ」

 暗闇に映る真紅の瞳は殺気を放ち二人を睨みつける。

「うるせぇよ」

 上条当麻は右手に力を込める。

超能力者(レベル5)だとか最強だとかそんなのはどうでもいい。お前は妹達(シスターズ)を一万人殺し、御坂美琴を泣かせた」

 尊は歯を食いしばる。

「あんたはミサカを泣かせた」

 ――だから俺らは

「「テメェ(あんた)をぶった押す!」」

「お前ら面白れェな――」

 白い少年の瞳に真紅の狂気が灯る。

「――本当に面白れェ! 来いよォ、三下!」

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