とある魔術の天の住人 作:翔泳
4
「腕の調子はどうなんだい?」
廊下を歩きながらカエル顔の医師は訊ねて来る。
「まだ少し違和感はあるけど、動かすには問題ないと思います」
尊は病院を訪れていた。
自分自身の診察も兼ねていたが、今日はどちらかと言えば見舞いが目的であった。
昨日まで自分自身も入院していた身でありながら次の日に見舞いで病院を訪れるのも変な話しだが、先に話した様に診察も兼ねているので、そのついでと言う事にしておく。
カエル顔の医師に案内されたのは普通の病棟では無く、少し離れた部屋だった。
特に名札が有る訳でも無く、病室と言われても案内されなければこんな場所には来ないだろう。
それほど一般の病室と分けられた特別な部屋の様だ。
「今さらなんだけど、ん~君は入っても……大丈夫かな? 彼女達とも関係は深そうだし、まぁ一応気を付けた方がいいね?」
カエル顔の医師の発言を聞いて尊は頭の上に『?』を浮かべる。
「帰りは分かると思うから僕はもう行くよ」
それじゃ、と言ってカエル顔の医師は廊下を戻って行く。
未だに言っている事がよく分からなかったが、とりあえず気を取り直してドアをノックする。
返事は無かったが、失礼します、と言って部屋へと足を踏み入れた。
そこは他の病室と同じような作りの部屋だった。白い壁に白い天井、窓は開いておらずカーテンで締め切っている。
ただ他の病室と違う所と言えば、普通の病院では決して見れない様なSF的な強化ガラスのカプセルが二つ並べられる様に置いてある。
中は透明な液体に満たされ、そしてその中に、
肩まで長さの茶色い髪をフワフワと揺らし、体に白いシールの様な電極を張り付けただけの姿で浮いているミサカが二人いた。
もちろん全裸で。
「……、」
尊は一瞬時間が止まった様に固まると、すぐさま一八〇度回転した。
「ご、ごめんミサカ! べ、別に疚しい気持ちがあったとかそんなんじゃなくてただ単に見舞いに来ただけでそんな状態だなんて聞いてなくて――」
向こうからの返事は無い。もちろんカプセルの中の液体に入っている訳で、向こうが言葉を聞きとる事が出来たとしても向こうからの声は届くはずもない。それなのにそんな事にも気がつかないほど尊は動揺していた。
(あのカエル顔の医師が言ってたのはこの事か! なんでちゃんと説明してくれなかったんだ!? 関係が深いから大丈夫って、確かに関係はあるけど……ちょっと待てこの場合の関係って言うのはいけない様な事の方なのか? あのカエル顔の医師はまさかそっちに捉えていた!? いやでもそんな事一言も言ってないし、そもそもそんな関係ではないし!)
すると、
ピー、と言う機械音が部屋に響き渡る。ガコン、と何かが外れる様な音と共に、ゴボゴボと液体が流れ出る音が聞こえた。
カプセルの中から透明な液体が抜かれてガラスの部分が上に開く。
「ミサカは別に気にしていませんが、とミサカは答えます」
声がしたので改めて尊は振り向いて見るが、先に出て来たミサカはただ電極を外しただけで、むしろ隠れる部分が全く無くなっていた。
まるでお風呂上りの様に髪から滴が床にピシャリと落ちる。
「ぁああっとと、とにかく何か着てくれ!」
顔を赤らめながらまたまた一八〇度回転する守越尊。
サァァと布と肌が擦れる音、服と肌が擦れる音が尊の耳にやたらと入って来る。
あまり意識した事の無い生々しい音に思わず唾を飲み込む。
「もう大丈夫ですよ、とミサカは貴方に申し上げます」
尊はその言葉を聞いて、チラチラと確認するように振り返る。
一応、ミサカ達の大切な部分は隠れてはいたが、手術着の様な服は股下が僅かに隠れるほどしか裾が無く、自称健全な高校生としては目のやり場に困ってしまう。
そんな尊など気にする事無くミサカは平然としている。
その姿に気にしているこちらがおかしいのか? と言う変な感覚になってしまいそうだったが、ふと隣のミサカに目をやると、何やら短い裾の辺りをやたらと気にしている。
その様子を見たもう一人のミサカは
「一九〇九〇号、どうしたのですか? とミサカ一〇〇三二号は貴方の行動に疑問を抱きます」
「……この方の前でこの格好は少し恥ずかしいです、とミサカ一九〇九〇号は率直な理由を述べます」
(……良かったぁ、ミサカも恥かしいと思ってくれれて。俺が変な訳では無かったんだな、うんうん。って何か間違ってないか? この思考……)
ムム、とミサカは詰め寄る様に
「どうして同じ環境で育ったのにも関わらず一九〇九〇号はそんな事を思うのでしょうか? とミサカ一〇〇三二号は再度問いかけます」
「どうしてでしょうか? ミサカはこの方の前では何故か胸の奥が熱くなります、とミサカ一九〇九〇号は裾を気にしながら感情を露わにします」
とミサカは顔を赤らめながら尊をチラッと見る。
ドキっと守越尊は慌てて目線を逸らす。
「ミサカ一九〇九〇号、どうしてその情報をミサカネットワークで共有させないのでしょうか? とミサカ一〇〇三二号は訴えます」
「これはミサカのモノです。とミサカ一九〇九〇号はそっと胸に手を当てます」
ムっと向かい合う二人のミサカ。
何やら言い合いが悪化しそうな雰囲気だったので、尊は話題を変えようと間に割って入る。
「えぇっと、体の方はもう大丈夫なのかな?」
グイっと同時にこちらを振り向いた二人のミサカは、どうして割り込んだのですか? と言う言葉を発しそうな雰囲気で尊に視線を送る。
一歩後ろに足を出して後退りしそうになったが、何とか踏みとどまって足を元に戻す。
二人のミサカはスイッチが切り替わった様に争いを止めて、
「はい、怪我の方は順調に回復している様です、とミサカ一〇〇三二号は現状を報告します。ただミサカとミサカ一九〇九〇号は怪我が完治した上で調整に入りますのでもうしばらく時間が必要です、と説明します」
「貴方がた二人には本当に感謝しています、とミサカ一九〇九〇号は
と言いながらもミサカはやはり裾が気になる様で終始手で裾を下に引いている。
「――一九〇九〇号、どうしてそこまで気にする必要があるのでしょうか? とミサカ一〇〇三二号は改めて問いかけます」
「では逆に問いかけます。一〇〇三二号はもう一人のあの方の前で同じ姿でいられますか? とミサカ一九〇九〇号は確認します」
「それは――――もちろん問題ありません、とミサカ一〇〇三二号は自信を持って言います」
「その一瞬のタメは何だったのでしょうか? とミサカ一九〇九〇号は理由を追求します」
と永遠に繰り返される二人の質疑応答を見て尊は改めて心の中で思う。
騒ぎ過ぎるのも体に悪いと言う事でどうにかその場を落ち着かせた所で、タイミングよく看護師が入って来る。どうやらこれからまた治療が始まる様だ。
二人にお大事にと声を掛け手を上げると、一人はそのまま会釈し、もう一人は顔を赤らめながら右手を胸の辺りまで上げて軽く手を振った。
その姿を見たもう一人がまた何かを言い始めたが、聞いているとキリが無いと思い部屋を後にする。
5
(さてどうしようか……)
病院を後にしたのはいいものの、特にこれといって予定も無い。上条当麻に連絡しようも、昨日新調した携帯電話には寂しい事に誰一人として電話帳に登録されていない。
仕方が無く、尊は街中をただ行くあても無く歩く事にする。
今日はどこの学校も始業式の為に午前中で学校が終わる為か、差し掛かった駅前の大通りには多くの人が殺到していた。
色々な制服に身を包んだ学生達が同じように鞄を持っていると言う事は、皆学校の帰りにそのまま遊びに来たと言う生徒が多数であろう。
そんな周りの風景を見回していると、
ピカッと眩いばかりの閃光が上空に放たれた。
「な、何だ!?」
まだ距離はあるものの、その光が放たれた方向からはたくさんの人が避難してくる。
その人たちは建物の中へと駆けこんで行く。車やバスも止まって避難している事から、これは何らかの避難信号か何かに違いない、と尊は推測した。
辺りから人の姿が消えて、ゴーストタウンの様に静まり返った道の向こう。
距離にして百メートルほど先に二人の人影が見えた。
(――あそこか!)
尊は誰もいない道を走る。
乗り捨てられている車や自転車は時に障害物にもなったがそれらを飛ぶように避ける。
距離を詰めて行くにつれて二人の人物の姿がハッキリと見えて来た。
まず一人目は茶色い髪をツインテールにして、右腕に腕章を付けている。それは紛れもない
その少女は常盤台中学の生徒、白井黒子だ。
「白井!」
その声に白井黒子が振り向いた瞬間、
ガゴン、と彼女の足元の地面にひびが入った。
突然の事に白井黒子は態勢を崩しながらも、瞬、と次の瞬間には尊の隣に立っていた。
「手間掛けさせやがって」
声の主はもう一人の人物。服装は黒を基調としたドレスの端々に白いレースやリボンを付けた格好をしている。金髪に青い目をした姿からはゴシックロリータと呼ぶべきだろうか。
「ターゲット以外に興味は無いわ。手を出さなければ傷付けずに済むんだけど、そう言う訳にも行きそうにねぇな」
その言葉に守越尊も構えを取るが、白井黒子に止められる。
「ここから先は
「なに?」
そう反応したのは白井黒子では無く、尊でも無く、その金髪の女だった。
「おいそこのテメェ、訊きたい事がある。カミゴエって名前はジャパニーズには腐るほどあるのか?」
いきなり何を訊いて来るのかと思いきや、全く関係の無い様な事を質問されて戸惑う尊。
戸惑う尊に対して女は再度言葉を発する。
「さっさと答えなさい」
興味本位で質問している訳でもなく、その表情は険悪であった。
「守越なんて名字はそう多くは無い。俺も知っている限りでは俺の家系だけだが。それがどうしたって言うんだ?」
「ならもう一つ。カミゴエナツキと言うのはテメェの親族か何かか?」
(な!?)
尊には理解不能であった。何故そんな名前がこの女の口から出て来るのか。
尊はその名を知っている。親族なんてモノではない。その名前は――
「何故あんたが母さんの名前を知っているんだ!?」
そうか、と女は数秒の間無言になる。その間に女が何を考えていたのか、何をしようとしていたのか分からない。ただ女は無言の後、弾ける様に笑いだして、
「はっはっは、こりゃ驚いた。まさかテメェがあのカミゴエナツキのガキだったとはね」
次第にその笑みは残酷なモノに変わって行く。
「捜索中止、ターゲット補充だ!」
ス、と女は白いチョークの様なモノを取りだすとそれを殴り書く様に滑らせる。
同時に地面が割れて、そこから生える様に二メートル以上の長さの腕が飛び出す。それは女がチョークを走らせる動きに合わせて横から殴る様に二人に襲いかかった。
「危ないですの!」
白井黒子は即座に尊の手を掴むと
「ですから貴方は早くここから――」
言葉が終わるより早く二人の足元の地面は形を変える。
目の前にある同じような腕がもう一本地面から生えて来た。
白井黒子はもう一度
割れたアスファルトが白井黒子の右足を挟むように形を変えてしまっている。
「(せめて――)」
ドン、と尊は横から突き飛ばされて地面へと転がった。
新たに生えた腕に掴まれた白井黒子は身動きが取れない状態だった。二本の腕。それは別々のモノではなくまるで左右の腕の様に生えている。
尊は地面から立ち上がりその二つの腕の中心に目をやると、そこから更に地面を割る様に巨大な塊が姿を現した。
それはまるでアスファルトで人の形を成した様で、その左手に白井黒子は掴まれていた。
白井黒子は能力を封じられていた。彼女の能力、
その為、彼女は激痛や焦燥、混乱なども演算に支障をきたす事が起きると演算能力を奪われて能力を使えなくなってしまう。
今がまさにその状況だった。
そんな中でもどうにかして演算を試みる白井黒子であったが、激痛によって演算能力を奪われて能力どころでは無い。握りしめるその腕が力を入れる度に襲う激痛に白井黒子は目を閉じて、
ゴキゴキ、と地面を切り裂く様な音。
ただそれは白井黒子を襲った痛みでは無かった。
「何の騒ぎか知らないけど、私の知り合いに手ぇだしてんじゃないわよ!」
瞬間、二発目のコインが音速の三倍ものスピードで腕に突き刺さった。
その腕は轟音と共に崩れ落ちて、その腕から解放された白井黒子は落下と共に
尊の横へと着地した白井黒子はコインの発射された方を見る。
もちろん白井黒子にとって本来振りかえらずともその人物の正体を把握している。
その人物は白井黒子が知る中で最も気高く、美しく、そして白井黒子が最も信頼を寄せている人物。
御坂美琴であった。
「チ、邪魔が入ったか」
女は崩れ去ったアスファルトの塊の向こうで吐き捨てる様に呟いた。
「まぁいいわ、ターゲットはアイツでなくてもいい。他を探すとしましょう」
チン、と再びコインが宙を舞う。
それよりも先に女はチョークを走らせた。
ゴン、と腕が再生するかのように伸びて地面を叩きつける。
大きな爆発音と共に大量の砂利が巻き上げられ、視界がふさがれる。
瞬間、三発目の超電磁砲が宙を走るが砕け散った塊の向こう、風圧によって砂塵が飛ばされたそこには既に女の姿は無かった。