とある魔術の天の住人   作:翔泳

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第一六話 「悲しみの追憶」

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 シェリー=クロムウェル。イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』のメンバーにしてカバラの石像使いの魔術師だ。

 あちこちの破れたレース満点のドレスと言う異様な姿でシェリー=クロムウェルは街中を歩いている。

 彼女はこの街が嫌いだ。

「――――まずは原初に土」

 この街の水も、この街の風も、この街の土の、この街の火も、何もかもが嫌いだ。

「――――神は土より形を作り、命を吹き込み、これに人と名をつけた」

 この街の地面も、この街の建物も、

「――――その秘法はやがて、地に落つる堕天によって人へと口伝される」

 彼女にとって地図から消し、歴史から消し、人の記憶から消し、世界から消し去ってしまいたいモノである。

「――――しかしその御業は人の手に成せるものにあらず、また堕天の口で正しく説明できるものにあらず」

 これだけの力を持っている事が忌々しい。

「――――かくして人の手に生み出されし命は腐った泥の人形止まり。さて、泥臭いゴーレム=エリス。私の為に笑って使い潰されな」

 シェリー=クロムウェルは白いチョークの様なモノを進路上にある全てのモノに殴り書く様に走らせた。聖別した塩を聖油で固めて造られた魔法陣作製のためのオイルパステル。

 まるで抜刀術の様な速さで文字を殴り書き、歌い言葉が終わると同時にパン、と手を打った。

 ギョロ、と辺りを覆い尽くす程の眼球がジュースの自販機、ガードレール、街路樹、地面、オイルパステルを走らせたあらゆるモノから盛り上がる様に現れた。

 シェリー=クロムウェルは黒い紙を取り出し白いオイルパステルを走らせる。

「相変わらずこの国の名前は複雑ね」

 指で弾いた紙は回転しながらゆっくりと地面へ落ちる。

 そこには『風斬氷華』と書かれていた。

 落ちたそれに群がる様にして眼球が押し寄せる。ものの数秒と立たない内にその紙切れは跡形も無く消えてしまった。

 情報を取り込んだ無数の泥の眼球は地面に潜り、壁を走り、それぞれが四方八方へと散って行く。

「あまり待たせんなよ、エリス」

 シェリー=クロムウェルが口にする『エリス』とは魔術で生み出したゴーレムを指している。しかし元々その名はゴーレムにつけられた名前では無く。

 二〇年前に死んだ、一人の超能力者の名前だった。

 

 ~~~~

 

 イギリスのとある一つの施設で魔術と科学が互いの知識を持ち寄って、魔術と能力を組み合わせた新たな術者を生み出すための実験が行われていた。

 施設と言っても、その場所は見た目では分からない様に表沙汰では教会と言う事になってあり、その地下で研究は行われていた。

「おいシェリー、俺の名前はエリスじゃないって言ってんだろ!」

 少年は目の前を走る少女に向かって叫ぶ。

「貴方の国の名前は難しいのよ。それにエリスとも読めるみたいだからいいでしょ?」

 白いドレスを身に纏った少女は振り向きながらそう答えた。

 肩までの長さも無い金色の髪を上下に靡かせながら少女は教会の庭を走る。

 少年は制服の様なズボンを穿いているが上はTシャツと言う格好だ。それに上下が両方黒と言う組み合わせ。

 白い少女と黒い少年。全くの正反対の二人はよく一緒に遊んでいた。

 少女は魔術師であり、少年は能力者。

 敷地内には少年の他にも数人の日本人がいた。全員が能力者であるが服装は学校指定のモノであろう制服を身に纏っている。

 周りから見れば、日本から交流にやって来ている少年少女に見えるだろう。

「二人とも~、そろそろ中に入りなさ~い」

 教会の入り口付近から透き通った綺麗な声が聞こえて来た。

 腰辺りまである黒色の髪は風に揺らいで、青色のセーラー服を着た女子学生が手を振って二人を呼んでいる。

「あっ、無月の姉ちゃんが呼んでる。行こうぜ」

 少年はその声を聞くや一目散に教会の入り口へと走って行く。

 もう、待ちなさいよ。と少女も少年を追って教会の入り口まで足を急ぐ。

「またシェリーを追いかけて、男の子は女の子を追いかけるのではなくて守ってあげないとダメなのよ」

 その女子学生は少年の目線に合わせる様にしてしゃがんで左手で髪を耳にかける。

 その姿は外人の少女から見ても綺麗だった。それに少年は彼女の前ではとても嬉しそうな顔をする。少女にとっては内心いい気分ではなかった。

 しかしそれでも少女はその彼女を嫌いになる事はなかった。

 彼女はこの教会にいる子供の姉的な存在であり、このイギリスで言えばシスターの見本みたいに全てを包み込む様な優しいオーラを身に纏っていた。

 もちろん彼女は日本の女子学生でありシスターではない。それでも彼女の仕草、笑顔、そう言ったモノ全てがシスターとして相応しいと思える、そんな女性であった。

「そんな事言ったって、シェリーがまだ俺の事エリスって呼ぶんだ」

 まるで姉に甘える弟の様に呟く少年に、後を追って来た少女は少しバカにするみたいに言う。

「エリスって名前、可愛くていいでしょ」

 くるっと後ろに振り向いた少年はグイッと前に乗り出す様に言葉を発する。

「俺は男だぞ、そんな女の子みたいな名前で呼ばれるのは嫌だって言ってんだろ」

「エリスが男の子だって思える所見せたら考えてあげてもいいわ」

 二人の言い合いに割り込むように彼女は手をパンパンと叩く。

「はいはい二人とも、争っていないで中に入りなさい」

「「は~い」」

 返事はするが二人は建物に入りながらも小さな争いを続けていた。

「見てろよシェリー、お前が教える魔術なんてすぐに使える様になってやるからな」

「いいわ、私の教える魔術を使えたらエリスって呼ぶの止めてあげる」

 その二人を後ろから眺める彼女から自然に笑みがこぼれる。

 科学と魔術。住む世界の壁があったとしてもこの二人の少年と少女は仲良くなれる。それを見ているだけで幸せな気持ちになれた。

 彼女はこの交流が、科学と魔術の更なる発展に繋がると信じていた。

 初めて魔術の話しを聞いた時にはそんなモノがある事を信じる事が出来なかった。

 科学と魔術は互いに距離を取って二つの力は住み分けられている。

 しかし実際に魔術を目にして魔術師と出会い、そして彼女は思う。

 どうして同じ人間同士住み分ける必要があるのか。

 彼女が出会った魔術師の少年少女は自分達と何も変わらない。

 だから先生の言葉は彼女に響いた。

『君たちは魔術と科学が共存する世界の第一歩になる』

 その為の交流なのだと。

 しかしそれは表上の話し。本来の目的は魔術と能力を組み合わせた新たな術者を生み出す事。

 そんな事は少年少女には聞かされていなかった。

「いい? 原初は土、それから――」

 部屋の中央で向かいあう様に座る少年と少女を彼女は見つめていた。

 何故か二人の周りには色々な機材、十以上のコンピューターが設置されており、昨日まで教室の様に机や椅子が並べられていた部屋は、まるで実験室の様になっていた。

 今まで見た事無い白衣を着た大人も数人見られる。

「なぁ無月、あれは何のための機械なんだい?」

 近くにいた一人の魔術師が科学側の彼女に質問をして来る。

「先生は脳開発の研究をしておられるので、その為のモノだと思います」

 少年の頭に付けられた電極からいくつものコードが機材に繋がれていた。

 恐らく魔術を使用する際、脳内にどのような変化が現れるかを測定するためのモノである。

 少年は少女に教えられる様に術式を組み上げていく。

 表情は真剣そのものだ。全員に見られていると言う事もあるが、一番の理由は目の前にいる少女だろう。

 少年は言われた通りに術式を完成させる。

 確認するように顔を前に向けると、少女は軽く微笑んで頷いた。

 そしてそれを見た少年が何かを唱えた瞬間、

 ブシャ、と少年の体から赤い血が噴き出した。

「――え?」

 少女は一瞬何が起こったのか理解出来なかった。

 目の前の少年の体から何かが噴き出し、そしてそのまま床へと人形の様に倒れて行く。

 ドサ、と倒れた少年に視線を落とすと同時に自分の白いドレスの色が変わっている事に気がついた。

 頬を伝って何かが落ちて来る。それが手を平に落ちて漸く正体に気がつく。

 それは少年の体から噴き出した血だった。

 周りの大人たちも何やら慌ただしく走り回っているがそんなモノはどうでもよかった。

「エ、エリ……ス?」

 ゴブォ、と少年の口から血が溢れ出て来る。

「エ……エリス!! し、しっかりして!!」

 少女は少年の体に手を当てて返事を求める様に声を掛けるが、少年は浅く、荒い息をあげるばかりで反応はない。

 それを見ていた彼女はすぐにその場に駆け寄ろうと一歩を踏み出した。

 ガゴン! と足を踏み出したと同時に部屋のドアが形を変えて無理やりこじ開けられた。

 ドドドド、と地面をならして鎧を身に纏った者が部屋へと入って来る。

「騎士団!!」

 大人の一人がそう叫んだ。

 騎士団の一人がその大人を槍を様な棍棒(メイス)で横殴りにすると、顔から横に吹き飛ぶ様に壁に激突しそのまま動かなくなった。

 同時に辺りを悲鳴が覆った。

 騎士団は大人だけでは無く、少年少女をも攻撃した。殺す事を躊躇う事なく棍棒(メイス)を振るう。

 中には魔術や能力で対抗する少年少女もいたが、騎士団の前では赤子も同然だった。

「シェリー!」

 彼女は地面に横たわる少年と必死に呼びかける少女も元へと駆け寄る。

「エリスしっかりして! エリス!」

 ピク、と声に反応するように少年の体が動いて目が開かれる。

「シェ……リー」

「エリス!」

 少年はその場に起き上がろうと体に力を入れるが、体の中から何かに蝕まれた様に激痛が走った。

「二人とも早く逃げますよ! このままでは殺されてしまいます」

 彼女は二人に呼び掛ける。

「でもエリスが、エリスが!」

 少年の状態は見るだけで分かるほど酷かった。

 体の至る所から血が溢れ出し、既に少年と少女の周りの地面は血で溢れていた。

 中でも腹部の出血が酷い様で、着ていた黒い服は血の赤さを吸い取って更に深い黒を作り出している。

 一刻も早く治療しないと命が危ない。しかしここから逃げなければ騎士団によって命が奪われる。

「無月! 君の能力で早くその子達を連れて逃げるんだ!」

 彼女のすぐ後ろから声が聞こえた。

 彼女に背を合わせる様に一人の男が叫んでいる。

 少年の位置からはその声の主は見えないが声だけで誰なのかは分かった。

「でもそれでは貴方が――」

「いいから行くんだ!」

 彼女は奥歯を噛みしめて少年と少女の二人に手を当てようとして

 不意にゆらゆらと少年が立ち上がった。

「エ、リス?」

 何をしているの? と言う少女の声には答えずに少年は激痛に顔を歪ませながら歩を進める。

 一瞬その行動に驚いた彼女だったがすぐに止めようとする、と

「無月の姉ちゃん……三人で逃げて」

「な!? 何を言ってる――」

「無月の姉ちゃん言ったよね、男の子は……女の子を守ってあげなくちゃダメだって」

 彼女は言葉に詰まってしまった。目の前にいる血だらけの一〇歳と少しの少年の目は何かを決意した様に動かず、そしてその目は立派な男の目だった。

「それに……無月の姉ちゃん、あの人いなくなったら悲しむだろ? それに魔術失敗しちゃったから……男の子らしい所見せないと、シェリーに名前で呼んでもらえないから」

 少年は自分がもう助からないであろう事を悟っていた。

 体の中がどうなっているかは分からないが、自分が助かるか助からないかはある程度分かる。

 ここで自分が逃げる事が出来ても恐らく助からない。その所為で彼女の大切な人が死んでしまう。

 そんなのは嫌だった。

 だから

「無月の姉ちゃん、シェリー……バイバイ」

 瞬間、少女の目には全てがスローモーションの様に見えた。

 動く事も儘ならない体で騎士団に向かって走り出した少年。

「――――――!」

 少女の体を押さえている彼女が何かを叫んでいた。それも聞こえない。

 先ほどの男性が険しい表情でこちらに走って来ていた。その後方には複数の騎士が棍棒(メイス)を手に迫っている。

 少女は押さえつける手を振り解こうともがいた。

 しかし彼女はそれを許さなかった。それをしてしまっては少年の行為が無駄になってしまう。だから彼女は少女を強く抱きかかえた。

 少女には分からなかったが彼女の食いしばる口からは血が流れ出ていた。

 そしてこっちに来た男性の手が彼女に触れた瞬間、

 三人の体はその部屋から消えた。

 消える瞬間少女が見たモノは、騎士団の棍棒(メイス)によって頭を打たれて横に飛んで行く少年の姿だった。

 

 ~~~~

 

 後から聞いた話し。あの場所で行われていたのは、魔術と能力の両方の力を持った新たな術者を生み出す事だった。

 手を取り合うと言う建前で、実際は実験のために数十人の少年少女が集められた。

 そしてそれを知った同じイギリス清教の者によってあの施設と関係者は潰されてしまったのだ。

 二度と同じ過ちを犯す事の無い様に、魔術と科学は住み分けなければならなかった。

 だから戦争の火種を起こす必要があった。

 それはあの日に誓った事。

 全ては亡き友のために。

「見つけた」

 ギョロギョロ動く眼球は一人の少女を捉えていた。

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