とある魔術の天の住人   作:翔泳

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第十八話 「風斬氷華」

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 そこは戦場だった。

 何か爆弾の様なモノが破裂した後みたいに、黒煙が辺りを覆っている。その煙の臭いと同時に銃弾に使われたであろう火薬の臭いも辺りに充満していた。

 そして、時折鼻に突き刺さる様な血の臭い。風に流される様に引いた煙の隙間から見えて来たのは、床や壁に倒れている十数名の警備員(アンチスキル)だった。

 彼らが持っていたであろう拳銃は地面に転がり、相手の進路を防ぐために作られたバリケードは無残にも真ん中から破壊されている。

「そこの二人! 一体ここで何をしてんじゃん!?」

 バリケードに寄りかかる様にしていた警備員(アンチスキル)の一人の怒号が聞こえる。

 その声に周りに倒れていた警備員(アンチスキル)もその方向へと目を向けた。

「守越と月詠先生んトコの悪ガキじゃん、逃げ遅れたのか?」

 その警備員(アンチスキル)は尊の担任の黄泉川愛穂だった。

「黄泉川先生! 大丈夫ですか!?」

 尊は黄泉川愛穂に駆け寄る。彼女は頭を切ったらしく、額の上から血を流していた。それでも自分の怪我を其方退けにして、

「何してるじゃん!? 逃げるなら方向が逆。時間は私たちが稼ぐから早く逃げるじゃん!」

 彼女の言葉に反応する様にその場にいる警備員(アンチスキル)はボロボロの体にも関わらず、地面に倒れる者は地に手をつき、壁に寄り掛かる者は壁を支えに立ち上がろうとする。

 黄泉川愛穂もバリケードを支えにして立ち上がろうとするがそれが出来ない。体が言う事を聞かない。その場にいる警備員(アンチスキル)皆がそんな状態だった。

 それでも誰もが動く事を諦めない。

 その為に志願し厳しい訓練を重ねて来た。

 子供たちを守りたいと言うその気持ちが彼らを動かしていた。

 上条当麻と尊は無言で頷くと破壊されたバリケードの隙間からその先へと歩を進める。

「お前たちどこへ行こうとしている! ええい、くそ、体が動かないじゃん!」

 黄泉川愛穂は二人を止めようと手を伸ばすが傷ついた体はそれすら儘ならない。

 二人は既にバリケードを越えて、十メートルほど先の暗闇に光る紅い光りを視界に捉えていた。

 瓦礫、鉄パイプ、タイル、蛍光灯、そう言ったモノを全て織り交ぜて造られた石像が暗闇の中に立っていた。それを盾にする様に漆黒のドレスに金色の髪の女が笑みを浮かべる。

「ふふ、こんにちは。おや、幻想殺し(イマジンブレイカー)とカミゴエのガキか。虚数学区の鍵は一緒ではないのね」

「あんた、何でこんな事する必要があるんだ? それに何で母さんの名前を知ってる!?」

「あんたではない、シェリー=クロムウェルよ、カミゴエのガキ。そうね、カミゴエナツキとは古い知り合いと言ったトコかしら。ね? ――エリス」

 シェリー=クロムウェルはオイルパステルを横一線に振るう。

 その動きに合わせる様に石像が片足で地面を踏みつけた。ガゴン! と激しく地面が揺れて二人は大きく体勢を崩す。破損している地下街の天井からは震動と共に小さな瓦礫や砂がパラパラと降り注ぐ。

 シェリー=クロムウェルは薄く笑みを浮かべて

「戦争を起こすんだよ。その火種が欲しいの。だからできるだけ多くの人間に私がイギリス清教の手駒だって事を知ってもらわないといけないのよ」

 なに? と二人は僅かに眉をひそめた。

 イギリス清教と言えばインデックスと同じ組織の人間だった。

「インデックスと同じ組織の人間が何で!?」

「ふふ、だから言ったでしょ。戦争を起こすって。その為に殺すのはテメェらでもあのガキでも構わないだけど――おやおや、言ってる傍からノコノコと現れるなんてね」

 カツ、と二人の後ろから小さな聞こえる。

「あ、あの……」

 先に振り向いたのは上条当麻だった。

「風斬!? 何で白井を待ってなかった!?」

 それを追う様に尊も振り返ろうとしたが、それより先にシェリー=クロムウェルがオイルパステルを横に振るった。

 それに反応する様に石像が右腕を振り上げてそれを地へと叩きつけた。爆発するように地面が割れ、辺りに瓦礫が吹き飛ぶ。

 尊はその風圧に耐える様に腕を交差させて顔を庇う。

 既に振り向いていた上条当麻は風斬氷華の元へと駆けだしていた。

「風斬、伏せろ!」

 未だに状況が掴めていないのか、風斬氷華はキョトンとした表情を見せている。

 くそ、と上条当麻は風斬氷華に手を伸ばして

 ゴン! と目の前で彼女が顔から後ろに大きく飛んだ。

 上条当麻は一瞬何が起こったのか理解できなかったが、離れた所にいた尊は彼女の頭に瓦礫が当たる瞬間を見ていた。

 フレームの千切れた眼鏡が宙を舞い、肌色の何かが飛び散った。

「風斬!!」

 上条当麻は慌てて近くに駆け寄るが、

 それを離れた場所で見ていた尊は信じれらない様なモノを見て愕然としていた。そして上条当麻もそれを見て一瞬動きが止まる。

 地面へと倒れた風斬氷華の顔の左半分は目から上が吹き飛ばされていた。しかし、それよりも問題なのはその中が空洞だったと言う事。

 脳も骨も無いただの空洞。

 傷口からは血すら流れていない、明らかな異常。

 空洞の真ん中には無重力の様に小さな物体が浮かんでいる。それは肌色の三角柱だった。その三角柱が徐々に回転し速度を上げる毎にカチカチとキーボードの様な表面が激しく動き出す。

「う……」

「かざ……きり?」

 小さなうめき声に上条当麻は我に返った。

 風斬氷華は上半身を起こし、片方しかない目で上条当麻を見つめる。

「あ……れ? めがめは……どこ、です……か?」

 自分の眼鏡を探す様に目元に手を当てて、そして気がつく。

「な、に……これ? い、や……いやぁ!」

 すぐ側にあるウインドウが彼女の姿を捉えていた。そこには左上部分が欠けてしまった自分の顔が映し出されていた。その姿に恐怖し、それから逃げる様に叫び走りだす。

 その先に魔術師の作り出す石像がある事も気付かずに。

 シェリー=クロムウェルはオイルパステルを横へ一閃する。それに合わせて石像の腕が大きく横に唸り、風斬氷華を側面を捉える。宙を舞う様に壁へと激突し地面へと倒れる風斬氷華。しかしそれでも彼女は蠢く。

 腕は捻じれて割れた中はやはり空洞。

「いや、いやぁあああああああああああああ」

 相手への恐怖、巨大な石像への恐怖。そう言ったモノではない。

 自分自信に対する恐怖。それが彼女の頭を駆け巡る。

 全てのモノを振り払う様に風斬氷華は暗闇の中へと逃げるように走って行く。

 ふふ、とシェリー=クロムウェルは静かに微笑むと石像の名を呼ぶ。

「さあエリス。無様で滑稽な狐を狩り出しましょう」

 手に持つオイルパステルを回すと石像は天井に拳を振り上げ、そこから建物の破片が上から降り注いだ。

 クルリと向きを反転させた石像は魔術師と共に闇の中へと消えて行く。

 恐らくは風斬氷華を追うために。

 それを分かっていても、二人は今見た光景があまりにも鮮烈過ぎてその場を動く事が出来なかった。

 

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「そんな事って……本当にあるんですか?」

『あくまで先生の推測ですが、この学園都市には二三〇万人もの能力者がいて、常に微弱な力を放出しています。それらがいくつも重なり合って一つの意味を成しカザキリヒョウカさん作ってしまったと思われるのです』

 あの後すぐ、上条当麻の携帯電話に着信があった。アンテナが設置された場所が近くに無いのにどうして電波が届いたのかと言う疑問があったが、恐らく天井に開けられた穴からこの一帯だけに電波が届いているのだろう。

 本来ならば、すぐにシェリー=クロムウェルの後を追って風斬氷華を助けに行かなければならないのだが、電話の相手は月詠小萌でそれはとても重要な内容だった。

 携帯電話はスピーカーモードに設定されてあるのでその内容は尊にも届いている。

「でも、どうして今になってそんな事が起きたんですか?」

『それは分かりませんが、以前から不完全なカザキリヒョウカさんの目撃談はあったそうなのです。それが何らかの影響で完全な形となって上条ちゃん達の前に現れたのです。そしてこれらの仮説が正しければカザキリヒョウカさんは人間ではありません』

 生体電気の発生と磁場の形成。酸素の消費、二酸化炭素の排出。そのような人間を形作っているデータが全部揃っていれば、そこに人間がいる事になる。

 人間がいるから体温を感じるのではなく、体温が計測されるからそこに人間がいる。

 その体温は発火能力者(パイロキネシス)が、生体電気は発電能力者(エレクトロマスター)が、そうやって気付かない内にそれぞれが人間としての情報の担当をし、様々なAIM拡散力場が折り重なる事によってカザキリヒョウカを作り出してしまっている。

 信じ難い話しだ。

「でも小萌先生。その仮説が正しかったら確かに風斬は人間じゃないかもしれないけど、それでも風斬は俺の、そしてインデックスの友達である事に変わりはないですよね!」

『うふふ、それでよいのです。先生は真っすぐな方向に育ってくれる子羊ちゃんは大好きなのですよー』

 決まった。

 例え風斬氷華がAIM拡散力場によって作られてしまったとしても、例え触ると消えてしまいそうな幻想に過ぎなくしても、

 友達である事に変わりはなかった。

「なぁ、尊。手伝ってくれるか?」

「訊くまでも無いだろ。それに、俺一人じゃないみたいだな」

 尊が指さす方向に上条当麻は振り向く。そして軽く笑みを作り、言葉を発する。

「俺の友達を助けてほしい」

 声を向けられた内の一人が、今さら何を言っている、と言わんばかりの表情で答えた。

「ふ、そんなの当たり前じゃんよ」

 

 12

 

「何なのかしらねぇ、これ」

 シェリー=クロムウェルは目の前に横たわる風斬氷華を見つめていた。その体は足がねじ曲がり、割れた腕の中は中身の無い空洞。

 しかし、それはまるで足りないパズルのピースを埋める様に開いた空洞が塞がれていく。ねじ曲がった足も何事も無かったかのように元に戻り、破れた衣服や眼鏡も元通りの形へと直って行く。

「虚数学区の鍵と言うからどんなモノかと思ったら、こんなモノだったとは笑えるな!」

「ど、どう……して、なんで……こんなヒドイ、事……っ」

「別に誰でもよかったの、ただあなたが一番手っ取り早そうだったから。な、簡単な理由だろ? まぁ今となっては、あなたみたいな化け物は一番手がかかるだろうけどな」

「なっ……ば、化け……」

 あん? とまるで呆れた様な顔をして

「おいおい、まさか自分が人間だと思っちゃいねぇよな? あなたがしている事ってこういう事でしょ?」

 シェリー=クロムウェルはオイルパステルを軽く人差し指で叩く。瞬間、石像は腕を横に振るい壁へと叩きつけた。その腕は弾ける様に先が吹き飛ぶ。

「あ……ああ……」

 絶望する風斬氷華の目の前で石像の腕は辺りにある瓦礫やコンクリートを巻き込んで再生されていく。

 それは自分自身の体が治っていく時と良く似ていた。

「分かったでしょう? 今のあなたはエリスと同じ化け物。こんなモノを受け入れてくれる所なんてねぇんだよ!」

 シェリー=クロムウェルはオイルパステルを横へ一閃する。

 石像はゆっくりと歩を進め、オイルパステルの指示するままに腕を振り上げる。

 風斬氷華は上半身を起こした状態でそれを見つめていた。

 逃げなければならない、しかしどこへ逃げるのか? 帰る場所も無い、受け入れてくれる者もいない。

 そしてあの子も自分のこんな姿を見たら、きっともう一緒に写真なんて取ってくれない。一緒にご飯なんて食べてくれない。

 一緒に笑ってなんかくれない。

 風斬氷華の瞳から涙があふれた。

「泣くなよ、化け物。あなたが泣いても気持ち悪いだけでしょ」

 振り上げられた腕はそのまま風斬氷華へと振り下ろされる。彼女は目を閉じ顔を逸らしてこれから襲いかかるであろう激痛に身を固めていたが、

 その腕が風斬氷華を襲う事は無かった。

「待たせて悪かったな」

 その声に反応するかのように風斬氷華は恐る恐る目を開ける。

 涙でぼやけた視界を手でゴシゴシと擦り、焦点が次第に合って行く。

 そこには上条当麻が立っていた。

 自分の武器である右手で石像の腕を掴み、亀裂が入った石像はガラガラと崩れていく。

「く、エリスッ!」

 シェリー=クロムウェルは壁に向かってオイルパステルを走らせる。

 抜刀術の様な速さで殴り書いた線や言葉は一つの模様を成し、崩れ落ちた壁は粘土でも作る様に形を整え、ものの数秒で石像を完成させた。

「ははっ、喜べ。どうやら化け物を助けに来るバカがここに一人いたみたいだからね」

「一人だけじゃねぇぞ」

 ガチャガチャ、と拳銃を構える音が辺りからいくつも聞こえて来た。

 風斬氷華はその声の方向へと目を向ける。

 そこには尊と、傷口を包帯で固め、腕や足を引きずりながらもこの場に駆け付けた警備員(アンチスキル)達がいた。

「どうして……?」

 風斬氷華は問いかける。

 彼らが自分の正体をどこまで知っているかは分からないが、人間でない事くらいは理解しているハズだ。

 それなのに目の前の少年は、三人で遊んでいた時と同じような顔で

「俺はただ頼んだだけだ、友達を助けてほしいってな」

「ふ、こんな化け物を友達だって? 笑わせるんじゃねぇよ」

 シェリー=クロムウェルは鼻で笑う。

 それでも彼らの姿勢は変わる事はない。

「まぁいいわ。別に虚数学区の鍵でなくてもいいんだし」

 シェリー=クロムウェルは床にオイルパステルを走らせ、その模様や線はやがて形を作り魔法陣へとなる。

「二体目を作る気か!?」

「残念だけど二体同時には形を維持できないの。でもそれを活用すればこういう事も出来るのよ?」

 瞬間、シェリー=クロムウェルを中心として半径一メートルほどの穴をあけて地面が崩れ落ちた。それと同時に側の石像も形を維持できずにガラガラと崩れる。

「くそっ!」

 上条当麻は慌てて駆け寄るが、その穴は深く底がどのくらいの深さなのかも分からない。

 闇の底からは空気の流れの様なモノが感じられる。

 尊もその場に駆け寄り空洞を眺める。

「逃げたのか?」

「いや、そうじゃない」

 上条当麻はシェリー=クロムウェルの言葉を思い出していた。

『別に虚数学区の鍵でなくてもいいんだし』

 つまりは逃げたのではなく、狙いを変えたと言う事?

 そしてその可能性があるとすれば――

「くそ、インデックスか!!」

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