とある魔術の天の住人   作:翔泳

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第三話 「ミサカ」

 6

 

 とある店で食事を済ませた尊はただ行く当てもなく歩いていた。

 部屋に帰った所で何が出来る訳でもない。もし昨日の事が無ければ何も考える事も無くただ新学期が来るのを待つだけの夏休みを過ごしていたであろう。

 だが知ってしまった。魔術、狙われているインデックス、それを守ろうとしている上条当麻、そんな事を忘れて日常に戻る事が出来る訳がない。

 ただ上条当麻が一体どこへ行ってしまったかなんて事は全く分からない。

 ならインデックスの事は彼に任せた方がいいのだろうか?

 上条当麻とインデックスが無事に帰ってくることを待つしかないのだろうか?

 頭の中を思考が駆け巡る。

「まさか部屋ほったらかしでもう帰って来ないなんて事はない……よな?」

 いつの間にか日は既に傾き、オレンジ色の空が徐々に黒に変わり始めようとしている。

 そろそろ戻ろう、と公園に差し掛かった時

(あれは……)

 守越尊が見つめる先には木の陰に隠れるようにしゃがみこむ少女の姿があった。

 肩まである茶色い髪に整った顔立ち、白い半袖のブラウスとサマーセーターとプリーツスカート。その姿は先ほど出会った御坂美琴であった。

 木の根元には猫が一匹座っており、どうやらそれに餌を与えているようであった。

「また会ったな」

 彼女はその声に気が付き無表情のまま首だけを振り向かせる。

「どちら様でしょうか? とミサカは質問します」

 向けられたその瞳は一点に集中せず常に視界に映るモノを追いかけている様な焦点の曖昧なモノであった。

 さっき会ったはずなんだけど、と思ったがそう言えば向こうはこっちの名前を知らない事を思い出す。

「俺は守越尊って言うんだけど、名前は御坂美琴で合ってたよな?」

 しかし彼女は少し首を傾げる様に

「御坂美琴ですか? とミサカは問い返します。あぁ、お姉さまの事ですね」

「え? って事は」

「妹です、とミサカは間髪いれずに答えました」

 おかしな口調だなぁと尊は思ったが、喋り方何てのは人それぞれだ。尊の場合は他人の事を『あんた』と呼んでしまう癖がある様に、それは個人の色と呼ぶべきものなのかもしれない。

「姉妹だったのか、であんたの名前は?」

「ミサカの名前はミサカですが、とミサカは即答します」

 家庭の事情に首を突っ込めるほど尊は偉くは無いので、彼女が言うようにミサカが名前なのだろう。

 御坂ミサカ、と言うのも些か変ではあるのだが。

「えぇぇと、それあげないのかな?」

 尊はその手に握られているチョコレートを指さす。

「ミサカがこの猫にチョコレートをあげたとしても食べる事は無いでしょう、とミサカは結論づけます。猫はカカオに含まれるテオブロミンを代謝できないため、チョコレートを与えてはいけません。大量に与えたり長期にわたって与え続けると、腎臓や肝臓に障害の出るチョコレート中毒になるおそれがあります、とミサカは懇切丁寧に説明します。なお、ネコは甘味を感じないため基本的にチョコレートを好みません、とミサカは補足説明します」

「……じゃあ何であげようとしてるんだ?」

「ミサカは外に出る事が初めてですので猫と言う生物と自分の知識が正しいかどうか確認をしていました、とミサカは説明します」

(外? 初めて?)

 気になる事はあったが、乙女の秘密を無理に聞く事もない、と尊は思いとどまる。

 あ、と不意に猫は雑草の中に隠れるようにして逃げてしまった。

 逃げてしまいました、と寂しげそうな感じに見えたが相変わらず表情が変わる事は無かった。

「なぁ、あんた今からどっか行かないか?」

 と、不意にそんな言葉が口から飛び出していた。

(……俺は何を急に言い出してるんだろう)

「どこか、と言う言葉には計画性を感じることができません、とミサカは忠告します」

 確かに計画性何てモノは無かった。

 それに何故そんな事を言い出したのか自分でもよく分からなかった。

「理由は知らないけどあんた外初めてなんだろ? 俺も昨日引っ越して来たばかりで街の事良く分からないから、そう、探検だよ探検」

「探検という言葉は分かりかねますがミサカは研修中ですので、とミサカは簡潔に答えます」

 ただ普通に女の子と街を歩いたり、ご飯を食べたりしてこれまでの日常に戻ろうとしているのかもしれない。

「なら飯だけでもどうだ?」

「……食事と言うモノには些か興味があります、とミサカは呟きます」

 なら、と守越尊は手を差し出した。

 何ですかその手は? と言う様にその焦点の曖昧な瞳を向けて来る。

 そしてスッと立ち上がり、置いてあった大きなゴーグルらしきモノを手に取ると歩き出す。

 おいっ、と声を掛けそうになるがそれよりも先に彼女はこちらを振り返って

「何をしているのですか? とミサカは問いかけます。食事に行くのではなかったのでしょうか、とミサカは再度確認をとります」

 しかしあるいは日常に戻るのではなく、彼女から日常と離れた何かを心のどこかで薄々感じ取っていたのかもしれない。

 

 7

 

 食事と言ったがミサガが提案してきたのはファーストフード店であった。

 ○○バーガーとどこにでもありそうな店に入ってミサカは店員にスマイルを注文していた。

 本人曰く

 ファーストフード店には無償で注文が出来るスマイルと言うモノが存在すると言う知識があったのでそれを確認した、

 との事であった。

 もちろんの事、店員は完璧に作りきった一〇〇点満点ものスマイルを披露した。

「ミサカは自分自身の対人応答能力の高さを確信します。先ほどのハンバーガーの注文およびあなたとの会話からミサカの対人応答能力は人並み以上である事を、ミサカは自信を持って宣言します」

 ハンバーガーを口に放り込みながらミサカは呟いていた。

 確かに話し方などに多少違和感はあるが、彼女は初めての割にまるで注文から受け取りまでのマニュアルみたいなモノが頭の中にあるかのように思えた。

「なぁ、超能力ってどう言ったモノなんだ?」

 話す話題が見つからなかった尊は不意にそんな事を聞いてみた。

「超能力とはですか? とミサカは呆れたように問い返します。あぁ、あなたは引っ越して来たばかりと言っていましたね、とミサカは納得します」

 ミサカは飲んでいたジュースを置き話し始める。

「ここに一つの箱があります、ではこの中には何が入っているでしょう、とミサカは問いかけます」

 ミサカは先ほど猫にあげていたチョコの箱を取り出して机に置く。

「そりゃ、チョコに決まってる」

「この中には飴が入っています、とミサカは言います」

「……いや、さっきチョコ入ってるの見たし」

「ではこの箱の中には何が入っているでしょうか? とミサカは再度質問します」

「……飴が入ってるんでしょ?」

「いいえ開けてみなければ分かりません。何故ならミサカが嘘をついているかもしれないからです、とミサカは説明します」

「……」

「つまりこの箱の中には『チョコが入っている可能性』と『飴が入っている可能性』の二つが可能性が混ざっています、とミサカは説明します。ただ、箱の中にはどちらか一つしかありません、とミサカは補足します」

 ミサカはその箱を軽く振って見せる。

「二つの可能性は蓋を開ける事で『一つの結果』になります。チョコ五〇%飴五〇%から『見る』事でチョコ一〇〇%に替えてしまう事です、とミサカは丁寧に説明します」

 スッとミサカが蓋を開けると中にはチョコが入っていた。

 では、と再び蓋を閉じて

「この中には先ほどの二つの可能性が混ざり合っています。この何かには何が入っていますか? とミサカは質問します」

「さっきチョコが入ってたけど……」

「はい、普通の人であれば『チョコ五〇%』を取るのが妥当でしょう。ただその中に『飴五〇%』を取れる人がいればどうなるでしょう、とミサカは問いかけます」

 そうなると箱の中身は飴になって……

「通常とは異なる現象が起きるって事かな?」

「その通りです、とミサカはあなたを初めて感心しました」

 つまり、超能力の正体とは『それ』である。

 現実にある様々な可能性、『手から炎を出す可能性』『人の心を読む可能性』それら九九%の常識からあぶれたたった一%の『異なる可能性』こそが異能力。

 ただ、たからこそ万全では無くこの箱には『チョコ五〇%飴五〇%』以外の可能性は0%であるため、ここからガムが出て来ると言った事は無い。可能性の『ない』場所や条件では力を使う事は出来ない。

「つまり超能力者とは、この『チョコ五〇%飴五〇%』の『現実を見る力』が普通の人とはズレてしまった人たちを指します。能力開発に用いられるガンツフェルト実験は意図的に五感を封じる事によって『通常の現実』から切り離すモノで、まともな現実から切り離された『超能力者』は、一般人とは異なる『自分だけの現実』パーソナルリアリティを手に入れます。その結果、常人とは異なる法則でミクロの世界を歪め、触れずして物を破壊したり、電気を発したりと言った『力』を手にする事ができます、とミサカは懇切丁寧に説明したミサカに盛大なる拍手を所望します」

 難しい事を言っているのだが、どうしてか尊の頭の中にはそれらがスッと入って来た。

 ミサカは自分で自分を褒める様にパチパチと拍手をしていた。

 

 8

 

 店を出た二人はただ歩いている。

 話のネタがあまりにも無さ過ぎる。能力についての説明もまるでコンピューターに入っている情報を丸々話すかのようにミサカが説明してくれた為、今思いつく限りでは聞く事がなかった。

 日も暮れた街中を男女二人が歩いていると小恥かしい気もしたが、ミサカはそう言った素振りを見せる事無く平然と歩いている。

 そろそろ時間を確認しようと思い、携帯を開こうとすると

「現在午後八時〇五分になりました、とミサカは申し上げます」

「あぁ時間教えてくれたのか、ありがとな」

 しかし、ミサカはこちらを向く事もなく何かを確認するように辺りを見回す。そして大きなゴーグルを水泳のゴーグルの様に額に着けると何かに導かれるように道を逸れて歩き出す。

「おい、どこ行くんだ??」

 ミサカは振り向くと、軽く頭を下げ

「ミサカはこれから用がありますので失礼します、とミサカは頭を下げます」

 そして普通では決して通らない様な裏路地へと姿を消して行く。

 他人の用事に突っ込むのも気が引けたが、どうも気になる、腑に落ちない。

(ミサカには悪いが……)

 後に続く様に裏路地へと入って行った。

 思った以上に入り組んでいなかったその裏路地のおかげですぐにミサカの姿を確認する事が出来た。

 ただ彼女は先ほどまでには無かった大きなケースを抱えている。

(あんな物どこで……?)

 一定の距離を保つように影に隠れながら追跡する尊。

 淡々と同じペースで歩き続けるミサカは裏路地の奥深く、人気の全くない通路に来た所でようやく立ち止った。

 その目の前には

(人と待ち合わせ? こんな所で?)

「時刻は八時二五分てとこか、ンじゃ、オマエが屋外『実験』第一号って事で構わねェンだな?」

 暗くて顔はハッキリと見えなかったが、少年と思われる人の引き裂かれる笑みの口から発せられた声は鋭く尖ったモノであった。

 それでもミサカは表情一つ変えずに

「はい、ミサカの検体番号(シリアルナンバー)は九八〇三号です、とミサカは返答します」

「相変わらず平然としてるよなァ、この状況で。まァ初の屋外『実験』って事で俺は緊張してんだけどさァ」

「本当に緊張しているのですか、とミサカは疑問に思います。被験者には瞳孔の拡大、呼吸の乱れ、脈拍の異常などが検出されません、とミサカは観測いたします」

 あァそうかい、と少年はゆっくりと距離を詰めて、そしてある程度の所で立ち止まる。

 沈黙が続く中ミサカは大きなケースから何やら取り出し、彼女はゴーグルを着用するとそれを構える。

 その手に握られているのは……

(――ライフル!?)

「絶対座標X-419808、Y-630703。現在午後八時二九分四五秒、四六秒、四七秒――――これより第九八〇三次実験を開始します」

 彼女は手に握られたアサルトライフル引き金を引いた。

 衝撃と共に発射される五・五六ミリの弾丸が少年の急所へと叩きこまれる。

 尊は目の前で戦争映画でも見らされている様な状況に声を出しそうになるが、その弾丸は少年に当たると同時に四方八方へと弾かれる。

 ミサカは愕然とする、びずっ、と肉を潰す音が聞こえると同時にミサカの左肩に赤い穴が穿たれていた。

 弾かれた弾丸の一つが彼女の肩を撃ち抜いていた。

「……ぃ……ぎ!」

 彼女の体がよろめく。

 守越尊はその姿を見て飛び出そうと手に力を入れた

 瞬間、少年は薄気味悪く笑うと追い打ちを掛ける様に壁をドンと叩く。すると壁は何かを伝う様に揺れ、上にあった何かの機械が激しい音を立てて落ちて来た。

 そしてその衝撃で尊の上にあった数本の鉄棒も落下する。

 一瞬の出来事に尊は対応できずにその1本が尊の背中から後頭部に激しく打ち付けられた。

「がっ……」

 前のめりに倒れた尊は後頭部を強く打った所為で意識が朦朧としていた。

 その意識の中、爆発音と共に倒れて来た血まみれのミサカと目があった。

「!」

 彼女は一瞬驚きの表情を見せた。

 が、意を決した様に立ち上がると少年に向かって走り出した。

 それはまるで尊から少年を遠ざける様に。

 意識が途切れそうな彼に聞こえて来た銃声と少年の笑い声。

 意識が途切れたその場所は最早日常では無かった。

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