とある魔術の天の住人   作:翔泳

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第四話 「逃走の裏」

 9

 

 目が覚めて見えたのは知らない天井だった。

 とにかく白い。天井だけでなく床も壁も全てが白一色に染められている。

 ただカーテンの揺れる窓の外は燦々と降り注ぐ太陽の光によって空は青く木の葉は緑色で、ここがいつも通りの世界である事を教えてくれる。

 ガラガラ、とトビラの開く音。

 目が合ったその白衣を身に纏った男性は恐らく医師であろう。

「やぁ、目が覚めたようだね」

 小太りで胸にアマガエルのシールを張り付けた医師は自分の顔がカエルに似ている事を理解しているのだろう。最早その事をネタにしている。

「ここ……は?」

「ここは病院だよ。まぁ無理もないね、丸一日眠っていたんだから」

 カエル顔の医師はそんな事を言いながら聴診器を守越尊の胸に当てる。

 ひんやりとした金属が肌に触れ、ドクンドクンと正確に刻まれる鼓動が自分の中から聞こえて来るのがこちらからも分かる。

 丸一日。

 何故丸一日も眠る事になってしまったのか? その理由を尊は考える。

 ここは病院で、つまり自分は気を失っていたと言う事。

 尊は記憶を辿る様に何があったのかを思い出す。

 一昨日の夜ミサカと言う少女に会って、食事をした。その際に能力についての説明をしてもらった。

 能力者は自分だけの現実、パーソナルリアリティを手に入れる事によって能力を手にする。

 話しをした後街を歩いて、彼女が別れて後を追って

 その後……

 そう言えば、とカエル顔の医師は何かの思い出した様に

「あの女の子にはお礼を言っておいた方がいいだろうね。制服から常盤台中学の生徒かな? 茶髪で大きなゴーグルを掛けた女の子。君をここまで運んでくれたんだから」

「そうだ……先生! その子も怪我してませんでしたか!? 撃たれていたりしてませんでしたか!?」

 そう、ミサカはあの男と交戦して肩を撃たれて、最後の記憶では彼女は傷を負い血を流していた。

 それにも関らずカエル顔の医師から返って来た言葉は耳を疑うモノであった。

「いや、彼女には怪我どころかかすり傷一つなかったよ。ただ言葉使いが少し気になったくらいじゃないかな?」

 え? と尊は戸惑いと隠せない。

 そんな事は無いはずだ。あの夜確かに彼女は傷を負っていた。肩を銃弾で撃たれ出血し倒れた彼女の顔は既に血で染まっていた。

 それなのに、かすり傷一つ無かったと言うのはどう言うことだろうか?

 しかしこのカエル顔の医師が嘘をついている様には思えなかった。

 ではあの夜起きた事は何だったのだろう?

 その疑問だけが残った。

 

 

 10

 

 病院での検査の結果は異常なし。

 身体及び脳波にも異常は無いとの事で守越尊は退院した。もう一日くらい入院する事をカエル顔の医師はオススメしたが守越尊は帰る事を選択した。

 日が暮れた道をただ一人で守越尊は歩いている。

 その顔は腑に落ちない、納得できない、そんな面持ちだった。

 あの夜、ミサカと言う少女と会った事は彼女が病院まで運んでくれた事から事実だ。ではどこまでが事実なのか?

 傷を負い血を流すミサカを尊は見た。だがカエル顔の医師は怪我は無かったと言う。この矛盾は何か?

 もしあの夜の出来事が本当に無かったのだとしたら何故病院に運ばれたのか?

 何よりもこの背中や後頭部の小さな傷は何か?

 これは間違いなくあの時に出来た傷だ。それはハッキリと思い出せた。

「何がどうなってんだ?」

 ますます混乱の渦に飲み込まれていく。

 本人に会って確かめるのが一番早い事なのは分かっている。彼女はどうやら常盤台中学の生徒である事はカエル顔の医師から聞いた。

 ただ今は夏休み。学校に行ったからと言って会える訳でもない。それに時刻はもうすぐ八時になろうとしている。日の暮れた今日はもう無理だ。

「とりあえず今日は戻ろう。っとその前に」

 尊は財布の中身を改めて確認する。先ほど病院を出た時に確認をしたがやはり中身はほぼゼロ。お金を下ろす必要がある。またラッキーな事に少し行った所にコンビニらしき建物が見えている。

 とにかくお金を下ろそうとそのコンビニへと向かう事にした。

 三〇〇メートルほどの距離。

 五分も掛からないであろうその距離を歩いて行くのだが、

「あれ??」

 何やら見覚えのある白い修道服に身を包んだシスターさんがこちらに歩いて来るのが見えた。

「い、インデックス?」

「あっ、君はこの前の」

 両手に洗面器を抱える少女はもう元気だった。

 あれだけの傷を追いながら彼女は一命を取り留めていた。つまりは上条当麻が一先ずインデックスの命を助ける事が出来たと言う訳だ。

 血に染まっていたはずの修道服もまるでクリーニングに出した様に純白。安全ピンで止めてある事からあの時の物である事は間違いない。

 これも魔術の力なのだろうか? そんなモノがあっても不思議ではない。何せあれだけの傷を治してしまう魔術があるのだから、服の汚れを落とす魔術くらい朝飯前なのだろう。

 しかしインデックスだけでこんな所を歩いているのはおかしい。いくら銭湯が男女別々のモノだったとしても上条当麻が一緒に行かない訳がない。インデックスは狙われているのだから。

「所で上条とう――」

 言葉を出し切る前に

 何かがおかしい事に気が付いた。

 どうやらインデックスも何かを感じる様で辺り見渡している。

 辺りの静まり返った様子はあまりにも不自然過ぎる。

 人通りの少ない道なのだろうか? と辺りを見回すが、人が少ないのでは無い。

 人がいないのだ。

 並び立つ建物に出入りする人さえ見受けられない。見渡す限りの無人の道路。

 信号機の光、風力発電のプロペラ、そう言ったモノだけがいつも通りに仕事をしているのだが、まるでこの場所だけ違う世界に切り離された様な感覚。

 日常では無く、異常であった。

「これは――」

「――人払い。対象となる相手と自分以外の人を退けるルーンの一種」

 インデックスはそう答えた。

 ルーンと言う言葉は聞いた事がある。

 それは数日前、インデックスを回収すると言った男が使っていた。それは数日前、人一人を平気で殺そうとした男が使っていた。

 カツ、と無音の背後からの足音。

 最早振り向く事をしなくても何となくその正体は分かった。

 金髪を赤色に染めた髪に右目のまぼたの下にバーコードの形をした刺青(タトゥー)が刻み込まれてある。

 暗闇から姿を現したのは数日前男子寮を襲った魔術師ステイル=マグヌス。

 その表情は初めて会ったあの時と変わっていない。

 口の端で火のついた煙草が揺れている。

「やぁ、また会ったみたいだね」

 その顔を見た瞬間、無意識に拳に力が入った。

 ステイル=マグヌスが放つ炎は一瞬にして人間一人を簡単に殺せてしまう。なぜ上条当麻が無事なのかは分からないが、彼の能力に違いない。

 しかし自分はどうだろう? 能力すらない、魔術が使える訳でもない。

 後ろには狙われる少女インデックス。この状況で彼女を守れるのは自分しかいない。

 手が震えている。もしもあの炎が自分に当たってしまえばそこで命は終わってしまう。

「とうまはまだ向こうなんだよ」

 インデックスの突然の声に尊は我に帰る。

 何の返答かと思いきや先ほどの途中まで言いかけた質問に対する答えであった。

 となると、やはり自分一人で彼女を守らなければならない。しかし戦った所で勝ち目が無い事くらい分かっている。

 魔術師との距離は約十メートル。

「ここは――」

 グッと足に力が入る。この状況での最良の選択は

「――逃げるしかないよな。インデックス!」

 ばっと一八〇度回転すると二人は全力で走りだす。

 インデックスも大方同じ事を考えていたらしくほぼ同時に走り出した。

 人をかき分けると言う行為は必要ない。この一帯は人払いのルーンによって無人である。ただ走るのみ。

 しかしそれは向こうも一緒である。だれもいないと言う事は

「灰は灰に、塵は塵に――――」

 左右の手から炎剣が伸びる。

「――――――――――吸血殺しの紅十字!」

 思いっきりやれると言う事。

 轟! と放たれた大バサミのような炎が水平に襲い掛かる。

「インデックス! 頭を下げろ!」

 頭を大きく下げた二人の頭上三〇センチを大バサミの炎が通過して行く。

 直撃は免れた、と安心するのもつかの間、

 その炎は通過し数メートル先で爆発音と共に大きな炎の壁となって二人に立ちふさがった。

(――やられた)

 ステイル=マグヌスが放った炎は二人に向けられたモノではなく。前方へ放ち二人を足止めさせる事が目的だった。

 が、気付いた時には前方は大きな炎の壁であった。

 道路幅一杯に広がる高さ二メートルの炎を越えて行く事は不可能であった。

 近くに水もない。ただあったとしてもこの炎が水なんかで消えるとは思えない。

 振り返る先にはステイル=マグヌスがゆっくりと歩いて近づいて来るのが見える。

 ふ、と視線の右に――

「インデックス、こっちだ!」

 見えたのはビルとビルの間にある裏路地への入り口。

 インデックスの手を引き、滑り込むように裏路地へと入って行く。捨てられたゴミが異様な匂いを放っていようが瓶から流れる液体を踏もうが、ただ裏路地を走った。

 後方から放たれる炎は二人の手前で爆音と共に燃え上がる。二人に当たる事は無かったが、それは足を止めた瞬間に炎に包まれてしまう事を意味する。

 一〇分ほど走った。するとまるで自分たちを見失ったかの様に炎が飛んで来なくなっていた。

 ただ振り返るが闇の向こうに魔術師がいるのかどうか分からない。とにかくその引く手を離さないように出口へと走った。

 光が差し込む裏路地の出口。走り抜けた先には――

「――人がいる」

 先ほどまでの雰囲気と違い、周りには所々にカップルの姿や学生の姿が見える。つまり人払いのルーンの影響を受けていないと言う事だ。

 裏路地の方に目を向けるが炎が飛んでくる事も無かった。

「逃げ切ったのか?」

 フゥと大きなため息と共に力が抜けた。

 裏路地を通った所為かうまく撒く事が出来たみたいだ。隣でインデックスも「やったぁ」と手をあげて喜んでいる。

 魔術師ステイル=マグヌスから逃げ切ると言うとにかく自分の出来る最善を尽くした。

 後は上条当麻と――

(上条当麻は大丈夫なのか?)

 ふとそんな事が頭に浮かんだ。

 ステイル=マグヌスが現れた時インデックスは、上条当麻はまだ向こうだ、と言っていた。つまりはあの近くに上条当麻は居たと言う事だ。

 かつて魔術師ステイル=マグヌスは『僕たち』と言った。インデックスの傷も炎では無く何かによって切られたモノであった。

 つまり、ステイル=マグヌスばかりに気を取られていたが、魔術師は最低でももう一人いる。その仲間が上条当麻を襲っていると言う事は無いだろうか?

 ステイル=マグヌスが放った炎に自分たちを直接狙うモノは無かった。それがただ単に時間稼ぎだとしたら? 上条当麻から離れさせる為のモノだとしたら?

 ただ本当に撒いた可能性もある。

 しかし上条当麻の安否を確認するためには戻る必要があった。

 来た道を戻る事は危険極まりない事であるが尊は嫌な予感がしていた。

 インデックスにも理由を説明すると二人は再び裏路地へと入って行く。来た道全てを覚えている訳ではないが、大体なら覚えている。小走り気味に裏路地を進む二人。改めて見てみると色々なゴミの臭いが混ざり合い複雑な臭いを放っている。自転車や何かの電化製品のゴミ、無残に捨てられた生ゴミなど、こんな所を通ってきた自分を感心していた。

 先ほどとは少し離れた場所に出た二人は小走りを止める事無く道を戻った。

 風が止んだ所為か風力発電用のプロペラはほとんど回っていない。辺りに人が居ない事から未だにルーンが刻まれている。つまり近くに魔術師が居る可能性は十分あり得る。しかし二人の足は止まらない。

 片道三車線の大通りに出た所で二人の目に入って来たモノは、一枚だけがまるでレーザーか何かによって切断された風力発電用のプロペラ。切り刻まれた街灯や街路樹。粉々に砕かれたアスファルト。その真ん中に

 ワイヤーか何かによって切り裂かれ血まみれになった右腕。

 体中に無数の切り傷。

 ボロボロの体で

 上条当麻は倒れていた。

「と、とうま!」

 インデックスは上条当麻に駆け寄るが、体中の力を全て使い果たして人形の様にピクリとも動かない。

 上条当麻の意識は無かった。

 心臓は脈を打ち、呼吸もしている。生きている。

 ただこの場に長居は出来ない。どう言う訳か魔術師の姿は見えず襲ってくる様子も無い。

 尊はとにかくこの場を離れる為に上条当麻を背負い立ち上がった。

 いくら上条当麻が細い部類に入ると言っても高校生の男子だ。インデックスの時とは違いズシっと体重が伸し掛かる。ふらつきながらも少しでも早くこの場から立ち去る為に尊は力を入れる。

 その様子をビルの屋上から見つめる二人の魔術師が居た事は尊とインデックスに知る由もなかった。

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