一夜にしてレルネーは半壊した。
伝説とされていた竜が突如として蘇り、英雄の手によってその幕を下ろした。
日が昇るにつれ、街の状態も明らかとなった。
大沼を中心に拡がる木造建築群は燃え炭となり、戦闘の余波によって所々倒壊している。
ナルキソスという脅威は去ったが、これからレルネーは悲惨な結末となった街を復興しなければならない。
泥はシキの手によって完全に蒸発しているため、泥の撤去作業はないが、瓦礫の撤去はしなければならない。
「シキくん! 勝ったよ! 勝ったんだ!」
最後までレルネーのために戦った傭兵たちは勝利の雄叫びをあげて、お互いに喜びあっている。
それを眺めていたシキの元へ、遠くから先程の戦闘を観戦していたヘスティアが駆け寄ってくる。
自分の眷属の偉業を、自分のことのように喜ぶその様子に、シキはクスッと笑う。
「勝ったよ、ヘスティア」
「うんうん! 凄いよ! なんてったってボクのシキくんなんだからね!」
シキとヘスティアは互いに抱きついて、今回の勝利に喜んだ。
その様子に気づいたアンドラは傭兵の輪から抜け出して2人に近づく。
「シキ! ヘスティア様! この街のために戦ってくれて感謝する!! 俺たちに出来ることは少ないけど、出来る限りの礼は尽くす!」
「礼なんていい。それよりも──」
シキは右手を前に出すと、アンドラは意図に気づいたのか、その手を握る。
戦友の握手にヘスティアや周りの傭兵らも歓声をあげる。
─────────────────
ここはとある薄暗い都市国家。
一柱の女神が治める独裁神聖国家。
その王城の玉座にて薄気味悪く嗤う女神が、頬杖を付きながら目の前に設置された鏡を眺めている。
「どうやら実験は成功したみたいですね」
女神の傍には彼女に仕えるメイドの服装をした人間が1人。
また、鏡の後ろで跪き控える全身黒ずくめの西洋鎧を着込んだ男がいる。
「主よ、ですが個体としての価値はゴブリンと変わらない程度のものです。失敗かと……」
「いいえ。いいえ。ふふふふ! バルバトス、あなた私のこと───全く理解していないのね」
黒鎧の男─バルバトスと喚ばれた男に、女神は酷く冷えきった目を向ける。
睨みつけるよりも尚、酷く強い威圧感にバルバトスは思わず恐怖心に、鎧を震わせる。
「も、申し訳ありません!」
「まぁいいわ。私の求める人に漸く出会えたのだから」
「そ、その男が例の?」
「えぇ。美しいでしょ? 彼の目」
女神はまるで愛でるかのように鏡の上からソレを撫でる。まるで慈愛の母のように彼を愛おしく眺める。
その様子にバルバトスは目線を下に向け、歯を噛み締めて苛立ちを表に出さないようにする。
しかし、それすらも見透かしているかのように女神はバルバトスに嘲笑を浮かべながら次の指示を出す。
「バルバトス、次のフェーズに移行しなさい。そろそろ
「はっ! 我が主の仰せのままに。必ずや成功させてみせます」
バルバトスが王の間から退席したのを確認した女神は、斜め後ろに控える側仕えに鏡を片すように告げる。
「漸くね。うふふふふふ。うふふふあははははは。私を愉しませてね? 私の──私だけの英雄様」
女神はこの先近い将来起こる自分の最高の未来に思いを馳せる。
その日、その国の王城には女神の甲高い笑い声が暫くの間、続いていたという。
──────────────
「はい! シキくん! これが君の新しいステータスだよ!」
「ありがとう」
「君の希望通り、レベルアップは先送りにしたよ」
英雄として歓迎されたシキとヘスティアは、レルネーの復興作業は自分たちでやるらと住民側から言われたことで、やることがなくなってしまった。
あの戦火の中、無事だった宿に仕方なく戻り、ステータスの更新を行っていた。
シキは今回の戦闘で確実にレベルが上がった実感があったので、ステータス更新の際にレベルを上げないようにヘスティアに頼んでいた。
「Sまで伸ばしてから更新しないと、見えない差が埋まらないからな」
シキ・アンブロシウス・ウェールズ
『Lv1』
力:C676
耐久:A803
器用:B749
敏捷:S912
魔力:S999
【スキル】
〈
﹣『不安定未来視』『極行世界の認識』『螺旋縮図・根源』
〈
﹣戦闘時『星癒』『魔導』『守護者』を発現
﹣聖火の魔力を譲渡することで、対象を内側から癒す。
﹣指向性を持たせた魔法の威力に中補正
﹣戦闘時、一定範囲の人類に対して士気向上、ステータス高補正
〈無垢識・太極〉
﹣『太極』を発現
﹣清浄なる精神耐性:神の権能/呪い/洗脳/精神干渉に対して、「完全無効ではないが、極端な影響を受けない。
﹣上位存在と戦う度に獲得
【魔法】
〈神葬儀礼・虚式〉
﹣付与・速攻魔法
詠唱式『
連結式『
属性『
〈
﹣結界魔法
シキの手元にある紙に書かれたステータスには、異常な数値が叩き出されていた。
魔力がカンストしているのは言わずもがな、その他の数値もナルキソスとの戦闘で鍛えられたものだ。
難易度的には駆け出しレベルがゴライアスを倒すようなものだろう。
自身のステータスを確認したシキは内容を頭に叩き込み、紙を魔法で焼き消した。
「さて、次はどこに行こうかね」
「え? もう出るの?」
シキは元々レルネーの街に長期間留まるつもりは最初から無かった。この旅というのもオラリオに向かう為のものだったからだ。
「もともとオラリオに行くまでの道中を遠回りして、世界を見て回るのが目的だったからな」
荷物を纏め終えたシキ一行が宿を後にすると、街は祭りで賑わっていた。
レルネーの住民は半日前にあった出来事が無かったかのように踊り歌い、飲んで食べて盛り上がっている。
倒壊した建物を集めて燃やし、それを中心に祭りを楽しんでいる。
陽気な街の雰囲気を背にシキとヘスティアは東の門へと向かう。
誰にも告げず、今も尚、祭りを楽しむ人々は英雄に乾杯して騒いでいる。
「いいのかい? みんなはシキくんが来るの待ってると思うけど」
ヘスティアは街の喧騒に度々振り返り、シキへと尋ねる。
「いいんだ。俺はヒーローになりたい訳じゃないから」
2人が東の門へと辿り着くと、門の詰所では門番としての仕事で祭りに参加できない門兵らが酒を片手に騒いでいた。
騒いではいるがちゃんと仕事はしているようで、シキの姿を見ると詰所から1人顔を出してきた。
「んぇ? レルネーの英雄さんがどうしてこんな所に?」
「もうこの街を出ていく予定なんだ。楽しんでるところ申し訳ないが、門を少し開けてくれると助かるよ」
シキの思いがけない返答に、一度は内容を咀嚼し、門のレバーを開けようと手を伸ばした門兵の男は、これは美しい二度見をかまし、口に含んだ酒を勢い良く吹き出した。
「もももも、もう一度言ってくだぁーせぃ」
「ん? この街から出るから門を開けてくれ、と」
「「「「えぇぇぇえええぇぇぇえ!!!!」」」」
詰所にいた同僚たちも思わず声を揃えて驚いてしまった。
それはそうだ。彼らからすれば、シキはこの街を救ってくれた恩人。街中でシキと女神ヘスティアを最大限饗すと決めたはずなのに、シキとヘスティアの「もうこの街を出ていく」という発言で全てドブに捨てたような物だからだ。
彼らからすれば、なにかこちら側が粗相をしてしまったから呆れてこの街から出ていこうとしているのではないかと勘ぐるのは、ごく自然なことである。
「なな何か街の奴らがやらかしました?!」
「いやそんなことされてないが」
「じゃ、じゃあもしかしてサプライズをやるってんで、お二人さんを呼びに行くのが遅れてしまったのに、もう祭りが始まってるからとか?!」
「サプライズがあるのかい? シキくん! ボクそれ見てみたいかも!」
ヘスティアの能天気な返答は無視して、シキはキッパリと門兵に「違う」と答える。
思いのほか、この門での騒ぎがうるさかったのか、シキとヘスティアを探しに来たアンドラがこちらに気づいて走ってきたのだ。
「シキ! 今確かに聞こえたぞ! お前、もう出ていくのか?」
「アンドラか。あぁ、十分休めたからな」
「みんなレルネーの英雄の登場を待ってるんだぞ?!」
シキはアンドラの訴えに対して淡々と答える。
「俺がこの街を救ったのは気まぐれだ。勝てない戦いだった。ただ、誰も戦える者がいなかったから代わりに戦っただけ。この街を救おうと思って戦った訳じゃない。俺はただ俺の命とヘスティアを守るために戦っただけだ。
──この街を救ったのは紛れも無いアンドラ、お前だよ」
「それでもこの街を救った事実は変わらない! 俺は、俺たちはみんなアンタに感謝してるんだ! せめて饗すくらいはさせてくれ……頼む!」
アンドラは頭を下げ、それに習うように門兵たちも慌てて頭を下げる。
街の住民たちは心からシキの活躍に感謝している。
何も出来なかった自分らがせめて出来るとしたら、2人を饗すくらいだと考えて導いた結果なのだから。
「その気持ちは嬉しいよ。でも、長居するつもりはないんだ」
頭を上げたアンドラの、シキを見つめるその瞳には涙が滲んでいた。
「俺さ、シキのおかげでガキの頃の夢思い出せたんだ。思い出したってよりかは、もう一回目指してみようって思ったんだ。俺はあの後ろ姿に惚れちまったんだ。あの時、俺にもっと力があれば。あの時俺にもっと勇気があれば。なんて考えちゃって。それでもシキのカッケェ後ろ姿に、諦めてた心に火が灯ったんだ」
「アンドラ……」
「だからよぉ……俺、お前の背中追っかけてもいいかなぁ。俺もっと強くなってこの街1番の傭兵って肩書き背負って、あの竜にも負けねぇくらいに強くなって英雄って肩書き目指してみてもいいかなぁ」
アンドラは子どもが癇癪を起こしたように、涙が止まらずに鼻水をぐじゅぐじゅになって思いの丈を話す。
「───英雄の道は……過酷だぞ」
「分かってるさ! それでも、それでも憧れた背中を追い求め続けなきゃいけないって思っちまったんだ!!」
「こんな若輩を追うようじゃあ、英雄なんて無理だなぁ」
シキは煽るようにアンドラに告げて、ヘスティアの手を掴んで門へと駆け出していく。
既に開かれた門を通り過ぎると、その脚力を活かして瞬く間に遠くの道へと走っていった。
「うるせぇぇぇぇぇ!!! ぜってぇー! なってやるからなぁァァァ」
アンドラは門の傍からシキへ、両手をあげて宣言をする。
シキはヘスティアを抱えて振り返ると右手を天へと突き出す。
「次来る時には、強くなってるんだぞー!!!」
ヘスティアはシキの左脇でぐるぐると目を回して「急に引っ張らないでくれよお」と情けない声をあげるだけだった。
今回の後日譚というよりは、いずれ黒歴史となる話。
レルネーでの出来事は瞬く間に世界に、商人や詩人、傭兵らの声で拡がり、世界的に「竜殺し」の英雄として格が付けられたシキであった。
そしてシキが旅立って数日後のレルネーには竜とシキが戦う石像が建てられることは、シキが再びこの街を訪れるまで知ることは無かった。
タンタカタン