幕間【宿業】
俺は生まれながらにして記憶が存在していた。
赤ん坊によくある胎内記憶なんかではなく、「あぁ、自分ってこんな感じなんだ」という自身の存在を知覚出来た。
血筋が特別なのだから当たり前だろうと言われてしまえば、それでおしまいになってしまうが……。
俺にあったのは、世界の救世主、英雄、勇者、それらに該当する何かになるために生まれてきたのだろうと、漠然とした記憶があった。
俺が生まれたハイエルフの一族というのはウェールズの民で、かつて精霊から血を分けてもらい、それを受け継いできた一族らしい。
生まれながらにして精霊の血と力が受け継がれる。
それも一番最初に生まれてきた子どもにだけ、その精霊の力が受け継がれるというものらしい。
以降生まれる子どもには精霊の血が混ざってるハイエルフという少々特殊なだけで、精霊の力が遺伝的に受け継がれることも、覚醒的に受け継がれることもない。
理由は俺も知らない。
ただそう父親に教えこまれただけ。
てか、普通生まれてきたばかりの子どもにそんなこと言うか?
常識のない親だなんだって呆れた覚えがある。
ウェールズの森に住むエルフの多くは、俺たちハイエルフを本当の精霊の生まれ変わりだ、と信じて移住してきた変わり者ばかりだ。
エルフの里なのに極東に位置し、そこを事実上統治している女神アマテラスとの親交も深い謎めいた集団だ。無論、露出度含む貞操観念なんかは一般的なエルフと変わんなかったりする。
1歳になった俺は正式に自分の名前を知った。
シキ・アンブロシウス・ウェールズというらしい。
長い!
覚えられんわ!
どうやらウェールズのハイエルフ(精霊の血を受け継いでいる者)は物事の習得する速度が異常に早く、原因は不明だが3歳までにはそこらにいる15歳の男たちよりも知力や運動能力が上回る身体が出来上がるらしい。
そう、つまり1歳にもなれば歩けるし、短い距離ではあるが走れる。
そして、文字の読み書きは
人って早く成熟し過ぎるとやることなくなって世界がモノクロに見えるって本当なんだね。
俺は暇だったのだ。
暇ゆえに父の許可無く、メイドの追っ手を振り切って図書館に入り浸ることになる。
ついでに言うが、俺の家に代々仕えてるメイドはみんな可愛い。エルフの時点で里のみんな美人なのだけどね。
まず調べることは1つ。
ウェールズについてだ。
1週間、1ヶ月、3ヶ月と図書館に入り浸って、だいたい読んで理解した。
俺の持つ目は、正確には精霊の血由来のものでは無いということ。
もっと別の何かによる原因によって、所謂魔眼と言われる存在を持って生まれてきてしまったということ。魔眼というよりは淨眼に近いとアマテラスが言ってたけど。
ん? なんでアマテラスと会話してるかって?
1週間前にここに俺を見に訪問してきたアマテラスが俺の目を見て教えてくれたのだ。
どうやらこの世界でこの目があることに驚いていたみたいだが。
淨眼というのは、種類や状態のランクで多く存在しているので物によって見えるものが違う。
簡単に言ってしまえば、普通の目では見えないものが見えるようになってしまうのが淨眼の能力である。
そして、どうやら俺の目はその中でも最高に位置するものらしい。
神の持つ眼と同程度、もしくはそれ以上のチートらしい。チートってなんだ?
まぁ、確かに淨眼なんかよりも千里眼が正しいのでは?と思うことは多々あった。
アマテラスが訪問してくることが分かったのも、俺がここまで追っ手を振り切って1人でいられるのも、全てこの眼のおかげなのだから。
アマテラスからは人には言わないようにしてね、と言われたので家族にも黙っておくことにした。
人差し指で口をしーっとする仕草は大変可愛いかった。
ウェールズの初子である俺に与えられた役割は、「ウェールズの発展」と「初子に与えられた役割を識る」ことである。
発展はまぁ、ハイエルフの血を途絶えさせずにウェールズの里を存続させること、なのはわかるだろう。
後者はつまり、何故初子にのみ精霊の血、正確には夢魔の血が受け継がれるのか、その意味を識ることだ。
これは今まで分からなかった。
夢魔だと分かったのは、文献の中に記されてあったから。
どうやら先代のうちの一人が夢魔と自称している存在と出会い、その姿が初代ウェールズを救った存在と似ていたのに加え、その存在から「順調に受け継がれているようだね」と自分の正体と共に言い残していた。
だから初子に受け継がれる精霊の血は夢魔の血だと分かったらしい。
夢魔って精霊なのだろうか?
疑問はあるが、少なくとも悪い存在ではないだろう。
夢魔が知性ある時点で魔物では無いのは確かだからね。
話は戻るが、俺に与えられた役割を簡単に言うと、「何故夢魔が俺に血を受け継がせたのかその理由を知り、その目的を達成するか、分からなければ子供を産んで次代にとっとと投げ出せ」ということである。
現状産まれたての俺に出来ることは大人しく勉強と鍛錬をするしか出来ないので、一旦忘れることにした。
5歳になった。
去年妹が産まれた。
名前はルナティア。
由来は言わずもがな。
ちなみにめちゃくちゃ可愛い。俺は前世聖人だったのかもしれない。
5歳になればそれなりに自由に里をふらつくことが出来る。
もちろん護衛はついているけど。エルフの里でハイエルフの王子に何かする輩は居ないんだけどね。
ウェールズの森はアマテラスが治める極東において、アマテラスからの要請で森周辺の警備を担当している。
それ故に、閉鎖的なエルフの里とは違い、外との交流もある。
その分エルフを狙う悪い連中の的にされることがある。頻度で言えば、ひと月に2回は外部から襲撃に合うと思ってくれていい。
7歳になれば俺自身も森の警備に参加することがある。王たる者、民を導く必要がある。
将来的にウェールズを導く立場に就く俺が暗君になるわけにはいかないからな。
森を住処にする動物や魔物を狩る仕事や、森に侵入しようとしてくる敵、森から少ししたところにある村との交流に、少しずつ外聞を広めていく。
10歳になる際に王位継承の儀を行い、正式にウェールズを統治する里長、つまりは王様になる。
実際に実務を行うのはまだまだ現役の父が行うんだけどな。
俺が18になるまでは二頭政治で行うシステムらしい。
内政は前王、外交と戦闘では王位継承した者が行う。
その間少しずつ内政も学び、徐々に前王は隠居の道へと進む。
精霊の血を受け継ぎ(実際は違うが)部類的には神人となった俺という戦力を眠らす理由がないからな。
10歳になった俺は朝廷のある都に赴き、女神アマテラスと対面し、正式にウェールズの王となったことを報告する。
その際アメノマヒトツ神によって鍛造された
アマテラスの駄々によって極東に暫く滞在することになったので、1、2ヶ月ほど極東で知識を深めることにした。
極東を率直に言ってしまえば、治安が圧倒的に悪い。
朝廷という国家系ファミリアではあるが、実情は各地で大名の反乱や独自組織を作りあげたり、横領に奴隷、人質、売春、殺人、盗みetc…..、正に戦国乱世乱世なのだ。
それ以外にも
朝廷も朝廷で安心出来る要素は少なく、高位の氏族が政に関わっているのだが、その間にも権力争いがズブズブで、俺にもその手が延びているのは感じた。
気持ち悪い顔でゴマすって来た氏族連中の内情を精霊に頼んで探ってもらった。
え? なんで精霊を使役してるかって?
元々ハイエルフだったこともあり、夢魔の血を受け継いだ影響で、精霊との親和性が更に高くなった俺は、俗に言う精霊に愛された存在だった。
それに多くの属性の精霊と交流が深めれたのもこの眼のおかげだろう。
精霊という個を実体として捉えることで、精霊を感じるよりも明確に精霊という存在を認識出来た。
媚び売ってきた氏族連中が「エルフのガキが偉そうに」と言っていたのを精霊から聞いた時は、正直小一時間ほど笑いが止まらなかった。
都滞在中に、何もせず歓待を受けるほど詰まらないものは無い為、視察と呈して朝廷治める各地を回ることにした。
そこで見たのは正しく地獄だ。
人は簡単に死ぬし、争いは途絶えない。
双方互いに己の私欲を埋めるための行動でしかない。人間とはそういうものだが、この地に広がるのはもっと悪辣で趣味の悪い醜悪さだ。
人を殺し、加担する村を襲撃し物資を奪い、女は慰み者に男は労働の奴隷に、子供は捨てられる。
それでいて自国を治める土地の民衆は当事者では無い為、仮初の幸福が続く限り、無知であり続ける。
虐げられた一族は一生虐げられる弱者として。
良くもまぁこんな治安の悪い状態で長い歴史を歩んで来た、と感心するものがある。
醜悪な連中が行う自称政治的行動に、何も思わないことなどない。
普通に立場など無視して敵対してもいいと思うくらいには、俺の傍で笑って解説する氏族の男に腹を立てている。
決して表には出さないけど。
この争いは単純に互いの大名の間に生まれた不和を解消できず、膨れ上がった結果の抗争だ。
この戦争が悪かどうかで判断する必要は無い。
言葉で理解出来ないなら、武を持って証明する。武人らしい考え方だ。
だが、例えその戦いに誉れがあっても武人として戦うのなら、民衆を巻き込んでどうする。
戦う力を持たない人らを襲撃して得た戦果に、果たして価値はあるのだろうか。
不本意にも、俺の視界には人々の憎悪が侵入してくる。
事象の在り方を視覚情報として捉える俺の眼で最も精神を揺さぶるものは、死の線以外に人々の憎悪の感情だ。
争いによる他者へのマウントは無くなることは無い。
モンスターによって生まれた飢餓による障害という小さな火種は、権力者によって大きくされる。
権力争いが途絶えることなく、ドロドロに繰り広げられているこの極東において俺に出来ることは、助けを求める者の手を掴むことだけ。
決して俺の方から差し伸べることはしない。
朝廷で滞在して1ヶ月ほど経った頃、俺は奇妙な女と出会った。
父親が何かやらかしたみたいで大怪我を負ったので里に戻ったときだ。
大怪我と言っときながら、久しぶりの狩りに興奮してぎっくり腰をしただけだった馬鹿な父親に、腹が立ったので腰を蹴っといた。
奇妙な出来事というのは、暇つぶし程度に先代が精霊に出会ったという湖の畔に水浴びをしに行った時に、花の香りと共に姿を現した真っ白な女と出会った。
「待ちくたびれたよ。ようやく君と話せる時が来たんだからね」
現れた女はマーリンと名乗っていた。どうやらウェールズの伝承にある精霊とはこの女のことらしい。
夢魔と人間の混血らしく悠久の時を過ごす暇人らしく、キャスパリーグという世界を滅ぼしうる獣を助けてくれたお礼に『この先起こる滅びの結末を変える』伏線で初代を助けたんだと。
んで、様子見でこの世界に姿だけ投影しに来た時に出会った先代を見て、「まだ早かった」から俺が産まれるのを待っていたらしい。
「私は人間には興味無いけど、君個人には期待しているんだよ。君はこの星に愛されている。星が望んで君に未来を託したと言えるくらいに、ね」
彼女が言うには、本来有り得ない存在が混じったおかげで特異点化してしまっているこの世界で、滅亡装置として用意されている黒竜を押し退けて、7つの獣が居座るから俺が用意されたらしい。
元々あった俺の役割というのがそういうことなんだろう。
「星の契約の下、世界の寄る辺に従い、常世総ての善悪支配する英雄に祝福を、七天輪転する抑止の輪よ、今この時はその制約を棄却する」
「これは────」
「私が勝手に施してた封印を解いただけだけどね。これで理解したと思う。私が君を英雄へと導くってことをね」
なんかたった一瞬でこの世界の全てを理解したかのように、頭の中に無限の情報が入り込んできた。宇宙猫になった気分だが、淨眼の変質と体質が星に近くなったことで、星の守護者として生きていくことになりそうだ。
「ん? そんなに私の顔ばかり見ていていいのかい? もしかして惚れちゃった?」
妖艶に笑う
多分こうして初恋を拗らせる人が多いんだろうなって思った。
どうやら彼女は姿を投影することでしかこの世界に顕現することが出来ないらしく、限定的な組み合わせで出会うことが出来るが、夢の中ならいくらでも会えるというので、今後眠ったら修行をするらしい。
かのアーサー王を鍛えた女性だから楽しみではある。
自分の運命を知ってどう思ったかって?
何も思わんさ。
元々役割は分かっていたことだから、困惑することなくすんなりと受け入れられた。
何も変わらなくは無いけど、ネガティブに変わる訳じゃない。
英雄になりたかった自分が英雄になるべくして生まれたのを知っただけ。
まぁその英雄に憧れた思いが偽物の可能性はあるけれど、何もせずに滅びを見守る行為だけはしたくないから結果的に良かった。
マーリンが帰るついでに
仕込み杖と呼ばれるものだ。
装飾はかっこよくしてもらった。
これが厨二心を揺さぶる感じか。
朝廷のアマテラスの元に戻ると、怪訝な表情で「何と出会った」って聞かれたから、ありのままのことを話した。
特に言われることは無かったが、「その道は過酷だよ。辛くなったら何時でも私の元へ帰ってこい」と心配してくれた。
受け入れたことを今更降りはしないんだけどね。