無窮の果てに   作:雀盆

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展開を進めて早くオラリオに行く、それが今1番の目標


揺れ蠢く蠱毒

 

 

 

「お願いします!助けてください!」

 

 シキと分かれて学区を見て回っていたヘスティアとそれに付き従うエレナは、目の前で起きていることに思考が停止していた。

 なにせ公園で子供たちと少し遊んでから小腹が空いたために、ふらっと立ち寄ったお店の海豹の串焼きをシキとノンナの分も含めて購入した頃。

 ヘスティアとエレナはすぐ側の路地に入った場所で休憩していたところ、奥から小さな男の子を抱えながら走ってきたボロボロの少女がヘスティアに対して土下座をしたのだ。

 

「お願いします!どうかどうか!私の弟を助けてくださいませんか!」

 

 少女は必死に地面に擦り付け、泣きながらヘスティアに懇願していた。

 男の子の方は何か病に罹っているのか、苦しそうに呻きながら、その少女に身を預けていた。

 この異常にいち早く立ち直ったエレナは警戒心を強め、ヘスティアの前に躍り出た。

 

「ヘスティア様は後ろに」

 

「エレナ君、僕は大丈夫だから。それよりも君も顔を上げてくれ」

 

 ヘスティアも驚きで声が出てなかったが、さすがに目の前の現状に正気を取り戻し、少女に理由を話すように促す。

 

「いきなりどうしたんだい。君はいったい」

 

「わ、私の弟が!弟が!お願いします、女神様!私たちを助けてください!おねがッ!───」

 

 少女の身体を起こそうと触れようとしていたヘスティアの腕を掴み、涙と鼻水を垂れ流しながら同じことを繰り返す少女に、エレナは手刀で強制的に眠らせた。

 ヘスティアの腕で眠る少女は見た目の数倍軽く、何日も風呂を入っていないのか、髪も肌もボロボロで身体から異臭が漂っていた。

 

「ヘスティア様、何か感染症を患ってる可能性があるのでその者らから離れてください」

 

 エレナはヘスティアの腕で眠っている少女と男の子に睨みつける様子に、ヘスティアは違和感を抱いたが、それ以上に目の前の意識がない少女と男の子を助けたい気持ちの方が強かった。

 

 ヘスティアは言わずもがな善神である。ヘスティアを知る神であれば諸手を挙げて圧倒的に善神であるというくらいには心が綺麗な持ち主だ。

 炉の女神であるヘスティアはその性質から暖炉=家庭には暖炉がある=家庭の女神でもある。それ故に子供の弱っている姿を放っておくことなど出来なかった。

 それがたとえ見ず知らずの子供であっても、一女神からすれば下界における人類は等しく、神の子どもであるからだ。

 

「シキくんの元へ戻ろう。シキくんも終わった頃だろうしね」

 

「その者らをどうするおつもりですか?」

 

「とりあえずこの子達はホテルに連れて帰ろうと思う。流石に見捨てられない。先ずはシキくんに話すのが先だ」

 

 ヘスティアは男の子を、エレナは少女を抱えてシキとノンナがいる図書館へと駆け出した。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

「それで、その子らを連れてきた訳か」

 

「うん。事情だけでも聞いてあげられるかなって」

 

 シキと合流したヘスティア達は馬車に乗りながら経緯を話していた。

 

「エレナも悪かったな。ヘスティアの我儘に付き合わせしまって。ノンナ、この子達をホテルの部屋に連れていくのは大丈夫そうか?」

 

「問題ございません。私達の任務はお客様が滞在中の間、お世話をするメイドです。主の命令であるのなら従うのみです」

 

「しかし、ジィルバ様にはお話を通しておきます。リュエル様にも報告致します」

 

 エレナは目を閉じながら、あくまで命令のひとつとして応えたのみと返答する。ノンナは少し思案した後にシキの質問に答える。

 

「それくらいなら構わない。ホテル側に綺麗なタオルと小さな子供でも食べれるような食事を貰えるように掛け合ってくれるか」

 

 ノンナとエレナは渋々ながら従ってくれてるようで、ホテルに着くとノンナはロビーに話をつけに、エレナは部屋の準備をするために足早に立ち去る。

 シキは子供二人を手荒だが、片手ずつ抱えて衆目に晒されながらも自分たちの部屋へと急いだ。

 流石に10歳程度の少女に4、5歳くらいの男児とはいえ、処女神であるヘスティアが洗う訳には行かなかった為、その仕事はエレナとシキが請け負うことにした。

 

(この子達…随分と汚れが溜まっている。まるで排水塗れの土地でずっと生活をしているかのような頑固な汚さだ)

 

 何度も石鹸で洗っては流し、洗っては流しを繰り返して、頑固な汚れを落としていく。

 バスルーム内は、汚れが水に溶けて色濃く黒ずんでおり、匂いもソープの花のような香りと排水の匂いが混ざり、鼻が曲がりそうな程の悪臭がした。

 暫くしてロビーで用事を済ませたノンナは貰ってきたタオルと子供用の服を持って、部屋に戻ってきた。

 

「シキ様。恐れ多いのですが、仮にここで彼らを綺麗にしたところで何も変わりません。この子は病に倒れ、少女の方は薬を買う余裕がありません」

 

 先程まで、黙って身体を洗っていたエレナはシキへと抗議の目線を送る。

 シキは一度目線をエレナに合わせると何も言わずに、男児の汚れを拭き取る作業に戻った。その態度にイラついたのかエレナは口調を強め更に続ける。

 

「貴方がもしただの善意でやろうとしているのであれば、これは偽善です。その場凌ぎの救済は、寧ろ無辜な民への毒となります」

 

 それらに全て沈黙を貫いたシキは水気を拭き取り、服を着せ自身のベッドへと寝かせる。

 その様子を見守っていたヘスティアは綺麗になった子供たちに寄り添うようにベッドの側にやってくる。

 両者の聖者のような行為にエレナとノンナがまた抗議しようとした瞬間、ずっと黙っていたシキは重苦しい空気にメスを入れるように口を開いた。

 

「誰かが困っているから助ける。確かに偽善だが、助けられるのに目の前で苦しんでいる人を見逃して、英雄は名乗れないだろ。今後のこの子達の責任は持てないよ。けれど、見捨ててしまえば、俺はきっと後悔したから」

 

 一触即発の空気の中、エレナはここで無闇に争うべきでは無いと判断し、一息ついた後引き下がった。

 

「ですが、一体どうなさるおつもりで?アルスート様にも報告しないといけません」

 

「彼には『ヘスティアが偶然見つけた少女と少年を俺が勝手に保護した。その対応についてどうするか』とでも伝えてくれ。最もこの子らについては君たちがよく知ってると思うけどね」

 

 シキが鋭い視線をエレナとノンナに向ければ、二人は一瞬だが表情を強張らせる。

 シキはヘスティアと合流して以来、二人の様子が明らかに焦っているように感じた。

 知られたくないものを見られてしまったかのように、チラチラとこの姉弟を見ていたのだ。

 エレナとノンナの二人がこれ以上反論してこないと判断したシキは、眠る姉弟に聖火の魔法を掛け、彼らを蝕む熱病と外傷を癒す。

 

 

「うっ…うぅん」

 

 微妙にピリピリしている空気の中、先程まで気を失っていた少女が目を覚ました。

 

「…ぅんっ。ここは」

 

「ここは、俺たちが借りてるホテルの部屋だな」

 

「えっと、お兄さんは誰ですか」

 

「俺?んー、複雑だが、君を連れてきたヘスティアって女神の眷属だ」

 

 少女はきょとんとしながら1人で「ヘスティア…ヘスティア…女神?…」とブツブツと繰り返すと直ぐに誰かわかったのか

 

「あっ!綺麗なお姉ちゃん!」

 

 少女に綺麗なお姉ちゃんと呼ばれて嬉しかったのか、「うへへぇっ」と気持ち悪い顔でニヤニヤと笑いだしたヘスティアは無視。

 シキはここに連れてきた経緯を軽く説明する。

 すると、今思い出したのかベットに眠る弟に気づいた。

 

「あの!その…ポックルを、弟を助けてください!一週間前から熱と咳が止まらなくて!私じゃ薬も食べ物も買えないから…」

 

 少女はヘスティアと出会った時のように、傍にいたシキに泣きじゃくりながら抱きついた。

 その様子にエレナとノンナは若干嫌悪感を滲ませているのを横目に、シキは「もう大丈夫だから」と安心させるように少女を優しく抱き締めた。

 

「まずは君の名前から教えてくれるかな」

 

「わ、私はサーシャって言います。弟はポックルって言います。私たちは貧民街産まれの孤児です」

 

「それじゃあサーシャ、まずポックルくんは無事だよ。ただ、免疫力が低下しているせいで治癒が遅れている。外傷に関しては、どれも綺麗さっぱり治してある」

 

「ありがとうございます!!なんとお礼を言っていいか!」

 

「次いで、君にも一応掛けてあるから、これをしっかり食べて元気になるように」 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

  心配事だった弟の無事も取れ、食事も取れたことで安心したのかすっかり明るくなったサーシャだったが、急に顔面蒼白になってガクガクと身体を振るえ始めた。

 このあまりの表情の変化にヘスティアが「ど、どうしたんだい!?」と尋ねると

 

「あ、あっ、あ、あの!ち、ち、治療費とか食事代とか何も払えなくて…」

 

 安心して束の間、忘れていた治療や食事、寝床を汚してしまったなど一貧民からしたら到底考えられない夢のような生活をしていると思い出したのだ。

 

「あぁ、それなら大丈夫。と言いたいところだが、流石に無償で何もかも助けますって、虫のいい話はないからね。それ相応の対価は払ってもらうよ」

 

「その、私で良ければなんでもしますから弟には何もしない───「とりあえず、貧民街について詳しい話とこの国について君たちの視点で教えてくれ」──ふぇ?」

 

「俺達はこの国に来てまだ日が浅いんだ。貧民街についても何も知らない。そんな状況で君たちの対価を決める為にも知っておきたいんだ」

 

 図書館では貧民街についての記述はなかった。

 どの国にも生活が苦しくなり、貧民たちが集うような場所は探せばあるし、大抵はその国にとっての汚点とも言える。

 街を行き交う市民に該当する人達は、布切れ一枚を服のように着込んではいなかった。

 有り得るとすれば荘区か。

 

「わ、私たちは、その、湖の近くに住んでて…」

 

 サーシャは側に控えるエレナとノンナが気になるのか、チラチラと表情を窺いながら、ポツポツと答える。

 その中で1つ、気になったことがあった。

「今私達の住む場所では、『人が消える場所で有名な荘区と同じように、貧民街でも人が消え始めていて…てっきりポックルが消えちゃうんじゃないかって』」

 少女の言っていた朧気な言ノ葉。 

 

「ポックルが起きたら、普段生活している場所まで送ろう。今回はただの気まぐれだからな、お金を要求するなんて大人気ないことはしないと約束しよう」

 

 若干不安げな表情は残ってるが、金銭でない事に胸を撫で下ろす。緊張の糸が途切れたサーシャはそのまま久しぶりの柔らかく暖かい夢へと堕ちていく。

 

「明日、彼が起きたら2人を送るついでに、ルコモリア湖でも見に行こうか」

 

「湖かぁ。またこの前みたいに竜がいた何てことあったりしない?」

 

 ヘスティアはレルネーのことを思い出し、苦虫を噛み潰したように答えた。

 

 

───────────────────

 

 

 ここは央区、その中央に佇む巨城の中。

 教皇が政務を執り行う豪奢な玉座を、より神聖的に飾り付けた玉座に、一柱の女神が頬杖を突いて座っていた。

 魅惑的な笑みを浮かべ、広間に集った兵隊に知性と獣性を問う。

 

「汝、何を望むか」

「汝、祝福を嫌う者。富を望むべからず」

「汝、死を嗤う者。名声を望むべからず」

「汝、愛を否定する者。力を望むべからず」

「問おう」

「不死の王コシン・チェイス。汝、何を望むか」

 

「絶対なる闇を。魂を喰らい、昏らき死の象徴として」

 

 女神の前には甲冑鎧を装備した漆黒の騎士のような男が跪いていた。

 女神の名はこのカザヌ・キーテッジにおいて最高神を名乗る自称『創造神ベロボーグ』。

 

「汝、如何なる為に」

 

「我等が大義の為に」

 

「嘆きは大地となり、死は風となって遍く地を覆う。これより、秩序を裏切りし女神たる妾が汝らを祝福しよう」

 

 

 

  

 

 

 

 

 




鳴潮は携帯でやるものじゃないですね。
もう100GB超えちゃいました
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