無窮の果てに   作:雀盆

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旅立ち

 

 いつもと変わらない日常。

 風変わりしない背景。

 朝寝床で目が覚め、そのまま夜まで自分の神殿の中で、ぐうたらと過ごすそんな日常。

 周りの友神は、天界から退屈しのぎに子どもたちのいる下界におりて、自分の眷属を作っている日常。

 いつも自分の胸を凝視してきた弟は気づけば下界に降りていた。そんな愚弟を追い掛けて凶義妹も下界に降りていった。

 

 そんなにも子どもたちが、命を懸ける戦いは楽しいものなのだろうか。

 人が勇姿を見せつけ、戦場で散りゆく姿に興奮するのだろうか。

 愛する者が戦いで殉じることよりも、愛する者が無事に生きて帰って来てくれる方が、よっぽどマシじゃないか。

 

「帰って来ないかもしれない子のために炉を焚べなきゃいけない、なんて悲しいじゃないか」

 

 今日も変わらず暇つぶしに『神の鏡』を使い、炉のある場所を眺め、ささやかな加護─簡単な守護の加護を触れて周る中、ふと訪れた場所に思わず魅入ってしまった。オリュンポスきってのぐうたら女神は何百、何万とみた光景に、ここまで心が掴まされるなんてことはなかった。

 

「───これは」

 

 先に下界へと降りたオリュンポスの神も他郷の神々も知らない。

 未だ天界で下界に降りる手続きをしているあの壁女神も美神も処女神も知らない。彼女だけが、炉の女神だけが見た、ある光景。

 

 突き動かされた心は止まらない。彼女はすぐに下界に降りる準備を行った。

 愚弟が天界から黙って下界に降りる際に、口止め料として渡してきたちょっと特殊な契約書。

 これを機関に提出すれば、長蛇になって並ぶ必要もなく、下界に降りる際に待たされることなく、優先的に降りれる。

 所謂ファストパス。

 何千、何万振りに見た神殿の外の景色は、相変わらず変化なく退屈な世界を写していた。

 

 

 

 

 

────原作開始〇〇〇年前

 

 戦場の跡地なのか、人か魔物か判断つかない無数の死体と地面に刺さる無数の武器が放置された荒原のなかにある丘の上では、年に1度咲くという月下美人が咲き乱れていた。

 戦場に不釣り合いな花畑は奇妙なことに戦火から免れ、月明かりに反射されるその玉体は見るもの全てを魅了する美女神のような輝きを放っている。

 

 美しい花々が咲く場所に、血によって重くなった身体を引き摺りながら向かう者が1名。

 戦場の生き残りだろうか。身体中から出血し、傍から見ればよく生きているな、と思えるほどの外傷。

 

 姿は男、そこらに転がる一部集団をみるに似たような格好をしていることからある民族の生き残り。

 野盗に襲われ万事過ごした後に、不運な事に魔物に襲われたのだろう。

 彼は肩で息をしながら、ポーチの中で割れてしまったポーション瓶を舐め、意地汚くも少しでも身体を癒せるように、零れた液体を舐めとっていく。

 

「───生き残ったのは俺だけか」

 

 分かっていた。

 過程はどうあれ俺だけが生き残ることは知っていた。

 村は突如.闇派閥を名乗る連中に焼き払われ、辛うじて逃げ延びた俺たちは追っ手に追いつかれ、この荒原で襲われ、間を待たずして魔物にも襲われた。

 

 俺の一族は少々特殊だったことを思えば襲われるのは仕方ない。死体でも人によっては大金を叩くくらいには価値のある一族だろう。

 極東に存在するエルフの一族、しかしエルフはエルフでもハイエルフと夢魔のハイブリッド。そもそも夢魔は人類なのか不明だがな。

 

「はぁ…アマテラスが言うには、大和の国に夢魔なんてファンタジーがいるのがおかしいとか笑われたが、今になってようやく分かるとはな」

 

 彼の目は他の人間と少しばかり様相が違っていた。彼は所謂魔眼と呼ばれるものを持っていて、その魔眼によって少々目に見える情報というのが、他よりも違っていた。

 彼の魔眼は魔眼の中でも最高位。

 魔眼の持つ能力のうちの『不安定未来視』によって、村が焼き払われこの丘で自分1人だけが生き延びる未来を知った。

 『極行世界の認識』によってあらゆる並行世界、別次元の世界を認識することで夢魔の存在やファンタジーの意を知った。

 

 神々からすれば、現代人が異世界転生や異世界転移することで知識チート云々の話とほぼ変わらないもので、自分たちの所有する神の鏡と同等性能の能力である。

 魔眼本来の権能の副次効果的な力であるため、本来の権能はもっと脅威的な存在ではあるが、一旦この話は置いておこう。

 

 多少体力が回復し、意識もはっきりしてきた彼は、改めて追っ手が来ないことを確認し、夜の冷え込みで身体が硬直してしまう前に、火を起こすことにした。

 お誂え向きに、ここには燃えやすい死体と燃えやすい武器が転がっている。薪として焚べるには充分だろう。

 

 美しい花を背に木で出来た武器らに枯れ木を使って火を付け、充分燃え広がったところに死体を投下していく。感染症対策としてもバッチリである。

 最初は襲撃者から剥ぎ取る物だけ剥ぎ取り、次は同族から使えるものを残し火に入れていく。

 

 感傷に浸ることは無かった。

 村では目の前で女は犯され男は串刺しに殺された。

 母がいた─串刺しにされて殺された父親の前で犯された。

 妹がいた─まだ幼かった故に充分に痛めつけたあとどこかに連れさられた。

 友人がいた─村から逃げる際の殿となった。

 部下がいた─最後まで主の命を守ろうと盾となった。

 目の前で殺される仲間に何も思わなかったことは無い。思い出はある。失いたくない家族もいた。

 だが、下を向くことだけは許されない。

 

変えられない未来を見た。

1度目は何もせず殺された。

2度目は村全体で逃げて殺された。

3度目は家族だけ逃げても殺された。

4度目は外部に助けを求めて全て殺された。

5度目は立ち向かい彼だけ生き残った。

6度目は散り散りに逃げて繰り返した。

7度目は…8度目…9………

幾星霜繰り返した果てに最後は諦めた。

 

 戦火は地獄。

 進むも退くも地獄。

 不条理にも不合理にも足掻いた結果、それは確定した。

 物語でいうターニングポイントなのだろう。

 ある一族の生き残り。

 あぁ、なんて悲しい物語なのだろうか。

 彼に与えられた英雄としての使命はただ一つ。

 遥か先、遠き未来において7つの獣を撃ち落とし、母なる神を救済すること。

 サイは投げられた。

 彼は観測者─英雄誕生の傍観者。

 真の英雄にはなれない。故に彼は英雄を否定する。

 たとえ天が地に落ちようとも、世界は彼に無価値であると指し示す。

 

 

 燃え盛る焚き火、月光により照らされる月下美人、空から地に突き刺さる膨大なマナ。

 運命の歯車が動き出す。

 彼に救いは無い。

 彼は見てしまった、故に強制される。

 村が襲われたことも、この先起きることも、全て世界(元凶)のせいである。

 

 「今日はいい夜だな…」

 

 男は揺らぐ炎と空に広がる満天の星を眺め、皮肉を込めて自嘲する。

 彼の()()()()()()()()()()()()()が宿っていた。

 

「───まずは(元凶)を探すか」

 

 故に希望(世界)は捨てられた。

 

 

 

 




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