無窮の果てに   作:雀盆

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日常みたいな話です


歓声

 

 

 閑散とした墓所。

 その中央に位置する石碑。

 そこには過去、カザヌの礎となった人々の名が記されていた。

 ある者は学者として、騎士として、貴族として、この国に身命を捧げた英傑となる者達の眠る場所。

 

 ───どうか、神に祈る前に、人として何を成すべきかを問え。その問いこそが、この国を支える礎とならんことを。

 ───過ちを悔いた者が、未来に言葉を残す。

 

 ───彼らに罪は無かった。堕ちるべきは私だろう。コレは私の原罪であり、赦されざる夢。

 ───人は皆平等で正しい、と私が誓おう。

 

 言葉と共に、初代教皇ペルーン・アレクセーヴィチの名が刻まれていた。

 

「どうしたヘスティア。らしくない顔してるな」

 

 先程までいた荘区から何か考え込んでいるのか、いつもの可愛らしい童顔を珍しく険しくしていた。

 

「正直良い顔できないんだ。彼らはこの国にとって悪かもしれないけれど、だからといってあんな生きた屍みたいな末路は許容出来ない」

 

 荘区に居た住人と呼べるのかも分からない人の形をした何か。

 自由意志もなく、尊厳など疾うに捨てられた彼らにとっての日常は、森から流れる川の水を啜ることと雑穀を貪ること。

 

「これはカザヌの国の問題だ。好き勝手赤の他人の僕達が関わっていい案件じゃないのも分かってる。でも、サーシャくんやポックルくん達、温かい貧民街の優しさを無視出来ない!」

 

 ヘスティアもぐうたらするのが好きとはいえ、神だ。ある程度予想はしていたのだ。それが先刻、確信に変わっただけ。

 

「いつかきっと、あの子たちも…」

 

「あぁ、そうだな。恐らく、あの集落に住む親達は荘区に居るんだろうよ」

 

 不条理だ。

 理不尽だ。

 そう彼らは嘆いただろう。

 届きもしない夢を見たのだろう。

 人間としての矜恃、誇りを持てぬまま、精根果てるまで飼われ続ける人生。

 次はまだかと待ち続ける荘区のシステム。

 彼等は等しくカザヌの歯車になる為に産まれてきてしまったのだ。

 

「もし、こんな社会を作り上げたのが神だと言うのなら、僕は許せない。他人事なんて言わせない。僕の信条は間違っているかい?」

 

「いや何も。俺も同じ気持ちさ。だが、俺達が動く為には2つ確かめなきゃいけない。

 1つは、荘区は何の為のシステムなのか。

 もう1つは、実際にこの国の神に直接話をすること。

 俺達はテロを起こしに来た訳じゃないからな」

 

「……うん。君がそう言ってくれて、少し安心した」

 

 ヘスティアは小さく息を吐き、石碑から視線を外した。

 神として、何もせずに見過ごすことは出来ない。

 だが、衝動で動けば、かえってシキに迷惑を掛けることも理解している。

 

「でもさ、シキ君。もし本当に、この国の神が……」

 

「その時は、その時だ」

 

 シキの言葉は淡々としていたが、そこに迷いはなかった。

 

「正義を振りかざすつもりも、誰かを裁くつもりもない。ただ、この国が何を隠しているのか、それだけを見極める」

 

「……相変わらず、慎重だね」

 

「俺は俺の出来ることをするだけだよ」

 

 そう言って、シキはわずかに肩を竦めた。

 沈黙が一瞬、墓所を満たす。

 

「──そろそろ戻ろう。エレナとノンナが待ってる」

 

「うん。そうだね」

 

 重たい空気を引きずったままでは、次の会話に持ち込めない。

 ヘスティアは一度、深呼吸をしてから、いつもの調子を取り戻そうと努めた。

 

「……シキ君。君ってば本当に頼りになるよ」

 

「今さら言うな」

 

 石碑に背を向け、二人は霊区の出入口へと歩き出す。

 背後に残された初代教皇の言葉だけが、静かに風に晒されていた。

 

 霊区で出入口には、エレナとノンナが2人で待機していた。

 彼女達は此方に気づくと軽く頭を下げ、「お待ちしておりました」と告げた。

 エレナ曰く、リュエルは仕事の為に離席するとの事だ。

 特に今日はやることはないことを告げるとホテルまでの馬車を手配してくれた。

 馬車を待っている間、主神ベロボーグに会うことは可能かコンタクト取って欲しいと告げると、2人は一瞬目を見開き驚いた顔を見せた。

 

「それは、何故でしょうか」

 

「いやぁ何、今日までホテル代や交通費、君たちが世話してくれたことも含めて色々としてくれたお礼を伝えたいんだよ」

 

 神が無理そうなら教皇様でも有難いよ、と付け加えると2人は互いに目を突き合わせ此方に向き直る。

 

「私達の一存で決定は出来兼ねますが、リュエル様にお伝え致します。その後、許可が降りれば顔合わせすることもできましょう」

 

「助かるよ」

 

 

────────────────────

 

 

 ホテルに戻る途中、鐘の音が都市中に鳴り響く。

 祈祷の時間を報せる鐘楼。

 今、この国の住民全てが手を止めて教会の方へ向き祈りを捧げる。

 御者の男も、先程まで雑談していたエレナとノンナも漏れなく、祈祷を捧げている。

 俺もヘスティアも茶化すようなことはしない。

 彼らにとっては日常の一部が俺にとっては非日常に映っているだけ。

 街の喧騒は消え去り、ただ鐘の美しい音色だけが街を包み込む。

 ──5分の詩が終わり、再び街の喧騒は我に返ったように取り戻す。

 御者の男は「お待たせしました」と告げると、再び馬車は動き出す。

 

「ホテルに着いた後は如何致しますか?」

 

「そうだな。折角だからホテル内のレジャー施設でもお邪魔させてもらうよ。カジノとやらに興味があったからね」

 

「シキ君?!遊ぶだけだからね。深入りしちゃダメだぞ!」

 

 俺たちが泊まっているベルモンド・サンクトメルク=パレスというホテルにはカジノハウスがある。カザヌの貴族が娯楽目的で、市民が一発逆転を夢に大金を落とす。

 前々から気にはなっていたので、ヘスティアと相談し、いつか行こうと話していた。今まではカザヌの観光や調査に視点を置いていた。

 観光に来ていたのに娯楽に手をつけてなかったので、これを機に触ることにしたのだ。

 

 

─────────────────────

 

 

 カジノハウスに足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。

 

 柔らかな絨毯。天井から垂れ下がる無数の魔導灯。

 金属と宝石の擦れる音。カードを切る乾いた音。

 笑い声、嘆き声、ため息、祈るような独り言。

 

 同じホテルの中とは思えないほど、ここだけが別の世界のように見えた。

 

「……すごいね。まるで夢の中みたいだ」

 

 ヘスティアは目を輝かせて辺りを見回す。

 

「悪夢の入口かもしれんがな」

 

 シキはそう呟きながら、無意識に周囲の人間の表情を観察していた。

 

「ヘスティア、分かっていると思うが1人500万ヴァリス。無くなった時点で終わり。リミットは夕食の時間に呼びにノンナが来るまでだ」

 

「ふっふっふっ!シキ君!僕はこう見えて神だぜ!2倍でも3倍でも100倍でもしてみせるさ!シキ君こそ無くなったからって貸さないからね!」

 

 カウンターでヴァリスをチップに交換してもらう。

 チップの相場は、低い順で白、青、緑、赤、黒。

 白:1,000

 青:10,000

 緑:100,000

 赤:1,000,000

 黒:10,000,000

 

 俺は赤3枚、緑10枚、青100枚。

 ヘスティアは赤3枚、緑15枚、青50枚。

 

「最後まで数が多い方が勝ち。相手に好きなことを1つだけ要求出来る権利だ」

 

「とんでもなく凄いことを要求してやるさ!」

 

 ヘスティアは意気揚々とポーカーのテーブルへと向かう。

 

「悪いがエレナ。ヘスティアについてやってくれ」

 

「承知致しました」

 

 控えていたエレナは会釈をした後、ヘスティアの元へと向かった。

 まぁ旅を始めてから娯楽という娯楽に触れなかったし、こういう俗世を楽しむことも王位を継承してから無かった。

 今日くらいは楽しむとするか。

 

「破産しないように気をつけるか」

 

 シキの向かう場所はヘスティアと同じく、ポーカーの卓。

 ここでのポーカーはプレイヤー同士で戦うノーリミット・テキサス・ホールデム。

 ディーラーはカードを配り、勝者のポットから5%の手数料を貰う。

 ルールは簡単。

 1.各プレイヤーに手札2枚配布される。

 2.ディーラーによって、共通カード5枚が段階的に公開。3枚、1枚、1枚の順。

 3.段階毎にベットラウンド。降りるのも良し。

 4.最後まで残った人、1番強い役の人が総取り。

 役は計7枚のうちから好きな5枚を使用して役を作る。

 

 シキのついた6人卓は青5枚でスタートベット。

 各々が手札を確認し、コールする。

 初手で降りる者もいる。

 誰かがレイズをしたら同じ額だけコールするか、更に跳ねあげるか、降りるか、はたまたオールインするか。互いに互いを牽制し合い、高度な駆け引きで自分の持ち金を増やしいく。

 それが、ポーカーというゲームだ。

 

 最初の数局、卓の空気は静かだった。

 誰も大勝負は仕掛けず、互いの癖を探るように、青のチップが淡々と行き交う。

 シキの手元には、強すぎず弱すぎない札ばかりが集まった。

 ワンペアで小さく勝ち、ストレート未遂で静かに降り、ツーペアで少し取り返す。

 大きくは増えないが、確実に致命傷は避けている。

 卓の男達も、派手な勝負をしないこの黒髪の青年を、危険視することはなかった。

 

 その一方、少し離れた卓から、度々明るい声が聞こえてくる。

 

「やった! また勝ち!」

 

 我らが主神ヘスティアだ。

 赤いチップが一枚、また一枚と彼女の前に積まれていく。

 表情は終始楽しそうで、勝ち続けて今まで見た事ないくらいに破顔していた。

 

「エレナ君、見たかい?僕の手腕を」

 

「はい。見事なフルハウスでした」

 

「ふっふっふっ!この勝負、僕の勝ちは確定したようなものさ!」

 

 ただ運と勘だけでカードを引き、気まぐれのように賭けて、気まぐれのように当てていく。彼女の大勝の秘訣はここまで引いた手札の強さだ。

 フルハウス、フォーカード、フルハウス、スリーカード、フラッシュ。

 同じ卓の人間がフラッシュ、フルハウスを引いてもそれを超える役で連勝したのだ。

 

 周囲の客が、少しずつ彼女の卓を意識し始めた。

 

「相変わらず、妙に運がいい女神だな」

 俺は自分の場を一度畳み、軽く視線だけを向けた。

 ヘスティアの前には、すでに赤が5枚、緑が60枚。最初より、明らかに山が高くなっている。

 一方の俺は、赤は変わらず3枚、緑が2枚増え、青が数枚減った程度。

 実に堅実的な遊びをしてしまった。

 

 次のハンド。

 シキはKと10のスート違い。

 無理をせずコールだけに留める。

 フロップでワンペア。

 ターンで動かず。

 リバーで相手が強く出た瞬間、迷わずフォールド。

 

「…降りが早いな」

 

 隣の男がぼそりと呟く。

 

「無理はしない主義でね」

 

 その一言だけを残し、次のカードを受け取る。

 他の卓の響めきをBGMにゲームを進めていく。

 

 それから暫くが経ち、シキは最後のハンドを終え、軽く席を立った。大きく増えもしないが、大きく減りもしない。

 開始時より、赤が一枚増えただけの、実に地味な戦績だ。

 

「……そろそろ、様子を見るか」

 

 視線の先では、ヘスティアが満足そうにチップの山を眺めていた。

 

「シキ君!見るんだ!」

 

「だいぶ増えたな」

 

「今日は大勝利だよ!」

 

 赤は7枚、緑は100枚近く、青に至っては、エレナにも一緒に持ってもらうくらいに増えていた。

 

「もうポーカーは十分楽しんだしさ、次はあれやろうよ」

 

 ヘスティアが指差したのは、中央に据えられた大きな円盤――ルーレットの卓だった。

 

「黒か赤か、だよね?」

 

「ああ。単純だが、流れを見るには丁度いい」

 

 二人は並んで卓につき、ディーラーが静かに説明を始める。

 ルールは至ってシンプル。

 ベットするのは、黒か赤。または、それぞれの色に対応した数字。

 ディーラーが玉を放ち、回転している間にベットする。

 

「確実なのは黒か赤に掛けることだ。数字はオッズは高いが確率的に当てに行くのはアホらしい」

 

「じゃあ、僕は赤で」

 

 ヘスティアは赤枠に緑5枚、俺は黒枠に赤1枚。

 

 ───結果は赤。

 ヘスティアのチップが増え、俺のチップが減る。

 単純なゲームだが、ポーカーほど疲弊しない。

 そもそも駆け引きなんてものは存在しない。ディーラーの匙加減でほぼ決まる。

 

「次も赤で」

 

 ヘスティアは簡単と思ったのか赤1枚を赤枠にのせた。

 

「んじゃ次も黒にするか」

 

 俺は少し、弱気に緑5枚。

 

 ───結果は黒。

 さっきとは逆の結末となった。

 

「どうするヘスティア。次は黒にするか?」

 

「いや、僕はこのまま赤で行く!」

 

 ───黒。

「次こそは!」と言うヘスティアの手元には先程まで稼いでいた筈のチップが、今や元の3分の1にまで減ってしまっていた。

 最初の当たり以降、一度も選択した色に乗ることはなかった。

 シキはその間に少量ずつ勝ちつつ、負けも繰り返して結果は現状維持。

 

「あ、あれぇ?」

 

 表情に、少し不安の色が混じる。

 哀れなり、純粋な女神。

 ポーカーで勝ち過ぎたヘスティアは運営側に目を付けられ、ルーレットにて取り返されていた。

 対してシキは、堅実な勝負ばかりで目をつけられることもなく、やり過ごせていたのだ。

 

「今度こそ赤だ!ここまで10回連続黒だったんだ。そろそろ赤が来るはずだ!赤に僕の全てを賭けよう!オールイン!」

 

 声高々にオールインと叫ぶヘスティアに周囲の客から歓声が上がる。

 ポーカーで勝ち続けていた女神が勝負に出たのだ。

 盛り上がりを見せるルーレット卓。

 ディーラーの顔にも緊張が走る。

 一瞬、カジノ入口に視線を向けると、ノンナが入ってくるのが確認出来た。

 

「俺は黒7にオールイン」

 

 俺はこれ以上、遊ぶ必要ないと判断し、黒の7に全ベットする。

 

「マジかよっ!」

 

「あの坊主やっちまったな!」

 

カラカラカラと無機質な軽い音を立てて、白い球が円盤の縁を走る。

 歓声とざわめきが、次第に静まっていく。

 黒。

 赤。

 黒。

 赤。

 視線は、誰一人として盤面から外さない。

 

「……頼む、赤…赤…」

 

 ヘスティアは両手を胸の前で組み、祈るように呟いた。

 一方、シキはただ黙って、片手でウイスキーの入ったグラスを呷り、黒7の一点だけを見つめている。

 

 回転が、わずかに鈍る。

 球が内側へと弾かれ、数字の溝を跳ね、

 そして──

 ───黒、7。

 

 一瞬の静寂。

 

 次の瞬間。

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

「当たりだ!!」

 

「黒7だ! 黒7!!」

 

 爆発するような歓声が、カジノ全体を揺らした。

 誰かが立ち上がり、誰かが机を叩き、口笛と怒号と笑い声が、嵐のように巻き起こる。

 

「やりやがったっ!」

 

「あの坊主、本当に当てやがった!」

 

「黒7オールインだぞ!!正気かよ?!」

 

 ディーラーは一瞬だけ呆然とし、やがて正確な手つきでチップを運び始めた。 

 赤と緑が山のように積まれる。

 最後にその山が、シキの前に置かれる。

 赤チップ、54枚。

 緑チップ、70枚。

 開始時の持ち金を、遥かに超える山。

 

 隣で全部を投げ打ったヘスティアは暫く呆然としていた。全てを失った喪失感からではなく、隣で自分の大切な大好きな眷属が、全てを持っていった事実に頭が追い付かない。

 

「…………」 

「………………」 

「…………………………」

「………ゼロだ………………完全敗北だ」

 

 椅子の背にもたれ、力なく項垂れる。

 山のように積まれたチップを数え、間違えがないことを確認したシキは、何事も無かったかのように小さく息を吐く。

 

「少し……やり過ぎたか」

 

「やり過ぎだよ!!」

 

 即座に突っ込むヘスティア。

 

「最後のオールインはどういうこと?!」

 

「ありゃあ、ヘスティアがオールインしたから俺もするしかないだろうが」

 

「それはそれ、これはこれ!黒7なんてオールインして2人して破産したらどうするのさ!」

 

「そん時はそん時だ。貯金がゼロになる訳じゃないんだからよ」

 

「ぐぬぬぬぬ!」

 

 ヘスティアはまだ納得がいってないのか、シンボルのツインテをブンブン振り回し、抗議の意を示す。

 周囲の客は、興奮冷めやらぬ様子で2人の様子を眺めている。

 

「あ、あの、次のゲームはなされますか?」

 

 ディーラーは言い争う2人に次のゲームを始めるか否か問う。

 此方に向かっていたノンナが、急に盛り上がったカジノに困惑しながらエレナの隣に並び待っていたので、ディーラーには感謝とチップを渡し、ゲームを終わらせる。

 

 エレナは少し離れた位置から、呆然とその光景を見つめていた。ノンナもエレナから事情を聞かされたのか目が点になっていた。

 

「……お見事、でございます」

「おめでとうございます」

 

「運が良かっただけだ」

 

「絶対違う……」

 

 ヘスティアは頬を膨らませ、恨めしそうにシキのチップの山を睨んだ。

 

「約束、覚えてるよね」

 

「ああ」

 

「最後まで数が多い方が勝ち。相手に、好きなことを一つだけ要求出来る」

 

 彼女は小さくため息をつき、観念したように言った。

 

「言いなよ。僕に何を要求するのさ」

 

 シキは少しだけ考え、やがて、静かに口を開いた。

 

「ま、とりあえず換金してからだな」

 

 結果として、2人で1000万ヴァリスだったのが6100万ヴァリスと約6倍に増えていた大勝利。

 元々、お金持ちだったのが更に増えてしまった。

 

「夕食にしよう。そう辛気臭い顔すんなよ、ヘスティア」

 

「むぅー 」

 

 

────────────────────────

 

 

 部屋に戻り、夕食も済ませ、あとは寝るだけとなった夜。

 シャワーを終えたシキはエレナから明日の予定を聞き、教皇への訪問の許可が出たことを知る。

 昼前まではココでぐうたらする旨を伝え、2人を自由にする。

 寝室には既にヘスティアがベッドでゴロゴロと寝そべり、シキが戻るのを待っていた。

 

「それで、どうやって黒7が分かったのか吐いてもらうよ」

 

 頬を膨らませながら、シキに問い掛ける。

 

「いや、なに。カジノはあくまで娯楽だろ?だから眼を使わないようにしていたんだが、最後の最後に一発デカいのを賭けてやろうと思って堅実キャラを演じてたんだよ」

 

 シキの魔眼のうちの1つ『不安定未来視』の能力。不確かな複数の未来ばかり見せられる能力だが、確定した未来だけは揺るがない真実として捉えることが出来る。

 展開されたカードもルーレットの玉も全て確定した未来の下にある。最初から使用していれば、負けは無い世界線を作ることは出来た。

 だが、純粋に娯楽を楽しめなくなってしまうから、敢えてそれをしなかった。

 最後の最後だけ、オールインして元手を取り返し、金策も行う為に、わざと堅実な振りをして目立たないようにしていた。

 普通の客として、操作されない程度に。

 

 一応、ヘスティアがオールインをしてくれなかったら、俺がオールインしても黒にならなかった可能性だけあった。だから、あの場面はヘスティアのおかげで大勝したとも言える。

 

「絡繰は分かったよ。ズルいって思うけど、負けは負け。さぁ、僕に何でも要求してくれ」

 

「これからも俺の大切な(ひと)として、傍に居てくれ」

 

「───っ!!!そんなの当たり前さ!要求されるまでもなく、ずっと一緒にいるさ!シキ君こそ無茶をして、僕を置いていくことだけは辞めてくれよ」

 

「あぁ、気をつけるよ。取り敢えず、今日は一緒に寝よう」

 

「いつも一緒に寝てるじゃないか!」

 

 そう言ってヘスティアは、むっとした顔のままシーツを引っ張り、シキの入る場所を雑に確保した。

 その仕草がやけに自然で、今さら言葉にするのが馬鹿らしくなる。

 

「……なら、いつも通りだな」

 

「うん。いつも通り」

 

 ベッドに身を沈めると、部屋の静けさが耳に残った。

 遠くから聞こえる都市のざわめきも、ホテルの廊下の足音も、今はもう届かない。

 

 今日見たものが、脳裏に浮かぶ。

 荘区の、辛うじて保っている人の形。

 墓所の石碑と刻まれた言葉の意味。

 

 それらが消えるわけではない。

 だが、胸の奥に沈めたまま眠れる程度には、温度が変わっていた。

 隣でヘスティアがごそごそと動き、こちらを見上げる。

 

「……明日は、教皇に面会するんだよね」

 

「ああ。許可が降りたらしい」

 

「じゃあ、ちゃんと話を聞こう」

 

「ああ」

 

 短い返事をすると、ヘスティアは満足そうに頷いた。

 そして、言い訳みたいに小さな声で付け足す。

 

「……僕は神だけど、君の前ではただのヘスティアでいい?」

 

「それが俺の望みだ」

 

 沈黙。

 ヘスティアは目を瞬かせ、少しだけ頬を赤くして、布団を鼻先まで引き上げた。

 

「……ずるい」

 

「どっちがだ」

 

「そういうところ」

 

 言葉が尽きた代わりに、指先が触れる。

 握るでもなく、縋るでもなく、ただ確かめるみたいに。

 シキは逃がさないように、それを受け止めた。

 

 明日、何が待っているかは分からない。

 教皇が何を語るのかも、主神ベロボーグが何を隠しているのかも。

 

 それでも。

 

 今夜だけは、答えを急がない。

 

 賭け事の勝ち負けよりも確かなものが、ここにあるからだ。

 

「……おやすみ、シキ君」

 

「ああ。おやすみ、ヘスティア」

 

 消灯の魔導灯が落ち、世界が闇に沈む。

 その闇の中で、二人の呼吸だけが静かに重なっていった。 

 

 

 




ヤッテナイデス。
ヤッテナイデス。
まだ恋仲じゃないです。
処女神が貞操軽い訳ないでしょう…
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