無窮の果てに   作:雀盆

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よ、ようやく…!!!


不死の王

 

 

「ふぅ、息が詰まりそうだったよ」

 

 玉座の間を出て、リュエルの案内の元、エレナ達が待つ馬車の元へと廊下を進んでいた。

 ヘスティアは大きく溜息を吐いて、疲れたように言う。

 

「ヘスティアはほぼ黙っていただろうに」

 

 揶揄うように言うと、ヘスティアはお得意のツインテール攻撃で反撃に繰り出す。

 先程まで緊迫した空気だった筈が、広間を出れば嘘のように弛緩されたことに、リュエルは思わず吹き出してしまう。

 

「僕は気が気じゃなかったんだぞ!いつ周りの騎士達に槍を向けられるかヒヤヒヤしてたんだからな!」

 

 シキは横でキーキーと騒ぐ愛する神を無視して、先程までの問答を思い返す。

 結果は知りたいことは知れたし、やるべき事も明確になった。

 後は敵がどう出るかだけ。

 好都合なことに、皇城には侵入者防止の魔道具はあれど、微精霊検知の魔道具は無い。

 使い魔として何匹か放ったから今日の夜には情報は集めきるだろう。

 

「リュエル、この国で神ベロボーグから恩恵を貰ってる人間は何人いる?」

 

「僕の記憶してる限りでは居ないはずだ」

 

 長い廊下を進む。

 先から黒い鎧騎士が歩いてきていることに気づく。

 リュエルは綻んでいた顔を突然、強張らせる。

 

「おや、これはこれはスヴァクト聖王騎士団団長様では無いですか。其方はお客様ですかな?」

 

 軽薄な声音。

 若そうな男の声。

 全身を黒鎧で包み、フード付きマントを被っていた。

 見るからに不審者。10人に聞いて100人が憲兵に突き出す不審者。

 鎧男は俺とヘスティアを舐めるように見ると、再びリュエルに向き直る。

 

「随分と異邦の旅人に深入りしておりますな。フフフフハハハハハ。今更、正義の味方面しても遅いですよ」

 

「……何の用でしょうか」

 

 リュエルの様子を嘲るように、否定するように嗤う。不快指数でいえばカンストするレベル。

 出来ればヘスティアのことは見ないで欲しい。穢い視線を胸に向けないで欲しい。最低だよ、普通に。

 

「ああ、異邦の旅人方。ご挨拶が遅れてすみません。私、コシン・チェイスと申します。枢機卿団司教兼団長を務めております」

 

「団長?騎士なのかい?」

 

「いえいえ!こんな(なり)ですが、敬虔なる司教でございます。枢機卿団を束ねる者故、威厳を示す為にこの様な格好をしております」

 

 愉しそうに答える。

 言葉遣いは丁寧だが、やはりどこか軽薄。

 自分で敬虔とか言わないで欲しい。

 煩悩に支配されてそうなタイプだろ、どう考えても。

 

「それにしても異邦の方々がこの皇城に立ち入るのは実に半世紀ぶりですな。此度はどのような件で?」

 

 鎧とフードで表情は全く伺えないが、此方を探るような視線を感じ取る。

 

「シキ殿は先日起きたレルネーを救った英雄だ。教皇様はその時の武勇伝を聞きたいって仰っていたので、先程までお話になっていたのですよ」

 

 リュエルは社交辞令のように愛想笑いで返答する。

 その様子を後ろから眺め、もう1つの派閥と認識する。

 

「おやおや、では貴方が──クフックフフフハハハハ!素晴らしい。今宵は真に胸が踊りそうだ!!」

 

 彼は鎧をガチャガチャ音を鳴らしながら高らかに両手を点に向け、豪快に嗤う。

 

「何を…する気ですか」

 

「いえ、いえ!心配なさらずとも異邦の旅人に手を出す訳ではありませんよ。──本日中にこの国から出ていればの話ですがね」

 

 特徴的な笑い声を上げながら、俺たちが来た方向に進んでいく。彼の言葉が何処まで真実かは不明だが、最後の助言は真実なのだろう。

 リュエルは拳を強く握り、怒りにも似た悔恨が走り、顔が醜く歪んでいた。

 

「リュエル君、彼は一体何者なんだい?」

 

「彼の名はコシン・チェイス。カザヌにおける現信仰派閥ボーグルの筆頭者です。央区に設置されている首座大聖堂の司教を務めている男です」

 

 他地区にある教会の司教を束ねる司教といったところか。枢機卿団のトップ、教皇の次に権威を持ち合わせている存在という訳か。

 

「そして、荘区のシステムを推進している男です」

 

 ああ、やはり不本意だったのだ。

 リュエルは出会った当初よりお人好しの気質があった。以前語った内容から正義の心を持っている。

 

「あの男が言ったように本日の夜に何かことを起こすようです。ここからは我々の問題です。どうか本日中にこの国から出て行くようお願いします」

 

 彼は此方に振り返り、決意を込めた瞳を向ける。

 嫌な気持ちだ。

 この国の現状を知ってもらうようにアレコレしていた男が、今度は巻き込ませまいと頭を下げる。

 丁寧に繰り出される言葉の羅列に嫌気が差す。

 

「あ、頭を上げておくれよ。それが君の真意なら君の言う通り、この国から出ていってもいい。だけど、本当にそれでいいのかい?君が今日まで僕たちの為にしてきたこと、全て無駄になってしまうよ」

 

 ヘスティアにもこの国については詳らかに説明をしている。俺のリュエルに対しての推察を併せてだ。

 彼女は彼女なりに滞在する間に何か感じ取っていたのだろう。

 何もせずに、この国から出ていくなんてことはしたくない、とその背に宿る緊張が、退く意思のないことを示していた。

 

「ここまで巻き込んでおいて言うのは身勝手だと思います。ですが、これはこの国の問題です。これ以上ご迷惑をおかけする訳には……」

 

「お前は正義の味方にでもなるつもりか」

 

 沈黙が流れる。

 長い廊下の空気が、更に冷え込んだように感じる。

 遠くで旗布が揺れる音がして、やけに大きく耳に残った。

 リュエルの瞳が、揺れた。

 怒りでも、屈辱でもない。

 これは無力感からくる痛みだ。

 

「僕にそんな資格はない」

 

「正義の味方に資格なんて必要ない」

 

 即答する。

 英雄になることに資格は要らない。

 

「以前、言っていたな。正義の味方に憧れた、と。俺達を巻き込まんとする思いは本物だろう。これからこの国で起きる災厄の為に命を賭けるその決意も本物だろう」

 

 リュエルの表情が硬直する。

 図星だ、と言っているような沈黙。

 そう、この男は正義の味方に憧れていたんじゃない。ずっと正義の味方に憧れているのだ。

 

「──僕は君達を巻き込みたくないんだ」

 

「それなら最初から巻き込むな」

 

 冷たく言ってしまったことは自覚している。

 

「俺たちはあくまで観光客だ。国から出て行けと言われたら大人しく立ち去るさ。最初は、勝手に調べただけだ」

 

 そう、最初は未来視で見た災厄について調査する為に色々と探っていた。

 気まぐれで助けた孤児2人。

 リュエルはあの日、国の汚点を見せるべきと判断した。

 

「だがよ、それなら何故、俺達に荘区まで見せた。幾ら高待遇させて貰っているとは言え、通常では考えられないことだ。何しろ、やってることは観光客に犯罪者の収容所を案内しているんだからな」

 

 リュエルは唇を噛む。

 『無関係な旅人を巻き込みたくない正義の心』と『ウェールズの生んだ英雄に縋りたい歪な願い』に挟まれ、心を掻き毟りたくなる思いなのだ。

 彼は偽物の想いで蓋をしている。

 

「異邦の旅人に、この国の責任を負わせたくないんだ」

 

「なら最初から関わらせるな。──お前は救けて欲しいから教皇との対談まで用意したんだろ」

 

「リュエル君。僕たちが関わるのは、君のためでも、この国の為でもないんだ」

 

 壁の向こうには皇城の静けさが広がっている。

 嵐の前の静けさ、と言うべきもの。

 

「神友の言葉を借りるなら──

 ──僕たちは、僕たちの正義でこの国に降り掛かる災厄に立ち向かう」

 

「彼は、荘区を“必要悪”だと信じています。民を救うためには、犠牲が付き物だと」

 

 俯いていた顔を上げる。

 これまで縋ることが出来なかった男の眼だ。

 恐怖と期待。

 矛盾を孕んだ瞳が俺を捉える。

 

「そういう奴ほど、自分の悪性に気づいていない。善を纏い、善を語り、澄まし顔で人を殺す。自分の行いは正当性があると断じて生きてきた男だ」

 

 俺は静かに吐き捨てる。

 

「……僕が、一番嫌いな奴だ」

 

 ヘスティアが拳を強く握る。

 珍しく低い声だった。

 怒りではなく、嫌悪。

 本能的な拒絶感を覚えていた。

 

「リュエル君」

 

 名を呼ぶ。

 

「君は正義の味方に憧れてたんだろ!」

 

 肩が、僅かに跳ねた。

 騎士団団長になって、その願いを心の奥底に深くしまった過去の夢。

 

「だったら、憧れのまま逃げちゃダメだ!“正義の味方”って綺麗事で、自分を飾っちゃダメだ」

 

 ヘスティアは目を逸らさずに続ける。

 

「正義を押し付けることが格好良いんじゃない。血と泥を背負って、それでも“やる”って決めた奴の、覚悟が格好良いんだ!」

 

 リュエルの喉が鳴る。

 神の叱咤は心に響く。

 全知零能と謳われているが、どの生命体よりも長生き不変の存在。多くの歴史、多くの世界を知っているが故の激励は、人を魅了する力を持つ。

 

「僕は…」

 

 リュエルは一歩後退りしてしまう。

 この国を愛している故の恐怖。

 異邦の旅人を巻き込んでしまう恐怖。

 

「怖いなら、尚更だ」

 

 離れた分、一歩近づく。

 

「救けを求めることは“悪”じゃない」

 

 リュエルの拳が強く握られる。

 最初に見せた優しい男の拳ではない。

 自身の中を駆け巡る螺旋状の思いを壊す覚悟の拳。

 

 忙しなく、草木が揺れる。

 放っていた微精霊がシキの元へ戻ってくる。

 皇城にはセキュリティとなる魔道具の他に、奇妙な流れを持つ魔道具があったことを告げてきた。

 場所はベロボーグのシンボルの取り付け部分、不可解で不審な魔法陣が刻まれた魔道具。

 術式の詳細は不明だが、良くない魔力の流れが荘区へ向けて流れているとの事だ。

 

 そしてもう一つ、皇城のある場所に精霊の反応があったということ。何処にいるのか所在は不明だが、確かに精霊の魔力を感じたというのだ。

 

「こういう時はよ、余計なこと考えずに──素直に協力するってのが正義の味方っぽいだろ」

 

 もうリュエルの顔に迷いは無いらしい。

 不安げで心ここに在らずな情緒はもう表に出てこないだろう。

 

「勝手に巻き込んで死んだら、それはそいつのせいだ。今回の俺は勝手に巻き込まれに行ったんだ。俺の心配するより、この国の未来を心配しろ」

 

 出来れば奴らの目的を知りたかったが、もう時間が無い。

 震源地はある程度予測が着く。

 未然に防げないなら、起きることを想定して事前に準備を終わらせる。

 確実に被害を縮めて、確実に勝利する。

 

 今回は前回(レルネー)と異なり、神の恩恵を貰っている騎士が大勢居る。

 戦いの肝は住人の避難誘導だ。

 庇護するべき対象を盛大な戦いに巻き込む訳にはいかない。

 レルネーと違って規模が桁違いだと、直感がそう告げてきていた。

 

「最後に問おう、リュエル・アルスート。俺はどんな選択を取ってもお前を責めない。お前は敵か、味方か?」

 

「君たちを信じよう。どうか…どうかこの国を救けて欲しい」

 

 リュエルは目を閉じて、静かに言葉を紡ぐ。

 

「世界の求める英雄が君だと言うのなら、この国の闇を討ち滅ぼす機会に僕は立ち会いたい」

 

 声に不安げな様子はない。

 

「今夜、荘区へ向かう動きがあるはずです。

 コシンは必ず、儀式の前に確認します。彼はそういう男です。

 皇城にある隠し地下回廊…そこを通ります」

 

 頭の中にあるカザヌの全体図に情報を落とす。

 前夜の静けさが、戦場の地図に移り変わる。

 

「任せろ。リュエル、お前には住民の避難誘導と脅威に対しての戦力を集めろ。爆心地となる箇所は荘区とルコモリア湖だ」

 

 未来視で見た巨人と精霊はこの聖都には現れないはず。

 この聖都は、あくまで精霊を呼び出す召喚陣の役割を果たしているだけに過ぎないだろう。

 

「では直ぐに湖岸の集落の住人たちを鉱区に避難するよう騎士団には通達しに行こう。

 避難箇所は鉱区と闘区、足りない場合は央区に集める」

 

 鉱区は国の真西に位置する山岳部を利用した街区。

 闘区は北側に位置する騎士団本部や闘技場がある街区。

 それぞれ、避難場所としてはベストと言えるだろう。

 

「俺とヘスティアは取り敢えず、ホテルに戻って準備を整えておこう」

 

 やるべき事は分かった。

 各々のすべきことを整える為に、目的を明確化する。

 

 廊下を抜け、皇城の外へ出た瞬間、空気の匂いが変化した。

 白い石と冷気の匂い。整えられた庭園の匂い。

 そして──いつもの祈りの匂い。

 

 街はいつも通りだった。

 人々は笑い、荷を運び、商人は声を張り上げている。

 何も知らない。

 何も疑わない。

 何も、選ばない。

 

 それがこの国の強さであり、脆さでもある。

 

 馬車に乗り込む間際、リュエルが一度だけ振り返った。

 皇城の最上部――ベロボーグの紋章が掲げられた方角を。

 

「最後にシキ殿、ヘスティア様。貴方達に伝えなければならないことがあります」

 

 真っ直ぐシキを見据える。

 この国の真実を告げるように。

 

「この国はベロボーグ様を主神と崇めていますが、それはもう百数年前の話。現在、この国を支配しているのは邪神ヴェレス。

 ベロボーグ様の神名を騙り、ベロボーグ様を皇城地下深くに軟禁した悪しき女神」

 

 静かに彼は服を捲り上げ、背中を晒す。

 背中には皇城のシンボルとは違うシンボルが刻まれていた。

 ベロボーグのシンボルは、十字を掲げ、十二条の光が伸びた白い半円の太陽。

 ヴェレスのシンボルは、(とぐろ)を巻くように円環している深緑と黒の蛇。

 

「僕を含め、騎士団は全員ヴェレスの眷属となっています。

 僕たちの悲願はベロボーグ様の解放。

 改めて、どうか手を貸して頂けませんか」

 

「愚問だぞ、リュエル。そのヴェレスとかいう奴の陰謀を壊して本当のベロボーグ様を取り返す。それが今回俺たちの最終目標だ」

 

「ありがとう。感謝を。

 では、ここで一度お別れだ。僕は隊舎に戻るよ」

 

 リュエルはそれだけ言うと、騎士団詰所へ走っていった。

 迷いを切り捨てた背中だった。

 馬車が動き出す。

 車輪が石畳を噛む音が、やけに大きい。

 ヘスティアは膝の上で拳を握ったまま、黙っていた。

 さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、静かだ。

 

「……ねえ、シキ君」

 

「なんだ」

 

「君、怒ってる?」

 

「怒ってない」

 

 即答したが、ヘスティアは納得しない。

 こちらを見る瞳が、妙に真剣だ。

 

「嘘だ。君は怒ってる。……その怒りは誰に対してだい?」

 

 問いは鋭い。

 神の直感は、こういう時に外れない。

 

 俺は窓の外に目をやった。

 すれ違う市民の顔は、穏やかだ。

 荘区の者たちの顔は、思い出すだけで胸が重くなる。

 

「……怒ってるのは、巫山戯た仕組みにだ」

 

「仕組み?」

 

「ああ。悪い奴がいるから国が歪む、って話じゃない。悪い奴がいなくても、歪むように作られてる」

 

 ヘスティアは唇を結び、強く頷いた。

 

「一番タチの悪いやつのそれだよ」

 

 その言い方が、どこか“家族”のそれだった。

 怒りの共有ではなく、覚悟の共有。

 

 その時だ。

 

 微精霊が、小さく震えた。

 合図。

 俺は指先を立て、耳を澄ます。

 

 微精霊の視界が、俺の意識の端に滑り込む。

 皇城の上部。ベロボーグの紋章の裏。

 そこに刻まれた魔法陣。

 光は淡く、しかし流れは執拗だ。

 祈祷により吸い上げた人々の悪性を(魔力)に乗せて運ぶ。

 

「ああ、少し計算を間違えたか」

 

「何かわかった?」

 

「いや、予想よりも魔力の流れが整いすぎている。神の力(アルカナム)でも、眷属の魔法でもない。…もっと別のやり方で」

 

 馬車はホテル街へ入った。

 華やかな通り。

 娯楽と幸福が飾られた場所。

 

 だが、今の俺には全部が薄っぺらく見える。

 ――幸福の上に、何かが敷かれている。

 

 その夜、誰がそれを剥がす?

 誰がそれを覗き見る?

 

「ヘスティア」

 

 名前を呼ぶと、彼女はまっすぐ俺を見た。

 

「今更何も言わないでくれよ。

 君がやるなら、僕もやる。

 君が行くなら、僕も行く。

 家族って、そういうものだろ」

 

 胸の奥が、少しだけ温かくなって──同時に、冷えた。

 温かさは決意になる。

 冷たさは、判断になる。 

 

「それに僕に魅せてくれよ。僕の英雄が凄いんだってことを!世界に知らしめてやろうぜ!」

 

「ああ、是非とも特等席で見ていてくれ!貴女の英雄が芽吹く姿を!

 

 今夜、この国の為に動く。

 正義のためではなく、見てしまった者の責務として」

 

  

 ホテルの尖塔が見えた。

 ベルモンド・サンクトメルク=パレス。

 光の城。

 この国の幸福の象徴。

 

 その影で、今夜、血が動く。

 

 




来週、再来週は用事があって投稿できるか分からないです!
次は2週間後か3週間後かな?
私用だから余裕あったら投稿しようかな
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