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このまま色んな人に見てもらいたい…
それはコシン・チェイスにとっても想定外だった。
儀式は恙無く行われた。
精霊の取り込みも完了した。
水の精霊、森の精霊、風の精霊を吸収し、カザヌへ終焉を齎す計画は、受胎と共に待ったが掛けられた。
『どうなっているのでしょう……何故、サモディヴィを私の中に感じない?』
儀式は問題なかった筈。
200年前、水と風の精霊の欠片を取り込んだ。生きていく途中で水を喰らった。
森はこの荘区に眠る故に喰らえなかった。
精霊を起こし、実体化させるだけの魔力を賄う為に、聖都を概念的に魔術陣に模した。
200年の歳月は掛かってしまったが、今日森を取り込み喰らい、二柱を取り込んだことで出現する風の精霊を呼び覚ます手筈だった筈だ。
それが、その筈が…なんだ…なんなのだ…アレはっ?!
あんなのは精霊ではない!!
アレは魔物そのものだ!
いや違う!
───アレは…
────────────────────
「そう、アレは精霊を喰らった魔物。この国が出来るよりも更にずっと昔。貴方の先祖が認知するよりも前に…とっくの昔に彼女はその怪物に喰われていた」
皇城の地上にある教皇が座る玉座には一柱の女神。
彼女は静かにワインの入ったグラスを傾けながら、神の鏡で覗いた景色を愉しんでいた。
「長い年月を掛けて、精霊の本質が強くなった。本来の怪物の自我が精霊と完全に溶け合ったことで、全く別の精霊に生まれ変わったと言うべきかしら。ま、中身は同じだけれども」
怪物の姿は異形だった。
四足歩行のサンショウウオのような姿。全身濃い焦げ茶の体毛で覆われた巨大な生物の背から女型の巨人が生えていた。
伝承にあるアラクネのような生え方で、頭を3つ持つ女性体がそこにいた。
「あの姿は…確か……極東では阿修羅といったかしら」
最初からヴェレスはコシンを一つの駒としか見ていなかった。
彼の願望を叶えると共に、その裏で密かに進めていた計画。
ヒトに精霊と神の血を取り込ませることで人造の英雄を生み出すこと。
通常、人間の寿命は長命種では無い限り、80年生きれれば長生きしたと言える。
コシン・チェイスは正真正銘人間だ。
数多くの拷問と労働によって息絶え絶えになっていたコシンを癒し、力を与えたのはヴェレスだ。
彼女はオラリオで徒党を組んだ
コシンの部族が持つ精霊の力が宿る欠片を胸に刻み、その身を治療されたコシンの本来の生命活動は停止していた。
しかし、今日まで動き続けてこれたのは、植え付けられた黒泥と精霊の種子による半モンスター化にあった。
「貴方の願いは漸く叶った。ここからは妾の願いを叶える番よ」
半モンスター化しているとはいえ、器は人間のそれだ。生命活動を終えているその器に三柱の精霊は無理やり捩じ込んでいるようなものだった。
コシンの自我もその身体も三柱目を取り込めば完全に消失するだろう。
そうなってはあの英雄には届かない。
だから、ヴェレスは元々考えていた作戦を変更した。
コシンには告げず、自身の権能である『魔術』によって荘区に展開されている術式に手を加えた。
蓄えていた魔力炉をルコモリア湖の水底に沈めた。
そこに眠る怪物“フィーンド”に同じく
シキが来たことを知ったヴェレスは用意していた“フィーンド”に、更に2つの精霊の欠片を埋め込んだ。
「たかが、神友であるベロボーグを殺す為の祝杯ではない。コレは、兼ねてより妾が地上に住まう子供たちに求めていた死の闘争」
自らの駒として育て上げた復讐鬼と精霊を取り込んだモンスターによる地上の破壊。
それがヴェレスの目論んだ計画。
一つだけ予想外だったことは、この国に異邦の旅人がやってきたこと。
「ふふふ、アハハハハハッ!貴方が英雄というのなら、この国の絶望を何かも吹き飛ばし、証明して見なさい。
英雄としての誇りを全て賭けてその“人類悪”を討伐してみなさい。
貴方が、本当に世界が待ち望んでいた英雄だと言うのなら!アハハハッ!」
──────────────────────
「おいおい…マジかよ…」
黒緑の鎧の巨人が静止している内に破壊しようと動こうとしていたシキは、湖から空高く打ち上がる水飛沫の方に視線を移す。
焦げ茶色の体毛で覆われた四足歩行の魔物に、頭3つ生えた女性の身体が生えている、その怪物に目を奪われる。
「最初から精霊を取り込んだ怪物を2体用意した…って訳じゃなさそうだな」
奴も想定外のことが起きたってことは、アレは完全に奴の作戦に織り込まれてない存在ってことだ。
だが、魔術儀式が始まったと共にルコモリア湖の魔力濃度も上昇していた。
誰かが魔術儀式に細工をしたと見るのが、正しいか。
「んな事出来るのは、女神ヴェレスしか居ない…」
─────アハハハハッ!!リーシー!ルサールカ!迎エニ来タヨ!!
「──ッ?!」
鎌鼬?!
魔法の詠唱していないってことは、ただの権能を動かしただけということか。
水の精霊と森の精霊の名前を上げたところを見るに、あの女性体がサモディヴィという風の精霊か。
いや、違うか…嵐の精霊って言った方が的を得てそうだな。
風が、鳴いていた。
それは音ではない。
世界そのものが軋むような、圧だった。
鎧の巨人は動かない。
湖は沸騰し、空は裂け、雲が逆流する。
そして───
三つ首の女怪“サモディヴィ”が笑った。
一歩。
それだけで、地形が消失した。
踏み込んだ地点から、放射線状に地面が割れる。
湖岸が陥没し、建造物が音もなく、崩れ落ちた。
湖岸沿いに住むカザヌ民の阿鼻叫喚の声が空に響く。
狙いは壁上にいるシキ。
シキはサモディヴィの被害を食い止める為に、逃げ遅れたカザヌ民を救助しようと動こうしていた。
『其方には行かせません!』
「──ッ!アレはお前にとっても想定外のことだろ!邪魔をするな」
『フフフハハハ!!予定には無いことですが、アレも精霊というのなら私の糧にするまで!』
金属と木製が合わさったような材質をしている鎧でその巨躯を覆っているのか。
外殻で鎧を形成しているのか、全く別の存在として上書きされているのか、どちらだ?
現状の俺じゃ、巨大生物2体を相手して国を守れる程強くない。
仮にヘスティアがヴェレスを止めてもコシンが止まる可能性はあっても、女怪が止まることはないだろう。
あの女怪“サモディヴィ”はヴェレスが仕組んだイレギュラー。誕生の手助けをしただけで、アレがどういうことを望むかは考えてない。
巨人はシキを無視して、湖岸にいるサモディヴィへと向かっていく。
巨体に見合わない速度で壁を、家を、大地を破壊しながら突き進む。
サモディヴィの素体となっている魔物だけで巨人を上回る大きさだ。
二足で走る巨人に四足の巨大生物が衝突した。
互いの大きすぎる質量がぶつかり合い、衝撃波が街並み諸共呑み込んで破壊していく。
黒緑の鎧が、鳴る。
巨大生物同士の取っ組み合い。
巨人がゆっくりと顔をあげる。
サモディヴィの顔を見据える。
「……ァァァ……」
サモディヴィの表情は憎悪だけだった。
彼女から声から憎悪が漏れる。
3つある頭部をよく見れば、左右に付いている2つの頭部は眠っているように目を閉じていた。
「まさか…あの魔物に三柱の欠片を埋め込んだのか?!」
シキにとって考えられる最悪のシナリオが思い浮かぶ。
巨人と女怪の拮抗を間近に最善の策を考察する。
巨人の拳がサモディの女性体を雑草を毟り取るように掴む───
『その欠片を…寄越せ!!!───ッ?!!!』
───筈だった。
拳は
女性体はそこにいるにも拘わらず、いない。実体が存在していなかった。
よく見れば、輪郭が揺らいでいた。
存在が不完全、故に固定されていないのだ。
「アハハハハハハッッ!!!!!」
女怪が至近距離で嗤う。
その瞬間、巨人の腕が消えた。
斬れた訳ではない。
砕けた訳でもない。
風化したように削れたのだ。
鎧が、風に削り取られていた。
数万の刃が同時に撫でたように、黒緑の装甲が砂のように舞う。
腕が消えた場所から、黒い霧のような液体が噴き上がる。
それは怨念の泥だ。
巨人は、痛みを理解しない。
理解する必要がない。
それは生物ではないからだ。
復讐という概念が形を得たもの。
故に――止まらない。
失われた腕の断面が、蠢いた。
肉ではない。
黒泥が、盛り上がる。
鎧の内側から、異形の骨が伸びる。
枝分かれし、絡まり、捻じれながら新たな腕を編み上げていく。
『邪魔をすルなぁアアあ!!!』
鎧の巨人が吠えた。
声ではなく、空間を振動させるような咆哮だった。
大気が震え、湖面が裂け、雲が千切れる。
嵐の女王が、応じるように笑う。
その瞬間。
風という概念が、塗り替えられた。
吹くものではない。
斬るものへ。
世界の定義が、ひとつ書き換えられた。
嵐が、形を得る。
大地を削りながら、不可視の刃が幾千、幾万と生まれる。
コレは竜巻なんて生易しいものじゃない。
巨人の胸部を、暴風が貫き、装甲が鳴く。
悲鳴のような金属音が連続し、外殻が削り落ちていく。
だが──止まらない。
巨人は前へ出る。
その身が削られようとも黒泥で幾らでも再生する。
理性を溶かしながら、前へ進む
嵐の中心へ。
その歩みは遅い。
だが、止まらない。
踏み出す度に、大地が沈む。
地形が耐えられず、湖はとっくに蒸発している。
世界がこの質量を拒絶していた。
女怪が、首を傾げる。
理解した。
この巨人は、生き物ではない。
呪いの災害だ。
だから嗤った。
喜悦の色を浮かべて。
そして──彼女の口から、歌が生まれた。
音ではない。
現象だ。
嵐が収束する。
風が束ねられ、凝縮し、圧縮される。
見えないはずの流れが、白く輝く。
次第に空間が歪み始める。
世界が悲鳴を上げるのをシキは肌に感じた。
巨人が拳を振り抜き、女怪が歌う。
そして──両者が、今一度衝突した。
衝突した瞬間、音が消え去った。
音を置き去りにして、大気が爆ぜる。
霞のように残る湖が水飛沫を上げ、雨のように降り注ぐ。
岸が消し飛び、街が浮き、曇天の空が割れる。
街が半壊したことで、何処からか火事が上がる。
「不味いな…」
俺が視た未来が指し示す本当の脅威は
この国を破壊するだけではなく、世界の脅威として人類が生み出した悪しき獣性は女怪が完全体になった姿のことだ。
──女怪“サモディヴィ”はまだ完全体じゃない。
サモディヴィは一柱の精霊しか取り込んでいない、幼体とも言える。不完全体故に、直にその機能を停止させるだろう。
他二柱の精霊はコシンが取り込んでいる。
サモディヴィが執拗に狙っているのがその証拠だろう。
最初の街の被害は召喚による余波によるものだ。街の被害よりも精霊の匂いに釣られて暴れているだけ。
2体同時に相手取る必要はない。
だが、コシンを倒した時、取り込んだ精霊がどうなるのか、予想が出来ない。
もし、取り込まれた精霊がコシンの停止と共にサモディヴィの方に遷移したら、それこそ人類悪が誕生してしまう。
ならば、やるべき事は一つ。
2体を同時に屠る。
幸いにも、コシンもサモディヴィも此方を気にも留めていない。
「気付かれないよう魔力を収束し、隙を突く。一撃で終わらせる」
───神葬儀礼・虚式
シキは姿勢低く戦場を駆け抜ける。
陣地を形成するように走る。
2体を囲うようにナイフを地面に投げ刺していく。
鎧の巨人も女怪も両者は気付かない。
足元を走る蟻に人が気づかないように、彼らはお互いしか見えていない。
曇天な空が嵐の権能によって雷雨が街に降り注ぐ。
シキは思わず不敵に笑う。
彼女自ら事を運んでくれたことに。
『精霊の力ヲよコせっッッ!!』
「アハハハッッ!!愉シイ!楽シイ!
耳を劈くような、腹の底から悪魔が引きずり出されるような感覚に襲われる。
巨人を見れば、巨人サイズに大きくなった巨大鎌に、練り上げられた魔力が収束していることに気づく。
死の予感。
間近でこの恐怖だ。
恐らく、聖都にもこの気配は届いているだろう。
『私ノ邪魔をスるナァあア!!』
時が止まったような空白。
世界が静寂に包まれる。
彼が大鎌で薙ぎ払った刹那、世界がモノクロに塗り変わった。
サモディヴィは嵐の壁で凶刃を受け止める。
空間を震動させる程の音と衝撃が、辺り一面を更地に変える。
彼が一振する度に、聖都が燃え、切り裂かれる。
カザヌに住む人々の悲鳴が嵐の声で掻き消される。
「大怪獣バトルに巻き込まれた気分だな」
自嘲気味に溢す。
魔法の準備は整った。後は期を見て展開するだけ。
サモディヴィの活動限界が近いことをシキの眼から伝えられる。
彼女はただ笑うだけ。
己と同質の存在が近くにいることに悦びを感じているだけ。
それは1人の英雄の前では油断に過ぎない。
吹き荒ぶ魔力の嵐によってシキの生み出す魔法に気づくのがほんの一瞬遅れた。
瞬きの間のような時間。
ただ、その一瞬だけで両者はある共通認識を得た。
「───ああ、感謝するよ。今だけは忘れてくれて」
──事象解放
静かに紡がれた言ノ葉は、燃え盛る嵐の中に雷鳴を轟かせる。
レルネーで使った時のようなシキを中心にドーム状に展開される高密度の魔力爆発ではない。
今回は
雷轟が、炎雷が、殴りをしていた二体を丁度飲み込んだ。
『アアアアア゙ア゙ア゙ッッッッ!!!!!』
「アああアア゙ア゙あ゙ああッッっ!!」
絶えず肉体に雷が襲う。
黒泥由来の再生で身体を修復しようとしても、途端に焼き尽くされる。
雷によってまともに身体が動けず、身体中の水分が蒸発していくのを感じ取る。
サモディヴィは困惑していた。
目の前にいる黒い巨人でさえ突破出来なかった嵐の繭を焼き尽くし、自身の玉体を焼き殺さんとしている存在がいる事実に。
愉しい感情しか知り得なかった彼女に、初めての形容し難い感情が襲った。
シキさんェ…