今後も明確にするつもりはありませんが…
天に昇る光の柱が消えた。
ヴェレスの送還が終了した、ということだろう。
目の前の存在からも、ヴェレスのものと思われる神の力は感じない。
「親が親同士で決着を付けたんだ。ガキ同士、殴り合いで終わらせようか」
目の前の存在が二柱の精霊を取り込んだサモディヴィでは無く、二柱を呑み込んだことで変性した全く別の存在に昇華したことに。
解答が脳から伝達された。
「───以上を持って彼女のクラスは決定された。
嵐の精霊なぞ偽りの名。
其は、帰郷を求め続ける亡者の果て。
その名はビーストI。
七つの人類悪のひとつ。
『郷愁』の理を持つ獣、ナヴィ=フィーンド」
『──アァ──ァァァアアアアアァァ───!!!』
見た目は変わってないが、威圧感が増してやがる。
ヴェレスの神性はとっくに剥がれ落ちてるはずなのに、神威に近い圧迫感を受ける。
「ホームシックな獣よ、さぁ、人理救済の戦いを始めようか!」
【【【火ヨ、来タレ──
三つ首から同時に高速詠唱が詠われる。
精霊魔法とは別に精霊の権能としての、嵐が荒び、濁流が如き波が襲い、大地が毒の華が芽吹く。
「はははは!!実質五つの魔法同時行使とかイカれてんのかっ!」
──
ここで初めてシキが聖火の属性を身に纏う。
そして紡ぐは聖火の祝福。
──祝福は此処に 聖女の
【【【ファイアーストーム】】】
「──事象解放
灼熱の業火が放たれた。
万物を燃やす焔が三つ折り重なり、シキが展開した聖火と衝突した。
「ゴォウ!!」という大きな音を立て、結界が軋む音が響く。
結界が破られれば、人を簡単に燃やし溶かす炎によって、シキは死に至る。
ナヴィ=フィーンドは結界の強硬度にファイアーストームの展開を一つに絞り、空いた二つの首で別の魔法を展開すべく、それぞれ追加詠唱を開始していた。
そこら中に広がる嵐と波、花のせいでジャミングのように魔力探知が阻害されていた。
また、目の前は三つの魔法が重なった結果、濃密な魔力と衝撃音のせいで、シキはナヴィ=フィーンドが魔法を展開していることに気づくのが遅れた。
「魔法の精度が落ち──っ?!」
──突キ進メ
地ヨ、唸レ──
【サンダー・レイ】
【メテオ・スウォーム】
「ふざけろっ!!!」
ナヴィ=フィーンドが、自身の起源とは異なる起源の魔法を行使できる理由は幾つかある。
一つは、黒泥には精霊と僅かばかりの神性がある故に。
一つは、ヴェレスより与えられた精霊の欠片に少しばかり火、風、水、土、雷の属性が組み込まれていた故に。
一つは、ビーストIに与えられた権能故に。
「ガッッアアアア───!!!」
雷が結界を突き抜け、焔がシキの元に届く。
熱線がシキの身体に纒わりつき、雷と聖火ごと燃やそうとしてくる。
単純な火力でいえば、ナルキソスの時の十倍以上。
オート防御機構でもある付与魔法も最早意味が無く、全身に火傷を広げていく。
空から落ちてくる隕石群に目を向け、
「──カヒュ…完全にっ……っ…肺もやられたな。丸焼きの気分だな、ハハ」
身体の損傷具合に反して、意外とこの男は余裕そうである。
付与魔法を貫通した精霊魔法に驚きはすれど、シキが展開していた魔法が切れた訳じゃない。
聖火によるフルオートヒールにより、徐々に体内の火傷を治療していく。
「脳が死んでなきゃ、俺の
シキ目掛けて落ちてくる隕石群に一閃。
たった一振で隕石群は小石の雨と化す。
小雨の石が乱雑に周囲に降り注ぎ、石造りの街を破壊していく。
『貴方も帰りましょう。誰も傷つかず、後悔しない幸福な世界に』
ナヴィは妖しく嗤う。
彼女の理は郷愁。
失われた場所・時間・存在への回帰を望むあまり、現在と他者を否定し、世界を過去へ引き戻そうとする執念。
「過去に固執し、移り行く未来を拒絶するか」
人が生きようとすれば、悪が生まれ、その度に憎しみが増幅する。
だが、ナヴィ=フィーンドは人類の歩みそのものが“悪”とし、停滞した故郷だけを肯定する。
人が作り上げた幻想の郷。
世界を壊してでも“過去”を再現しようとする執念が、救済と誤認した存在。
世界そのものを誰も傷つかない、誰もが望む理想の故郷にテスクチャごと塗り替えようとする呪い。
「俺の魔法が通らねえ。それがお前の固有権能『ネガ・エデン』か」
ネガ・エデン。
人類が夢想した「誰も傷つかない故郷」の概念を現実へと侵食させる権能。
彼女を中心に枯れ果てた氷の大地が形成されていく。
枯渇する台地に渇いた毒花が咲き開く。
汚染された泥の川が生まれ、カザヌに向かって伸びていく。
白黒の世界が世界を塗り替える。
「誰も傷つかない故郷と言う割に、荒廃した世界じゃないか」
豊か故に滅ぶのなら、最初から滅んでいればいい。
終わっている世界には、誰も手を出したがらない。
何かがある世界が幸福なのではない。
何も無い世界だからこそ、人は幸福を理解せず、不幸を知らぬまま生きていくことができる。
正に
コレがこいつの権能。
対人理固有結界と呼ぶべき能力。
この領域においては苦痛・争い・死といった“現在の不完全性”は排除され、全てが穏やかな停滞へと収束する。
「困った。攻撃する手段がないな」
俺が外から魔法を撃っても奴の世界がそれを否定する。
世界に入れば、一瞬で俺は身体が鈍くなり、戦意を停滞される。
止まっている間に奴に捕食されて終わりだ。
「ハハ、ハハハ。これが詰みってやつか?!」
軽く言ってはいるが、状況は最悪だ。
侵食速度は遅いが、白黒の世界は広がり続けている。
荒廃した台地。
泥の河。
乾いた毒花。
凍土のひび割れた平原。
そこには確かに“争い”も“生”もない。
息をしているだけで、何かが削がれていく。
怒り。
焦り。
戦意。
生きようとする衝動。
それらを、静かに静かに凪がせていく。
「……これが、郷愁の獣か」
シキは雷と聖火を纏ったまま、ナヴィを睨む。
ナヴィ=フィーンドは笑っていた。
三つの顔、その全てで。
『もう、帰りましょう』
『傷つかなくて、いいのです』
『奪われない場所へ』
甘い声音。
子守唄のような声だった。
その一言一言が、心の奥底に触れてくる。
『──帰りたい。』
あの森へ。
まだ何も失っていなかった頃へ。
誰も死なず、誰も泣かず、自分が何も背負わなくてよかったあの時間へ。
既に覚悟は決めていたことだ。
数年も前に分かっていたことだ。
まずい…。
「……っ」
これは身体の問題だけじゃない。
頭では否定しても、魂が止まりたがっている。
『貴方も本当は、戻りたいのでしょう?』
ナヴィの三つの首が、ゆっくりと傾ぐ。
『焼かれる前の森へ』
『失う前の家族へ』
『何も選ばなくてよかった昨日へ』
「……うるせぇよ」
返す声が、自分でも驚くほど掠れていた。
ネガ・エデンは、ただ攻撃を無効にしている訳じゃない。
“戦う理由そのもの”を奪ってくる。
未来へ向かう意志を削り、過去へ帰りたいという願いだけを肥大化させる。
だから、攻撃が通らない。
未来へ向けた殺意も、勝利への執着も、この領域では“穢れた現在の運動”として停滞させられる。
故郷に帰りたい。
あの何気ない日常に戻りたい。
そんなの当たり前だ。
今より幸せだったなんて、誰もがそうだ。
だが、俺の故郷は滅んだ。
だから、今度は何もかも失わないように未来を作っていく必要があるんだ。
「お前の言うことは、どれも正しいのかもしれない」
シキはゆっくり息を吐く。
「だが、お前の言う世界も拭いようのない腐臭がするぞ」
ナヴィの笑みが、僅かに止まる。
彼女の生み出す世界は、誰も傷つかない代わりに、誰も前へ進まない閉じた庭。
その中心にあるのは、優しさじゃない。幸福でもない。
喪失を受け入れられなかった心だ。
「───お前の故郷は、もう無い」
その言葉が零れた瞬間、世界が僅かに揺らいだ。
ナヴィの表情が凍る。
『……なに?』
「ルサールカも、リーシーも、サモディヴィも。
お前が帰りたいと願ったものは、全部とっくに終わっている」
シキは一歩、踏み出した。
「在りはしない
それは、人類に対して絶対的な優先権を持った世界に差し込まれた綻び。
『…違う』
泥の河が逆巻き、毒花が一斉に咲き開く。
凍土が軋み、空がさらに白く褪せていく。
「お前は帰りたいんじゃない。お前は終わったことを認めたくないだけ」
『違う!!』
三つの首が同時に叫ぶ。
それに呼応して白黒の世界が波打った。
「失った故郷は戻らない。死者は還らない。過去は繋ぎ直せない。
──だから、人はいつだって前に進んできた」
『黙れ』
シキの視線が、ナヴィを貫く。
「此れは、救済じゃない。ただの独り善がりなガキの駄々だ」
その瞬間。
白黒の大地に、一本の亀裂が走った。
ナヴィの三つの顔から、笑みが消える。
『……黙れェェェェェェッ!!!』
絶叫が泥の奔流となって襲い来る。
毒花が槍のように伸びる。
凍土が波打ち、世界そのものがシキを呑み込もうとする。
だが、それでいい。
シキはようやく、勝ち筋を見つけた。
「やはりな」
刀を握り直す。
今度は、魔法じゃない。
「お前の権能は、現行の世界に対しての“否定”じゃない。自身の幻想に“縋ってる”だけだ」
ネガ・エデンは完全無欠の拒絶じゃない。
彼女の素体は人間だ。
人は揺らぐし、怒る。
否定されると、勿論傷つく。
「人間は心が原動力だ。在り方を見ない振りしてきたお前が、自身を解明されれば、お前の宣う理想は容易に崩れ去る」
つまり、これは絶対の世界ではない。
傷口を抱えたまま築かれた楽園の幻だ。
シキの足元に雷が迸る。
そして、地面を抉った。
「──あぁ、だったら、問題なく斬れる」
纏うだけでもない。
刃へ、意志へ、たった一つの認識へ収束させる。
──
「過去は還らない。人は進化し続けてきた種族だ!」
──
──
雷霆に共鳴するように白い聖火が重なり合う。
ナヴィが魔法を止めようと攻撃を行うが、聖火によって阻まれる。
──天に満ちるは神鳴の理 其れは、穹を劃かつ原初の息吹
──地に宿るは不浄の理 其れは、穢れを祓う原初の炉心
──
──天理は墜ち、地脈は反転す 相剋せし二理は今、一つの終焉へと収束する
『やめろやめろやめろやめろ!否定するな!現実を見るな!!其れが偽りといえど、幸福ならそれで良いではないか!!』
──万象よ、灰燼に帰せ 形あるものは砕け、名あるものは消え失せよ その悉くを以て、世界を零へと還す 抗うこと叶わず、逃れる術もまた無し 是は必定、是は断絶 沈み果てよ
「その幸福の先に…誰の意思がある」
問では無い。此れは断罪だ。
「お前の理想は、人々を導くのではなく、救済するものだ。あぁ、実に素晴らしいものだ。誰もが焦がれる理想に等しい」
『そうだ!それの何が受け入れられないというのだ!誰もが望んだ、誰も傷つかない世界!だから、私が救けてあげる』
「ハハハ、やっぱりお前じゃ世界は救えねえな。お前は道を失った人類を、腐った箱庭の世界で己の理想の人形劇を繰り広げたいだけ。そこに人類の可愛さは何一つ存在しない」
シキの右手に握られた刀身が、白く、青く、眩く染まっていく。
雷と聖火。
本来なら混ざることの無い二つの理が、互いを喰らい合い、削り合い、けれど崩壊することなく一つの刃へと収束していた。
空が軋む。
白黒に塗り潰された世界の上に、さらに別の“理”が上書きされようとしていた。
『止めろ……止めろッ!!』
ナヴィの三つの口が、同時に叫ぶ。
子供のような泣き声で、獣のような怒声で、女のような悲鳴をあげる。
泥の川が逆巻き、毒花が裂け、凍土が槍のようにせり上がる。
迎撃。
拒絶。
縋り付くような抵抗。
だが、シキは止まらない。
俺は見届けた。
終わったものを終わったと認められず、還らぬものに手を伸ばし、喪った名を世界に刻み直そうとする、慚愧と妄執の獣を。
ネガ・エデンが、びしりと音を立てて軋む。
白黒の大地に走っていた亀裂が、さらに深く、さらに長く伸びていった。
ナヴィの三つの顔が歪む。
『違う……』
『違う違う違う……』
『我らはただ、帰りたいだけだ……!』
「それがもう、間違ってるって言ってんだろ」
シキの踏み込みで石畳が砕けた。
全身に纏った雷が炸裂し、聖火が尾を引く。
その一歩が、白黒の世界に色を差し込む。
「帰る場所なんて、最初から何処にもない」
泥が跳ね上がる。
花弁が千切れ飛ぶ。
凍土の槍がシキを貫こうと伸びる。
聖火が、それらを祓う。
「あるのは、今立ってるこの場所と」
雷が、足元から刀身へ駆け昇る。
「これから先に自分で作る未来だけだ!!」
──顕現せよ
その名が世界に刻まれた瞬間、刀が“刃”であることをやめた。
其れは雷鳴。
其れは浄火。
其れは、終わった幻想を終わらせるためだけに編まれた、神代の葬送そのもの。
シキは振り抜く。
横薙ぎでも、袈裟斬りでもない。
真正面から、世界を断つような一閃。
音は無かった。
そして、ネガ・エデンが割れた。
白黒の理想郷が崩壊していく。
ガラスのように。氷のように。
夢から醒める音だけを残して、幻想は散っていく。
白黒の世界が、縦に裂ける。
泥の川が蒸発し、毒花が灰となり、凍土が光に呑まれて崩れ去る。
“誰も傷つかない故郷”の幻想が、その根底から否定されていく。
『──ぁ』
ナヴィの三つの顔が、呆然と固まった。
『嫌だ』
『やめて』
『消したくない』
「消えるんじゃない」
シキは荒い呼吸のまま、ナヴィを見据える。
「最初から、無かったんだよ」
その言葉は、剣より深く刺さったらしい。
ナヴィの身体が揺らぐ。
三つの首の輪郭が歪み、重なり、離れ、また重なる。
ルサールカの哭き声。
リーシーの呻き。
サモディヴィの絶叫。
いや、違う。
それは精霊の声ではない。
“帰りたい”というたった一つの願いに押し潰され、区別すら失った魂の残滓だ。
『帰りたい』
『帰りたい』
『帰りたい』
子供のような、あまりにも弱々しい声だった。
シキは刀を下ろさない。
「無理だ」
容赦のない即答。
「終わったものは戻らない。死んだものは還らない。失ったものは埋まらない」
ナヴィの顔が歪む。
泣いているのか、怒っているのかも分からない。
「だから、人は泣いて、喚いて、それでも前に進むんだ」
空が色を取り戻し始める。
灰色の雲が裂け、雷雲の切れ間から僅かに光が差した。
ネガ・エデンが崩れたことで、この世界にようやく“現在”が戻ってきたのだ。
ナヴィは一歩、後退る。
支える理を失ったことで、存在が崩れ始めていた。
四足の巨躯が泥へと還り、三つ首の女体もまた輪郭を失っていく。
だが、それでもなお、中心核だけは消えない。
「……やっぱ、一撃じゃ終わらないか」
シキは小さく息を吐く。
腕が痺れている。
肺が焼けるように痛い。
視界の端はまだ白く滲んでいた。
先の一撃でシキもまた限界が訪れていた。
それでも、勝負は見えた。
刀を構え直す。
今度は純粋に、目の前の獣を斬るために。
ナヴィが、初めて明確な殺意をもってシキを見た。
『赦さない』
三つの口が、一つの言葉を紡ぐ。
『もう、何処にも帰れぬのなら』
残った泥と風と毒と火が、一斉に渦を巻き始める。
崩壊する寸前の肉体に、なお全てを注ぎ込んでいるのだ。
『お前も、共に終われェェェェェッッ!!』
咆哮。
残滓となった全魔力が解き放たれる。
自壊も構わぬ、最後の一撃。
シキは、笑った。
「そうだ。それでいい」
雷が鳴る。
聖火が揺れる。
刀が応える。
「最終ラウンドと行こうかっ!」
崩れ落ちる幻想。
剥がれ落ちた郷愁。
その果てに残った、ただの絶望と執念の獣。
英雄と獣。
最後の間合いが、今、重なった。
イメージはギル様のエアです。
世界を断つ乖離剣みたいなものです。
必殺宝具ですね。
サーヴァントとして召喚されることがあるなら必ず保有している宝具みたいなものです。
名前はリヴェリア様の魔法から取りました。強そうだったので