驚きに驚きを重ね、ほぼ無料でこの豪華な邸宅を使うことを許可された非現実感に、シキとヘスティアは思考が追いついていない中、一階の整理から行うことにした。
左手にあるリビングとキッチンは最低限の家具以外何も無いので、後ほど買い出しに行く必要があることをメモする。
右手にある応接室も無造作に椅子と机があるだけだったので、ちゃんとしたものに買い換える予定だ。
他の二部屋に関しては恐らく神様の部屋っぽい場所と団長の執務室っぽい場所であった。
内側に扉があり、その両方を行き来することが出来るようで、その執務室から応接室にも行けるような仕組みになっていた。
つまり、玄関から入って右から応接室、執務室、何かの部屋となる。
さて、執務室ももう1つの部屋もギルド側が既に手配していたのか、それなりに上質な家具が取り揃えているようで、運営上は直ぐに稼働出来そうであった。
何も稼働する書類はないんだけどね。
もう1つの部屋の少し違う点は、キングサイズのベッドが置かれていた。部屋の特徴からして、以前の持ち団体の神様が住んでいた部屋と思われる。家具等は一新されているので、雰囲気だけとなるがそう感じられた。
俺たちは驚きと混乱の抱き合わせで、正常に思考が回ることがなく、今までの生活で慣れてしまった感覚とも言える状態に落ち着いた。
“今俺とヘスティアだけだし、部屋多くて持て余すからここで生活するのが一番効率が良い”と。
生活圏となるのは一階となることを考えれば、二階は暫くは物置として考えておくのが良いだろう。
「必要な物も分かったし、買い出しに行くか」
「んーっ!そうだね。僕たちの荷物も少ないから、荷解きは帰ってからにしよう。そ!れ!に!」
ヘスティアはコチラに振り向くと、ニマニマと破顔させて腕に抱き着いてくる。
「シキ君との一日中デートとしゃれこもうぜ!」
二人で旅をしてきて寝食も共にして、色々と互いに理解し合えた気がする。彼女から向けられる感情に見て見ぬふりはしない。
否が応でも、理解する。
神と人とでは愛し合うことはあっても結ばれることは難しい。
方や無限の年を生きて、方や有限の年で死ぬ。
俺に彼女を受け止めることが出来るだろうか。
普通の人と違い、俺はハイエルフで夢魔の血も流れている。子供に夢魔の血が受け継がれない限り、悠久の時を過ごせるだろう。
俺自身、彼女のことが嫌いな訳では無い。寧ろ好きな方だ。女神の時点で麗しいし、まず胸がデカい。男であれば据え膳ものだ。
だが、いや、言い訳でしかないが、俺の中に迷いがある限り、答えを出すことは出来ない。
『俺は誰かを愛しても良いのだろうか』という、使命に囚われた痛ましい不安感。
人理の救済、約束された災厄から救う。
聞こえはいいが、その救済から溢れ落ちる者たちを切り捨てる選択はこれから先も起こるだろう。
かつての同胞に強いたように、変えられない運命だからと切り捨てた先に手に入れた勝利。
泥塗れの勝利した人間が、“自分だけが幸せになって良いものか”という疑念がある。
その疑念が晴れ、俺自身の罪の清算が終わって初めて、俺はこの拭いようのない不快感から解脱することが出来るのだろう。
「シキ君、行こうぜ!」
腕を取り引いていく彼女を見て、思考の渦から抜け出す。
ウェールズから持ち出した金は幾らかは手元に持ち、邸宅の地下に保管する。物置として使用できそうな部屋の内、鍵付きの部屋があったので、金目の物は其方に移したのだ。
次いでに微精霊にセキュリティの面で警戒するように命令を送り、何かあれば連絡が来るようにしておいた。
精霊に好かれ、何時でも交流出来る体質故のチート。存分に使わせて貰おう。
二人はまず南西区で、キッチン用具に皿やカトラリー類、収納棚を購入し、
次にゴブニュ・ファミリアの元に赴き、家具類の作製の依頼、デメテル・ファミリアでは定期的な食材の配達をお願いした。勿論、言い値での契約だ。
ディアンケヒト・ファミリアではポーションや
最後に北区にて、衣服やタオル、シーツ等の生活必需品を取り揃えた。
「結構買ってしまったけど、大丈夫だったかな」
「遺産は嫌という程あったから気にすんな。多分あの豪邸が後二つは買えるくらいは残ってる」
ステータスを刻み、魔力の扱い方も慣れてきた頃に分かったことだが、
元々、
別次元の空間に繋げ、其処に神影を収納しており、念じれば虚飾のすぐ側に出現する仕組み。
旅の最中、お金や服飾関係を持ち歩くのが面倒だと思ったシキが、お金をその空間に収納出来るか試してみたところ、成功してしまったのである。
シキの魔力の成長と共に進化したのだろう。
大き過ぎるものや生物、容量は大きくないが、人類史上初の空間拡張バッグが出来上がった日でもあった。
二人の買い物がひと段落着いた頃、日は既に傾き始めていた。
お腹も空く時間帯でもあったので、北西区にある何処かの酒場に入ることにした。
羊肉のケバブとミートソースパスタが美味しかった。常連になろうと思う。
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明くる日、早朝。
俺はバベル前の広場で、ある人物を待っていた。
昨日俺を拉致し、半ば強制的にパーティを組まされた元凶。
鬼のような少女。
「…来たか」
視線の先から身の丈を優に超える大剣を担いだ少女が無表情でこちらに向かってきていた。
「早いな」
「お前が遅いんだ」
集合時刻より10分程遅れている。因みに俺は30分前には着いて、バベルを眺めていた。
「お前では無い。レグナントだ」
「俺のこともシキでいい。んじゃ、今日から宜しくな、レグナント」
『始まりの道』
ダンジョンの入口から長い螺旋階段を降りていく途中で、互いのレベルや出来ることを共有していく。
レグナントはレベル2の冒険者。
俺も近接戦闘の方が得意だが、役割的には後衛の魔術師の方が良いということで落ち着いた。
魔法の精度を高めることを考えれば、後衛で援護することは自身の修行として役に立つだろう。
「レグナント、今日は何処まで潜る?」
基本的にダンジョンの基準階層は決まっている。
レベル1は12階層までが目安となっており、
つまり、レベル2が揃っている本パーティであれば、13階層以上を潜っても問題無いということだ。
「私は一人で18階層まで行ったことがある。パーティ初めての攻略を加味して15階層を目安にする」
場所は5階層から6階層に向けて歩いている時、ふと疑問に思ったことを隣で歩くレグナントに問い掛ける。
「ヘルハウンドはどうする気だ?」
13階層から『放火魔』という呼び名もあるモンスターがポップする。対抗策として、《
俺の場合は、付与魔法で防げるだろうと思うが、レグナントは着ているようには思えなかった。
彼女の装いは身軽さを重視した露出多めの装備。簡単に言ってしまえば、アマゾネスの伝統衣装に似通っていた。そこに黒いマントを羽織っただけだ。
「当たる前に殺す。なんだ、出来ないのか?」
「……」
ドヤ顔で此方を嘲笑する姿に思わず反論が出そうになったが、急いで飲み込む。
「ほら、来るぞ」
目の前からウォーシャドウが7体周囲を囲うように来ているのを視認する。
レグナントは大剣の柄を掴むと、襲ってきた一体を一振で両断した。そして、流れるように一文字斬りで、右から来る2体を寸断した。
「武器ではなく、単純に力か」
俺も負けじと左にいる2体を雷で塵にする。彼女は力任せに剣を振っているように見えて、力の掛け方が絶妙だった。
「少しは出来るようで良かった。これで足を引っ張るようなら殺していた」
残りの2体を処理し終えていた彼女が魔石を拾いつつ、何か言ってきた。返り血で汚し不敵に笑う姿は、13の少女ではなく幽鬼のようであった。
「殺されなくて良かったよ。味方に後ろから刺されることほど怖いものは無いからな」
ダンジョンのモンスターは魔石という紫紺の結晶と、極偶にドロップアイテムを落とす。冒険者はそれらを拾い、ギルドに換金することで生活を成り立たせている。
上層のモンスターはレベル1の冒険者にとって脅威であるが、レベルが上がるにつれてその脅威は薄れていく。
ダンジョンを深く潜れば潜るほど、モンスターは強くなりダンジョンは厭らしく牙を向く。
そして、強いモンスターであるほど、換金額は高くなる。
「レグナント、ここ10階層であってるよな」
順調にダンジョン探索を続け、襲ってくるモンスターは難なく凌ぐことは出来たし、互いに連携らしい連携はそれなりに取れてきた。
そんな時に、10階層へと足を踏み入れた。
ここの階層からダンジョンのギミックが明確に稼働している階層になる。
10階層は深い霧。
そして、同地所で魔物が産まれやすく、“
それが、ギルドから聞いていた話の上でのことだ。
「妙だな」
「それだけ?どう見ても変だろ」
眼下に広がる世界は“怪物の宴”そのものだ。霧のない世界であることを除けば、通常よりも
頭の中に駆け巡るように泡が弾けているのが分かる。
パチパチと弾けているそれは、明らかにこの先にある何かに警告を出しているかのようだった。
微精霊を放ち、周囲の状況を調査しに行ってもらう。
警戒は怠らず、前へと進み出る。
「何が来ても断ち切るのみだ」
「レグナント……お前脳筋と呼ばれてないか?」
「………姉達によく言われているが、よくわからん。私からすれば姉たちの方が脳筋ゴリラだと思うがな」
大体ヘラ・ファミリアのイメージが付いてきた。多分全員脳筋だ。都市最凶ファミリアとも言われているんだ。
ゼウス・ファミリアが英傑の集まる最強ファミリアなら、ヘラ・ファミリアはゴリラが集う最凶ファミリアだな。
そんなことを考えていたら、突如横から大剣の刃先が俺の目の前に突き付けられた。
「今、変なことを考えなかったか?」
「い、いえ…滅相もない」
怖い。恐い。
3つも下の少女のしていいオーラじゃないだろ。殺人鬼のような姿を垣間見た。
「この程度の雑魚では、ろくな“
「文句は言わず対処しろ!少なくとも異常発生している以上、被害を食い止めるべきだろ!」
斬り捨てて、雷撃で撃ち砕き、斬り落とし、雷撃で撃ち壊す。
魔石を拾う余裕もないので、灰とともに積もっていく。
幾十、幾百と倒したところで、漸く魔物の産出がピタリと止まった。
「それにしてもなんだったんだ」
「さぁな。出来れば牛野郎が無限湧きしてくれると助かったんだがな」
雑魚の有象無象が群れただけではあるが、多数が同時に休みなく襲い来る状況は体力的にも精神的にも疲弊させるものだ。
レグナントは余裕そうに立っているが、肩で呼吸している以上相応に疲れたのが分かる。
「こんだけ処理したけど、霧は出てこないんだな」
「ギミックが発動しないなんてことは聞いたことない」
まだ10階層での異常は終わっていなかった。
シキの脳内で響く警告音もまだ鳴り響いている。
見えない脅威に警戒ばかりしていては、余計に疲れるだけなので、落ちている魔石拾いを行う。
小さい魔石とはいえ、数が数だ。
魔石を食らって強化種が産まれるの出来るだけ避けたい。
「っ────!!!」
それは突発的だった。
いつもの彼女であれば、この程度のイレギュラーで遅れを取ることはない。
慢心的な態度は崩さず、女王様のような立ち振る舞いをしているが、周囲への警戒を怠ったことはなかった。シキが自分を刺しに来ても対応出来る程度には警戒していた。
今回は、シキとパーティを組んで気を緩んでおり、先程の“怪物の宴”でカッコつけようと思いの外暴れてしまった反動で危機感が欠如していた。
だからこそ、突如として其処に現れた存在に気づくのが遅れた。
その存在は、13歳の少女でありながら鍛え上げられた、戦士の体格を持つ彼女の鳩尾を意図も容易く蹴り上げた。
「レグナントっ!!!!!」
その存在は熱い闘気を漲らせておきながら、二人の警戒網を簡単に潜り抜けたのだ。
闘牛が二足歩行で立つ姿を持つ魔物、ミノタウロスがそこに居た。
普通のミノタウロスと違うのは、その体躯は黒いというところだ。
漆黒のミノタウロス。
ミノタウロスはシキを捉えると、前傾姿勢から急速接近して岩剣を振り下ろした。
「強化種かっ!?」
刀を支える両手が悲鳴をあげているのが分かる。
受け流す余裕もない状況で、ミノタウロスは暴れ回るように何度も、何度も武器を打ち付ける。
両足の支えも耐え切れず、片膝をつく。既に両腕の皮膚は擦り切れ、筋肉が断裂している。
「ただの強化種じゃねえな……くっ…これはっ!」
──
──
二度目の乱撃の直前に、雷を展開してミノタウロスを弾く。
即座にミノタウロスから距離を取り、
ミノタウロスは雷の痺れが抜け出していないのか、上手く立ち上がれていなかった。
レグナントが飛ばされた方向を見やると、血を吐き出して倒れていた。
気を失っているだけで、死んではいない。内臓が幾つかやられていることが、
「治療に行きたいが、そんな余裕は無いよな」
「ブオオオオオッッ────!!!」
足で地面をかきあげ、鼻を鳴らして威嚇する姿は正に闘牛の他ならない。
精霊とは違った力が加わったのが、目の前にいる牛野郎だ。
万物を写す瞳から視えたのは、生者とは思えない黒いモザイクがミノタウロス全体を覆っていた。
「なんだこいつ…」
突撃速度が速すぎて、衝撃音がけたたましくダンジョンの空間を轟かせた。
乱雑的に暴力的に振るわれる岩剣を、手の痺れを気にする余裕がなく何度も受け止める。
そして、臭い息を荒々しく吐くミノタウロスの顔面を間近で見ているが故に気づいたことがあった。
「なんだ…それは…」
ミノタウロスの口の中に無数に蠢くワームのような姿を確認してしまった。
よく見れば、両眼の瞳孔にも同じようにワームが無数に存在していた。
一言添えるならば、“気色悪い”
付け足すなら、“キモイ”も加えたいレベルの悍ましさ。
「俺の眼で捉えられない?認識阻害にしても、
寄生虫。
脳裏にふと浮かんだのが、その言葉だった。
宿主に寄生して、操っているとしたら相当厄介だ。
動植物や虫に寄生するのは分かる。魔物に寄生する虫なんて聞いたことがない。
恐らく、この寄生虫は通常種よりも強化している。
辛うじて枠を捉えることが出来た霊基は、ナヴィ=フィーンドに遠く及ばない。
だが、目の前にいるこの牛野郎は、明らかに俺より上位のレベルであることが、打ち合ってよく身に染みた。
「絡繰はその虫か」
魔力を散らして検知阻害しているだけでなく、絶えず魔力の供給を行っているのだろう。
一匹一匹が内包する魔力量は膨大。それが数万匹牛野郎の身体にうじゃうじゃいると考えたら、魔力量は俺とタメを張れるかもしれない。
「全く…化け物かよ」
頭の中で対処する方法を考えていたシキは、魔力の起こりを検知し、瞬きの内に視界の中にいた
一瞬ではあったが目で追うことはできた。
牛屍の頭、その右側面からレグナントが膝蹴りを喰らわせたのだ。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思ったよ」
口端から血を垂らし、腹を押さえる片手は小刻みに震えている。呼吸は浅く、肩は上下し、吐く息には熱が混じっていた。
普通なら、その場に膝をついて動けなくなっていても何らおかしくない有様だ。
それでも、彼女は痛みに顔を歪めるでもなく、怒りに吼えるでもなく、ただ静かに殺意だけを濃くしていくその様は、人ではなく鬼そのものだった。
血を吐き、腹を蹴り砕かれ、それでも立ち上がった。“根性”なんて安い言葉では片付かない。
「よくも私を無視してくれたな、牛野郎っ!!」
来週はお休みします。
24か25に投稿予定です