無窮の果てに   作:雀盆

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オラリオ編に早く行きたい…



古龍胎動

 

 

 

 巨大な体躯から放たれる咆哮は、祭典を控えた人々の心に陰りを落とす。

 既に大沼中心部に位置する家屋は燃やされ、倒壊していた。

 猛火によって闇の中に照らされるその巨躯は、極東の伝承ヤマタノオロチ、また別の伝承ではヘスティアにとっても馴染み深い死の怪物。

 

「──あれは、ヒュドラー?! なんであんな奴がこの下界に?!」

 

 シキの背中で微睡みの世界にいたヘスティアは、突如として襲ってきた熱線と咆哮により、酔いが覚める勢いで飛び起きた。

 既に傭兵と思わしき者らが人命救助や、ヒュドラーへの応戦に当たっていた。

 先程まで酒を飲んでいた傭兵らも、覚束ない足で逃げ惑う市民を先導して安全な外周部へと誘導している。

 

 宿に一度荷物を取りに帰る途中だったシキは、ヘスティアを背負ったまま街道ではなく屋根伝いに宿へ戻り、荷物を取って安全そうな場所を探す。

 街道は既に避難する者で溢れかえっていた。

 

「おい! 急げ! モタモタしてるとあの化け物に八つ裂きにされるぞ! この道を進んだ先にある守衛広場に避難しろ!!」

 

 喧騒の中、見知った声がシキの元へと届く。

 沼地に住む者は基本的にこのレルネーに長く住む老人たちが多い。

 全員の避難の完了が遅れていることに気づいたアンドラが、率先して逃げる人に避難勧告を行っていたのだ。

 大沼に建つ家屋は木造ゆえに燃え広がるのが早く、立地の複雑さゆえに逃げ遅れる人々が多い。

 それを見越して、酒に酔った身体を鞭打ち、傭兵としての責務を果たしている。

 

「アンドラ、あれがお前の言っていた守り神ってやつか?」

 

 シキはその様子を見て、彼のすぐ近くに着地する。

 暢気なことを抜かすシキに、アンドラは「俺の方こそ聞きてぇよ」と一瞬激昂しそうになるが、真剣なシキの顔を見てその溜飲を下げる。

 

「あぁ、俺たちレルネーの傭兵は、これからあの怪物を討伐へと行く。シキ、この先の広場で女神様と一緒に避難しろ。いや、このままこの街から逃げろ」

 

 快活な兄貴風はどこへやら、アンドラの覚悟極まった表情にシキは戦慄した。

 

「一緒に戦ってくれ、とは言わないんだな」

 

「当たり前だ。この街は俺たちの街だ。余所者に助けてもらってレルネーの傭兵なんか名乗れねぇよ」

 

 アンドラの元に多くの傭兵が集まり、市民の避難が完了したことを報告する。

 傭兵たちは各々の武器を持ち、沼地の方へと走り出す。

 アンドラはその背中を見て、こちらに向き直る。

 

「俺はこのレルネー最強の剣士だ。神の眷属にすらなっちゃいねぇ野蛮人だが、この街と故郷を守るために、他所の力なんて頼れねぇだろ」

 

 そう言い残したアンドラは、仲間たちと共に怪物へと立ち向かう。

 

「お前はすげーやつだよ」

 

 シキの零したそれは、猛る竜に向かうアンドラの背中には届かない。

 シキはヘスティアを背負ったまま、言われた通り守衛広場へと避難する。

 既に広場には避難してきた住民でいっぱいになっており、建物の中は怪我人でぎゅうぎゅうになっていた。

 シキは広場を見渡し、ある人を探していた。

 自身の武器を預けた鍛冶師ギュルスの姿が見えないことに気づく。

 ヘスティアも気づいたのか、守衛の者に確認を取ると、どうやら「まだ仕事が残っとる。仕事を放置して真っ当な鍛冶師名乗っておられるか!」と工房から店先にまで届く声で怒鳴られ、傭兵の何人かを残してきたという。

 

「それにしても、あれはなんだ?」

 

 シキは守衛の男に問いかけると、男も「俺も分かんねぇよ。あんなのが沼にいるなんて、童話は嘘じゃなかったのかよ」と答えた。

 すると、一人の老婆が近づいてきて、「あれは我らの守り神じゃよ」と告げる。

 

「だが、竜ってのは童話なんだろう?」

 

「そうじゃな」

 

 肯定する老婆は怪物を見上げる。

 怪物は今もなお、その八つもある口から火を吹き、街を燃やす。

 ここまで襲ってくる熱風に、肌を焼かれるような感覚を味わう。

 悲鳴と共に通り抜ける風に、人々の目はさらに暗く曇る。

 

「お前さん、祠には入ったかえ?」

 

「あぁ、ウェールズの木の実を供えておいた」

 

 カッカッカッと笑う老婆は、「歴史を少し語るとしよう」と静かに口を開いた。

 

 嘗て、この世界に大穴が存在したと分かるよりも、遥か昔。

 万物と会話できる加護を持って生まれた一人の勇者がいた。

 その者は、沼地を住処としている魔物を討伐してほしいと、一国の王様から依頼された。

 王様は資源が豊富な山を領地に抱える国であったが、その道中に怪物の住処があったせいで、その山に手を出すことが出来なかった。

 

 勇者は早速仲間を募り、その沼地へと訪れた。

 沼地にいた怪物は、八つの首を持った竜、アルゴリス。

 

 勇者はその力を持って対話を求めた。

 竜は孤独だった。

 竜にとって人間は、戯れに殺す玩具だった。

 沼を汚す人間を殺して何が悪いのか、と。

 人間の文明が栄えれば栄えるほど、沼が汚される。

 勇者と竜は友となった。

 

 だが、それをよく思わないのが、勇者を雇った王様であった。

 勇者を殺さぬ竜に危険はないと判断した王様は、勇者に竜を祀る街を作りたいと提案した。

 街の名をレルネーとし、沼の中心部に竜の祠を作った。

 

 邪魔な竜を祠に閉じ込め、供物を毎日捧げることで守り神とした。

 勇者は毎日、竜の祠に通った。

 

 竜を友と呼ぶ勇者を、王様は悪魔に取り憑かれた魔人と罵った。

 王様は別の勇者に、魔人の討伐依頼を行った。

 悪魔付きの勇者は討伐され、その勇者の手によって、魔人の身体を触媒に祠に魔除けの封印を施した。

 

 竜は人類の醜さを呪った。

 友を持つことすら許されぬのか、と。

 

「それが、あの祠の伝説と代々教えられてきておる」

 

「なんていうか、最初の勇者くんも、その竜も悪い存在とは思えない」

 

 ヘスティアは本来、慈愛に満ち溢れた女神である。

 彼女にとって、下界の子どもたちや魔物ですら、優しく見守る存在である。

 自分の眷属を除き、平等に見る常識人の中でも、常識を生きている神格者であるのだ。

 彼女にとって、魔人と称された勇者も、祠に閉じ込められた竜も、些細な違いでしかない。

 

「まぁ、そうじゃろうな。お主ら神にとって、人類が起こす出来事は些事じゃろう」

 

「じゃあ、あの要石が竜を押さえつけるほどの神秘の詰まったもんだったのか? とてもそうには見えなかったがな」

 

 シキは昼前に訪れた祠にあった要石を思い返す。

 確かにあの石には、とても魔除けの封印が施されたとは思えない、ただの丸い巨石にしか見えなかった。

 

「そりゃそうじゃろう。アルゴリスは自ら閉じこもったのじゃからな」

 

「は?」

 

「竜は友が殺され、自らあの沼に引き籠った。

 儂らはあそこに供物を捧げることで、竜の怒りを沈めることが出来ると考えたのじゃ。

 だから今も変わらず、毎日何かをお供えする。贖罪の意味を込めて」

 

「んじゃあ何か? あいつは積年の怨みを晴らすために、永き眠りから覚めましたってか?」

 

「そうじゃ。儂らの祈りが軽薄だったのじゃ。

 お前たち若者は、あの祠に毎日通ったかえ?」

 

 守衛の男は「随分と器量の小さいドラゴン様だな」と皮肉げに竜に愚痴をこぼす。

 老婆は竜神様に慈悲を求めるように、両手を擦り合わせる。

 

「シキくん、ボクをできるだけ高い所に運んでくれ」

 

 老婆の話を聞いていたヘスティアは、何か思うことがあったのか、守衛広場のすぐ近くにある四階建て構造の傭兵ギルドの上を指差す。

 守衛の制止の声を無視し、その屋根へとヘスティアを連れて行く。

 ここからだと全貌は見えなくとも、竜を中心とした街の灯で顔がよく分かる。

 

 立ち向かった傭兵は数十名。

 そのうち二割が、竜の前で炭となって散った。

 竜は口から炎を吐き、空気を燃焼させている。

 近づけばその炎に巻かれ、上手く避けても炎の燃焼による酸欠に陥る。

 

 推定レベル2の怪物。

 冒険者からすれば嬉々として討伐に行くだろうが、この場でステイタスがあり、まともに戦えるのは限られている。

 鍛冶師として恩恵をもらっているギュルスと、ただの旅人のシキのみである。

 現代において、神の恩恵(ファルナ)のない人類が命を懸けて戦えるのは、地上種のゴブリン程度。

 つまり、今もなお命を懸けて戦っている傭兵は、言葉通り死ぬ気であの竜を討伐しようとしているのだ。

 

「ヘスティア、なにか感じるのか?」

 

「ボクたち神は、神の力(アルカナム)を知覚することが出来る。そして、魂の揺らぎを視覚できる。

 これにより、ボクたちは下界の子どもたちの嘘を見抜ける」

 

「昼前に祠へ行った時は、神の力なんて感じなかっただろ?」

 

 シキの問いかけに答えるように、肯定したヘスティアは思考する。

 この地にヘスティア以外の神の存在は知覚できない。

 つまり、あの竜に神性を付与できるのは、ヘスティア以外、状況的に不可能なのだ。

 仮にもヘスティアは善神中の善神。

 ヘスティアの意識下で行われることは有り得ない。

 誰かが宴の最中に血を抜くなんて大それたことをしない限り、不可能なのだ。

 それもシキという番人を出し抜いてだ。

 なぜ、目の前で暴れている竜に神の力を感じるのか、誰も説明できない状況なのである。

 

「ま、考えていても仕方ないか。俺はギュルスのとこへ行くが、ヘスティアも着いてくるか?」

 

「ボクも着いていくよ。君の冒険するところを特等席で見たいんだ。それに、ボクの眷属なんだ。

 ボクを守りながら戦うなんて、造作ないだろ?」

 

 たった一ヶ月の出会い。

 それだけでも互いに互いを信頼し合うこの光景に、未来の眷属は羨ましがるだろう。

 言葉にしない絆と信頼が、そこにあった。

 

─────────────────────

 

「おい! いつまで工房に引き籠ってんだ! もう奴は目の前だぞ!」

 

「うるさい! あともう少しなんじゃ!!! 貴様らはとっとと逃げんか!」

 

 工房では相も変わらず、傭兵とギュルスの間で言葉の攻防が行われていた。

 工房の中から響くのは、金属を打つ音。

 外からは、竜の意識を逸らすために、今もなお仲間の傭兵が燃やされている。

 

 外縁部――沼と陸地の境目に、竜は辿り着く。

 見るも無残な祠を押し潰し、燃える家屋を押し退けて、竜は突き進む。

 自身に群がるハエを燃やし、叩き、喰らい尽くす。

 頭に響く言葉を頼りに、竜は破壊する。

 

「そうだ! そのまま世界すら呪ってしまえ! ギャハハハハハ!」

 

 進撃を続ける竜を眺め、狂人の如く笑うフードを被った男は、背後に近づく気配に気づかない。

 タンッと着地する音とともに、後ろから屋根へと顔面を叩きつけられる。

 

「お前、アレについて何か知ってるな」

 

 シキは右手で男の頭を押さえつけ、左足で男の左手を踏み、右足に重心をかけて屋根へと固定する。

 ギュルスの工房へ向かう最中、屋根の上で高笑いしている不審な男が元凶だろうと思い、方向転換して今に至る。

 

「ッグ! 貴様らは?!──ギャハハ! 俺は運がいい! 今日は最高の日だ!!!」

 

「一旦、絞めるか。────ッ!」

 

 会話にならないと判断したシキは、意識を落とそうと右手で気道を絞め落とそうとすると、どこからか飛んできたナイフによって男の拘束を解かれてしまった。

 

「ご無事ですか」

 

「いいタイミングで戻ったな。それで、計画通り進んだか?」

 

「えぇ、無事、供物はすべて。あとは竜が第二段階に入るだけで、我々の任務は完了です」

 

 男の傍に現れたフードを被った女は、投げたナイフを回収したあと、男と計画の進行度を確認し合う。

 

「供物ってのは、あんたらが用意した宝石みたいな石か?

 それとも、あの布に隠してたやつか?

 あんたら、今日の昼一番にあの祠にいただろ」

 

 シキの目が見たのは、二人に流れる魔力の流れ。

 祠ですれ違った男女と、目の前の二人に全く同じ気配を感じ、祠にあった供物に残った微かな魔力残滓から、同一人物であると導き出す。

 

「ほぉ、凡人にしてはよく回る頭だ。

 そうだ! あれは精霊の種子! そして少しばかりの上質な魔力結晶!

 あとは、泥に呑まれた穢れた肉体を、あの竜に捧げることで、あの怪物はこの世界に死を振りまくのだ!」

 

 上機嫌に語る男は、フード付きのローブを翻し、その全容を晒す。

 右頬にドクロのタトゥーを入れた坊主の男。

 見るからに悪人の男の身体には、邪神の恩恵が刻まれていた。

 とぐろを巻いた蛇と、有翼の獣のシンボル。

 見る者を不快にさせる才能は、男の主神同様のものだろう。(断言するが、ヘルメスではない)

 

「生贄になった人間は三人か。

 女、お前、酒場にいただろう?

 その顔を変える変装技術は、魔法によるものだな?」

 

 シキは狂ったように笑う男を余所に、冷静に場を進める。

 己の洞察力と記憶力を頼りに、目の前にいる男と女の目的を探る。

 あくまで、シキの絶対的優位は変わらない。

 

 目の前にいる二人が恩恵を授かっているが、大した障壁にならないことは、風格から滲み出ている。

 シキよりも強いのであれば、シキの接近にも気づくこともでき、死角からの攻撃も気づかせることなく行えたはずだ。

 そのことから、シキは両者をレベル1と断定した。

 

 シキの問いかけに無言で答える女は、右手に握りしめるナイフを構え、臨戦態勢を取る。

 対して、隣の男は変わらず、自分がやったことを嬉しそうに自慢を続ける。

 

「あまり時間はかけられないんだがな」

 

 厄介なのが裏で動いている気がしてならないシキは、これ以上この二人から情報が落ちないと判断し、今朝ギュルスの店で購入した長剣を握る。

 女は男に計画を進めるよう告げると、男は逃げるように屋根から飛び降り、竜の元へと走り出す。

 

「囮にでもなるつもりか?」

 

 男の後ろ姿を見ながら、視線は女から外さず問いかける。

 女は何も答えず、シキへと肉薄する。

 ナイフと長剣が、甲高い音とともにぶつかり合う。

 

 恩恵があるとはいえ、同じレベル帯の女の臂力では、男のシキには到底かなわない。

 武術を嗜むウェールズの王族として、その技術を培われてきたシキにとって、力の使い方はレベル以上の技術力がある。

 

「悪いが、遊んでいる暇はないんだ」

 

──Anfang(セット)雷霆(ケラウノス)

 

 詠唱式は超短文詠唱。

 本来、Anfangでも魔力弾を放つことは可能だが、殺傷性を高めるために雷属性を付与する。

 Anfangは任意地点から魔力弾を放出する魔法であり、そこに意味を持たせるための属性付与。

 雷槍となって顕現した魔法は、地面から女を貫き、空へと消え失せる。

 女の身体に穴を空けるその一撃は、慈悲なく女を絶命させた。

 

 シキは簡単に人を殺す。

 それは、この一ヶ月旅をしてきたヘスティアは、よく痛感していた。

 ヘスティア本人、そして己の大切な存在を守るためなら、鬼になる。

 眷属になった際にそう語ったシキの目は、どこか空虚であった。

 まるで、自分の勘定をそこに入れていないような、その決意に、一ヶ月前のヘスティアは戦慄した。

 

 だからこそ、女がここで絶命したのは必然であり、生かす奇跡は最初から存在しなかった。

 

──ボクは君の神になると誓ったんだ。君の行いを否定しない。君は無益な殺生はしないから。

──ボクは君の正義を信頼する。だから君の生き方を束縛しない。

 

 ヘスティアの言葉にしない誓いは、いつの日かシキ本人に伝える日は来るだろうか。

 絶命した女に、「来世はどうか光あれ」と心の中で告げる。

 

 シキはヘスティアを抱えると、竜の元へと逃げ出した男を追いかける。

 シキに抱えられながらも、今回の事件について考える。

 誰の仕業かは知れないが、神が関わっているのは明白。

 ブッティングしたのは偶然であると分かっている。

 それでも、今回の事件は、シキの第一の試練としか思えなかった。

 




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