俺の可愛い可愛い可愛い娘がC家に嫁ぐことになったんだが 作:とくめ一
「娘の彼氏が、来週挨拶に来る」
隣で酒を呷っていた兄弟は、その言葉を聞いてお猪口を落とす。
カランカラカラ……と音をたてたお猪口が黙ってからの数秒も兄弟は信じられないものを見るような目でこちらを見て、それからゆっくりと口を開いた。
「こ、殺しちゃいねェよな……??」
「がまんしてる」
「おぉ……。
……で、どんな男なんだよ」
子を持つ親同士、何度も相談に乗ってくれた彼は、今回も真剣に俺の話を聞こうとしている。
流石親友、流石兄弟。優しい。
「物腰柔らかで家庭的で、痛いのが嫌いだけど娘のことは身を挺してでも守ろうとしてくれる、心の美しい青年…………らしい」
「らしいって……まさか相手の身元の調査もしてねェのか!? お前が!!!?」
「相手の事調べたら住所分かった瞬間そいつのこと殺しちまうだろうが俺は娘に嫌われたくないんだよ!!!!!」
俺の親馬鹿具合を知っている彼はとんでもなく驚いた様子だったが、そう説明すると「あー、なるほどな」と納得して、それからまた一口酒を呷った。
「それにしてもその口調…………娘に悪影響だからって直して以来か」
「……今日くらいはこの話し方でいさせろ」
そう。『俺』を『私』に変えたのも、丁寧な言葉遣いにしたのも、全ては娘の為である。
昔は多少やんちゃもしたが、娘の為にそんなやんちゃは一切やめた。今は真面目な仕事人間だ。
「で? 今日はストレス解消の為にわざわざここまで来たのか?」
「いや、違う。実は……お前に、その挨拶に同席してほしくてな」
「何言ってんだお前」
「俺だって言いたくて言ってんじゃねェよ」
ドン引いた顔するな。
しかし結局「まァ、お前にゃ借りがあるからなぁ……」と頭を掻きながら承諾してくれた兄弟は滅茶苦茶優しいと思う。
因みにもう一人の兄弟にも声をかけたら同じような流れで承諾してくれた。子どもたちが大体みんな独り立ちしてしまって暇らしい。優しい。
そして
私はリビングで精神統一に耽っていた。
「いいか、『娘の彼氏は殺さない』だ。いいな!?」
「ムスメ、カレシ、コロサナイ……??」
「よーしよしよし、それでいい」
「ムスメ、カレシ…………オデ、カレ、シ、コロスゥ……!!!」
「なんで戻った!!?」
「気絶させておいておれたちが腹話術みてェに話した方が早ェんじゃねぇのか?」
「諦めるなァ!!!」
早々に諦め始めている長兄と違い、次兄は何とか俺を落ち着かせようとしてくれている。
ありがとう、本当にありがとう。……だが……俺の中の殺意の波動が…………グゥ……コロス…………!!!
と、そんなことをしている内に早くも娘たちの到着予定時刻の十分前になった。なってしまった。
「じゃあおれたちは隣の部屋で待機しとくが…………流石に一撃で殺したら助けられねェからな!?」
「私の一撃で死ぬ彼氏くんの方に問題があるのでは……!?」
「アホか!!」
私を一発殴ってから、兄弟たちは隣の部屋に引っ込んでいってしまった。本当は隣で押さえ込んでいてほしかったくらいだが、流石に結婚の挨拶でそれは無いと二人ともから止められたのだ。
コロサナイ……オデ、カレシ、コロサナイ……。
コロサナイ……? ナゼ……???
自己暗示を繰り返し行っているといよいよ鳴ったチャイムにインターホンで「入っておいで」と返して、私はふぅと息をついた。
玄関で殺意が芽生えては流石に困るので、出迎えはしなかった。
そうしてリビングに入ってきた娘の後ろ。緊張した面持ちの男を見て、俺の思考は完全に停止することになる。
「パパ、こちらが私の彼よ」
「……はじめまして。シャーロット・クラッカーです」
待ってくれ娘よ、聞いてた話と全然違うんだけど。
なんか顔にでっかい傷とかあるんだけど。
どう見てもカタギではないんだけど。
てか背ェたっけぇ。娘が小さく見える。マジックかな?
なんて宇宙猫になっていたが、あぁ、分かってる。一番ツッコみたい所から目を逸らしている自覚はある。
「……はじめまして、クラッカーくん。
ところでその、大変不躾なのだけれど、年齢を訊いても……?」
「今年で四十五になります」
「よんじゅうご」
よんじゅうご???
娘が今二十五だから……俺との方が歳の差が小さ……い……????
その瞬間、俺の脳内に愛娘メモリーがキラキラと再生された。
愛しい愛しい俺の娘。
『早くパパの役に立ちたいの!』と笑顔で修行をしていた娘。
可愛い可愛い可愛い娘。
とめどなく溢れ出すマイプリティプリンセスの記憶に、なるほどこれが走馬灯というやつかと納得しながら、一瞬意識がとんで──その瞬間、思い出した。
──あれ、俺ってもしかして転生者じゃねェか?
愛娘の恋人との初対面で衝撃を受け過ぎて前世を思い出すとは意味が分からないと思うが、正直今はそんなことはどうでもいい。
重要なのは、その記憶の中にこの男のプロフィールが含まれていることだ。
シャーロット・クラッカー。かの有名なシャーロット・リンリンの、息子。
……つまり、つまりだ。
娘に近付いた理由は、十中八九。
「クラッカーくん、すまない」
「え」
「────多分、殺してしまう」