俺の可愛い可愛い可愛い娘がC家に嫁ぐことになったんだが   作:とくめ一

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疫病神の話

 

 

『貴女といると不幸が伝染るわ』

『気味が悪い……』

『こっちを見るんじゃないよ!』

『早く死んでしまえばいいのに』

 

 幼い時のことなんてあまり覚えていないのに、そんな呪いのような言葉たちのことは、よく覚えている。

 ……それから、それを言ってきた人たちの悪意と恐怖に満ちた目の色も。

 

 

 そっか。

 私、ここにいちゃいけないんだ。

 

 

 難しいことは何一つ分からなかったけれど、私が悪いってことだけは分かって。

 

 だから出ていったのに、結局最後の人も助からなかったらしい。

 ごうごうと音をたてて燃える元自分の家を遠目に眺めて、振り返ってまた道を歩き出した。

 

 

 ──私は、疫病神なのだと言われて育ってきた。

 

 

 物心ついた頃にはもう実の親なんていなくって、頼まれて私を預かっているという男の人と女の人が私を育ててくれていた。

 とは言っても最低限の衣食住の保証をしてあとは召使いのような扱いだったが、今考えてみればあそこは随分マシな方だったらしい。

 

 みんな、何故か襲い来る不幸に怯えて私を別の誰かへと、物のように渡していった。

 ……呪いの人形のようなものだ。

 変に捨てては後が怖いからと、多少“呪われ”づらそうな手段を選ぶ。

 

 しかし抵抗虚しく、別の誰かに渡された直後に前の保護者たちはこれまでで最大の不幸に──つまり死に見舞われるというのだから、いよいよもって呪いの人形らしい話である。

 

 ……けれども、幼い私にそれを耐え抜く心の強さはなくて。

 

 捨てないでほしかった。

 こき使ってくる人たちや暴力を振るう人たちばかりだったけれど、それでも、必ず最初は家族になりたいと思った。なれるかもしれないと期待した。

 

 だけどはじめは呪いなんて馬鹿馬鹿しいと私をこき使うだけだった人たちが、見下すだけだった目が、一緒に過ごす内に恐怖に染まっていく。

 気味が悪いと距離を取られて、最終的には捨てられる。

 

 仕方がないことだと、子どもながらに分かっていた。

 

 ……でも。

 本当は、やわらかいベッドで眠りたかった。

 破れていない服を着たかった。

 誰も一緒にいてくれなくていいから、愛されなくても我慢できるから、「ここにいていいよ」って、言ってほしかった。

 

 だけど私はバケモノで、ヤクビョウガミで、ジャマモノだから。……もう、これで、終わり。

 

 期待するのにも疲れたし、夢を見るには希望が足りない。

 

 ぽすんと倒れ込んだ雪のベッドは思ったより柔らかくなくて、温度以上に冷たく感じる。

 降り続く雪も、今は世界が私を拒んでいる証のように思えた。

 

 ……ひとりだ。

 

 私のことを知っている人はもう、みんな死んでしまった。

 私の死を悲しむ人もなく、私の死を喜ぶ人もなく。ただこうして、ひとりぼっちで終わっていく。

 

 ──あぁ。

 せめてベッドがもう少しあたたかければ。

 マッチの明かりのような、ほんの少しの優しさを孕んでくれていれば。そうしたら。

 

 ……こんなに寂しく、なかったかな。

 

 

 そんなことを考えて目を瞑りかけたその時、真上から声がした。

 

「オイ嬢ちゃん、こんなとこで寝てっと死ぬぞ」

 

 うん、知ってるよ。

 そう答えようと思った筈なのに、先に口から出た言葉はそんな返答とは全く違った。

 

「ハピィ」

「あ?」

「……わたしのなまえ、ハピィっていうの。

 …………きっと、憶えててね」

 

 決して幸福とは言えない人生だったけれど、最期の瞬間だけはとても幸福だった。

 こうやって名前を伝える相手がいる。私を、見つけてくれた人がいた。

 嬉しいな。とっても、嬉しいなぁ。

 

 幸せに微睡んで、今度こそ目を瞑る。

 

 ──もう、寒さは感じなかった。

 

 

 ◆

 

 

 浮上してくる意識に、ゆっくりと瞼を開く。

 眠る前の寒さが嘘のようなあたたかさと心地よさに疑問符を浮かべながらも何とか起き上がって辺りを見回して、一番最初に自分が眠っていた場所がふかふかのベッドだったことに気が付いた。

 それから次に、聞こえてきたぱちぱちという音の方を向いて、ついている暖炉の火も視界に映って。

 

 もしかしてここは、お空の上なのかもしれない。

 

 求めていたものが、あたたかさが揃っている世界。

 これまでの家で暖炉の火がついている時は大抵別室に追いやられている時だったから、嬉しくてつい暖炉の側まで駆け寄ろうとして、また気付く。

 

 服が、もこもこだ。

 サイズは少しだけ大きいけれど、穴も空いていなくてとってもあたたかい。

 眠る前のボロボロの布切れみたいな服とはあんまりにも違うから、私はいよいよこれが夢なのだと確信した。

 

 とその辺りで何処からか良い匂いが漂ってきたのできょろきょろ周囲を探してみるが、匂いの発生源らしきものは見当たらない。

 一体何の匂いなのかと首を傾げたところで部屋唯一の扉が音をたてて開いて、入ってきたのは眠る前に見たあの男の人。

 

「あァ、もう起きたのか」

 

 そう言いながらテーブルの方に近付いた男の人は持っていたパンと温かいスープをそのテーブルの上に置いて、「まぁまずは食べろ」と私に告げる。

 

「……食べて、いいの?」

「お前のために持ってきたモンだ」

 

 私にとっては嘘みたいな話なのに、その人は当たり前みたいにそう言った。

 なんで、と思ったけど、そういえばこれは夢の中なんだって思い出す。

 

 緊張に震える声で「ありがとう」と返事をして、席について、置かれたスプーンでスープをすくう。

 スープは湯気がたっていて、とってもあたたかそうで、美味しそうで。

 

 すぐに口に入れたかったけれどその前に「少しは冷まさにゃ火傷すンぞ」と言われてしまったので、ふうふうと息を吹きかけて、それからゆっくりと、バクバクと鳴る胸を落ち着ける余裕もないままで、スープが揺れるスプーンの先の方を口に含んだ。

 

「……!!」

 

 美味しくて、優しくて、何よりあたたかい。

 思わず呆然としていたら目から涙が溢れてしまって、止めたいのに止められなくて、でも、動けなかった。

 

 そんな私を見た男の人がこっちに近付いて来たから叱られるのだと思わず身が固くなる。

 だけど男の人は拳を振り上げずに私を抱えあげて抱き締めて、それから優しい声色で言った。

 

「──美味ェか?」

 

 私は頷いた。

 声が上手く出せなかったから、代わりに何度も、何度も頷いた。

 

 

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