俺の可愛い可愛い可愛い娘がC家に嫁ぐことになったんだが   作:とくめ一

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とある男の気まぐれ

 

 

 初めてハピィと出会った日は、ひどい雨が降っていたのをよく覚えている。

 ひどい雨、と言っても新世界を基準にしてしまえば即発的な命の危険がないだけ可愛らしいものだったが、兄弟の内の一人のように未来を視ることなど出来ないおれは急な雨に対処するための傘を持っていなかった。

 普段であれば雨が降っていようが傘を持っていなかろうが構わず帰ったのだが、きょうだい達への土産を両手に持った状況ではそういうわけにもいかない。

 

 仕方無くすぐそこにあった、closeのプレートが下げられた店の軒下に半ば逃げ込むようにして駆け込んだは良いものの、先程まで快晴だった筈の空が重暗い雲に覆われているのを見ておれは思わずため息をついた。これではいつ船に戻れるか分かったものではない。

 

 この島が比較的穏やかな土地であり、かつ落ち着いた海域であるお陰でそう急いで帰る必要がないことは幸運なのだろうが……。

 

 元々あまり好きではない雨に、おれがまた一つため息をついたその時。

 closeと示されていた筈の扉がカランコロンと音をたてて開き、中から一人の女が出てきた。

 

「あの……もしよろしければ、こちらの傘をお使いになりますか?」

 

 返さなくても良いですから、と傘を差し出した女を当然怪しむが、正直なところこの提案は渡りに船だ。

 しかしどうすべきか考えていたせいで返答が出来なかったおれを見て、女は「あっ、ごめんなさい!」と言って店に引っ込んでしまった。

 

 ……あんな弱そうな女だったのだし、警戒などせずに受け取ってしまえば良かっただろうか。

 

 雨に気が滅入ったのからしくもないことを考えそうになったが、直後女はまた店から出てきた。

 

「そんな大荷物なんですもの、傘なんて持てないですよね。すぐに気が付かずごめんなさい。

 こちらも返却はしていただかなくて大丈夫ですから、気軽にお使いになってください」

 

 そう告げた女が持ってきたのは明らかに普通の店には有り得ない大きさの屋根付き台車で。

 おれが両手に持っていた大きなビスケットバッグ──土産をまとめて入れてある、おれの作ったビスケット製のバッグ──ですら容易に乗りそうなその大きさに当然驚きはしたが、今言いたいのはそこではない。

 

「……何が狙いだ?」

 

 そう。この女は恐らく、おれは無警戒で接して良いような世界の住人ではないということに気が付いている筈だ。

 そうでなくとも、自分が弱者に警戒されない顔つきではないという自覚はある。

 

 にも関わらずわざわざ声をかけてきて傘だの台車だのを提供するということは、きっとそれなりの狙いがあるのだろう。

 おれが鎧を着ていない今この状況で話しかけてきたということは恐らく賞金稼ぎや海兵の類ではないのだろうが、この女に関するそれ以外の情報は今は何もない。

 兎にも角にも信用出来ない女を軽く睨みつけながら目的を問う。

 

「狙い、ですか?」

 

 と、女は虚を衝かれたような間抜けな顔でこちらを見た。

 ……これが演技ならば大したものだ。

 

「……えっと、…………そうですね……。

 …………そうだ、少し待っていていただけますか?」

 

 一度店内に引っ込んだ女は、数分も経たない内に何故かケーキ用らしい紙製持ち帰り袋──所謂ケーキボックス──を手に戻ってきた。

 大きさは台車とは違いごく一般的な、カットケーキが三、四ピース入る程度のものだが……何故こんなものを持ってきた? 

 

「これ、私が作ったんですけど……今日の分が売れ残ってしまったんです。

 私一人じゃとても処理出来ませんし、捨てるのも勿体無いので……よければ受け取っていただけませんか? 

 勿論、怪しいと感じたら捨てていただいても結構ですから」

 

 そう言って微笑む女に、こいつは馬鹿なのかという感想しか浮かばない。

 警戒している相手からの食べ物なんぞ普通受け取りたいとは思わないし、よしんば受け取ったところで食べるわけもない。

 

 この女からすればおれが納得出来るようそれらしい言い訳を作ってやった気になっているのだろうが、こちらからすればそんな“親切”は逆効果にしかならないというのに。

 

 だから、女を嘲笑ってやる筈だった。

 下らないと、馬鹿らしいと言ってその箱を叩き落としてやろうと思ったのに。

 

「……受け取って、おこう」

「! ありがとうございます!」

 

 最終的におれは、女の差し出したケーキボックスを受け取っていた。

 

 操られたわけでも、洗脳されたわけでもない。

 ただ、こいつの笑顔が余りにも無垢で綺麗に見えたから、なんとなく気まぐれを起こしたくなったのだ。

 ……それだけ。それだけだ。

 

 

 結局女から借りた傘と台車を使って船まで戻ったおれは、船室に戻る前に部下に告げた。

 

「五分経ったら声をかけろ。

 返事がなければ扉をぶち破っていい」

 

 困惑したような部下の横を通り過ぎて部屋に入って、机の上にケーキボックスを置いて中身を見る。

 モンブラン、フルーツタルト、ショートケーキ、チョコレートケーキ…………売れ残りにしては、随分と種類にばらつきがあるものだ。

 

 丁寧にデコレーションされたケーキたちを見れば、あの女が持つパティシエとしての意識の高さが伝わってきて。

 

 

 

 

「……………………美味いな」

 

 

 だからこれも、気まぐれ。

 ただの気まぐれだ。

 

 

 

 

 

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