水が顔に降ってきたような感覚がして目を開けると、涙を流す勇儀の顔が見え状況がよく飲み込めないまま声を掛ける。
「・・・え?」
「何で泣いて・・・え、何がどうなってるんだ?」
「生きてる、生きてるのか?」
「・・・生きてるはずだが。それより大丈夫か勇儀?何か悲しいことで(ぎゅっ)うおっ。」
顔の場所以外の布をめくり、上体を起き上がらせようとするがその前に飛び込むように勇儀が抱きついてくる。
「良かった・・・本当に良かった・・・」
「・・・どういうことなんだお燐?」
「あはは・・・とりあえず抱きしめてあげて。」
「そーだ!反省しろ!」
「???分かった。」
状況は全く分からないが、とりあえず泣きながら抱きしめてくる勇儀を抱きしめ返すことにした。
猫車から降り、勇儀と共に旧都を歩く。お燐は「準備してくるよ!」と言って地霊殿に走って行った。・・・逃げられた気がする。
「へぇ・・・死体に扮して地霊殿に行くつもりだった・・・と。鬼相手にたいした冗談をしようとしたものだね・・・まんまと騙されたよ。」
勇儀から肌がピリピリするような怒りの雰囲気を感じ取る、確かに鬼に隠れて地霊殿に行くために旧都を通るのは鬼に嘘をついていると思われても仕方の無いことだ。
「すまない・・・私の軽率な考えだった。あげく寝てしまったせいで余計な心配すらかけて本当に申し訳ない。」
「・・・まあ詠知なりに鬼のためだと思ってした事だから強く責められないよ。だけど勘違いしないでくれ、鬼は今更そんなことで詠知を嫌う事なんて一切無い。眠かろうと泥酔していようとどんな状態でも歓迎するしもてなすよ。」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。改めてすまなかった。」
「もう謝る必要はないよ、私の早とちりもあったしお互い様さ。」
「ありがとう、今度からは堂々と来るようにするよ。」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・あの、離してくれないか?」
こうやって話しながら歩いている間も、ずっと腕に抱きつかれ続けている。勇儀の身長はかなり高めであるため歩き辛いといったことはないが、周りの視線が痛い。
「え・・・ダメなのか・・・?」
「・・・ダメではないんだが、ほら勇儀はここのまとめ役だろう?変な噂が立つと困るだろう。」
「そんなこと気にしなくて良い。悪評を立てるような奴は旧都にいないさ、いたとしても私がどうにかする。逆に詠知のことを悪く言う奴がいるなら、鬼が赦しはしない。」
「はは、そこまで信頼してくれるのは嬉しいな・・・だがさすがにこれはな・・・。」
そっと勇儀から腕を引き抜こうとし・・・
「・・・なあ、そんなに嫌なのか?」(ぎゅ・・・)
「わっ!ラブラブだね!」
より強く抱きつかれる。無理矢理引き抜こうとしたら勇儀の体がそのまま浮きそうなほど絶対に離さないという意志を感じる。普段こんな感じじゃなかったんだが・・・もっと姉御!って感じだったような気がする。
「もしかして私が嫌いだからか・・・?それならすぐに離れるから・・・」
「そんなわけないだろう、勇儀は大切な友人なんだ。嫌いになることなんてありえない。」
「・・・私にとっても詠知は大切な友人だ、嬉しいよ。でもじゃあ何が嫌なんだ?はっきり言ってくれないか。」
「・・・私が恥ずかしいんだ、こんなに公衆の面前で堂々と抱きつかれて歩くのは。」
旧都の大通りをそこのリーダーと腕を組んで歩いているのだ、そんな状況に道行く全ての住民が足を止めこちらに視線を向けてくる。それはさすがに気恥ずかしい。
それを聞いた勇儀は、少しポカンとした表情になった後ニヤニヤと意地悪な笑みをこちらに向けてくる。
「へぇ・・・詠知もそんなこと思うんだね。」
「そりゃそうだろう。鬼ほど堂々とはできない性分なんだ、恥ずかしいものは恥ずかしい。」
「普段ここでの宴会をするたびに酔ってパルスィや鬼どもを腰抜けにするのに、そこは恥ずかしいんだね。」
「ああ・・・って待て、私そんなことしてるのか!?腰抜けって何し(ぐいっ)!」
私の酒癖が悪いことは知っていたが、記憶が飛ぶため具体的に何をしているのか知らない。一緒に飲んだ人に聞いても絶対に教えてくれないのだ。
だからこそ今の勇儀の言葉は聞き捨てならない。私の所業を知るチャンスなのだ。
・・・と追及しようとしたタイミングで、勇儀の腕が私の腰に回り直接抱きつくような姿勢になる。
「・・・あの、勇儀?」
「恥ずかしがることなんてないさ、もっと見せ付けるくらいの気概でいないとダメだよ?」
勇儀が抱きついた瞬間、周りの目がより一層増えた気がする。四方八方から視線が向けられ、こそこそ話が聞こえてくる。
「ついに姐さんが素直に・・・!?」
「恋愛クソ雑魚の姐さんに春が!?」
「赤飯炊いてこい!」
「宴の準備しろ!酒だ!酒もってこい!」
「酒だ酒だー!」
・・・こそこそ話じゃないなこれ、何も聞き耳立てずとも普通に耳に入ってくる。旧都の住人は鬼含めて随分と豪胆な性格をしていることを思い出す。
「・・・」
「な?何にも気にすることないんだよ。・・・ちょっと折檻したい奴らはいたけどね。」
「確かにあまり考えすぎることもないかもな・・・」
「ふふ、だろう?だから気にせず一緒に行こうか。」
旧都を抜け地霊殿に繋がる道。周囲に家もなく誰も居ない道を2人歩く。
「なあ詠知、地霊殿にはどれくらいいるつもりなんだい?」
「どうだろうか、そこまで長居するつもりはないから長くて次の夜までくらいかな。」
「そうかい、じゃあその後宴会に参加しないかい?約束事の方が大事だし地霊殿での用事が長引くならその分遅れても良いからさ。」
「もちろん参加させてもらうよ、騒ぎを起こしてしまったお詫びもしたいからな。・・・酔って変なことをしそうになったら止めてくれよ?」
「はは、危ないと思ったら必ず止めるよ。」
そんな会話をしながら歩いていると地霊殿の正門前に到着する。
「じゃあまた後で。ここまで送ってくれてありがとう。」
「楽しみに待ってるよ。・・・なあ、最後に1つ聞いて良いかい?」
勇儀に一時的な別れを告げ、地霊殿の門を跨ごうとした時勇儀に呼び止められる。
「どうした?」
「鬼にとって、闘いってのは何よりの本能だ。そして特に人間との闘いは地底に越した今でも一番の喜びなんだ。だから、今後も鬼との闘いには付き合って欲しい。」
「・・・私にとっても鬼と闘うのは名誉あることなんだ、こちらからお願いしたいくらいさ。」
強者の象徴とも言える鬼と闘えるのは、男として名誉あることだ。だからこそ中途半端な状態で闘いたくなかったため今回の様な方法を取ったのだが・・・裏目に出てしまった。
「ありがとう・・・今回で、詠知がどれだけ大切なのかを思い知ったよ。"鬼の盟友"が死ぬはずがないと思い込んで、詠知が人間で死ぬかもしれないことを失念した。詠知が人間だからこそここまでの仲になったのにさ、本末転倒だね。・・・もうこの渇望を満たしてくれるのは詠知しか居ない。スペルカードルールではなく拳1つで鬼と正面切って闘える人間なんて、地上のどこを探しても詠知しか居ない。鬼にとっても私にとっても絶対に失いたくない存在なのさ。」
詠知を地霊殿に送り届けた私は旧都に戻るため来た道を引き返していた。
「・・・さて、戻ったら宴会の準備をしないとね。」
「いいね宴会。私も参加しようかな?」
「萃香?来てたのかい。」
萃香が目の前に出現する。密と疎を操る萃香は霧状になることによって自由に各所に移動できる。でも何故旧都と地霊殿の間の何もない道に?・・・まさか。
「・・・全部見てたね?」
「詠知は神社から猫車に乗って来たんだけど、そこに霧になって私が偶然いたんだよ。そしたら死体に扮して地霊殿に行くなんていう酔狂なことをしだすもんだからね、面白そうだなと思ってついて行ったんだ。・・・まっ本当に面白いことが起きたけどね♪」
「ここの連中に見られるのはまだしも、ちょっと萃香にあの早とちりを見られてたのは恥ずかしいね・・・」
「私が同じ状況だったら、私も死んだと思い込んだだろうしあんまり笑えないけどね。でも随分堂々と抱きついてたじゃないか、普段はもう少し距離を取った感じなのに。」
「普段はここのまとめ役として、私まで詠知に近付きすぎるのもなと思ってたんだよ。若い衆がぐいぐい行くもんだからね。でもあんな姿見せたからもう何も気にすることはないなと思ってさ。」
「でも久しぶりに心の底から楽しそうな勇儀を見れた気がするよ、宴会は私も参加して良いかい?」
「もちろん。どうせだし地上での面白い話を聞かせてくれよ、色んな所に行っているんだろう?」
「そうだねぇ・・・何聞きたい?詠知が吸血鬼にマーキングされた話、不死人のパパになった話、巫女の体を好き勝手する話。他にも沢山あるよ!」
「・・・それ全部詠知の話なのかい・・・?・・・全部聞かせてくれ。」
「いいよ~♪」
過去の悪行(?)を萃香にタレ込まれる勇儀。