オリキャラ二人出てくるけどそれでも良かったらどぞ。

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筆が乗った


たとえお前が望まなくても

 ホイッスルとともに、歓声が沸き上がる。試合が開始したばかりだと言うのに、スタジアムを埋め尽くす観客共は熱気を放っていた。俺にとって、そんなことはどうでもよかった。

 

 Uー20日本代表として選出された俺。対するは今まで俺が興味を持っていた"青い監獄(ブルーロック)"。凛がこちらを射殺さんとする視線を向けているのは分かっている。

 

 心底どうでもいい。

 

 パスを受け取った俺は、自身のポジションを無視して左サイドへと走り込む。味方からも、相手からも驚愕の声が上がっていた。

 

 どうでもいい。

 

 Uー20の連中には一切パスを出さず、俺を阻みに来る連中を単身で抜き去っていく。

 

 そして俺の視界に入ったのは、絵心甚八……つまり青い監獄のベンチ。俺と絵心の視線が交わると、絵心は俺の意図を悟り横に少しズレた。

 

 そして、男だらけのベンチで異彩を放っているのは、性別から違う女のマネージャー。そのマネージャーと目が合わさった途端、相手は『心の底から幸せです』というような笑顔を振り撒いてくる。世間一般的に整った顔とされているであろう女の笑みは、ベンチメンバー達の頬を赤らめるものだ。

 

 その顔を見て、俺は特にリアクションを取らずにそのまま駆け抜ける。

 

 一歩、一歩とそいつと近づき、前のめりに俺を見つめるそいつを見て。

 

 俺は──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

「マネージャーを始めた?」

 

『ああ』

 

 スマホの奥から、親友の声に似せた音が流れてくる。

 俺自身、レ・アールの下部組織での活動で忙しかったとしても、定期的にメールや電話は絶えず行っていた。

 

『んで、そこがちょっと身動き取りずらくてな。外に行ける時間無いっぽいから会えるか分からないんだ』

 

「……おい、ブラックな所じゃねぇだろうな」

 

『ハハッ』

 

「今すぐそこやめろ」

 

『大丈夫だって』と軽く言うが、そんな渇いた声で笑われても心配にしかならん。

 

「で?」

 

『ん?』

 

「どこでマネージャーやってんだ」

 

 当然の質問に、ん〜〜、と喉を唸らせて考え込むアイツの様子に少し嫌な予感がしたものの、黙ってアイツの返事を待った。

 

『"現代版蠱毒〜サッカーver〜"……的な?』

 

「今すぐやめろ」

 

『ハハハッ』

 

 再度、電話の向こう側で渇いた声で笑うアイツに苛立ちを覚えた。それを悟ったアイツが『キレんなって』と笑いながら言ってきたので「うぜぇ」と返す。

 

 てか、そんな危険な匂いが漂うような場所が日本にあること自体驚きだ。まあアイツが言っているからあるにはあるんだろう。俺が聞きてぇのは、なんでそんなヤバいところに行ったのかだった。

 

 その俺の疑問にすぐに答える。

 

『そこの経営者っつーか、企画者っつーか……。まあ代表? 的な立場にいる人が知り合いでさ』

 

「蠱毒を創り出すような知り合いは捨てとけ」

 

『いや、蠱毒は例えだって。まああながち間違いでは無いけど「おい」……ま、俺の事は知ってくれてるから、誘ってくれてな。サッカーに関われるし。何より給料が高い』

 

「……そうか」

 

 一応、電話越しでの声は楽しげなものだから、やりがいはあるのだろう。クソみたいな職場環境だったら、俺が即刻アイツを連れ出していたところだが。

 

 だが、アイツの最後の言葉が俺の中に残った。

 

「……金なら俺が」

 

『冴』

 

「っ」

 

 俺からの言葉が何を言おうとしているのか分かったんだろう。俺の言葉を制止したアイツの声は何時もと変わらない、澄んだ声だった。それでも、俺は止まらなかった。

 

「俺は別に物欲はない方だ。どうせ使わねぇならお前のために使いたい」

 

『いいんだ、冴。友達から金を巻き上げるような真似はしたくない』

 

「ならっ……なら、俺のチームに来い。俺が監督にお前を推薦すれば、今すぐにでも」

 

『言ったろ? 俺はお前を巻き込みたくないんだよ。お前を利用して、金を貯めることは出来ない……これは俺の我儘なんだ、すまん』

 

 申し訳ないという気持ちが伝わってくるほどに、アイツの声が下がっていく。

 違う。そうじゃないんだ。

 お前のためなら金を幾らでも渡せる。俺に出来ることがあれば人脈でもなんでも使ってやる。でもその奥底にあるのはお前の役に立ちたいって気持ちじゃねぇ。

 

 俺は、ただ、お前と。

 

「──天と、サッカーがしてぇ……」

 

 俺のパスを受け取って欲しい。俺の前に立ち塞がって欲しい。俺の横で走って欲しい。前みたいに、ただ純粋にお前と……天とサッカーがしたい。

 

 これは、俺の我儘(エゴ)だ。

 

 息を呑む音が鼓膜に届いてきた。数秒、数十秒と、無音の状況が続いていく。思わず息をするのも忘れ、叶うはずもないのに、願うように目を瞑る。

 

 そして、ようやく相手からの音が聞こえてきたのは、自嘲するかのような、諦めの吐息だった。

 

『ごめん』

 

 ブツリ、と切られた通話終了の合図とともに、呼吸を思い出したかのように息を吐いた俺は、スマホに移る通話終了の文字を眺め、舌打ちを零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前のエゴが欲しい。俺のために暴れろ」

 

 Uー20日本代表のストライカーは、はっきり言ってゴミ同然だった。正直、俺が出てやる道理なんてサラサラない。

 

 金儲けしか考えてないジジイ共にとって俺の不参加は避けなければならない問題。アイツらは妥協案として、俺の望む日本人プレイヤーを招集すると持ちかけてきた。臭ぇ唾を撒き散らしていたアイツらには不快感しか覚えない。

 

 その条件を聞いて、俺はすぐに天の名前を口にしようとした。が、今のアイツにそんなことを言っても、苦しい顔で断るのは目に見えている。却下だ。だから俺は、前に青い監獄の試合映像を見て、気になったエゴイストを呼ぶことにした。

 

 そして今、俺が直接青い監獄に赴き、俺が指名したエゴイストである士道龍聖がいる部屋へとたどり着き、引くほど拘束されていたやつの身柄を引き受けた。何をしたらこんな扱いになるんだこいつ。

 

 俺の事を知らないエゴイストは俺のことを終始睨みつけていたが、拘束が解かれるならと大人しく俺の後に着いてくる。ここまで俺を案内した会見の時の女が裏口まで俺らを案内し、待機させていた車まで移動したところで、思い出したように士道はその女に声を掛ける。

 

「あ、そうだ。一回、天チャンに会っときてぇんだけどっ」

 

「あ? 天?」

 

 語尾に♡でも付きそうなように見える士道の口から出てきた人物名は無視出来ないものだった。三人の先頭を歩いていた俺は立ち止まり、士道の方へと振り向く。

 

「おい。天ってのは、『神城天』のことか?」

 

「あ? なに、天チャンのこと知ってんの?」

 

「お前には関係ねぇ」

 

「へー」

 

 目を細めてこちらを観察するような目を向ける士道と数秒視線を合わせ、案内人の女へと意識を向ける。

 

 そういえば、サッカー版蠱毒とか言っていたのを思い出す。

 

青い監獄(ここ)かよ)

 

「おい、天はここで働いてんのか?」

 

 士道と同意見なのは少し不本意だが、ここ1ヶ月程は連絡が取れてない。アイツも忙しいだろうが、せっかくここまで来たのなら一度ぐらい会っておきたいものだった。

 

 しかし、天の知り合いかもしれないこの女は先程から口を閉ざしたままだ。心做しか、歯を噛み締めて苦い表情を浮かべている。

 

 なにか、嫌な予感がした。

 

 不審に思ったのは俺だけでなく、士道も食い入るように女を両目で捉える。

 

 そして、意を決したように、その女は俺を正面から見つめると、深く頭を下げてきた。

 

「──私の力不足です……申し訳ありません」

 

「は……?」

 

「天君は……もう一人のマネージャーに危害を加えたとして責任を問われ、辞職しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、俺と士道は絵心の元へ乗り出そうとしたが、あの女の言葉に止められた。

 

『絵心さんも今、気が立ってるんです』

 

 その言葉から、責任者の視点からしても不本意な判断を強いられたことは分かった。

 その場は大人しく引き下がった俺は、しかし苛立ちは募るばかり。直ぐに天に電話を掛けたが繋がらない。不安が、ジリジリと迫ってくる。

 

 連絡がつかないのならと、士道に詳細を聞こうとした。しかし奴も、天がクビになった事実を飲み込んでいる最中だったのだろう。握りしめた拳が赤く染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺には弟が居る。父親は既に他界しており、母が一人で俺たちを育ててくれた。

 

 弟は、サッカーが好きだった。ボールを蹴ること、走ることが好きだった。サッカーを始めたのは俺が先で、その姿を見て憧れたと聞いた時は思わず抱き締めた。

 

 俺は部活程度しかしていなかったが、弟は外部のクラブに所属していた。決して多いとは言えない母の給料に、弟は最初はクラブに入るつもりはなかったが、母自身からの後押しもあり、クラブで本格的にサッカーを始めていた。

 

 弟は地元では有名で、エースストライカーとして活躍していた。

 

 ゴールを決めた時に、観客席にいる俺を見つけて笑顔で手を振る弟の姿が、俺は大好きだった。

 

 チームメイトからも慕われていた弟は充実したサッカー人生を歩んでいき、高校の推薦も貰った。

 その高校はスポーツ強豪校で、推薦された生徒は授業などが全額免除。ある程度の学力が必要とされるとはいえ、その事に弟は親孝行ができると喜んでいた。母も泣きながら喜んでいた。

 

 俺はこの家族が大好きだ。父親は俺が生まれてすぐに他界したらしいから見たことは無いが、その分母に愛されていた。弟は俺に懐いてくれていた。『兄ちゃん』と、背中を追いかけてくる弟とするサッカーが幸福な時間だった。

 

 永遠に続くと思っていたその時間は、唐突に終わりを告げる。

 

 弟が、飲酒運転の車に轢かれた。

 

 電話を受け取った俺は震える母とともにすぐに病院へ。手術中という文字が赤く照らされた廊下にあるベンチに二人で腰掛け、母は手を合わせて神に弟の無事を祈り続けていた。

 

 数時間後、手術が終了し、面会が許され向かった弟のすがたは、悲惨なものだった。

 

 至る箇所の骨が折れているのか、全身を包帯が覆い、吊り上げられた脚にはギプスが付けられている。腕に点滴を刺され、眠っている弟は目を覚ますことはなかった。

 

 幸いと言うべきか、死に直結するような傷跡は見当たらないらしい。その点だけには神に感謝したものの、状況は依然として最悪だった。

 

 頭を強く打ったことで、神経に異常が起きている可能性がある。手足が欠損したりということは無かったものの、下半身不随に陥ることも有りうるようだ。

 

 加えて、弟は『植物人間』状態になっており、何時目を覚ますか分からないそうだ。最悪、目を覚ますことは無いかもしれないと告げられ、母は嗚咽を漏らしながら崩れ落ちた。おれは、脚が震えて動くことさえ出来なかった。

 

 飲酒運転をしていた運転手は壁に激突した際にフロントガラスが頭に刺さり即死。そんなことはどうでもよかった。

 

 弟の安否、そしてこれからかかる入院費用と、必要とされる手術代は、とてもじゃないが今の家計では払うことは出来なかった。母は今までも多かった仕事をさらに増やし、医療費を稼いだ。俺もバイトを掛け持ち、少しでも足しになるように動いた。

 

 母はみるみる痩せこけていた。若かった肌もボロボロになり、目元の隈も酷い。睡眠時間を削り仕事に当てた母が倒れるのは当然だった。

 

 食事もまともに取っていなかった母は体が衰弱しており、ドクターストップがかかった。「ごめん、ごめん、ごめん」とベットの上で泣きながら謝る母の姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 

 金が必要だった。

 

 冴とは、とあることがあり、依然から交流があり、仲良くなっていた。決して他人に話をしようなんてことは考えていなかった。それでも、俺も限界だったんだろう。ふとした時に、俺は冴に現状のことを話していた。

 

 俺の話を黙って全て聞いた冴は、費用を援助することを提案してきた。

 

 願ってもない事だった。冴が有名なサッカー選手だということは知っていた。だからおそらく、冴は全く年相応では無い貯金があるのだろう。これで助かる、と。またあの家庭が戻ってくると、不覚にも、そう思ってしまった。

 

 けれど。それでも。

 

 俺には、友達を巻き込むようなことは出来なかった。

 

 あの時頷いておけば、とは、何回も思った。

 俺がこんなに必死に働かなくても良かったのでは、とも思った。

 

 それでも、俺は冴の提案を全て断った。

 

 それは、プライドなんて崇高なものじゃない、ただの俺の我儘(エゴ)。冴に限ったことじゃなく、アンリさんも絵心さんも、資金提供を申し出てきたが、全て断った。この行動が家族のためなのかといわれれば、半々だろう。俺のための我儘だ。これが正解なのかは分からないけれど。

 

 サッカー選手になれと言われた。それもひとつの解決策なんだろう。冴を見てわかるが、実力が認められればその分莫大な金が入ってくる。いつかは、必要な金額に達するはずだ。でもそれでは遅い。今、金が足りてない。

 

 不確定要素も多い。冴に認められたからと言って、全員に認められるとは限らない。いつ金が入ってくるか分からない。俺がサッカーをやってるうちに、家族が危険な状況になっているのかもしれない。そう思うと、もうダメだった。

 

 だから俺は、ずっと続けてきたサッカーを、辞めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絵心さんとアンリさんの誘いだったし、何よりお金が必要だった俺にとって、このプロジェクトへの誘いは願ってもない事だった。

 

 絵心さんからは、ストライカーとして参加しないかとも提案されたが、断った。家族の中で、俺だけ好きなサッカーをする訳にはいかなかったから。

 

 青い監獄のマネージャー業と言っても、雑用のようなもの。ドリンクを作り、洗濯掃除、設備点検。広大な青い監獄を俺とアンリさんだけで駆け回るのは辛いものがあった。

 

 そんな俺たちに気を利かせてくれたのか、絵心さんがマネージャーを一人、外部から雇ってくれた。

 

「はじめまして! 織乃 夢です! よろしくお願いします!!」

 

 その子の第一印象は、単純だが、『いい子』だった。元気に挨拶をし、頑張りますという気概も伝わってきた。要領がいいわけではなかったが、必死に仕事を覚えようと奔走する姿はどこか可愛げがあり、庇護欲がそそられる。だから、時々俺の事を真顔で見つめてくるのは気の所為だと、そう思っていた。

 

 1度、「あなた、読者?」と聞かれたことがあった。いつもの可愛らしい口調とは違う冷えた声に少し戸惑い、彼女の言葉の意味が理解出来ずに困惑していると、それだけで何かを理解したのか「なんでもありませんっ。お仕事頑張りましょっ」といつもの口調に戻り、業務へと取り掛かった。

 

 本格的にプロジェクトが開始し、選手達との交流が始まってから、違和感が増えてきた。彼女は、ドリンクやタオルを選手に渡す係を率先して行っていた。だから、俺は備品点検や洗濯など、完全裏方な業務を中心に行うようにしていたため、選手との関わりは薄かった。

 

 彼女は不器用……らしい。選手の前でよく転ぶ。それを支えるために手を貸した男達は、総じて頬を染めていた。

 彼女は交流を主にしていた。練習出なくても、廊下で話していたり、一緒にご飯を食べたりと、何かにつけて選手と行動するようにしていたように見える。

 

 マネージャー業は初めてなので、そんなもんかと内心で納得していた。俺が飯を食べるのは、選手達が食堂を去ってからしばらくしてからだ。単純に、それまでずっと仕事が溜まっているのが原因だが、彼女は今何処で何をしているのかは疑問に思っていた。

 

 選手達との交流の機会が少なかった俺だが、なかったことは無い。

 

 潔は、廊下ですれ違ったら挨拶してくれるし、偶に寝付けない彼が食堂に来た時に話したりと交流があった。

 目の使い方について相談を受けたり、プレー面でも何かと話し合ったりして、懐かれた。

 

 馬狼は綺麗好きだ。俺が洗濯物を畳んでいる時や選手たちの部屋のシーツを整理したりしている様子を見ていたらしい。めちゃくちゃ感謝された。

 

 士道は、俺の事を知っていたらしい。俺が試合しているところを一度だけ見て、その時にピンと来たらしく、最初から懐かれた。俺といるとビンビンするらしい。マジでやめてくれ。

 

 あと何人か話す相手はいたが、それも両手で事足りる程。それに比べ、織乃さんはほとんどの選手と交流しているらしい。

 

 偶に俺と仲良くしている子達から話を聞く。そのほとんどが、媚び売ってる感じがして気持ち悪いらしい。

 

 ドリンク渡す時に手を握ってくるだとか、必要以上に声をかけてくるだとか。この前、潔と遅めの夕食を取っている時に、織乃さんが潔の横へと滑り込んできた時に潔の顔が歪んでいたから結構苦手なのだろう。

 

 特に士道は、生理的に無理らしい。しつこく着いてくる彼女に一度、「ケツ振ってきめぇんだよ雌豚」と言い放ったそうだ。頭叩いて叱った。

 

 とまあ、俺と仲良くしている男子からの支持は最低ランクだが、その他の子からの評価は激高らしい。しかも、男子同士で牽制し合ってる姿をちらほら見かけたことから、ガチ勢が多いっぽい。

 

 その中に、冴の弟を見つけた。まあだから話しかけるかってことにはならないが、どうやら弟くんは織乃さんと結構仲がいいっぽい。孤高感満載の彼は、織乃さんと話す時は何処かふんわりとした印象に見える。潔と話す時は目血走ってるけどね。

 

 そんな生活が続いていくと、彼女が選手との交流を深めていっているので、仕事が疎かになることが増えてきた。まあそこはカバーしていけばいいかな、と思っていたが、日に日に俺の仕事量が増えていき、遂にはドリンクを渡すこと以外仕事をしなくなっていた。

 

 さすがに業務怠慢だし、絵心さんに怒られるかもしれないからと、一度彼女を呼び注意を行った。

 

「はいはいわかりましたよー」

 

 これで少しは楽になるかな、と思っていたが、業務は増えるばかり。二次選考などが続き、業務内容が濃くなっていくこともあって、正直結構キツかった。

 

「手伝う」

 

「俺も!」

 

「お、助かるわ、二人とも」

 

 脱落者が増えてきたとはいえ、それでもまだ青い監獄には100人強の選手が居る。洗濯物やドリンクの数は膨大だ。アンリさんも手伝ってくれるが、どうやら織乃さんはアンリさんや選手がいるところでは仕事をしているそうだ。つまり俺が一人だけで作業している時、彼女は選手と喋っている。思うところがない訳では無いが、変に糾弾してやる気を無くされても困る。

 

 それに、結構な頻度で馬狼とか潔が洗濯やら運び物やらを手伝ってくれる。初めは「サッカーに集中しな?」と言っていたが、俺を見掛ける度に手を貸してくれているので、お言葉に甘えるようにした。この間に、二人からの織乃さんへの愚痴や、戦術面でのアドバイスを求められたりしている。潔はかなりの頭脳プレイヤーなので、話が盛り上がって楽しい。馬狼にも、独自のスタイルがあるから、新鮮な話が聞けてよく笑った。

 

 ここまでサッカーについて話をしていたのは冴か弟くらいだった。俺よりも年下ってこともあってこいつらのことを弟と重ねて見てたのかもしれない。この何気ない時間が好きになって、待ち遠しくなっていた。

 

 ただ、ある日から、その時間に織乃さんが介入してくることが増えてきた。今までしてこなかった荷物運びなどを、俺たちが話しながら歩いていると後ろから声をかけてくるようになった。

 

「何の話? 私も混ぜてよぉ!」

 

「……洗濯とかいいんすか」

 

 さっきまで笑って話してた潔の表情がスン、と真顔になり、馬狼も何処か不機嫌そうだ。今にも舌打ちしそう。あ、口閉じながらしたな今。

 そんな彼らの態度に堪えた様子を見せず、むしろ気づいていないような振る舞いで笑顔を見せる彼女は「後でやるからだいじょーぶ!」と言い、潔側へと並んだ。並びは織乃さん、潔、馬狼、俺って感じだ。というか、さっきから彼女の視線は俺には一切向けられない。多分いないものとして扱ってるんじゃないだろうか。まあ別にいいか。

 

 二人に対してお構い無しのマシンガントークに対して、潔は一切目線を向けることなく「そすね」しか言わなくなった。馬狼なんかガン無視。

 

 その態度がいただけなかったのか、露骨に頬を膨らませて不満をアピールする。

 

「もー! ちゃんと聞いてるー?」

 

「そすね……てか、荷物持ちますよ──()()()()()

 

 ビクッ、と露骨に肩を震わせる織乃さんを見て、ああ、図星か、と思った。というか、俺たちは最初から気づいてた。ダンボールの大きさこそ俺たちが運んでいるものと同じくらいの大きさとはいえ、さっきからカラカラと音がしている。どうせ、ダンボールの容量にそぐわない小さなものしか入っていないんだろう。

 

「だ、大丈夫だから!」と焦りを隠せていない声で早口に放った言葉を無視して、馬狼が荷物を奪い去る。「あっ」と小声で唸って手を伸ばしてくる彼女に馬狼が一言。

 

「……軽っ」

 

 吐き捨てるような言葉に、石像のように固まる織乃さん。そんな様子に意識を向けることなく、俺達は歩いていく。さすが王様(悪役)、迫力が違ぇぜ。潔も心做しか悪い顔浮かべている。ニヤリって音が適切だろうか。

 

 厄介者が居なくなり、中断していた会話を再開する。潔と馬狼の口論が半分を占めていた。やっぱこいつら仲良いな。

 

「ちょ、ちょっと待って!!」

 

 嫌に耳に残る彼女の声。ふわりと鼓膜を刺激する音程は、身体中を駆け巡り、どこか安らぎを覚えさせる。焦っている声でもこれほどの作用がある彼女の旋律だ。普段の会話なら、ほとんどの選手に心を許されているのも納得がいく。

 

 そんな声が、俺にとっては酷く気持ちの悪いものだった。

 

 潔の表情がまたもや真顔……いや、少し歪むほどの相貌を見せる。肘を掴まれたからだろうか。振放すことはせずとも、向こうのペースに合わせる気は無いらしい。

 

「運びにくいんすけど」

 

「えーと、私にも何か手伝わせて欲しいな、って」

 

「間に合ってるんで……洗濯とかドリンクとか、他にあるでしょ?」

 

「そっ……れは、そうなんだけど。潔と馬狼の手伝いがしたいのっ!」

 

「別にいらないっす」

 

「……潔もこう言ってるし、織乃さんは他の仕事あるでしょ?」

 

「あんたには聞いてない!!」

 

 決して叫ぶような様子を見せることは無かった彼女が、俺に食いつくように声を荒らげる。流石に意外だったのか、二人は目を丸くして彼女へと視線を向けると、直ぐに目を細めて不快感を顕にした。仲良いな君たち。

 

 彼女自身、意図して叫んだ訳では無いだろう。こちらを少し睨んだ後、ハッと目を開き、二人に対して弁解を述べようとする。

 

 ────いい加減、ウザイな、この女。

 

「あのさぁ」

 

 口を開きかけた彼女に被せるように、声を掛ける。できるだけ低く、耳障りに、不快感を煽る言い方で。

 

「何っ……ですか」

 

「さっきから手伝います、手伝いますって……他に仕事あるだろ? お前が最近してることなんかドリンクとタオルの手渡しくらいだ。それ以外は全部俺。アンリさんの前とかだとある程度やってるらしいけど、いい加減猫かぶるの辞めたら?」

 

「っ」

 

「正直、不快なんだよ。俺に対して何を思ってんのか知らねぇけど。お前がしたいのは選手にしっぽ振ってチヤホヤされたいってただの欲求だ……潔達が皆みたいに接してくれないのが気に触ったか? 良く見ろよ、お前なんかお呼びじゃねぇんだよ。ここは"青い監獄"。本気でサッカーに人生かけてるヤツらに、しょうもねぇ承認欲求求めてんじゃねぇよ」

 

 後ろで手を組んでるこいつは、拳を握りしめていることだろう。腕の震え方がまさにそれだ。歯をかみ締めてることだろう。唇が震えてるぞ。二人の前で猫かぶるのは辞めたのか? 無意識だろう? 俺を殺意の篭った目で睨みつけてるのに気づいていないんだろう? 

 

 一歩、踏み込む。それだけで相手は2歩3歩と後ずさる。逃げ出したいのか? 助けを呼びたいか? 勝手にしろ。ただし、言いたいことは言わせてもらう。

 

 心底不快だ。俺のために絵心さんが雇ってくれたと言うのに、その良心に漬け込んで欲求のままに掻き回すこいつが心底腹立たしい。

 

 感情の籠っていない真顔で、出来る限り近づく。遂に壁際にまで迫られた織乃は身動きが取れない。

 

「そんなに男に求められたいんだったら────下品に腰振って喘ぎながら勝手にイッてろや、クソビッチが」

 

 目の前に迫る俺が不気味に感じたのだろう。こちらを睨みつけていた双眼は今では見開かれ、体が少し震えている……いや、体の震えは演技か? 場違いにも、凄いな、と思ってしまった。

 

 ただでさえ誰も通らない静かな空間が、完全無音の空間となり、数秒経過して……次に驚愕を受けたのは、俺の方だった。

 

 恐怖の色に染まっていた瞳は、次第に潤いをみせ、目尻から涙が溢れ出す。

 

「ごめん、なさいっ……わたし、何やってもダメで……っ」

 

 身長差もあり、こちらを見上げて来る彼女の瞳が薄く紫色を帯びる。吸い込まれるようにその瞳を覗き込む俺の体は動くことは無い。

 

 ────可愛い。

 

 守ってやりたい、俺だけのものにしたい、誰にも触れさせたくない、俺だけを見ていて欲しい、その唇に触れたい、抱きしめてあげたい、涙で濡れた目元を拭ってやりたい────

 

 脳が、脊髄が。

 

 全身に危険信号を発した。

 

 無意識のうちに持ち上げられていた右腕が視界の端に写った。思考が遅れる。ソレがしているのは、演技だと言うことが直感的に理解出来た。その上で、俺は今、何をしようとしていた? その持ち上げた右腕は、どこに向かっていた……? 

 

 途端、全身を駆け巡るのは、理解不能の目の前の存在に対する、生理的嫌悪。

 

 ぶわり、と毛が逆立つ。悪寒が止まらない。目の前の存在から離れたい、視界に入れたくない。

 

 歯を強くかみ締め、固まったままの右腕を下げ、目の前のソレに着いている瞳から目を逸らした。

 

 ソレが、驚きの感情を発しているのがわかった。理解不能の相手の感情を理解できてしまっていることに対しても嫌悪感が隠せない。

 

「……行こう」

 

 一秒でも早くアレから距離をとるために、呆然としている二人に声をかける。俺の声にすぐに反応せず、少ししてからようやく肩をふるわせた二人は俺の横に並び立ち、その場を後にした。

 

 

 目的地まで、俺たちの間で会話が成り立つことはなく、終始無言での作業が続き、ようやくたどり着いた倉庫に荷物を置くと、三人同時に深く息を吐いた。

 

「やべぇ……鳥肌が止まんねぇ」

 

「気持ち悪ぃ……ウッ」

 

 馬狼は腕を擦りながら眉間に皺を寄せ、潔は込み上げてきた物を喉の奥にとどめる。二人にも、アレの異常性が感じられたのだろう。

 

「なんだよ、アレ……同じ人間、だよな……?」

 

「……」

 

「無言やめろってっ!!」

 

 今回の件で、分かったかもしれない。アレは、存在してはいけないものだ。

 

 人を惑わす、とか。魅了する、とか、そんな次元の話じゃなかった。

 

 アレの瞳は、魂に直接語りかけるような、そんな力がある気がする。

 

 言語化なんて出来ない。したいとも思わない。考えたくもない。

 

 あんな、全てが演技だと分かっているのに、堕とされかけたという事実が心底不快だ。

 

 二人は、最初から最後まで、惑わされることは無かったらしい。あの一瞬は、吐きそうになるほどに気持ちが悪かったと。

 

「……とりあえず二人とも、アレには注意しろよ」

 

 こくり、と頷く二人を見て、今後を見据える。あの程度で、アレが大人しくなるとは思えない。むしろ、既にアレの手に堕ちている奴らに頼るかもしれない。冴の弟君も、落ちてるしなぁ、と先が思いやられる。

 

 俯き、深い溜息を零すと、「それにしても」と潔が言う。何、と問いかけると、「だって……なぁ?」と隣の馬狼に問いかけ、馬狼も何やら首を振って肯定を露わにする。

 

「何?」

 

「「いや、結構口悪いんだなぁ、と」」

 

「君らがそれ言う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その次の日。

 

 俺は、青い監獄から追い出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

「……チッ」

 

 窓もない全面モニターのルームにて、オフィスチェアに深く腰掛ける絵心は、数あるモニターの中の一つに移る姿を見据え、舌打ちする。

 

 そこは解放されているサッカーコートの一面。複数の選手が試合形式で汗を流しながら、迫るUー20日本代表戦に向ける練習が行われていた。その傍らで、全身を汗で濡らす選手へと笑顔でタオルとドリンクを渡す女の姿が、不快で仕方がなかった。

 

『ありがとうございました』

 

 そう口にした青年の姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 

 思い起こすのは、つい先日に起きた事件。絵心も、アンリも、潔達も立ち会うことは叶わず、観測さえ出来なかった悪夢。

 

『織乃夢が、神城天にカッターで切られた』。

 

 絵心が把握しているものはただそれだけ。天に詳しい事情を聞こうにも、口を閉ざすばかり。凶器となったカッターは、実際に天のものだった。

 

 当時、頬に傷を負い、一人泣いている織乃を、とある選手が目撃。そのまま事情を聞き、怒り狂った選手数名が、天の元へ突撃。状況が理解出来ないままに、天は糾弾され、胸ぐらを捕まれ、罪を認めない天に手を挙げた者もいた。

 

 その後、織乃夢の様子を見て、事情を聞いたもの達が暴走。一部、止めにかかったものたちもいたが、聞く耳を持たず、『織乃夢を守る』という大義名分を掲げ、悪を滅するために動いた。

 

 全ては、『織乃夢』のために、と。異常なまでに、『神城天が悪』だと疑うことすらせず、怒りに身を任せていた。

 

 奇妙な点は、絵心もアンリも、天が辞職する直前まで、状況を把握出来なかったこと。モニタールームに籠っている絵心にも、各地を動き回っているアンリも、一切そう言った情報を掴めなかった。

 

 後に、データを見返したとて、カッターで切られたところも、天を糾弾する場面も、怒り狂った選手の様子も、何もかもが映っていなかった。

 

 異常だ。

 

 トレーニングルームやコートを重点的にモニターに移しているとはいえ、それでも食堂や廊下などに監視カメラを置いていないことは無い。

 

 食堂の映像は切れているものもあり、また、天が作業するのは完全裏方ということもあり、死角だった。

 

 偶然、と言えばそれまで。しかし絵心もアンリも、その事実が不気味で仕方がなかった。情報操作、そんな技術の持ち主はいない。これはただの偶然、しかして必然でもあるように感じる。

 

 世界が、『織乃夢』の都合のいい様に動いている。そう思ってしまうほどに、それらの歯車は上手く噛み合いすぎていた。

 

 絵心もアンリも、天が切りつけた、なんてことは信じていない。天を追い出すという結果になってしまったことも、不本意でしかない。

 

 しかし。

 

 織乃夢の味方は多い。青い監獄参加者のほとんどが織乃夢を擁護した。そして、こちらには証拠が全く揃っていない。この状態で織乃夢を追放しようものなら、選手たちの反感を買うことは目に見える。最悪、プロジェクトさえもが崩壊することになりかねない。

 

 もしや、全員奴の味方なのかとも思ったが、潔世一を始めとした数名が抗議しに来ていたのでそこには少し胸をなで下ろした。

 

「俺の失態……だな」

 

 面接をしたのは絵心達。あの時に採用してしまった当時の俺をぶん殴りたい、と思ってしまう。

 

 天とプロジェクトを天秤にかけ、絵心は人生で最初で最後の謝罪として、深く天に頭を下げた。

 

『すまない』

 

『……ははっ、絵心さんって謝れるんですね』

 

『この件は、100対0でこちらの不手際だ。頭くらい下げる』

 

『レアな絵心さん見れただけで満足ですよ』

 

 そうお気楽に笑い、感謝と謝罪を述べた天は、荷物をまとめてここを出ていった。

 

 現在絵心を悩ませるのは、織乃夢の処遇と対応。今すぐにでも追い出したいものだが、それが出来ない状況が腹立たしい。

 今もモニターの奥で笑顔を振りまく女の顔面を殴り飛ばしてやりたいほどには絵心はイライラしていたが、そのストレスをカップ焼きそばを食べることで抑えていく。傍らには既に4つほどのカップ焼きそばの残骸が積み立てられていた。

 

 それに、青い監獄の存続をかけたUー20日本代表戦も数日となる。スタメンは決まり、既に最終調整に入っている段階で、時間が無い。

 

「どうしたもんかね……」

 

「絵心さんっ!!」

 

 モニターと手元の資料に向けていた意識を逸らし、前を向いた状態で後ろから聞こえてくる荒い息を感じる。

 自動ドアをこじ開ける勢いで入ってきたアンリは、片手を膝に着け荒ぶる息を整える。

 

 こういう時は、大抵JFUのクソども案件だと言うことは知っていた絵心は苛立ちを隠さずに「何?」と威圧的に返事を返す。

 

「い……糸師冴選手から、取り急ぎ絵心さんに繋いでくれと!!」

 

「……あ?」

 

 聞こえてきたビッグネームに、流石の絵心も椅子を半回転させアンリに向き直る。すると真剣な表情のアンリが携えていたスマホを絵心へと渡す。現在進行形で通話中のようで、訝しむ視線をスマホに向けつつ、右耳にスマホをかざした。

 

『俺の要求を呑め。面白いもんを見せてやる』

 

 命令口調のそれに眉をひそめた絵心は、次いで語られる言葉に先程とは変わり、怪しく口元を歪ませて糸師冴の要求を聞き入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

「あー……」

 

 久しぶりに帰ってきた実家は、やけに静かに感じた。

 

「いー……」

 

 弟はもちろんおらず、母は回復したからか仕事に出ている。しかし病み上がりなのもあって、定時には必ず帰らせるように会社側も徹底してくれているようだ。

 

「うー……」

 

 今まで、青い監獄でしてきた業務内容は多く、力仕事もあったためかなりしんどかったが、なくなってみればそれはそれで不思議と寂しく感じてしまう。

 

「えー……」

 

 潔と話したいなぁ。馬狼は相変わらずシーツを畳んでいるんだろうか? 士道は拘束解かれたのか? てかよっぽどの事したんだなあいつ。凪はちゃんと飯食えてんのかな。あいつスプーンもって寝るヤベェやつだし。

 てか、全員から連絡先貰えばよかったな。

 

「おー……くそっ」

 

 嵌められた。ていうか、アレを少し舐めてたかもしれないな。反論する前に全ての選択肢を潰された。全くもって無罪だが、相手は聞く耳持たなかったし、カッターも俺のやついつも間にか盗られてたし。

 

 マネージャーとはいえ、サッカーに関わる仕事だったのもあって、楽しかったが。家に帰って数日してから、急にくるなぁ。

 

 アレに思うことは無いとは言えないものの、復讐心とかは微塵もない。イラつくけど。ないったら無い。

 

「……仕事、探すかぁ」

 

 大の字で天井を見つめていた体を横に向けて、スマホを開いて求人募集を眺める。単発で稼げるやつがいいな、と思いながらスライドしていくと、ポンっという音と共に上からメッセージが表示された。

 

「冴?」

 

 差出人の名前を確認し、表示された内容に目を向けた時に続けざまにもう一件冴からの通知が届く。そちらはデータらしく、アプリを開かなければ詳細が分からなかったので、通知をタップしてアプリを開き、冴からのメッセージに目を向ける。

 

『来い』

 

 そう短く綴られたメッセージに、いつも通りの口調で苦笑しつつ、その下のデータを開く。その中身は青い監獄VS日本代表戦の観戦チケットのようで、座席の数字的に最前列のいい席を用意したらしい。

 

 ていうか

 

「明日じゃん」

 

 相変わらず急だなと思いつつ、予定を確認。当然だが、職を失ったばかりの俺に予定なんてある訳なく、カレンダーは真っ白だった。

 

 ていうか、俺は行っても大丈夫なのだろうか。ほとんどの選手から恨まれてる俺が最前列で試合見に来てるとかバレたら、刺されかねんのでは?? 

 

 よし、帽子と眼鏡付けようと、明日の試合が少し楽しみに感じつつ、少し後ろめたさも感じながらに、明日の電車を調べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

 "青い監獄"VS"Uー20日本代表"も開始直前となり、選手達はそれぞれのポジションへと着く。会場入りした時から観客の熱気は上昇し続け、糸師冴への歓声が至る所から聞こえてくる。青い監獄の応援は極わずかだ。

 

 全国大会でも味わうことの出来ないであろう熱気に晒され、青い監獄の選手は目を見開き感傷に浸る。

 

「頑張れぇ! みんなぁ!!」

 

 歓声が飛び交う中、青い監獄側のベンチの最前列から、周りに負けないほどの声量の声が青い監獄へと響く。その声の主であるマネージャー、織乃夢の声援を受け、選手達はやる気に満ちた表情を浮かべて彼女へと手を振り返す。

 

 観客席に座る一部も彼女の存在に気づいてか、その可愛く儚い相貌に目を引かれ、頬を染める中、潔世一は舌打ちを零す。

 

(なんであいつを置いてんだよ、絵心はっ)

 

 こちらに向けても気味の悪い笑顔を振りまく存在に吐き気を覚えつつ、その奥に座る絵心を睨みつける。天が解雇されたと聞いて、何度も絵心に抗議しに行ったが、その全てが門前払いという対応だったことに怒りのボルテージが上がるばかりだ。ベンチに座る馬狼も忌々しそうに後ろから織乃を睨みつけ、凪は決して目線を合わせようとしない。

 

 しかし、気にした様子を見せずに潔の方へ……いや、潔の隣にいる凛に向けても声を掛ける織乃にたいし、凛は面倒くさそうにしながらも律儀に手を挙げて織乃の声援に答える。その様子さえ、潔からすれば気味が悪い。

 

「……集中しろ、凛。もう始まんぞ」

 

「あ? こっちのセリフだクソが」

 

 八つ当たり気味に凛に声を掛けるも、先までの和らげだった表情とはうって変わり、不機嫌そうに返事を返す。

 

 もうアレのことを考えても無駄だ、と。前に並び立つ日本代表へと視線を向ける。

 

(糸師冴はトップ下。んで、士道は最初から使ってくるのか)

 

 トップに日本代表のエースストライカーとされる、織乃へとふわふわとした視線を向ける閃堂、その後ろに糸師冴、そして左サイドに士道が布陣している。

 

 士道は何やら楽しみな様子で笑みを浮かべていたが、それはこれからの試合のことだろうと決まりをつける。

 

 と、そこで。

 トップ下についていた糸師冴が惚ける閃堂を押しのけて潔の……いや、凛の方に向けて歩いてくる。それに気づいた凛は少し不快と懐疑的な視線を向ける。

 

「……んだよ、クソ兄貴」

 

「お前、神城天って知ってるか?」

 

「え?」

「あ"?」

 

 試合開始前のわずかな時間にわざわざ近づいてきた冴から放たれた人物の名前は、二人に正反対の反応を見せた。

 潔は、冴が天のことを知っていることに対する純粋な疑問。対して凛は、それも含みながらも、忌々しい名前が出てきたことに声を荒らげる。

 冴は、二人の様子を見比べながら、「で、どうなんだ」と目で問いかける。

 

「チッ……あのクソ野郎と繋がってんのか?」

 

「──そうか」

 

「あ?」

 

 それだけを呟き、目を伏せた冴は、何も言うことなく自陣へと戻っていく。その様子に理解ができない凛は冴に声をかけようとして前へと出る。

 

「おい、何が言いてぇん──」

 

「もういい、黙れ」

 

「「っ!」」

 

 進めた足を止め、振り返る冴はじつの弟である凛に対して欠片の興味もないような目を向ける。思わずたじろぐ凛と、突然の変化に驚く潔は動けない。

 

 凛から潔へと向けられた冴の瞳は先程とは違い、どこか安堵するような色をみせ、すぐにそらすと今度こそ自陣へ戻る。その道中、士道が冴へと駆け寄った。

 

「んで? どだったの?」

 

「気分がクソ悪ぃ。様子見も無しだ。予定通りにいくぞ」

 

「あいあい!!」

 

 

 

 そして始まった、日本中が注目するビッグゲーム。

 青い監獄側からのキックオフにより、潔が敵陣へとボールを運ぶ。

 冴は、近すぎず遠すぎず、絶妙な距離を保ち潔に向かい合う。潔は予定通りに、凛へとパスを出し、凪と3人でトライアングルを形成した。そして凛から凪へボールが渡り、一歩踏み出した。

 

「ごちっ♡」

 

「なっ」

 

 凪へと渡ったボールは突如浮上してきた士道によってカットされ、すぐ様冴へと渡る。

 

「悪い、ヘルプ頼む!」

 

「クソがっ」

 

 パスを受け取った冴へと、潔と凛がヘルプに着く。

 

「クソ兄貴が、行かせるかよ」

 

「────黙れっつったのが聞こえなかったのか?」

 

 視線を合わせることも無く、吐き捨てるように言った冴は、潔ではなく凛の方へと駆け、拮抗することなくクロスエラシコでボールを凛の股に通す。高すぎるパフォーマンスに絶句する二人を置いて、冴はそのまま切り込むことなく、左サイドへと駆け抜けた。

 

(はぁっ!? 士道がそっちいるんだぞ!? てか、なんであいつはそこにいるんだよ!!)

 

 冴の猛進を防ごうとする青い監獄をものともせず、士道とのワンツーで速度を落とすことなく走り抜ける。

 

「やべぇ止まんねぇ!!」

 

 千切を抜き去り、二人の速度は衰えるどころか増すばかり。何故、士道が左側を走っているのかこの場にいる者全てが理解出来ない。味方である日本代表でさえ、困惑の声を上げる。

 

 そして、冴の双眸が、青い監獄のベンチを映し、最前列でこちらを見つめる女を捉える。「あれか?」と隣にいる士道へと問いかけ、「まじで無理だわアイツ」と触覚が萎えるように見えるほどに気分が害されていた。

 

 中央に陣していたDF組も、パスはないと悟ったとか、二人の元へ殺到する。完全に囲い込むまでもう少し。いや、ここから右へと抜けるのは流石の糸師冴でも骨が折れるだろう。

 

 しかし、冴達には右へ向かう気も、ゴールへと向かう気も全くない。

 

 ベンチの間近まで差し掛かり、女の歓声が冴の鼓膜を刺激し、言い表せない悪寒が全身を駆け巡る。

 

 そして冴は何を考えたのか、右足を振りかぶる。もう目の前までよっていた蟻生は前へとパスを出すのかと警戒して立ち止まる。が。

 

「激アツッ、ぴょん♡」

 

 左サイドギリギリを走り込む士道が冴のモーションに合わせて思い切り飛び上がる。足を極限まで折りたたみ冴のシュートを阻害しない。

 

 そのまま冴は左足を踏み込み、全身の力を右足に集約し、士道が飛んで生まれたスペースへと鋭いシュートを放った。

 

 意味のわからない行動に会場にいる全ての人間の脳が停止する。

 

「────え」

 

 放たれたシュートはそのままサイドラインを抜けると、勢いそのままに青い監獄ベンチ……その最前列に座るマネージャーの顔面目掛け、真っ直ぐに進んで行った。

 

「グブュッッ!!?」

 

 糸師冴のサッカー人生において、最速を記録したシュートは、培われたシュート精度により、寸分違わず織乃の鼻先に着弾し、吹き飛ばされた。

 鈍い音と、骨が軋む嫌な音が耳に入り、言葉とも言えない音が少女の口から漏れ出る。

 

 ベンチから転げ落ちる彼女とともに、会場は今までの熱気が嘘のように静まり返り、困惑の声が至る所で上がり騒然とする。

 

「……やりたいことって、それかよ」

 

 愛空の困惑したような声がコート上に響くと、青い監獄側のメンバーは彼女へと寄り添うものと、冴に問い詰めようとするものに別れた。

 

 絵心は右手でガッツポーズを静かに執り、アンリは担架を呼びながら両手を握りしめ、ベンチに座る馬狼は「俺がやりたかった」という視線を冴に向けた。

 

「どういうつもりだクソ兄貴っ!!」

 

「あ? どっからどう見ても事故だろうが。士道(コイツ)にパス出したんだよ見えなかったのか?」

 

「避けちった♡」

 

「クソがっ……!!」

 

 鼻から血を流した織乃は気絶し、担架へと運ばれていく。審判からイエローカードを貰った冴は肩を掴んでいる凛の手を強引に払い除け、ある一方へと足を向ける。

 

「……先に言っておくが、お前のためじゃねぇ」

 

 特に顔を上げることなく、冴は観客席に向けて声を掛ける。

 

「イラついた、それだけだ」

 

 決して大きくない声は観客の殆どに聞こえていないが、一人だけは例外だった。

 

「あ……!!」

 

 潔が冴の前にいる観客に目を向け、思わず声を出してしまう。帽子と眼鏡だけをつけた、変そうとも言えない簡易的なものに、思わず笑いが込み上げてくる。

 

「俺は権限はある方だ。俺が言えば、FWの枠の一つ開けるくらい、なんとでもなる」

 

 息を呑む声が、騒然とした会場に消えていく。

 

「今すぐじゃなくても良い。後半からでいい。アップはしとけ、拒否権はねぇ」

 

 冴の言い分は、暴君のそれだ。ただ自分のため、相手のことは考慮に入れない。傲慢、強欲。そんな理不尽な言葉が、やけに心地いい。

 

「この試合は、俺達の試合にする」

 

 逃げ道など残さず、進む道だけを用意する。崖に追いやられた彼は、明るく整っていた道を見て、進む以外の選択肢をとるだろうか。

 

「俺の横を走れ。俺のパスを取れ。俺にお前のシュートを魅せろ」

 

 拒否権は無く、逃げ道はなく、選択肢は一つのみ。自分勝手な物言いは、正しく全て自分のため。

 

 自分のために、相手の道を豊かにしていく。

 それは、イバラの道でもあり、しかし救いの道でもある。

 押し込めてきた欲求を。殺してきた願望を。糸師冴のためだけにもう一度思い出せという、理不尽極まりない命令。

 

 視線すらあっていない観客の一人が、涙を零しながら席を立つ。向かう先は出口、そしてベンチへ。

 

 席を立ったことさえも視界に入れていない冴は、拳を胸へと押し付ける。

 

 ────お前がなんと言おうと、何を願おうと、関係ない。

 

 ────サッカーがやりたくなくなっても、俺はお前にストライカーであることを強要する。

 

 ────お前のために動いてやる。だからお前は俺のためだけに動け。

 

 

 

 たとえ……そう、たとえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『たとえお前が望まなくても』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【神城天】
オリ主。現地人。色々あって冴と知り合い、ストライカーとしての実力を見初められる。実は織乃夢が転生してきたから生まれた存在。
父親が他界。弟が事故に会い、莫大な金額が必要になる。そこに舞い降りてきたのがブルーロックプロジェクト。本人はサッカーがめっちゃ好き。しかし安定した金がすぐに必要なので、サッカー選手という選択肢を消した。織乃夢が生理的に無理。
潔達少数に好かれる。BLDじゃないよ?
プレースタイルは潔 世一レベルMAX。


【織乃夢】
クソゴミ転生者。自分のことを夢主と思ってるカス。
前世からブルーロックが大好きなガチ恋勢。最推しは糸師冴、次いで糸師凛。
転生特典は『魅了』。自分に対してマイナスな感情は一切抱かず、織乃こそが全てと魂に刻み込む。
天の存在はイレギュラーなため、初めは転生者かと思ったが違うと気づく。放置していたが、目障りになってきたので消した。
夢主というのは実際間違いではなく、世界が織乃夢の都合のいいように回っているのは事実。でも拭いきれないこともあるよねっ!
最推しに鼻の骨へし折られました。


【潔世一】
天と接触し、夢主特攻持ちに。織乃に対して生理的嫌悪感を持つ。
天がクビになったと聞き、めっちゃ荒ぶった。

【馬狼照英】
綺麗好き仲間。夢主特攻持ち。織乃とそのまわりに生理的嫌悪。

【士道龍聖】
天大好きビンビン丸。多分天と接触しなくてもこいつは夢主特攻持ち。冴の提案に乗って織乃ぶち殺し作戦決行。気絶した織乃を見てニッコリ。

【凪誠士郎】
本編で一回だけ喋った。天と接触しなくても夢主特攻持ち。

【千切豹馬】
天と接触して夢主特攻持ち。一回も喋らなかったすまん。

【糸師凛】
夢主ガチ恋勢。天の胸ぐらつかみあげたのはこいつ。その時の天の心情は(背高ぁー)。
これを期に、もっと兄弟仲の溝を深くして欲しいという作者の願望の最大の被害者。

【糸師冴】
夢主特攻持ち。あれだけ俺のためって言ってたけど天のことは普通に大切だから無償の奉仕もやぶさかではない。陰で治療費の半額を出していた。天に入ってない。全額は天に怒られそうだからやめた。

【絵心甚八】
夢主特攻持ち。実は治療費の半額出した。全額は天に怒られそうだから辞めた。これで治療費全額払えたねっ!
天は可愛い甥っ子みたいなもん。全然違うけど。

【帝襟アンリ】
夢主特攻持ち。実は天ガチ恋勢。
おっぱい揺らしてみるも効果なし。
少しでも治療費出そうと思ったらもう満額だった件。


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