比較的穏やかな日だった。2月の肌寒さが残り未だ春の陽気はその姿を見せる様子は無いが、生徒会室に流れる空気は肌寒さよりも気を落ち着かせてくれるほど和やかなものだった。
二期制を取る学園のスケジュールでは期末テストも終わり、終業式を残すのみとなっていた。
特段の予定や対処しなければならない事案がない場合、生徒会が仕事に追われるという事はまずない。
その日のうちに処理しなければならない書類に目を通しているウマ娘のポケットでウマホの通知がまったりとした空気を裂いた。
部屋にいた3人の耳が音に反応して微かに動いた。
学生が座るにしては少しばかり不相応な見た目の椅子に、腰をかけていた少女が立ち上がったのを部屋にいた2人の少女は横目で流しつつも、この後の行動を想定し始めた。
緊急事態があったか、或いは何かの呼び出しか。
シンボリルドルフ
「エアグルーヴ、少し出掛けてくるよ」
生徒会長という肩書きを持ち学生の中でも実質的なトップとしての性格を持つ彼女が出掛けると言い出した。その場合に考えられる可能性を再度検討したエアグルーヴ副会長は、確率が高い方の言葉を口にした。
「お出かけですか?URAとの会談は明日では……」
「ああいや、個人的な用事だよ。3時間くらいで戻る」
彼女の言葉に曖昧に返事をしながらも苦笑しつつ返すルドルフ。個人的な用事である事を話すルドルフはこの時点で生徒会長としてではなくルドルフ個人としての用事だと説明が不足していた事を誤り忘れていたことに気づいた。
だけれど彼女が言葉を発する前に既にエアグルーヴによって話題は流されてしまった。
もちろんエアグルーヴとしても、片方の想定の結果を出された事に意外性を覚えるものの、個人的な用事であるのならばそれを止める事は出来ない。ましてやエアグルーヴはこと生徒会長であるシンボリルドルフ相手には個人的な要件に深く探求するほど強気に出れるタイプではなかった。
「そうですか。でしたら時間も時間ですしお帰りの頃には生徒会室は閉めさせてもらいます」
「そうしてくれると助かるよ」
ついでに仕事を1人で抱え込みがちなルドルフの行動を牽制する狙いも含まれていた。
そんな高度かつ細やかな気遣いが含まれる会話を聞き流しながらもう1人の副会長ナリタブライアンは、不謙遜とも取れる態度のままルドルフに言葉を投げかけた。
「あんたが個人的な用事とは珍しいな」
「なに、友人が帰ってくるのでな。空港に迎えに行くのだよ」
予定にない行動の割に彼女の目的はかなり前から行動が分かりそうなものだった。それでも生徒会長をこんな急に動かせるあたり相当親しい存在でありそしてそれは……
そこまで考えた上でブライアンはその友人に興味が湧いた。当然それは勝負事に関しての興味だったけれど。
「余程仲がいいのだろうな。もしかして速い奴か?」
ルドルフは皇帝の二つ名と同時に『絶対』と言う異名がある。しかし、意外にも彼女にはライバルが多い。おそらくその中の誰かだろう。ブライアンの頭の中では何人か候補が絞れた。
それが正しいかはわからないが皇帝の交友関係を想像できるくらいにはブライアンはルドルフを信用していた。
だけれど、生徒会に入りルドルフの補佐をするようになってから日が浅い2人は交友関係までは深く知らなかった。当然それはルドルフの方にも問題はあったのだけれども。
「勿論だとも、ああ丁度良いから紹介しようか。一緒に来るかい?」
ルドルフはそう言えば2人とは顔合わせをしていなかった。と早速紹介をしようとしていた。心なしか友人のことを話そうとする彼女はどこか嬉しそうに見えた。
「紹介?良いが……」
「会長、ブライアンを連れて行かれると業務に支障が出ます」
流石に生徒会室に残る人員が副会長1人だけと言うのはエアグルーヴにとっては柔軟に動くには難しいと感じるものだった。
しかし既に相手が気になっているブライアンはエアグルーヴの引き留めを完全に振り払った。
「私がいてもいなくても変わらないだろう。全部エアグルーヴがやるのだから」
「おい!私は便利屋じゃないんだぞ」
最もエアグルーヴがルドルフに次ぐ処理能力を持つのは事実であった。だけれどこのままでは彼女に悪いことをしてしまうと感じたルドルフは、いっそのことだと言わんばかりにエアグルーヴも連れ出す事にした。
「ならエアグルーヴもどうだい?たまには息抜きも必要だと思うけれど」
その言葉の裏には、たまには3人でお出かけをしたいという年相応な感情が見え隠れしていたが、それを察することが出来る人はその場にはいなかった。
しかし同時にその3人が出かけるという事は生徒会不在という事態を引き起こすことになる。エアグルーヴは流石に渋ったものの、そういった時は往々にして存在する。珍しいことではないと説得を開始した。
「そうは言われましても……いえ、ではお供させてもらいます」
それが功を奏したのかは分からなかったが、ルドルフの言葉に最終的にエアグルーヴは折れる形となった。
「では急だけれど出かける用意をしようか」
生徒会長用の机の上に置いてあった写真立てを倒したルドルフは、制服用の外套を羽織り準備を終わらせた。
「それで空港と言うと羽田ですか?」
トレセン学園がある府中から最も近い空港は調布にある飛行場か羽田空港となる。調布は大島などへの小型機がメインであり馴染みは殆どない。
「いやそれがだね……」
どこか苦笑するルドルフは、事情は移動しながら話そうかと切り出して駅に向かった。
当然成田空港に向かうと言ったルドルフに対して2人揃って遠いなという答えが返ってきた。
既にその手に握られたウマホには、成田空港行き特急のチケット予約がされていた。なお駅で発券された切符を見て冗談ではないと言うことがわかりエアグルーヴとブライアンはますます不機嫌になった。
学園最寄りの駅である北府中から成田までは時間にして意外と距離があるのだった。
「それで、その友人は誰なのですか?」
「驚かせたいから名前は会うまで伏せていくことにするよ」
「こっちとしては驚かせられても困るのだが、まあこれから会うのだから嫌でもわかるだろうな。早い奴が良いのだが」
「その点は心配しないでくれ。少なくとも私と何度も競り合いをしてきた者だからな」
少なくとも強者を相手にしたいブライアンにはぴったりかもしれない。と思いつつ電車の座席でルドルフは1人思い出す。彼女と初めて出会ったあの日を。
1時間前
成田国際空港国際線第一ターミナル到着ゲート。
KLMオランダが保有するボーイング747-400のフランス、日本間直行便は予定より1時間遅れて到着していた。
横風に流され荒っぽいランディングを決めて素早く滑走路から誘導路に入った大型旅客機は、空港混雑の影響で更に十分ほど遅れを増大させてボーディングブリッジが接続された。
やや疲れた表情で降りてくる人々に紛れて、入国審査のゲートを抜けたそのウマ娘は、嘆いていた。
「わ、我が悪魔神よ‼︎日出る国の都とは言っても端っこではないか‼︎」
着陸前のアナウンスで成田空港に到着する趣旨を初めて知ったせいで混乱からまだ立ち直っていないのだった。
更にKLMオランダはエールフランスの傘下でありメインの機内アナウンスがフランス語であったことも影響した。出発時のアナウンスを聞き逃していたのだった。
サングラスと黒色の帽子を被り長いロングコートを羽織り遠目ではウマ娘と分かりづらい。
当の本人はその服を気苦しそうにしていた。だがそれを着させられたのには相当の訳があった。
「いや乗った時になんか成田って聞こえてたけど……妙に行きよりも金額が安いと思ってたけど……」
どこか芝居がかった声は、やがて小さくなり気弱な声に変わっていった。
周囲の人達はそんな彼女を憐れみの目線で見ては、悲しいかな日本人のよく鍛えられたスルースキルを活用して離れていった。
彼女は有名人でありかなり顔が知られている。しかし普段周囲に植え付けているイメージとは対照的な格好と正体を隠すように振る舞っていた結果彼女に気がつく人はいなかった。元々それが狙いだったとはいえ複雑な気持ちになる少女。
ひとしきり嘆いた所で手持ちの財布を見るも、手持ちが無かった。
運の悪い事にキャッシュとクレジットを入れておいたケースはフランスに残ったトレーナーに預けたままとなっていた。
「つ…詰み将棋は我が異能力の出る幕では無かったというこか」
生徒会を掻き回すほどの影響を知らないところで与えていたウマ娘は、実のところこの時点で別の方面でもいろんな人をかき回していたのだがそれは成田空港では無く羽田空港に殆どが居たため全く認知すらされていなかった。
「やっぱりトレーナーさんと一緒に帰るべきだった……ルドルフさんに会えるからって浮かれてた」
東京国際空港行きの便と成田国際空港行きの便を間違えた少女とルドルフが再会するのは約2時間後の事だった。
23/7/20××
既に学園に入学する前からルドルフは圧倒的な強さを既に兼ね備えていた。
生まれながらの天才。女神に祝福されたウマ娘。シンボリ家の傑作。概ねシンボリ家に連なる人々の評価はそのようなものだった。それを好む者好まない者様々だったけれどそう言われていたのは事実だった。
そのような環境であっても精神が歪な方向にいかず理想の体現者を目指すほどにまっすぐだったのは彼女の元の性格と、両親のおかげであるとも言えた。
しかし筋が真っ直ぐで、性格が良かったとしてもそれが必ずしも自身にとって良い事なのかはわからない。王道楽土とはそう簡単にはいかないものだった。
圧倒的強さとは裏を返せば孤高の王道なのだ。理想叶えど盟友はできず。
王道を行くものは、例外なしに他人とは根本的に距離を取られる。元から分かっていたが故に割り切っていた。ある意味では私は冷めた性格なのかもしれない。或いは境遇に対して心を壊さないようにそうしようと自我が形成されていったのだろうか。
それはトレセン学園に入学し模擬レースを幾つも挟むうちにさらに昇華され、圧倒的強者としての風格としてその鱗片を振り撒いていた。私に向けられる目はごく僅かなものを除いて畏怖と敬意と敵意だった。
それでもお山の大将にならなかったのは勝ちよりも理想を体現する方向に既に考えが移っていたからだろう。
何人ものトレーナーから声をかけられた。強い事を求められた。畏怖である事を求められた。
だけれど私は夢があった。私の中に昔から燻り続けていた理想を叶える事が最終的な望みだった。その為には王道を突き進むだけではダメだった。強さはただの道具でなければならない。友ができず孤高に向かうのであればせめてこの夢だけは叶えて見せよう。
独りよがりで誰に求められていたわけでもない。自分でも実現は不可能か非常に困難だと言わざるおえない。それでもシンボリ家が下す評価と世間が求める強者であれと言うのならせめてそのくらいの我儘はあっても良いだろう。
少しして私は目をつけていた最有力のチーム。リギルに名前を連ねていた。
そんな私の評価は同世代から頭一つ分抜け出ているという評価だった。
まだデビューすらしていないウマ娘に対して過大評価であるのは間違いないだろう。
人によってはデビュー前から過剰なプレッシャーをかけられている状態にもなりかねないが、なんの因果か私にはそれをプレッシャーとは思えなかった。
そうして何一つ不自由する事なく王道を進み始めた私は意外にも早い時期に本格化を迎えメイクデビューに挑むことになった。
新潟レース場第6レースとして設定されていたそのメイクデビュー。日本では珍しい直線勝負のレース場。その距離はダートと芝が共に1800m。コーナー込みの周回コースで3000mその更に前後は空き地が意図的に作られた特殊な作りのレース場だった。
ただし私の出る第6レースはコーナーを使用するコース配置だった。
ここ以外には秋田にある3000mの直線を持つレース場が唯一だった。最も、そっちは地方レースのみであり中央レースは行われていなかった。
そんなアメリカのドラッグレースを彷彿とさせる直線のレース場に設けられた観客席に私はまだいた。
既に3本目のレースが終わりを迎えた所だった。
この3本は全てが未勝利戦。続く第4レースからがメイクデビュー戦となる。
「ここにいたのね。もう直ぐ貴女の番よ」
控え室に現れない私を心配したリギルのトレーナーである東条ハナがやってきたのは集合の時間の少し前だった。
「おハナさん。もう少ししたら行くよ。このレースだけ見させてくれないか?」
第1レースから見ていた私は、自身が出走する二つ前のレース。メイクデビュー芝1200mに気になる少女を見つけていた。どうして彼女に対して興味が湧いたのか。それははっきりとしない。ただ、私の中で彼女に対して何か惹かれるものがあったのだろう。それはウマソウルが反応しているからか……或いは本能の方がそう言っているのか。
今まで見てきた模擬レースでもメイクデビュー戦でもなかった予感のようなものが私の心で蠢いていた。
8番のゼッケンをつけた白い髪をツインテールにしたウマ娘。
左目は白色の眼帯で隠れているが、もう片方の目から飛び散る火花を幻視した。
彼女が最後にゲートに入った。一瞬の間が生まれ、緊張が最高潮に達する。ゲートの中にいるとこの少しの合間の時間でも永遠と感じられる事がある。
ゲートが開いた。
客観的に見て完璧なスタートだった。ゲートの動きと同時に、前傾姿勢になった体が飛び出した。
そのままきっちりと彼女は既に集団を抑えるように先頭に立っていた。同時に先頭を争ったのはそのウマ娘とやや後ろから躍り出た栗毛の小柄なウマ娘だった。
逃げウマ娘が2人。最初の勝負でそれを制したのは眼帯のウマ娘。典型的かつ理想的な逃げウマ娘のポジションだった。しかし直ぐにその姿はバ群に呑まれた。
いやそのバ群の真ん中からさらにその後ろに降りていった。逆噴射まではいかないものの、その動きは少しづつ速度を下げていくような動きだった。
遠目に見ると減速したと言う動きが分かるが近くで走っている場合その動きは追いかける側が追い越したと言った感じだろうか。
距離にして数十メートル分。リードしていたのはそんな僅かな時間でしかなかった。彼女の代わりに先頭には別の逃げ、いや本来のと言った方が良いウマ娘がいた。
眼帯の子はさらに順位を下げ、最後方。下から2番目の位置に収まった。それでも集団の最後尾に近い位置。
その位置にいて、300m通過。新潟のレース場はコーナーが無い分目安が乏しくて分かりづらい。
だがコーナーがない分加減速やテクニックと言った小手先の選択肢が減ることになる。そのため彼女の動きは余計に目立って見えた。
戦略として後方待機は差しか捲り。だがそれなら最初に先頭でリードをするだろうか?
まるで「間違えちゃいました」と言わんばかりの行動。模擬レースなら多々ある事だが一応なりともトレーニングを積んで出走するメイクデビューではあり得るのだろうか?
さらにその動きも些か落ち着かない。
フラフラと加速と減速が混ざるような動きで何度かバ群に入ったり後ろに戻ったりを繰り返すその姿は、遠くから見ても走りづらそうな動きだ。脚質に合っていないような印象を受ける。
或いは眼帯をつけているが故に立体視が良くないのだろうか。
段々と息遣いが聞こえてくる。声援を押しのけて大地を踏み込む足音と息遣いがクリアに聞こえてくる。
逃げの子はまだ先頭だが、妙にバ群が近づいている。そう言えばバ群が圧縮され先頭と後方が詰まり始めている。
よく見てみるとそれは自然に生まれた状態ではなかった。後ろから押し上げられているのだ。
先程まで伸び気味だったバ群がいつの間に?
記憶絵尾思い返してみれば少しずつだったけれど追い立てられるように全体のペースが上がり気味になっていた。後ろから追われる時の動きに似ている。
まだレースは半分を通過したくらいだ。加速には早過ぎる。
700m通過。逃げの子と、その後ろにいた子の順位が入れ替わった。既に消耗が始まっているのか息が荒く表情が険しい。普段通りの走りが出来ていない様子だった。それとほぼ同時だった。集団から2人が抜け出してそれに迫る。
それはスタートから四位と五位につけてバ群前方あたりで待機していた子だった。
駆け出したうちの1人に知っている顔がいた。同じクラスで一つ後ろの席の子。コントストロークだ。追込を得意とするウマ娘だが、いずれも終盤で一気に捲る走り方を得意とするはずだったし模擬レースでもそのように仕掛ける事が殆どだった。
まだ距離的に半分のタイミングで、何故無理な加速をする?
彼女が本来の走りを隠していたと言うわけでは無いだろう。
となればその動きは掛かりと言う事になる。完全にレースの構成と自身の状態を見失っている。
「見事に嵌められたわね」
おハナさんの不穏な呟き声。
「それは……」
妙にスパートをかけた2人の加速が鋭すぎる。あれでは保たない。しかし走っている側はそこまで冷静にはなれないものだ。ただでさえ走るのに酸素を使っている為脳の思考力は通常の半分が良いところ。残りは本能に任せている部分がある。
更に視界は前にしか開けていない。前方集団を走るウマ娘が後ろを確認する為には振り返るか、或いは近づいてくる音を捉えないといけない。基本的に後ろを振り向くのは集中力の乱れやバランスを崩しやすいなどの理由から行うウマ娘は少ない。大抵は音だけで後ろの様子を判断する。
(もう仕掛けてきた⁈)
その為鋭すぎる加速を行った2人に、先頭に立っていた子が掛かった。
ここで加速して追い越していくとなればロングスパート。それをかけられて差が開いてしまったら巻き返すのは難しい。そんな思いがあったのだろう。スタミナを消費してでもここは勝負をかけるしかない。
先頭の4人がそうして早過ぎるスパートと根性勝負を始めた。
おそらく飛び出した2人はそこまでの事は想定していなかったはずだ。精々が後ろ側、スリップストリームが使えそうな位置に移動しもう少ししてからスパートをかけるつもりだったのだろう。
実際加速した先頭の2人に一瞬困惑したような表情を見せた。
それでも加速についていくしかない。距離があっても相手がスパートをかけたらついていくしかない。そんな心理が働いたのだろうか?
いずれにしても前方に新たなバ群が形成され、それらがまとめて加速を始めたのは事実だった。
と、そこまで考えたところで気付いた。
バ群先頭。今し方5番手に落ちたソレイユクロークが加速していた。彼女だけではない。その後も何故か揃って前に行こうとしている。
これは加速というよりも……全員揃って、掛かっているのではないか?
何人かは掛からなかった様子だったがそれでも集団に押し上げられる形で無理な加速を強いられた。
今起こっていることは、誰かがそうなるよう仕向けたものであるのは明白だった。では誰が?あの中に1人だけこの状況を作り出し、勝利への道を切り開こうとしている存在がいる。
ただ走るだけで他のウマ娘が掛かることなど有り得ないはずなのだ。
メイクデビューなら緊張からか実践経験のない人だらけだからなのか、そのような事態が起こりうると言うのはトレーニングの最中教わった。
だがこれは明らかに異常だった。
更に追い討ちをかけるのがレース場の形だった。
本来ならコーナーという強制的な加速の停止を行う舞台装置があり、さらに距離や仕掛けるポイントの目安となるはずだった。だけれど直線のみの新潟のレース場が視界と体感を狂わせた。
あっという間に先頭集団と後方集団の二つのバ群が形成される。
レース全体の急激な加速。足音のリズムが乱れている。しかしそれは長くは続かない。早過ぎるスパートと加速が確実にウマ娘達のスタミナを奪っていた。残り200mを切った段階で後方集団の陰から飛び出る影があった。
眼帯のウマ娘だった。白い髪の毛が靡いてはその軌跡を鮮明に残していく。レース場に一本の矢が放たれたようだった。
追込ウマ娘たちを外から追い抜いていく。先程まで必死に先頭バ群を形成していた彼女達は既にそのスピードを失っていた。それどころか、レースを勝とうという気概すら失ったかのように、ふらふらと下がっていくではないか。
スタミナ切れだ。やはりスパートが保たずに減速していた。
それに比べて彼女の様子は好調。減速が始まっていた集団をたった30mで追い越した。そのまま先頭に食いつく。いや軽々と追い抜いた。残り50mを残した段階で先頭を走っていたのは彼女だった。加速は止まらない。更に後方を突き放していく。先頭を押さえていたウマ娘は必死に食らいつこうとする。けれどその意地を、体は無情にも裏切る。
追撃は来ない。そのまま彼女はゴール板の前を通過していた。2バ身差。圧倒的強者の走りだった。
「すごいわ。荒削りだけれどレースを完全に支配していた」
「あの眼帯のウマ娘ですか」
頷いたおハナさんは、仏頂面のままコースを見ていた。
「貴女にはどう見えたかしら?」
「かなり乱雑ですが掻き回して自分の望むようにレースを展開している様子でした」
まず言えるのは集団後方での加減速。どのように掛からせたかは不明だったがあの時点で集団が圧縮される原因になっていたのだろう。
集団が潰れて密になった分、そして距離がつまる事で先頭争いの激化を誘発しやすくなる。
そこまで分かっていての行為だったのだろうか。だとしたらかなりの戦略家。レースを支配する走りはまさしく覇道の道と言える。気がつけばそれを面白いと思っている私がいた。もしかしたら対等に競い合えるそんな関係になれるかもしれない同世代の存在だった。
「当たりね。でもそれだけじゃ3割。まあ、彼女に興味があるなら後で話すわ。今は貴女のレースに集中しなさい」
「ゼッケン番号8番。トウショウトドロキか……」
そのウマ娘は不思議と私の意識を惹きつけていた。
もし私が彼女と戦う事になったら……どうなるだろうか?今の私には予測がつかず寧ろそれが面白いとまで感じていた。