トドロキの相談に乗ってから一週間して、チームスピカに新たな動きがあった。
動きと言っても今のあのチームにはトドロキしかいないのだから彼女に関することでの動きだ。別に動向を探っていたわけではない。そっちの仕事はハナさんの仕事であって私のするべき事はクラシックのG1戦に向けたトレーニングだ。
それでも、どこか私と似ていて、夢を語った仲であるトドロキの事については気になるものだった。
チームスピカはリギルと違い現在担当がトドロキしかいない。そんなチームにも新たにサブトレーナーがやってきたそうだ。
サブトレーナー。所属するウマ娘が多いチームの補佐や新米のトレーナーの教育の為設けられるもう1人のトレーナー。
普通にトレーナーライセンスを持っているため本来の権限上はトレーナーとサブトレーナーに違いはない。要はサブトレーナーとは便宜上そう呼ばれているだけであり決められた役職ではない。
だから一概に何をするのかと言われると中々難しいけれど簡単に言えばトレーナー補助である。
内容も予算管理からウマ娘のケア、トレーニングメニューの調整、レースに向けた宿や移動手段の確保と調整だったり様々だ。中にはトレーナーが見きれないウマ娘を完全に担当したりする場合もある。
普段ならあまり気にすることではないけれど、サブトレーナーとして抜擢されていた名前がまた皆の注目の的だった。
彼女の名はタケホープ。トレーナーとしては珍しいウマ娘のトレーナーであり、そして同時に彼女は有名人でもある。
平成の初めにトゥインクルレースでブームを生み出した伝説級のウマ娘、二代前の生徒会長ハイセイコーのライバルとしてその名を轟かせていた元副会長タケホープ。
豪快にして繊細。そう呼ばれる天性のコース取りでレースを駆けた彼女が再び学園にやってきたのだ。
それも古巣のチームスピカにだ。絶対にトウショウトドロキの事で彼女がやってきたに違いなかった。ただ、詳しいことまではわからなかった。
彼女のサブトレーナー入りが発表されて二日後に、タケホープはチームリギルを訪ねてきた。
現役時代の時の姿は残念ながら映像でしか見たことがなかった。
白いスカートと黒色に赤い薔薇が挿されたシャツ。黄色の飾りラインが入った装飾の施された赤いブレザーの勝負服のイメージが頭から拭えないままに白いシャツと黒いスーツズボンの姿でやってきたタケホープに些か私はイメージの更新を行わなければならなかった。
「2年ぶりかしら学園卒業してからほとんど顔を出さなかったようだけれど」
「ちょっと世界を旅してましてねえ、そろそろ腰も落ち着かせようかと思って古巣に帰ってきたわけですよ。あ、これパリのお土産、みんなで食べてね」
「それでリギルに顔を出した理由は?偵察?それとも宣戦布告?」
「そんなんじゃなくて、あいつのいたチームだから顔出しに来ただけ。まあ宣戦布告ってやってもいいけど主役はトドロキだから私はしない」
「そう、なら……」
「ただまあ、彼女にはまだまだ引き出せてない素質がある。それはこの国じゃ開花は出来ないかな」
「そう、別にそちらの方針に口を挟むつもりはないけれど、冒険が過ぎると身を滅ぼすわよ」
そうだ。彼女はどちらかと言うと魅せて勝つ。そう言うタイプだった。所謂劇場型。それでいて、かなり破天荒。現役時代はそう言う話題で持ちきりだった。彼女もまたチームスピカに見合う癖の強さだったわけだ。
「やあやあ、君が噂の獅子王だね」
獅子王……何故か最近まとわりつき始めた私の渾名。それでも別に悪い気はしない。
「初めてお目にかかります。タケホープさん。シンボリルドルフです」
「よし、挨拶もおわったんだしこれからは固苦しい挨拶はなしね。まあ関わり合う事は少ないかもしれないけれど先輩としても頼っていいからね」
案外フランクな性格なのだろう。画面の中でしか会ったことのない人の知らない一面が観れると言うのは面白くもあり不安もある。
「では、貴女はどうしてトドロキを?」
「直球だね、気に入った。答えは当然、惜しい才能だからだよ。彼女は10年に一度の天才並みの才能を持っている。惜しいのはそれを引き出す力が備わっていない。だから私はそれをプロデュースする事にした」
だってつまらないだろう?面白くない。眠った才能は眠らせたままじゃ秀才にしかならない。
なるほど、正しく彼女らしい傲慢さだ。だけれどそれが嬉しくもある。トドロキがどれほど強くなるのか……私のライバルとなり得るのか。ふふ、面白そうだ。
次の日になってチームスピカから公式にトドロキの目標が発表された。それに対して世間はかなり騒めいた。
ジュニアG1で2着とは言っても、その目標に向かうには戦績が心許ないのは確かに仕方がなかった。
世間の、素人からすればそう見えるだろう。だが、タケホープが来た事を考慮すれば業界関係者からは勝算があっての事なのだろうと見える。なるほど、世間に対するエンターテイメント性を演出するのは得意というわけだ。
トドロキは英国3冠を目指す。
翌日のスポーツ新聞の3面の半分にそのように記事が出た。トゥインクルシリーズを専門に扱っているところの新聞や雑誌ならもう少し詳しく書かれているだろう。
出来ればクラシックから彼女と戦うつもりだったのだが……まあ、もし彼女が英国で王冠を掴み取れたのなら、その時はきっと彼女はとんでもない成長をしている事間違いなしだ。
戦いはその時になってでも遅くはない。
ただ、私の言葉が彼女の選択に影響したのであれば、どこか惜しいような気もする。
クラシック3冠を賭けて彼女と勝負してみたかった。だが英国に挑むと言うのも大胆不敵。その夢がどうなるかはわからないけれど、その道に栄光がある事を願っている。
タケホープが彼女、トドロキを見つけたのは全くの偶然だった。
久しぶりにメイクデビューを見学しに行った彼女は、そこで圧倒的走りをするトドロキを見つけた。
あっさりと彼女に魅入られてしまったタケホープはすぐにトドロキについて調べた。するとどうだろう、なんと所属はかつて自分が所属していたチームである。その上に、調べれば調べるほど才能の塊である事に彼女は魅せられていった。
幸いにもトレーナーライセンスは持っている。
彼女の行動は早かった。すぐさまトレセン学園とトレーナーとして契約を結び、入念に根回しをしてサブトレーナーの地位を勝ち取るまでに至った。
そして現在タケホープはトドロキとトレーナーと共にチームの部屋で話し合いをしていた。
事前に説明していたためトドロキもタケホープがサブトレーナーとしてやってくる事に覚悟はしていたがいざ本人を目の前にすると偉大な先輩を相手に幾分か萎縮していた。
「葦毛じゃなくて白毛だったって知った時はびっくりだよ。レースで白毛のウマ娘は殆ど見たことがないからね」
いないわけではないが確かに白毛のウマ娘は珍しい。さらにレースで活躍しているとなると葦毛よりも更に珍しい。
だからこそトドロキは目立つ。何もしていなくても目立つ。
「それでイギリスの3冠に挑むのかい?私としてはその方が都合がいいんだけどねえ」
イギリスクラシック三冠またの名をトリプルクラウンと呼ぶ。イギリスのレースにおいて、クラシック競走のうち2000ギニーステークス、ダービーステークス、セントレジャーステークスの3競走を取った者に与えられる栄誉だ。
「無論!我が時代の開拓者として外なる新世界に足跡を残すのであれば由緒ある王の国を最初に攻略せしめよう」
「しかしそうなると欧州の芝に慣れさせないとな……」
トドロキは洋芝に強い。タケホープだけが気づいた彼女の才能だった。だけれど実際に欧州のレース場を走ったわけではないから詳しくはわからない。
「ちょっと前までなら豊原レース場が1番西欧芝に近かったんだけどリニューアルの改修でこっちの芝に植え替えられちゃったからなあ」
「いやそもそも、あそこは申請手続きが半年かかるじゃねえか。使い勝手悪すぎるんだよ」
「まだ行政区分が曖昧なところあるからね。あそこらへん」
「わあ……全くわからん……」
トドロキは別にレースに関しての細かい事はあまり知らない。海外で日本のウマ娘が良いようにやられていると言うくらいの認識だった。
「今の海外……まあ主にジャパンカップとヨーロッパのレースは日本の一流ウマ娘が向こうの二流三流にカモられているのが現状だな」
「そのような不条理がまかり通ると言うのか!」
「ヨーロッパの芝ってアジア系の芝と品種が大きく違うから感触とかが全然違うんだよ。むしろダートを重くしたような感じに近いと言うか、踏んだ時の感覚が反発が緩くて沈み込む感じ」
だからスピードを出すのに足の回転じゃなくて足の蹴り込みが重要になる。それ以前に向こうとこっちじゃ体格差が顕著だからね。
無情にも聞こえるタケホープの説明に、トドロキは頷きながらもだんだんと自信がなくなってきていた。
だけれど一度やると決めたからにはトドロキは止まらない。ここで止まってしまう選択肢は無かった。
「まあ、言っちゃあれだがお前さんは無敗ってわけでも無いからあまり気負わずレースしてくれば良いさ」
気負いすぎて本番に潰れるタイプに限りなく近いトドロキにはあまり気負わせない方がいい。トレーナーはそう判断した。
「それに私も全力で君をサポートしよう。必要があるならレースの運び方に魅せ方。私の技術も惜しみなく伝授しよう」
タケホープ、彼女はトドロキに夢を託す事にした1人だった。
だからこそ自身が現役時代に培った技術を伝授する事にしたのだ。そのためのサブトレーナーでもある。ある意味それは傲慢の現れでもあった。だがレースで勝負するには多少傲慢なくらいが丁度いい。下手な優しさは身を滅ぼすだけだ。
「さあ英雄を創ろうじゃないか」
エンターテイメント性を引き出す天才。決して表には出ないタイプの才能だが確かにタケホープは天才だった。現役期間をハイセイコーを巻き込みながらエンターテイメントとして示し続けた才能は紛れもなく本物だった。
「悪魔神は英雄にはなれぬ。悪魔を司る神であるからな」
「あそっか……じゃあ英雄じゃなくてレイブンとかどうかな」
「レイブン!気に入った!全てを焼き尽くす黒い鳥レイブン!」
何かと意気投合したタケホープとトウショウトドロキに、少しばかりトレーナーは不安だった。
「まずい……癖が強すぎるやつが2人になった気がする」
「それは心外だねトレーナー。私の時ももっと癖が強い人はいたじゃないか」
やはり今も昔もチームスピカは癖が強いらしい。