「はーっはは!我が生み出す深淵の闇に飲まれるが良い!」
(海外の友達ができてもいいように英語ちゃんと勉強してて助かった)
実のところトドロキは語学に関しては昔から達者だった。元々の動機は英語圏の人とも友達になりたいからと言うものだったが、気がつけばイギリスの標準仕様の英語を覚えてしまっていた。
パドックで
声高らかにパフォーマンスをするトドロキをイギリス出身のウマ娘は困惑しながら見ていた。
「何あれ?」
言語がなまじ伝わるものの内容が理解できない。
「あいつ誰だ?」
OP戦といえど多少の情報収集を行うが極東の島国からきて出走登録してくる変わり者に対する情報収集は困難を極め、情報は全く集まっていなかった。レース出走者なのにも関わらずイギリスのトレセン学園生でもない。彼女の練習場所は公共とはいえ気軽に行ける場所でもない。
戦略も対策も立てようがなかった。
その上日本のウマ娘が勝てるはずもないだろうという侮りがイギリスウマ娘全員に共通していた。
ただこればかりはイギリスウマ娘側にも同情はある。日本のウマ娘がイギリスに来たとしても大抵はG1クラスのレースに出て惨敗していくのが常態化していたからだ。
「東洋人?にしてはなんか奇抜すぎる」
流石にトウショウトドロキという名前から東洋人とはわかる。顔立ちでもわかる。しかし彼女はあまりにも髪色も眼帯も言動も、果てには行動一つとっても奇抜すぎた。
ラジカセで謎のファンファーレ(中山レース場ファンファーレ)を流して心地良さそうにしているのもまた拍車をかけた。
なお聴き終えた後のラジカセは直ぐにトレーナーに返却していた。
そんな彼女に近づくウマ娘もいるにはいた。勿論挑発のために近づいただけだ。
「ふうん、東洋人にしては随分とスラブ系の特徴が出ているわね。もしかして遠くから我が大英帝国まで遥々やってきたのかしら?ならロシアのレースに出たらどうかしら?」
日本人として似てない。ついでに場違いだから来るにしてもロシアの片田舎に行った方がお似合い。という皮肉を込めた、京都に拮抗する挑発と嫌味だった。
反応によっては追撃も幾つも考えていたし言葉が伝わらないなら伝わらないで別の挑発方法もある。
しかしトドロキの反応は斜め方向にいってしまった。
「良くぞ聞いてくれた!神聖なる帝国の名を持つ国家の民!我が髪色は悪魔神との契約により授かったもの!白より白き閃光を見せてやろう!」
半分ほど理解できずに最後の一言でどうにか置いてけぼりにされないようにという意味だと理解したそのウマ娘は絶対に負けないと敵意を露わにしていた。
当然トドロキにそのつもりはなかった。髪の毛の事を言われているのだと思ったが綺麗だという意味だと勘違いしていた。だから髪の毛が靡くの綺麗ってよく言われるから見てて欲しいと言う意味で言ったのだが、悲しいかな勝負前に挑発合戦が起こるのは常識だという事を知らなかった。
なぜあんな不機嫌そうな顔をしてどこかに歩いていくのかわからなかった。
(レース中に魅せちゃえば良いかな?でもそれはそれでウザがられるかな……ううん難しい)
仲良くなりたいし海外は日本の一流を三流二流が赤子のようにあしらうのだから自分くらいなら良い感じにみんなと並べそう。などと本人は呑気にしていた。
ある意味図太いとも言えるしその鈍感なところが彼女にとってはプラスに働くのだった。
ゲートに最後に入ったトドロキ。
「行くぞ!我に宿し
あまり大きな声ではない。それでも密かに隣のゲートくらいには聞こえる程度の声で彼女は叫んだ。
ゲートが開く。
数日雨が降らなかったグッドウッドレース場は重場ではないものの良場かと言われると少し怪しいくらいの重さだった。
1番に先頭を抑えたのはまさかのトドロキだった。本来の脚質なら後方にいるべきだったが、うまく体がかみ合い、最高潮のスタートを切った事でただでさえ速いスタートダッシュに拍車がかかったのだ。
当然本来逃げをするはずだったウマ娘からすれば堪ったものではない。本質的に逃げウマ娘は集団を嫌う。
その上トドロキの加速は確かに速いがだからと言ってトップスピードになるわけではない。波長と走りはあくまでも捲りだからだ。
逃げウマ娘と先行位置に行こうとするウマ娘が加速した。逆に減速気味に速度を抑えるトドロキ。早くも順位は入れ替わる。それどころかトドロキはポジションを下げていく。
2002mOP戦は序盤から乱れたレースになり始めていた。
「どうやらあんたの作戦通りに行ったようだな」
スタンド席からレースを見ていたタケホープと沖野は序盤が想定通りに進んで安堵していた。
「見た感じ逃げウマ娘は今日は調子が悪かったみたいだし、その子以外逃げが居ないからね。なら最初は頭をとってレースを少し釣り上げようってアドバイスしただけだよ」
完全に序盤で掛かった逃げウマ娘と2人の先行ウマ娘。他のウマ娘は4馬身離れて集団を形成している。その中でも数名づつが互いをサポートするように相手を牽制する動きを見せていた。
「元々欧州レースは集団戦、チーム戦気質だ。このレースも出走バの所属チームを見れば大体4つのチームになっているのがわかる」
「この辺りは日本にはない特徴だよね。ラビットだっけ。仲間内でフロックもするよね。単独で走ると尚更これが辛いよ」
「普通ならな」
「トドロキ相手には逆効果、でしょ」
まだレースは半分も消化していないところで突然トドロキの左側にいた黒毛ウマ娘が飛び出した。本能的な恐怖から逃げるような動きだ。
それをラビットをするために今になってこのタイミングで出ようとしていると同じのウマ娘が錯覚し咄嗟に道を開けようとして左に少しづれた。
だがその位置には何故か別のチームの鹿毛のウマ娘が飛び込んでしまった。
前を塞がれた黒毛のウマ娘が鹿毛のウマ娘を追い越そうとして大きく右に飛び出た。隣に並ばれた状態になる最右翼にいた別の鹿毛のウマ娘がそれに釣られて加速する。
「始まっちゃったよ」
「直接手を出したわけじゃないから何にも問題はないだろう。そもそもあの手のやり方はタケ、お前もやってただろう」
「そこまで大多数には出来ないよ。せいぜいが1人か2人だけだしあんなピタゴラスイッチみたいなのは尚更無理だね」
それに一度レースになれば顔つきが変わるトドロキは観客からもレースを見る関係者からもレースにおける魔王のように恐ろしく見えていた。
黒毛のウマ娘と同じチームのウマ娘は突然暴走した彼女に唖然としながらも、気がつけば後ろにいたトドロキに意識を持って行かれた。
足音が一切しない。いや、していてもそれが自分自身の足音と同じになっていて隠れてしまっている。その事実にそのウマ娘は戦慄した。
トドロキも視線で気付いたのか足音を変えた。
(調子に…)
弄ばれている事実に頭に血が上るが、視線を前に戻した瞬間前にいたウマ娘がいつの間にか隣に来ていることに気がついた。
(減速?何かあったのかしら)
減速している。そう感じたが実は彼女自身が知らない合間に加速していたのだった。
トドロキが近くにいたのに気づいて咄嗟に足が先に進もうと焦ったのだ。
それを見逃さないトドロキではない。足音を意図的に少しづつ大きくし、トドロキ自身の足音は一定に聞こえるように細工した。
自分では気づかない僅かなミスをトドロキ利用され、増長させられ、こちらも掛かる。
それでも残る2人は協力してトドロキのコースを抑えようとする。
逃げウマ娘のチームだ。逃げウマ娘が本来ならラビットなのだろう。だが逃げが勝てると踏んでいる作戦でも立てていたのかこちらは逆に後ろでコースを抑える役割を与えられている。
加速して掛かっている方は放っておいても最後に自滅するから放っておいて、まだ仕掛けてくる可能性があるトドロキを抑えようとしていたのだ。
同時にそこにはトドロキに対する余計なプライドがあった。
道を開けさせたいトドロキ、だけれどまだ待つ事にした。残り700m、普段よりスタミナを持っていかれる洋芝を蹴り上げてトドロキがスパートを始める準備に入った。
この時点でハイペースのレースで掛かっているウマ娘が次つ次にスパートできずに垂れ始めた。いまだに先頭は逃げウマ娘だったが彼女もトドロキを追い越すためにスタミナを想像以上に消耗しており苦しくなっていた。
ではその後ろの先行だった2人はといえばこちらも掛かりで余計にスタミナが消耗されていて逃げウマ娘を追い越すことが出来ないでいた。
トドロキの今の障害は目の前でペースを抑える2人だった。力技で押し通るにもイギリスウマ娘は体格と身長がトドロキよりも良い。元々身長146cmで日本でも小柄な部類に入るトドロキでは力任せな突破は困難だった。
だからこそ策を巡らせる。賽子の勝ちの目を出すためにあらゆる手段を尽くす。
あえて聞かせていた足音を、前にいるウマ娘の1人の歩調に合わせて足音を合わせる。
音で後ろのトドロキがどう動くのかを確認していた2人が足音が聞こえなくなったことに困惑する。どこから来ても良いようにと少しだけ2人が左右に広がった。そこに隙が生まれる。真ん中に僅かに隙間が生まれた。
(いまだ!)
僅かな隙間にトドロキが飛び込みながらスパートをかけた。
2人のウマ娘の合間を、白色の髪を靡かせながら、轟音が駆け抜けた。
日本の勝手知ったる芝とは違う重たい芝を蹴り飛ばす音が、まさしく轟音となって周りのウマ娘の耳に入った。
前へ、前へと体を押しやる強引な加速。蹄鉄が歪み、軋みながらその力を芝に、地面に伝えて小柄なトドロキの体を吹き飛ばす。
この時点でゴールまで650m。平均的なスパートに比べて早いスパートに周囲のウマ娘が困惑。釣られてスパートをかけようとするも、フロックしていた2人を除きスタミナが知らず知らずのうちに消えており加速しない。
足が鉛のように重たくなった。
フロックに集中していた2人もスパートをかけるのが遅れてしまい差が縮まらない。
前方にはすでに三人しかいなかった。
その3人もスパート速度からいえば程遠いほど遅い。既に4バ身あったはずのリードは消えていて、後ろからくる威圧感から実子に逃げようとする状態に成り果てていた。
振り返れば鬼の形相で目だけをギラつかせて迫ってくるトドロキの姿があっただろう。だが幸運なことに3人とも後ろを振り向く余裕がなかった。
レース前にトドロキに煽っていたウマ娘は3番手の位置にいた。それに気付いたトドロキがかっこいいところを見せようとやや大回り気味に彼女のすぐ隣を駆け抜けた。
(……⁈)
趣旨返し。或いは挑発に対する返答。だけれどそのウマ娘がその事を考えている余裕はなかった。酸欠で頭に酸素がいかず、既にバテ気味だった。ふらつく視界に入ったトドロキを追いかけようと無理をしたせいで足が悲鳴をあげる。それなのにトドロキは離れていく。
(あ、悪魔……)
既にトドロキは一位と並ぶどころかそのまま追い越していき、2バ身の差をつけてゴールを通過した。
場に流れたのは歓声よりも困惑と響めき。日本のウマ娘にいいように弄ばれた現実に認識が追いついていなかった。
それでも拍手が起こり、やがてそれは歓声になっていった。
「わは!やった!勝った勝った!」
息も絶え絶えなウマ娘たちの中で、トドロキが飛び跳ねながら笑顔ではしゃいでいた。
レースの時の変貌とその走り、そしてレース後の無邪気さに、1人がボソリと呟いた。
「Monster…」