名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘と2000ギニー裏

トウショウトドロキがイギリス2000ギニーステークスに勝利した。

その情報は瞬く間に日本にも伝わった。

 

URAも日本中も日本のウマ娘が初めてイギリスクラシックで栄冠をとった事に沸いていた。

歴史的快挙とまで書いて記事を飛ばすゴシップ紙まで現れる始末だ。テレビでも特集が組まれようとしていたが、当の本人が未だイギリスにいることと一ヶ月後には次走が控えており帰国はまだ先だったため日本のメディア対応は学園が一手に引き受けていた。

そのためトレセン学園はかなり多忙となっていたのだが当の本人は気づけなかった。

最も同時にルドルフが圧倒的な強さを見せて皐月賞を勝ち、無敗5勝。クラシック二冠目となる日本ダービーに挑戦するとあって話題沸騰中だった事もあり一概にトドロキだけが原因とも言えなかった。

 

そんなトドロキもメディアと無縁だったわけではない。イギリスG1日本の外国勢の中でも異色の日本ウマ娘が勝ったとなればテレビも新聞もメディアと名前がつくものが殺到するのは当然だった。

ホテルや練習場として使っているレース場にもマスコミの姿が散見されるようになっていた。

 

当然勝利後の記者会見は行ったのだが、トドロキはメディアに囲まれて写真や映像をしこたま取られながら質疑に答えるのが苦手すぎたためそのほとんどが沖野任せになっていた。

 

普段の態度はどこへいったのか椅子に座って黙ってまっすぐ前を見つめる姿は大和撫子の雰囲気が出ていた。

赤いコートと黒い服に白毛と眼帯という見た目で半分以上吹っ飛んでいたが……

 

 

 

 

そんな記者会見は日本でも中継され、シンボリルドルフも目にしていた。レースもしっかりと録画しておりイギリスのレース界に名を轟かせた事を嬉しそうにしていた。

「トドロキの名が轟いたな……ふふ」

さて負けていられない。彼女の偉業に対する相応しい功績を残してから彼女と戦うことにしよう。

 

「次はダービーだったな。日本とイギリス、どちらもダービーだ。負けるなトドロキ」

 

 

 

 

 

ダービーステークス。

その歴史は1776年にセントレジャーステークスの盛大さを見たダービー伯爵のウマ娘であるスタンレー。イギリスジョッキークラブ会長のチャールズ・バンベリー準男爵、スタンレーの義叔父であるジョン・バーゴイン将軍の3人によって、創設されたレースが基礎となっている。

その後開催されるたびに若干の変更が加えられ、今の形に落ち着いたのは1872年の事だ。

世界各国で行われているレースに付けられているダービーの基礎となっており、レースの名前はこの時の創立者ダービー伯爵に由来する。

現在でもダービー伯爵はイギリス伯爵に名が存在しているように由緒正しい貴族なのだ。同時にウマ娘のレースに深く関わった家でもありイギリスレース界の名家でもある。

日本は華族制度を廃止しているため身分上は全員一般市民となるがシンボリ家、メジロ家、サトノ家は華族時代には伯爵の称号を持っており今でも世界各国の貴族との繋がりも持っていたりする。

特にダービー伯爵家はメジロ家との繋がりが深かったりする。

 

トドロキの次走として選ばれたそのレースは現在となってはイギリスクラシック二冠目を飾るものだった。ただし今までのレースと比べ、6月6日に開催されるこのレースは12ハロンと長めだった。

そのことが沖野とタケホープには気がかりだった。適正距離と大まかに括られる分類では2400mは中距離に当たる。

トドロキの適正距離を括るのならマイルから中距離。しかし2400mはその適性と括られる中では最大距離な上に実質的に長距離の気質がある。

中距離が適正だからと言っても距離に幅がある分得意不得意はどうしても発生してしまうのだった。

そしてトドロキが得意とする距離帯は正確に言うと1500から2200mだった。たかが200長いだけ。されど200mの区間のデッドヒート。

人の体だから一概にどうとは言えないが、それでも200m分は完全に気力で走らざるをえないのは厳しすぎる現実だった。

 

「2400m…適正距離としては多分上限ギリギリだ。下手に走ればスタミナが保たないな」

今までのトレーニングの成果とレースレコード、スタミナの消費具合から考えて沖野はそう判断した。

「ロングスパートは使えないね」

今まではあくまでも2000m以下か長くても2200mくらいであった。だからスタミナを利用したロングスパートをかけることができていたが、距離が延びれば消費するスタミナは当然増えるわけで、レース管理を紙の上でシミュレーションすれば、今のトドロキではロングスパートは保たないと言う結果が出ていた。

 

「それにかの貴公子も闘争の宴の扉を叩いている」

 

「エルグランセニョールか。2000ギニーはどうにかなったがあれはおそらく2000m以上の方が走りやすい足してたからなあ」

今回こそ勝つことができたが、それはコースが普段の直線のみから変更されたことも影響していて気は緩められない。

さらにアトタラクなど有力なウマ娘がこれまた勢揃いしている。

「後は今回のレースに勝ったからマークはされるだろうし潰しにかかられるかもしれない」

 

「流石、経験者なだけあるな。囲まれた際の対策とかは兎も角後ろに張り付かれたら今にままじゃ手も足も出せないだろう」

勝ったとしてもまだまだトドロキは未完成だった。

 

沖野はトドロキのトレーナーとしてまだトレーニングと調整をしたかったが、彼は一度学園に戻る必要があった。

5月の後半からは新たなウマ娘のスカウトの時期になる。当然その前の段階からある程度スカウト活動は始まっているが、あくまでもそこで出来るのは仮契約止まり。本格的なスカウトまで待つ必要がある。

 

沖野はチームスピカのトレーナーでもあるからトドロキだけに構っているわけにもいかなかった。

「と言うわけで俺は少し帰らないといけない。タケホープ、彼女を頼んだぞ」

 

「トドロキの事はまかせてよ。そっちはそっちで新しい原石を見つけておいで」

 

これからダービーのタイミングで沖野が離脱するのはトドロキにとって痛かったが、それでもこの道を進むと決めた時から説明はされていた。ここからはタケホープのみが頼りになる存在だった。

 

 

そして同時に沖野という鎖が外れた鬼トレーナーが誕生した瞬間だった。

 

 

沖野が日本に戻った翌日から、早速トレーニングが始まった。トドロキの弱点である2400mのスタミナを解決するためにタケホープは鬼策を考えていた。

 

「それじゃあまずは洋芝2400m走ってみるかい」

 

マスクつけてね。

 

「……マスク?」

 

 

マスクをつけ酸素の取り込みを抑えた上で2400mを走る。肺活量を鍛え上げ持久力を上げるためのトレーニング。

想定されているのはダービー平均タイム2分34秒。

だがそれは想像以上に苦しくなる。2400mを3本も走れば酸欠で頭痛と眩暈が襲ってくる。

マスクを外して10分の休憩を挟むがそれでも1日にできる回数は3回が限界だった。

これに水泳や坂路トレーニングを組み合わせ脚の負担を考慮しながらのトレーニングとなる。ホテルに戻る頃には疲れ切ってしまっていたが、それでも不思議と体に疲れが残らない。食事も進む。

その効果は大きかった。

ふらふらになるトドロキの走破タイムは日に増して安定していた。トップスピードを鍛えるものではないからタイムはあまり縮まないが、その代わり3本走った時のタイムがほぼ同じタイムを刻むようになっていた。

 

「うん、マスクトレーニングはもう良いかな。スタミナはバッチリ。後はトップスピードだけど……トドロキはスパートをかければもう洋芝でも十分速さを出せる」

休憩のたびに息を切らせて必死になって呼吸を整えるトドロキにタケホープは結果を伝えた。良くも悪くもトドロキはフィジカルだけは天才だった。

「それは……」

 

「スタミナはいける。後は十分に力を発揮できたら大丈夫だ」

 

走り方と牽制の方法は教えてあるから大丈夫。

後は後ろにつかれたときの対処法。それと相手を牽制する方法。戦略を君に授けよう。

 

 

 

 

 

 

エルグランセニョールが、チーフシンガーがクラシック路線を回避すると聞いたのはダービー1週間前になってからだった。

ともにクラシックに出ると思っていただけにエルグランはびっくりしていたし心の中に靄がかかったように落ち着かなかった。だから寮のフリールームにいたチーフに声をかけたのは偶然ではなかった。

 

「クラシック路線は回避か。チーフ」

 

「仕方がないわ。元々私の走る理由はご存知でしょう?」

仕草や口調は最もプリンセスに近いチーフシンガーだが彼女は一般市民の出。日本で言えば寒村の出である。家も裕福というわけではなく彼女がレースに出るのも賞金を獲得して家族の生活を楽にさせたいからだった。

「賞金……だったな」

 

「ですので私が得意なレース…得意な条件で走れる場所で私は戦います」

それでも勝たなければ賞金は多くないし。勝った方が気持ちが良い。だがあのレースで勝ちたいと言ったこだわりがあるわけではないチーフは、得意なレースで勝負し確実に勝ちを拾うというメンタルの持ち主だった。

「それもまた一つの勝負方法、わたしがどうこう口を挟む事は出来ないな」

確かにこのままクラシック路線を突き進んでもトドロキやエルグランと戦う事になる。どちらか一方ならまだチーフも路線を変更はしなかった。だが2人も有力な相手がいると荷が重すぎた。

「貴女はダービーに出るのね」

 

「当たり前だ。このまま放っておいたらトドロキにクラシックを持っていかれる。英国の面子もあるからな」

そうは言うが実際にはトドロキへのリベンジはイギリス国内のレースでつけたいと言うのが本音だった。

 

「その脚で?」

チーフの目が細くなった。

「……気づいていたのか?」

 

「サドラーズウェルズから聞いたのよ。脚の熱が高いままだって」

2000ギニー以降彼女の右脚はずっと熱を持ったままだ。普通なら熱を持っても1日経てば治る。それがずっと残り続けていると言う事は脚部不安寸前だと言う事だ。

「……大丈夫だ。医者から脚部不安と言われてもいない」

医者としても熱を持っているだけだからと判断に悩んでいた。

「無理をしないで欲しいから言っているの」

 

「無理などしていない。それにこれはわたしのプライドでもある。負けたままでは終われないんだ」

 

「……」

暗にトドロキとの勝負をやめたチーフには言われたくない。そう言われているような気がしてチーフシンガーは何も言えなくなってしまった。

 

 

思惑が交差する中でダービーステークスの開催日は近づいていく。




TOPIC
トドロキは英語よりドイツ語とロシア語がかっこいいから好きらしい
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