気がつけばいつも一人で走っていた。
最初は学校のグラウンド。入学時に気が合って仲良くなっていた子達。
一緒に走っていた友達は1人、また1人といなくなっていった。
1人で走るのが寂しくなって、放課後には近くの公営練習場に足を運んだ。昔から近所の年上の子が遊び場にしていた場所だった。
そこでも気がつけば1人になっていた。
1人になるたびに別の練習場に行ったり河川敷に作られたコースに行ったりしてはそこで走る同世代の子に混ざった。
だけれどそれも結果は変わらなかった。結局は1人になっていて、他の子達は遠巻きに私を見つめているか、私が来たらそさくさとコースから退いてしまった。
「一緒に走りたいんだけど……」
その言葉は最初の一年で口から出なくなった。代わりにかけられる言葉は、まだ無邪気な心だった私に重くのしかかる言葉だった。
「だって走ってても追いつけなくて面白くないんだもん!」
「一緒に走るといつも苦しくなる」
「走るの……辛い」
いつしかその言葉が重たくのしかかっていた。
私は友達が欲しかった。一緒に走って遊べるようなそんな友達が欲しかった。
ただただ友達として笑い合って走って、競い合える関係が欲しかった。
それが叶うことは今の今までに無くて、気がつけば私は孤高の存在になっていた。下手に加減しても、しなくても結局は私と走ると皆楽しくなくなるらしい。
それは小学校の合間ずっと付き纏っていた。それでも6年間と言う短いという人もいれば長いという人もいる期間があってなお私は“誰かと競い合ったり楽しく走りたい”“友達を作りたい”と言う感情を割り切って捨てる事は出来なかった。
大多数のウマ娘がそうするように、我も気がつけば実家から近い位置にあった石川ウマ娘カナザワトレーニングセンター学園、通称カナザワトレセン学園に入学した。そして学園に入学してからも、その想いは消えなかった。
(は、走るのが得意な子達ばかりが来るからきっと……)
「ハハハ‼︎我が名はトドロキ‼︎トウショウ家の血筋を引くが、与えられたのは高貴なる血ではない‼︎悪魔神ぞ‼︎」
(競い合うのが主体の場所ならもしかしたら走りで嫌われたりとかしないよね?)
「そ、そっか……よろしくね」
(注目は集まってる‼︎この手応えはもしかしたら……)
だけれど結局はカナザワトレセン学園でも変わらなかった。
一応、入学して少し経てばある程度の仲良しグループが出来上がる。そう言ったよく話す仲のグループの1つに我は入っていた。
そのため、まだなんとかなっていた。と言うか我自身でも上手くやれている感覚はあった。
友達と呼べる存在も出来た。
模擬レースが行われるまでは……
本気で走らないと失礼になる。その上トレセン学園にいるのだからみんな実力者。だからきっと自分らしい走りで走れば良いなんて思ってしまったのだろう。
結果は圧勝。2着には大差をつけた。それでも走り終えた時には場が静寂に包まれていた。
それからと言うものグループの中で我は浮き出した。
ぎこちないようなそんな感じだった。その空気がなんだか我を責め立てるような、距離を置くような感じがした。
(ああ結局はこうなるんだな……)
併走に付き合ってくれる人も少なくなった。友達も付き合っていたが、最近は辛そうな顔ばかりするようになった。
明確に避けられるわけではないにしてもその態度に見え隠れする畏怖に我の心は耐えきれなかった。結局、私が走ると周りは楽しくなくなるらしい。
無性にそれが悲しくなって、独りよがりな自身の走りを恨んだ。だけれどこれしかできない。この方法でしか全力を出すことを知らない。
ならばもう勝つしかない。誰も楽しめないのなら、私と走ると楽しくないのならせめてレースでは勝つ。そうするしかない。
そんな時だった、中央トレセン学園への転校の話が来たのは。
きっかけはなんだったのだろうか、母子家庭のため唯一働き手であった母が何処からかパンフレットを持ってきたところだっただろうか。或いは、顔見知りが県立のトレーニングセンター学園に入学した私を疎んだのか。
私に来て欲しくない誰かからの嫌がらせだろうか。
いずれにしても私の知らないところであれよあれよと全ては決まっていたらしく、学園の寮の机に置かれていた転入の書類にサインをする段階まで事は進んでいた。我の知らぬ間に世界は混沌を加速させていたようだった。
既にここの学園でも順調に友達は出来ないままだった我にはたったの半年しか在籍していない学園には心残りはなくて、サインを済ませる事に抵抗はなかった。
いや少しは抵抗があったけれど、模擬レースで向けられた視線に怖気付いていた我はそれを逃げる理由にした。
そうして1週間も立てば我の最後の財と共に地をかける鋼鉄の蛇に乗って都に足を踏み入れていた。別れの挨拶というのも意外にも粛々としていて、記憶にも残らないようなものだった。
「ふふふ、我の野望の第一歩‼︎……えっと……北府中ってどうやっていけば……」
せめて迎えくらいはしてほしかった。一度訪れた程度では東京という土地は目を眩ませる。
高層ビルと張り巡らされた交通機関。そして人。迷路のように上にも下にも広がる通路と道路。
お上さんである我と悪魔神には中々応えるものだった。
日本ウマ娘トレーニングセンター学園。
URAが運営する学園の中で最大規模を誇る。トゥインクルシリーズに出場するためには入学必須とも言われる。そして在学生のうちレースで活躍できるのはほんの数十人しかない。
それでもその数十人を目指して1000人を超えるウマ娘が学園で生活している。
そこまで人数がいて同時に選ばれた存在達ならもしかしら一緒に走ってて辞めていってしまうような子はいない……と思いたかった。
(カナザワトレセンではああなっていたけどもっとレベルが高ければ……いやここでもレースするなら勝たないと……)
楽しくない。誰かの心に傷をつけてしまうのなら、せめて結果を出さなければならない。そう言う感情が支配していた。
だけれど転入生だったからか、集団の輪に入りづらい雰囲気がどこかあった。
案の定我は浮いていた。ただ、それはどう接して良いか分からず右往左往しているようなそんな印象だった。
それでも転入して一ヶ月もすれば色々と落ち着いてくる。寮部屋の事だったりそれ以外の学園生活だったり。慣れ始めた頃にそれはやってきた。
模擬レース。そしてトレセン学園の模擬レースは地方トレセンの模擬レースとは少々仕組みが異なる。
それは入学直ぐだろうと関係なしにトレーナーからのスカウト、或いはトレーナーへのスカウトアプローチが可能な事だった。
カナザワトレセン含む地方トレセンではスカウトなどは2年からに限られるというのに。
それ故に模擬レースは学園の中でもかなり人が集まる一種のイベントのような状況だった。
だからか、友人が出ているレースを見学したり、或いは他人の走りを研究しようとするウマ娘。そしてスカウトをしに来たトレーナー。それらが入り混じって小さいスタンドはかなり混んでいた。
流石は『中央』の異名を持つ日本トレセン学園。レベルが完全に違う。
そして模擬レース一つとってもカナザワトレセンの頃とはレベルが数段違った。
当然その中に我もいた。
「ふふふ、我が道を飾る勇者の苗を探すのも大事な事」
ついに出走である。午後からのレースに出るから午前は見学と下見だった。
模擬レースが一つ終わるたびに、レースに出走していたウマ娘達のところにトレーナーが集まっていく。
大体は着順に人数がばらけていく。それを見ているとやはり1着は人が多い。そしてその輪の中にいるウマ娘もどこか嬉しそうな顔をしていた。
我も1着になればあれくらい喜ぶことができるだろうか。
いやそもそもいくら人が集まった所で選べるのは1人だけ。それもトレーナーによっては複数人をまとめて指導するチームを持つところもある。
しっかりと考えておかないと……
チームなら併走トレーニングとかもあるだろうし。
どうやら1着をとった1人がトレーナーのスカウトに乗ったらしい。周囲に集まっていたトレーナー達が次々に解散しては他のウマ娘のところに歩いていく。
それをぼんやりと見つめていると不意に脚に誰かの肌が当たる感覚がした。
人肌の感覚は確かに5本の指が意思を持って触れていることを知らせていた。不意に触られたことによる嫌悪感を脚の神経が頭にあげた。鳥肌ができる。
「良いトモだ。こりゃ絶対に化けるぞ」
後ろで男性の声が聞こえた。咄嗟に体が動きそうになって、相手が人である事に気づき蹴り上げようとする脚を必死に抑えた。もし思いっきり蹴り飛ばしてでもいたら大怪我をさせてしまうかもしれなかった。
「うひゃわわわ⁈⁈汝はなんぞや⁈」
それでも不快なものは不快だから飛び退いてその不審者と距離を取る事にした。
しゃがんでいた男が立ち上がった。するとどうだろう、我はその男を見上げる羽目になった。おそらく身長は約180cm前後だろうか。顎周りには無精ヒゲがちらほら見え、高身長のおっさんのように見えるし逆に20代後半のようにも見える。
左側を刈り上げた変わった髪型が逆に似合っていて、個性的だなって感じた。
わ、我だって普段着は個性的だぞ!後このツインテール用の髪留めも自作品だし。
「おおっと悪い悪い、実はあんたが気になってな」
どうやらこの男はトレーナーだったらしい。胸ポケットからぶら下がっていたトレーナーライセンスカードがその証拠だった。模擬レースを終えた子を勧誘もせずにスタンドでウマ娘を漁っているのがトレーナーとは少し信じられなかったが、それくらい個性があっても良いのか。ふむ、なら我ももうちょっと個性を出して良いのかもしれないな。
「き、気になる?」
「ああ、その脚‼︎まだ本格化前だろうがバランスも良く筋肉のつき方もバッチリだ。こりゃ相当な逸材だ。絶対に化けるぞ」
「だが我はまだ戦場音楽を奏でる前。その誘いはこの後の聖戦にて決めた方が良いと思うが」
流石の我でも模擬レースすら見ないで脚を触ってスカウトするトレーナーにホイホイついていくほど呑気ではない。
みんな走るのが楽しくないと言って辞めてしまうならせめて勝つ。勝たないといけないのだ。だから力を見てそれで評価をくれるトレーナーさんが良い。
その上で判断して欲しかった。ただ、我の走りを見てトレーナーがスカウトを辞めるかもしれないと言う漠然とした不安もあった。
ただ、トレーナーは我の言葉に納得した様子で頷いた。
「なるほどな。これから模擬レースなのか?」
「もちろんだ‼︎午後のレースで呼ばれるからそれを見てからにしてくれ!」
「わかった。あんたの走りじっくり観察させてもらうぜ!ところで名前は?」
「我が名はトウショウトドロキ。いずれこの名を世に轟かせる者よ」
「トウショウ?あのトウショウ家か!」
流石にトウショウの名前はかなり響く。メジロ家やサトノ家のような代々G1を排出するほどの名門とまではいかないがそれでもトウショウ家は財閥に肩を並べるほどの力を持っている。
「いかにも、我は代々受け継がれた総本山より血を分けた家督だがな」
それでも分家の分家と言った端っこの方の我にとってはごく普通の一般の家でしかないのだが。
「要は分家の方か……ますますスカウトしたくなってきたな」
午後1番のレースは集中力が散漫となりやすい。
昼食後であり体の血が内臓に集中しやすいため脳が必然的にエネルギーの消費を抑えようとするからだ。
それでもレースとなれば自然と周囲は落ち着かなくなる。
たかだか模擬レース。本番ではないのだから気を張り過ぎる必要性も無いけれど、頭で分かっていてもやはり落ち着かなくなる。
模擬レースは8人仕立て。我はコースの大体真ん中に位置する。ゲートや実況もない。あるのはスタート地点の芝に描かれた出走待機位置の線だけ。
一直線に並んだ他のウマ娘の中では我は小柄な方だ。
「あ、トドロキちゃんだ!」
意外な事に内コーナー側は同じクラスでよく話す仲になっていたスズマッハだった。
「おお!盟友ではないか‼︎」
同じレースに出ることは知っていたがスタート位置は直前にならないと分からない上に他の子の位置は公開されていない。だからこれは完全に偶然だった。
「隣同士なんて偶然だね!でもこのレース、絶対に負けないから!」
闘志。それが体から溢れ出ていた。それに当てられ少しだけ気持ちが昂揚する。走り、競い合いたいと言う感情が昂る。
だけれどそれを抑えてどうにか気持ちを抑える。
「無論だが我もタダで負けるわけにはいかぬ。召喚のための代価の用意は十分かな」
「位置について」の声が聞こえて緊張がピークに達した。
本当に1秒もない時間だったがそれが永遠に感じるように思えた。
用意ドン!
いつからそうだったのか分からないけれど昔から変わらない合図が聞こえ、全員が一斉にスタートを切った。
この模擬レースは必ず勝つ!