名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘とロンシャン

ウマ娘として生まれたからには走りに対する欲求は並々ならないものがある。

特に多くの場合走りと同時に勝ちたいという気持ちを大なり小なり持つ。

それはある意味ウマ娘の宿命のようなものであり、抑制という事は人類史の中で幾度か試されたがそのいずれもが失敗に終わっている。

 

「だが勝つという事は同時に何人もの歴史に残らず誰からも忘れられるウマ娘達が後ろにいる……わたしもいつかそうなる日が来る」

トドロキとしてもわかっていた事だった。目を背けたくて、それもできず自信がそこに立つという事に対して心臓を締め付けられる感じすらしていた。

「勇者…いやエルグランセニョール……」

 

「やっと名前を呼んだな」

覚えていないだけかと思った。

そう言われれば、そんな事はないと突っぱねる。

「クラシックとパリ大賞典……頑張るんだぞ」

 

どうして彼女が引退するかにような口調でそう言ったのか。トドロキには理解できなかった。

異国のウマ娘。ライバルの1人。一緒に走っていて楽しいし本気で張り合える存在。だからまた一緒に走りたい。そう思っていた。

ライブでセンターを務めてイギリスの曲を踊っている合間もどこかそのことが心に引っかかっていた。

 

 

 

 

 

トドロキの元にエルグランセニョールが脚部不安で入院したと言う情報が入ったのはそれから1週間後だった。

 

それも新聞で知った事であり既にその時には病院に入院して何日かしていた。つまりアイリッシュダービーが終わってすぐのあたりから入院していたというのだ。

タケホープはどこかその事を予感していたが、トドロキはそんな事予想だにしていなくて激しく取り乱した。

自分と走った後にすぐ脚部不安が起こるなど、それはもう考えたくない想像がいくつも浮かんでしまう。

「我と無理に走ったから……」

 

「ありゃ元からだよ。足の限界とタイミングが重なっただけだ。まあ……あんたと競り合うのにかなり無理をしていたところはあっただろうけどな」

 

だがレースという特殊な環境では日常茶飯事な事であり、誰かを責めるなどできることではなかった。ましてや勝者を責めるなどと言うのは理論的でもなければ感情としても歪んでいるし間違っている。

だが理論的にも感情的にも正しくない方向に進むのも人である。

「だけどあそこで負けるために走ったらそれはそれで傷つくし軽蔑ものだからな」

 

「わかっている……勝者ならば黙って勝者として屍の上に立たなければならない。それくらい……」

タケホープもトドロキのメンタルに事を考えすぐにエルグランセニョールが入院している病院に向かった。

 

 

どこの病院に入院しているのかなどはマスコミ対策で非公開だったが、タケホープがエルグランセニョールのトレーナーと交渉して居場所を聞き出した。

流石に有名人のトドロキをそのまま表玄関から入れるわけにもいかず裏口兼地下駐車場からの進入になった。

 

 

 

「勇者!」

小さな1人用個室に飛び込むと、逆に落ち着けと病人側が宥める羽目になった。

 

「おいおい声がでかいぞ、それに怪我したわけじゃないんだからそんな焦るなって、検査入院だ」

 

実際服装は病院の服だったが、それでも割と元気にベッドを縦にして懸垂をしていた。

だがエルグランセニョールの顔には今までの覇気は無かった。

だが落ち込んでいるかと言われるとそう言うわけでもなさそうだった。ただ、呆然とした状態から回復してきたと言った感じだった。

「だがその足……」

 

「別にあんたが心配する事じゃないだろう。わたしが自分で決めた事だ。それに元々わたしの足は長くは保たないものだ」

事実を伝えてもトドロキにはただ庇っているようにしか聞こえず、心の底にもやもやしたものが残り続けた。

それに一生走れなくなる訳でもない。不治の病ではないのだ。ただ、壊れる一歩手前と言うだけ。

「我は……その……」

言葉を紡ごうとしたトドロキだったが、直前で詰まってしまう。

そう言ってしまうのは残酷な事なのだ。もう走れなくなるかもしれない本人にそんな事を言ってしまうのは酷な事かもしれない。

 

エルグランセニョールに背を向けたトドロキがそれでも言葉を絞り出したのは、純粋に彼女に諦めてほしくないと言う独善からだった。

「また復帰できるのだろう?だから……また走りたい……です」

 

ただ、独善でも人を救うことも勇気づける事だってあるのだった。

 

「すまない。日本語はさっぱりなんだ」

つい口走った言葉は、自らの母国の言葉だった。それでもトドロキの言いたい事は伝わった。笑いながら冗談を飛ばしたエルグランはつぶやいた。

「……わかった。このまま負けっぱなしはつまらないからな。治ったら必ずあんたを倒しに行く」

消えかけていた闘志に火がついた。今までは強いものと戦う気質。今度は強い者に挑む挑戦者として……

「……‼︎約束!約束だ!」

 

「だからあんたも……もうすぐパリ大賞典だろう。ここで油売っていていいのか?」

 

「悪魔神は常に余裕を……」

 

「取り乱してて?」

 

「う、うるさい!」

 

 

 

 

 

 

アイリッシュダービーを制しダービー二冠という称号と三冠の称号を手に入れたトドロキの知名度は欧州と日本だけにとどまらず世界中に広がっていた。

そんな彼女と白熱の接戦を2度も繰り広げたエルグランセニョールの脚部不安による入院は衝撃を持ってアイルランド、イギリスを駆け抜けた。

 

「まあ世間は色々言ってるだろうけど気にしないで、トドロキの人生には何ら関係も責任もない事だから」

三流ゴシップは賛否両論な記事を飛ばし、BHBが火消しに躍起になる中で、トドロキ達はパリに向けて出発していた。もう既にパリ大賞典にイギリス代表として共に出走するウマ娘は現地入りしている。追いかけるようにして2人もユーロスターでパリに向かっていた。

「わ、わかってる……」

 

 

 

「ああそれと、パリ大賞典だけど……」

同行して一緒に走るのはチーフシンガーだから。

 

思い出したかのようにタケホープは共に走る事になるウマ娘の名前を伝えた。それはエルグランセニョールの同郷のライバル。そして友と呼べる存在だった。

 

線路の継ぎ目を車輪が通過する音が大きく響く。

 

 

 

 

7月の16日、パリ大賞典は例年よりも遅い日付がレース開催日となる。

慌ただしく2日前にパリに到着したトドロキがチーフシンガーと顔を合わせたのはリヨン駅のホームだった。

ユーロスターが転轍機トラブルの影響でパリ北駅から急遽行き先を変更しながらも、チーフシンガーは当たり前のようにトドロキ達の迎えに来ていた。

 

いつもの高貴な気品を保ちながらも、その瞳には怨みのような期待のような複雑な感情が浮かんでいた。ライバルのポジションを横から掻っ攫った挙句、そのライバルの脚を最後まで使い潰す遠因になっているのだ。

「チーフシンガーと申します。よろしくお願いいたしますわ」

 

「我が名はトウショウトドロキ‼︎この大地に名を轟かせる者!」

 

 

 

「英国代表ウマ娘として選ばれました事喜ばしい事ですわ」

それは心からの賛同だった。その言葉だけは本音としてトドロキに伝わった。

「しかしどうして我なのだ……」

イギリス生まれでもなければBHBのトレセン学園に転校している訳でもない。ただ、外国から来たウマ娘。トドロキの正式な状態というのはそういうものだった。

「イギリスでG1三冠を取られた人が一体何を言うのです」

実力だけを見れば確かにそうなのだろう。

「……確かに」

違和感はあるが結果を見れば納得してしまうのもトドロキだった。

「納得早過ぎません?」

 

「納得する要素だったが」

 

 

「では、レース場を偵察する前に腹拵えと致しませんか?」

 

「賛成だ。女王」

 

なおチーフシンガーが普通の家系の出だと知ったのはこの数分後だった。当然チーフシンガーのトレーナーはトドロキの反応を見て笑っていた。

 

イギリスではトドロキもかなり顔が知られてしまい完全に有名人だったが、フランスにおいてはまだ知名度も上がっておらずそこまで変装を施す必要はないと判断していた。

だがトドロキの普段の格好が既に奇抜に片足を突っ込んでおり目立つ事この上ない。

服だけはイギリスで揃えたものの、片脚が短くなったダメージジーンズと黒のタンクトップ、ベージュのジャケットに野球帽。挙句シングルテールで白髪を纏めて眼帯をつけていたら目を引いてしまう。

 

案外顔の作りが良く、服装も相まってどこか女たらしな雰囲気が出ていた。

隣になまじお嬢様に雰囲気を持っているチーフシンガーが並んでいるものだから悪目立ちが過ぎた。

知らない人が見たら何処かの令嬢を連れ出すストリートウマ娘のように見えるだろう。

チーフシンガーのトレーナーもタケホープも頭を抱えて先ずは服装を整えるところから始めるのだった。

尚それでもトドロキがカッコ良さにこだわり余計にストリート風に拗れたため元の服装に戻す羽目になったのは4人だけの秘密だった。

 

 

 

 

ロンシャンレース場は、セーヌ川沿いのブローニュの森の中にある世界で1番美しいと言われるレース場である。凱旋門賞をはじめとするフランス競馬の主要な競走が行われることで知られる。

 

パリ大賞典と凱旋門賞は2400メートルの外回りコースを使用して行われる。

レースはスタンドから見て左奥にある風車の付近に置かれたゲートから発走する。

スタート直後の約400メートルは平坦で、そこから最大斜度2.4パーセントの上り坂が続く。3コーナーを過ぎてからは下りに転じ、1000メートルから1600メートル付近までは600メートル進む間に10メートルを下がるコース設計になっている。

 

古いレース場であり整地技術も未熟な時に作られたコースだから仕方がないが10メートルの高低差は日本で中央レースが開催されるレース場で最も勾配のある中山レース場の5.3メートルのほぼ倍に相当する。

 

その後、レース場の名物であるフォルスストレートと呼ばれる直線を250メートルほど走り、もう一つのコーナーを超え最後の直線となる。

その実際の直線は平坦でその距離は東京レース場とほぼ同じ533メートルになる。

全体としてカーブと高低差があり沈み込む芝と合わせて慣れていなければ走りにくい事この上ない。

 

出走日の前日ながら午前中は一般開放されているレース場を歩きながらコースの形態を見て回ったトドロキは、レースの難しさを感じざるをえなかった。

過去何度か日本から凱旋門賞に挑んだ少女達が悉く負けた理由がよくわかった。

「勝ち筋は浮かんだかしら?」

 

「……」

納得のいく答えを見つけ出すのには時間がかかりそうだった。

 

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