名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘とパリ大賞典

「トウショウトドロキ……一応イギリス代表として共に走るから仲間でもあるし同じチームとも言えるかもしれないけれど……」

 

実際に同じチームでもないし併走もさっきやった一回だけ。連携も取れない。異国も異国だからラビットとかの役割なども良くわかっていない。

それでも単独で恐ろしく速い。参った。これは想定外だった。ここまで共同してレースを展開するというのが難しい相手だとは思わなかった。

 

日本のウマ娘に急に欧州の戦い方で戦えと言うのが無茶なのだ。

チーフシンガーがサポートするとしても、逆に今度は私自身が不利になる。たとえ同じイギリス代表でもあの子には負けたくない。

 

結局一日経っても答えは出なかった。

 

出なかったからと言ってじゃあ待ってくださいが出来るわけもなく、ホテルを出てレース場に向かい控え室に入るまでの時間も全く変わらなかった。

 

用意された勝負服に身を通すと嫌でも気分が切り替わる。レース前の気持ちの高揚。そして勝負服を纏った事で生まれるやる気と、体の底から湧き上がってくる力。

自然と冴えてきた頭で考えたら元から連携など取れないのだから無理に連結する必要もないのではないか。そう思えるようになった。

そこまで考えたところで、もしかしてBHBはトドロキを負かせる為にパリ大賞典に連れ出したのではないだろうか?と疑問が浮かんだ。

このままトドロキにレースを蹂躙されても堪らない。だが露骨に国内でトドロキ潰しをすれば問題になる。

ならばヨーロッパ各国のウマ娘が集まる国際G1で潰し合いをさせる。しかもイギリス代表として送っているから勝ったとしてもその成果はBHBの物。

要するに海外にいる合間に黒星をつけさせたいのだ。

それだけが狙いではないだろうがきっとそうなのかもしれない。だから担当者が私にしつこくチームで戦え。彼女をラビットに仕立て上げろと念を押していた訳だ。

ただ……トドロキの実力なら2400mくらいラビットで逃げか先行をしても勝ててしまいそうだ。

「トウショウトドロキ、貴女は好きに走りなさい。それが1番良い結果をもたらすわ」

ならば私は……彼女を好きに走らせよう。勝負しようと言うわけでもないけれど……勝負から逃げた私には彼女と戦う権利はない。

 

ああそうか、私はエルグランと同じで彼女に惹かれているわけか。エルグランを取られた嫉妬が素直に出てこないのもそれが原因だったわけね。

「我は元から好きな走りしか出来ない」

 

そういえばトドロキはあまり話しかけてこない。口数が少ないという訳じゃないけれど……そう言えば私はこの子の事をあまりよく知らない。エルグランもそうだったんじゃないかしら。

 

まあ一々気にしていてはダメ。レースはもう直ぐ始まってしまう。夢のロンシャンでのレース。心の高揚を抑えないと掛かってしまいそうだ。

 

 

1番人気はやはりフランスのウマ娘であるダルシャーンだった。

元々アイリッシュダービーに出走予定だったけれど回避した子だった。だから名前と走り方の特徴はある程度わかっている。

 

ゲートが設置されて牽引してきたトレーラーが切り離された。

トドロキは内側から2番目、私は真ん中辺り。12人のレースがもう過ぐ始まる。

 

 

私はゲートが好きじゃない。だからさっさと開いてくれないかといつも思う。

このレースも変わらない。長い、いつまで掛かっているんだろう。

 

……ガタンと音がしてようやくゲートが開いた。

 

光が強く刺してくる。鼓動の高まりは最高潮で、私はタイミングよく飛び出した。

先頭を取れた訳じゃない。スタートして直ぐに逃げと先行が前に躍り出る。その後ろにつけた。

トドロキも私の隣を最初は走っていたけれど少し前方、先行と競い合うような走りを演じて直ぐに後退していった。

やはり序盤はそれでペースが狂う子が出る。だけれど国際G1で露骨なそれにいつまでも乗せられているような子はいない。

トドロキの本領はむしろ相手に息づく事を与えない搦手の多さと速さだ。

 

 

同時に複数人が掛かってしまえば流石に初めてやられれば釣られやすくなる。

坂の初めなのに必要以上に加速している音が後ろに聞こえた。誰か掛かったのだろう。

そっと後ろを振り向けば、トドロキと並ぶようにして誰かが加速していた。トドロキ自身も加速しているようだったが直ぐに減速していく。

 

ロンシャンは最初の位置どりが最も重要になる。高低差が10mもあるコースで大外をぶん回すのはスタミナがあっても辛い。長距離を走る子なら保つかもしれないが2400mでは速度勝負に持ち込まれた時に競り合えない。

スタミナとは言ってしまえば持久力に優れた筋肉の多い少ないだ。この筋肉は持久力がある代わりに瞬発力が出ない。だから2400mの中距離戦では長距離戦とは筋肉のつき方から違うのだ。

ただ、頭で分かっていてもスタミナの不足は恨めしい。

 

それはみんなに言える事だ。ロンシャンのような特殊条件が重なるレース場では特にだ。

だからコーナーに入るまでは位置争いで皆気が立つ。私もトドロキに何かされたら一瞬乗ってしまいそうだ。

そうして挑発に乗ってしまった子がそのまま位置争いで加速するとその分他のところに影響が出る。

現在私は5番手、後ろの方はバ群になっている。狭い場所で1人が動けば全員がその動きに巻き込まれる。

後ろは大変だ。

坂を登り終えればそこから直ぐにコーナーと共に下り坂になる。

 

後ろの方はレースは大荒れ。それどころか下り坂で誰かがすっ飛ぶように私を追い抜かしていった。

こんなところでロングスパートをかけるなんてことはまずない。下り坂を利用してバ群から抜け出そうとしたのだろう。その結果がこれだった。

おそらく無理な加速と下りで速度が乗りやすいからそうなったのだろうがあのままでは平坦に戻った時に脚の負担が増して速度が落ちる。いや、勝者への勝負からは脱落だろう。

 

コーナーで前にいる4人がよく見えた。いや正確には5人だったが……

その中に1人気になる子がいた。アトタラク。あの子は本来は刺しのはず……なぜ先行策を取っているのか。

 

いや今は考えないでいよう。どちらにしても彼女はがそこを走ると言うのならそうさせる。射程圏内にはまだ捉えている。

 

「さあ、ここからだ!」

 

一瞬エルグランセニョールの声がした。彼女はいるはずが無い。だけれどその声と共に後の殺気だった気配達が膨れ上がった。

 

エルグランセニョールは名前も知られているしパリ大賞典にも出走予定だった。同時にロンシャンでのレースではOP戦でレコードを叩き出している。警戒されないはずもなかった。

 

ああそうだ。こんな事できるのは1人しかいないじゃないの。

 

トドロキを除く後方にいたほぼ全員がスパートをかけた。私を左右から追い越していき一気に集団に上り詰めようとする。

酸素が足らない頭ではいるはずもない相手でも声が聞こえてしまったら意識せざるをえない。

 

下りが終わり平坦に戻った。硬い芝を蹴り上げる音が明らかに遅くなる。

どうやら平坦に戻って足が鈍ったらしい。

 

早い段階でのスパートで全員がスタミナを削られた。既に大きく失速し始めている子も出ている。

残ったのは私から見て前方4人、後ろのトドロキ含めて6人だけだった。

半数がたった1人によって脱落。偽りの直線を駆け抜けていく。

 

スパートはまだかけない。ここでかけても五つ目のコーナーを曲がる際に減速せざるおえなくなる。だから仕掛けるのは…コーナーの出口。

けれど私の想定を外れたウマ娘が後ろから競り上がってきた。

芝を蹴散らし、激しく荒々しいながらも早い足取りで駆け上がってくるのはトウショウトドロキだった。

横をすり抜けた彼女が私に目配せしてきた。

ついてこい。そう言っていた。実際にそう聞こえたわけでは無い。だけれど私にはそう感じた。

 

 

呼吸が辛くなってくる。だけれどスパートをかけた。

ここから先は未知の領域。予測不能な航海になる。

 

トドロキの背中にピッタリくっつくようにして、加速していく。

呼吸と心臓が荒くなり、最初に聴力が遠くなっていく。

 

それでもコーナーを高速で抜け、最後の直線に入ったのは直ぐに分かった。

 

気がつけば2人、トドロキは追い抜いていたらしい。彼女たちはラビット……つまりスパートをかけるだけのスタミナは残っていない。

「最後の直線!トウショウトドロキが上がってくる!だがその真後ろにチーフシンガー!」

実況の声が聞こえたもうスタンドのすぐ近くに迫っていた。

トウショウトドロキが左にずれた。トドロキに合わせて走っていたからそのまま彼女を追い越してしまう。風の抵抗が大きくなると思っていたが、私の前にはもうもう1人……

 

スパートをかけたアトタラクだった。スタミナやや大柄な背中に特徴的な革ジャンのような勝負服。

それが自慢だとかどうとかレース前に言っていたから印象に残っている。

随分と苦しそうな……いえこれは……私が後ろに入った瞬間加速した。だけれど加速とも呼べないものだ。これなら……

一瞬横を見て察した。

 

脚音も少し違うように聞こえたよ

 

トドロキがここまで来てアトタラクに何か仕掛けたのだ。

このまま行けと……言うことね。

トドロキ自身も既に苦しそうに前だけを見つめていた。

おそらく限界。ただそれでも速さは私と同じかそれ以上だった。

 

 

そんな中でアトタラクは私達以上に加速をしては、それが長く続くことはなかった。

この様子だとゴール手前で垂れる。風除けに使えている私はスタミナを最後まで残せる。

 

 

ああ…これを狙っていたからアトタラクを前に出させるように仕向けたのね。

 

本当に……どこまで計算しているのかしら。

 

なんだか手のひらの上で転がされていた気がする。レースに出ている全員がきっと彼女も手のひらだったのだろう。

観客のどよめきが聞こえてくるようだった。

 

予想通り垂れたアトタラクを追い抜いて、私はそのままゴール板を駆け抜けた。

トドロキは3着。

それでも掲示板に収まっていた。

そしてトドロキから後は4バ身離れていたようだ。

「やってくれますわね」

 

「悪魔神にかかれば、誰かを勝たせるなど……容易い御用よ」

 

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