私にとって欧州で走る意味とはなんなのか。
パリ大賞典の後のインタビューで聞かれた質問だ。
私にとって走る意味……それは盟友ルドルフとの約束だった。
自分の意思としても時代の開拓者となりたい。
改めて考えてみたら随分と子供じみた思いだった。ただ、同時に子供じみたその夢や空想を最後まで貫き通して、子供時代の自分に誇れる存在であると胸を張って生きていける人がどれほどいるだろう。
きっとそんなにいないはずだ。けれどそれが悪いわけでも無い。現実に対して妥協できる勇気があったからだ。
我はその勇気が持てず貫き通した。
後は英クラシック三冠目。ロンシャンは正直悔しい思いもあった。
ただ、あの芝のコースを見て、散々考えた結果悪魔神は我自身の勝利を確約できなかった。
アイリッシュダービーからそんなに時間が経っていないのもある。だけれどそればかりでは無い。
きっと我はあのレース場に嫌われたのだろう。
だが我は1人ではなかった。大事な共闘者がいたから、彼女を勝たせる方に賭けた。悪魔神も、それならばと我に力を与えた。
その結果は甘んじて受け止めよう。だが不本意であるというのは事実だった。その怒りは自分自身にしか向けられない。
ただ、今はこれよかったのかもしれない。
パリはフランスの中でも観光名所が集中した街だ。
首都としての側面もあったけれど、それでも観光という側面もまた大きい。
そんなパリに来たからにはそれなりに楽しまなければならぬ!だから我は共闘者に誘われるままにパリの観光に繰り出した。
「凱旋門……賞の名の由来でもある王の凱旋を讃える門」
「あの、トドロキさんですか?」
世界的に有名な門の前で共闘者と待ち合わせをしていると、フランス語で我を呼ぶ声がした。
ユーロスターの車内で勉強空いただけだからそこまで聞き取れるわけでは無い。日常会話くらいならなんとかというレベルだが、今はそれで十分だった。
振り向くと、そこには2人のウマ娘……まだ幼い。中等部にもまだ上がっていない年齢だろう。鹿毛の少女と黒毛の少女。友人同士なのだろう。お揃いのミサンガをつけていた。
「いかにも!我が名はトウショウトドロキ!」
「わあ!本物だ!」
「その、サインください!」
「我が紋章か!良いだろう。どこに記せば良いかな」
写真だった。
それはアイリッシュダービーの時のゴールの瞬間のものだった。
写真に映る我と盟友エルグランセニョールは、どこか必死そう。けれどその瞳は追い詰められているというより勝負を心から楽しんでいる瞳だった。
ああ…我は彼女からこの瞳を奪っていったのかな。
きっとこれからも勝つたびに……いやそれはもう考えてはならない。勝者であればこの心の痛みも全て包み込んで前を向かなければならないのだから。
少女達と写真を撮りサインを書いていると、共闘者がようやくやってきた。
「人気なのね」
「いかにも!我が名はよく響いている」
我でもG1を何勝もあげたウマ娘がどれほどの知名度があるのかというのはよく分かっている。普段レースを見ない人でも名前と顔くらいは知っているレベルだ。
有名人であるのには間違いないだろう。ならばそれに相応しい対応をしないとならない。
だから弱音は見せない。我だって別にコミュ障じゃないもん。
「もしかしてチーフシンガーさん!わわ……サインボードもう持ってない!」
「メモ帳!メモ帳よ!」
共闘者も相当人気な様子だった。珍しく困惑するチームシンガーの姿が見れた。きっとお嬢様じゃない彼女はこっちが素なのだろう。
パリ大賞典のレースの実況が街頭広告に流れていた。
ついでにライブもオンエアしている。なんだか我がこうして街のモニターに映っているの……気恥ずかしい。
「行きますわよトドロキ。これからルーブル美術館ですわ」
「ま、またれよ共闘者!」
ルーブル美術館を回る最中共闘者は我に質問を投げつけてきた。
「なんであの時貴女自身が勝とうとしなかったの?」
あの時、前のレースの事を言っているのだった。あれは……
「それは……悪魔神がその方が勝率があると……」
「それは自分に対する言い訳。君の本心は?」
見透かしてくるような瞳に言葉が詰まる。確かに我個人としては負けだった。
だけれどあのレースは本来我は出走するつもりは無かった。あくまでもイギリス代表。だから最終的に我か其方が勝てばよかった。
「あくまでもあれは我の意思ではなくイギリス代表としてレースをしたつもりだ。だから……我にとってはあれが勝ちだ」
そして我は自らの力で誰かを勝たせる道筋を作ることができた。ほとんど使わない技術だけれど何かに応用できるかもしれない。
「そうだったのね。日本はチーム同じチームの子が協力してレースするなんて事無さそうだったし……」
一応は納得が行ったようにチーフシンガーは頷いた。
「でも私としては不本意よ。勝利は誰かに与えられるものではない。掴み取るものなのよ」
「チーム戦は嫌と……」
「私は好きじゃないってだけ」
チームといえどその実態は確かに一方的なもの。誰かを勝たせるために誰かを絶対に踏み台にする。スケープゴートにするから……
「……ごめん」
「謝って欲しいわけじゃないわ。純粋に貴女のその才能に嫉妬しているだけ。意地の悪いこと言ってごめんなさいね。アイス奢るわ」
そう言ってチーフシンガーは私を引っ張るように次の展示室に向かった。あ、この彫刻美の巨◯でやってたやつだ。
「トドロキにとって走るってなんなの?」
ルーブル美術館に設置されたエジプト時代のウマ娘が描かれた壁画の一部を見ながら我に尋ねてきた。
我にとっての走り。楽しい行為……でもみんなは楽しくなくなる。1人で孤独に走る?いや、今は違う。少なくとも誰かと共に競い合うことはできている。
「我は……誰かと楽しく勝負する、かな?共闘者はどうなのだ」
「私は、ただライバルと戦うためのものってわけじゃなくて大事な商いの方法の一つなのかもしれない」
走る事は我にとってはすごくワクワクして楽しいもの。そうであって欲しい。
走るのが楽しくないというにはウマ娘は走りに対する欲求が大きすぎる。
そういえば我と戦ってきた人達はどうだったのだろう。
「エジプト時代にもレースはあったらしいわ。ただそれは神聖な儀式としてのものでその年の占いをするためのものだったらしいわ。走るのって不思議よね。時代によって意味も形も変わってくる。ウマ娘が走りに何を求めるかもきっとその時その時で変わってくるのかしらね」
レースが娯楽になった今となっては考えられない。だけれどおそらくそんな時代にも儀式としてのレースだけではなく楽しむために、遊ぶために、競い合うためにレースをしていたはずだ。
「人の思いなどそう簡単に変わらぬものよ」
「三女神様に聞いてみましょうかしら」
ルーブル美術館の展示品は答えを言わない。
7月ももうすぐ終わりに近づいている。イギリスにも晴れの日が多くなり日光浴をする人が公園やレース場の近くの芝によく現れるようになった。
彼ら彼女らに混ざって日光浴でもやってみようかと思ったけれど我にはトレーニングがある。
ロンシャンのレース場は我にたくさんの課題を残した。次のセントレジャーステークスは別にロンシャンではないが、それでも浮き彫りになった課題を残したまま挑んで良いわけではない。
日本に戻って新しいウマ娘のトレーニングを始めた契約者と電話でミーティングをし、トレーニングの日々を過ごしているとトレーニングの終わりにタケホープが思い出したかのように口を開いた。
「お盆休みくらいは日本に帰省しましょう。トドロキも両親にも顔見せしないとでしょ」
もうすぐ7月も終わる。日本より緯度が高いイギリスは案外涼しい。だけれど契約者達は一度灼熱地獄に戻れという。我の体を壊すつもりだ。
「そ……そうか」
航空機嫌いなのだがこればかりは仕方がない。
セントレジャーは9月の15日。
もう直ぐ8月になるとは言え一ヶ月ずっとイギリスにいるわけにもいかないのも事実だ。
その間にレースに出るわけでもなくずっとトレーニングに明け暮れているわけにもいかない。
それにいい加減日本に戻って記者会見なりファンサービスなりしないと向こうに戻っている契約者が困るらしい。
既にチーフシンガーは航空券を確保していた。元より我の意見など考慮する気は無かったようだ。鬼!
行きと違い帰りはジャンボジェットのビジネスクラスをとっていた。随分と左右幅があって快適空間だ。けれども相変わらず航空機は好きになれない。イギリスから東京国際空港に行く直行便は偏西風に乗るため早く着くとは言われてもだ。
機内で日本のニュースを少し流し見すれば,盟友ルドルフはしっかり二冠目を無敗で獲っていた。このまま無敗三冠も夢じゃない。すごいなあルドルフさん……
無敗の三冠ウマ娘。それもルドルフさんの強者としての風格も合わさってまさしく皇帝。
あ、ベイブリッジが爆破された?すっごいニュースもある。
あ、我もニュースになってる。イギリスクラシック二冠……G1三冠。改めて紹介されるとなんだか恥ずかしい。それにどうして皇紀なのだろう。皇帝と掛けたつもりなのだろうか。
気がつけばもう直ぐ羽田の上空に差し掛かっていた。だけれど一向に高度が下がる様子がない。外が暗いからだろうか……
「ただいま羽田上空の大気が不安定となっており関西国際空港に行き先を変更いたします」
大気の状態が不安定?ま……まさかここからまだ乗り続けると?
「うげ……大阪行きかい」
隣の席に座っていた契約者がうめいていた。タケホープさんは確か東京住みだったっけ。
「我は大阪からなら北陸本線で実家まで帰るが…」
最終の金沢行き特急はまだ出ているはず。最悪それを逃しても最終上り新幹線に乗れば米原発の金沢行き特急への接続がある。大阪金沢間は安泰だ。
「私は実家が東京だからなあ……いやあ参ったなあ。今から関西じゃ新幹線の最終便は終わってるだろうし」
「我の家……来る?」
「良いのかい?こういうのは沖野トレーナーと一緒に行った方がいいんじゃないかな?」
「泊まる場所を確保するくらい造作でもない」