トドロキの実家は閑静な住宅街にある一軒の家だった。
トウショウ家とは言っても分家の分家とかなり本家から離れていたらそうなるらしい。
既に深夜になっていて日付さえ変わっていなくても住宅地は静かだった。あかりがついている窓を探す方が早いくらいにはどこも就寝している様子だったよ
沖野トレーナーにトドロキの家に泊まると事情を話すと、明日の朝に車で迎えにきてくれるという事になった。
あの人には毎度世話になる。
「ただいまあ……」
「お邪魔します」
流石に深夜に近いと電気はついていなかった。
それでも平屋の家は珍しく天井にあかり窓を持つ二重屋根構造になっていて家を貫く廊下は明るかった。
「流石に寝ちゃってるか」
「うむ、明日も生活の基盤を整える重要な使命があるからな」
そういえばトドロキの家庭は片親だったっけ。確かに仕事もあるだろうからもう寝てしまっている。挨拶は明日になってしまうだろうか親御さんには悪いけれど……仕方がないか。
「お帰りなさい」
そう思っていると急に電気がついた。
リビングであろう部屋から美しい女性が出てきた。
鹿毛の髪の毛を長く伸ばし、ややたれ気味伸ばし耳を左右に忙しなく動かしている。30代はとっくに超えているがそれでもトドロキに迫るほどの美を放つ女性。どうやらトドロキの母だろう。顔つきが似ている。
「起きてた⁈」
「大事な娘がイギリスから帰ってくるのよ。起きているに決まっているでしょう」
確かに……確かに?
「た……ただいま」
「お帰りなさい。それとG1三冠おめでとう。母さん、胸を張って皆んなに自慢の娘って言えるわ」
頭に手を置いて話す姿は確かに親子そのものだ。それにしてもトドロキは白毛だけど母は鹿毛なんだ。遺伝子って凄い神秘を時に生み出すんだなあ。
あ、まずいこのままじゃこいつ誰だみたいな雰囲気になってしまう。私は悪いウマ娘じゃありませんよ。
「初めまして、トウショウトドロキのサブトレーナーをさせてもらっています…」
「タケホープさんね。現役時代をテレビでよく見ていました。かっこよかったですよ」
もしかして私を知っている?ファンの方だったのかな……それはなんだか嬉しいね。
「いやお恥ずかしい。これでもヒール役は中々慣れなかったんですよ」
「貴女ほどヒール役をこなしているウマ娘を私は知りません。誇って良いことですよ」
人生の先輩にそう言われると照れちゃうなあ。
「夜も遅いですし今夜はゆっくりしていってください。客間も用意してありますので」
背筋が伸びていて、言葉遣いだけじゃない。歩き方、仕草一つとっても良家の生まれだと言うことがわかる。
作法に細かいところを見るとやはりトウショウ家だ。
日が明ける頃には私は布団の住人になっていて、日の出と共もに起きることになった。
流石に日の出の時間に起きるのは私くらいなもので……でも時間は時間だからトドロキの様子を見に行った。
鍵はかかっていない。乙女のお部屋を覗くのは重罪というけれど私だって乙女だから問題はないはずだ。
トドロキの部屋は4畳間の小さな部屋だった。机と本棚布団があってそれでもういっぱい。
布団の中で寝息を立てるトドロキの姿がそこにあった。
ついでに本棚も少し観察。おお、見事に海外文学とゲームでいっぱいだ。
意外とゲーマーだったりするのかな?お、ま◯てつ。アー◯ード◯ア。意外とジャンル豊富だね……
女の子としての一面は殆どない部屋をそっと後にすると、廊下の奥に気配がした。
トドロキの母だった。
「おはようございます」
「おはようございます。昨夜は寝れましたか?」
寝起きのようだったけれど髪の毛に寝癖がついている以外は昨日とほとんど変わらない。底力の強さを感じるよ。
「勿論ぐっすり寝れました。10時過ぎに金沢駅に迎えがきますからそれまでにはお暇します。トドロキによろしく言っておいてください」
「あの子は昔から人と仲良く遊ぶのが好きだったんですが……どうも力加減が全然できてなくて」
その気持ちはわかる。上手な力の加減を知らないんじゃないかな。
「その事で友達ができず、目を惹くために色々試行錯誤をしていたのですが……」
それで今の感じになったわけだね。まあ人目は引くね。うん……
理由はわからなくもない。だけれどそれが結びついているのかといえば疑問符を投げかけるしか無くなってしまう。
「それでトレセン学園に?」
トレセン学園は結局実力主義だ。そしてそこに通うウマ娘は大半が自意識の強い子。個性も比例して強い。トドロキくらいなら奇抜で目立つけど世間の一般人ほどでもない。
「そう思ったのですがカナザワトレセンでも浮き始めていて少し辛そうでした。中央でも変わらないんじゃないかって思っていましたが……」
「走るあの子が本気で誰かと戦っているのを見て、安心しました。生き生きとしていて……あっさり私の戦績も超えていっちゃいましたし」
そういえば名前を聞いていなかった。……でも良いや。名前は聞かないことにしよう。知ったところで今はただの母親だからね。
「あの子のことよろしくお願いします」
「サブトレーナーとしてできる限りのサポートは致します」
任せてくださいと無責任にも言えるほど、私は自信家でもなかった。ただ、それでもできる限りのことはする。そのつもりだった。その先が良い未来なのか悪い未来なのかはなってみないとわからない。
「トドロキの未来……必ず良い方向に持って行きます。それだけは約束しましょう」
今はただそれだけだ。
学業は夏期休暇に入っていてもトレセン学園は全く休暇には入っていなかった。
トレーニングに長期休暇はない。むしろ学業が休みだからこそ走りに力が入れられると朝からグラウンドや練習コースでトレーニングするウマ娘が7月は多かった。
だが八月になれば殆どのチームは避暑地へ合宿に向かい、暑さのため日中のトレーニングはほとんど行われなくなる。
流石にチームスピカも避暑地での合宿を行う予定でありトドロキもそれに合流することになっていた。数日を金沢の実家で過ごしたトドロキは、途中トラブルがあったもののなんとか合宿が行われる海辺の最寄駅に到着。
改札を出て駅前広場に出ると、沖野が運転するワンボックスが停まっていた。
トドロキは金沢からの直行だったため1人で最寄りの駅まで来たところを沖野に拾われたのだった。
「契約者!トレセン学園からかなり近いところでの合宿なのだな!」
「人も来ないしここが落ち着くんだよ。後新しいチームの子が居るから後で挨拶するぞ」
都会に近いが、それ故に他のチームとも被りづらい。
新しくチームに入った子にもそのように説明していたようだ。
そのチームの子は現在タケホープと海岸でトレーニングをしていた。
「偶然見つけて良かったぜ」
「我なら場所を教えてくれれば我が道を行けたが」
「道路なんか走って事故ったら嫌だし乗れる時は素直に乗っておくのが吉だぜ」
ウマ娘専用レーンは車道の一部を使用して作られている。なまじ人間の体で自動車並みの速度で走るからだが、逆に今度は自動車とウマ娘の接触事故や人身事故が増える遠因になっているのが現状だった。
だから沖野はレースで走りるのであれば極力公道を走ってほしくなかった。
要らない事故のリスクは避けておきたいからだ。
確かに海辺は人が殆どいなかった。この場所はどうやら人気がない場所らしい。あるいは単に、道中に未舗装道路を走る場所があるから皆避けるのかもしれない。
いずれにしてもトドロキがやってきた海岸にはチームスピカの人しか姿はなかった。
タケホープの隣に青鹿毛の髪の毛のウマ娘がいた。妖艶な雰囲気が遠くからでもトドロキに伝わっていた。
青鹿毛のウマ娘もトドロキに気がついた。
「初めまして、貴女がトウショウトドロキかしら?メジロラモーヌよ」
「いかにも!我が名はトウショウトドロキ!悪魔神の信徒にして信徒にあらず。悪魔神の力の代行者である」
「ふふ、退屈させないで」
トドロキに対して一歩も引かない姿勢と、覇気に流石のトドロキも溶けた。
雰囲気が完全に乙女ではない。どこか大人びた魔性の存在だった。そんなラモーヌだからこそトドロキは早々に屈する羽目になった。
「あらもう終わり?まだトレーニングすら始まっていませんよ」
「……契約者。チェンジ!チェンジを要求する!」
「いやむしろお前とラモーヌは走りに関しては相性いいはずだ。一回走ってみろ」
無慈悲だった。そもそもウマ娘が2人しかいないからチェンジもなにもあったものではない。
「砂浜を往復2周。先導はタケがするから1周目はついていけ!」
「待て契約者!聞いてないぞ!」
着いて早々に荷解きもせずトレーニングに駆り出される事になったトドロキだった。
「取り敢えず走れ。トレーニングの時間は決まっているんだ!特にラモーヌは体質もあるからちゃんと走れ」
タケホープが鬼ならトレーナーはさらに鬼だと心の中で罵倒を10個くらい思い浮かべたトドロキは、それでもすぐにトレーニングをするのだった。
流石にデビュー前のウマ娘との併走ではトドロキが鍛えられると言うよりラモーヌの方が鍛えられるという状態だったが、誰かとこうして走ることが少なかったトドロキには新鮮なものだった。
閑静だったトレセン学園にも合宿に行っていた生徒がチラホラと帰ってきて学園の寮は俄かに活気づいてきていた。
そんな中で、半年以上も学園を空けていたトドロキは寮で荷物をまとめて再び空の住人となっていた。
九月から新学期というにも関わらず、トドロキにとって……ウマ娘にとって九月は重大なレースが幾つもある。
その中でトドロキが挑むレース。セントレジャーステークス。クラシック最後のレースだ。
数時間後にはイギリスの地に降り立つ事だろう。
少し早い移動だったが、現地の気候や生活に慣れておかないと体調を崩しやすくなる。トドロキの場合飛行機が苦手という事もあり長距離移動には意外と沖野も神経を使っていたのだった。
トドロキのイギリスクラシック三冠最後のレースが幕を開けるのはまだもう少し先の事になりそうだった。