名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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斯くしてそのウマ娘はデビューする裏2

「ほう……やるじゃねえか」

 

トウショウトドロキの模擬レースを見学していた沖野トレーナーはスタート直後からのその動きに注目していた。

 

彼女を見つけたのは偶然ではなかった。

沖野トレーナーが作っているチームスピカは現在所属ウマ娘が0人というチームですらない状態になってしまっていたのだった。

原因は色々あったが、トレセン学園は所属ウマ娘の人数に対してライセンスを持ちトレーナーとして指導できる人員の数はあまり多くない。

プー太郎をさせている余裕はないのだった。

それでも需要と供給が釣り合っているのなら自然とスピカに人がいないという事にはならない。

だが実際にはトレーニングの方法やトレーナーとの相性、チームの戦績などでどうしても偏りが生まれてしまう。

戦績だけを見ればチームスピカは学園内トップ5に入るくらいの超優良物件であるのは間違いない。

事実去年の春頃まではタケホープが在籍していたりと強豪であるのは間違いない。

 

それでも人が集まらなかったのは相手に断りもなく衝動的に脚を触って確かめる沖野トレーナーの癖のようなものと、単純に沖野トレーナーの目利きが優秀すぎて並のウマ娘ではその目利きを初見で突破するのが難しいからだった。

最もこの傾向は学園内トップの規模を誇るチームリギルも同じであるのだが……

 

 

 

そんなチームスピカに対して学園理事長秋川やよいは、そのまま1年間チームを空けておくような事はさせなかった。

丁度転校してくるトウショウトドロキを含めた、本格化が始まっているがまだトレーナーがついていないウマ娘を3人彼に紹介していた。

しかし1人は理事長の紹介より一歩早くチームリギルに入ってしまい、もう1人は心臓の持病を発症した結果競技人生を諦めてサポートに回る事になってしまっていた。

結果として沖野トレーナーの元にはトウショウトドロキの生徒情報のみが残されていたのだった。

 

それでも顔写真と名前と学年のみでありそれだけを頼りにトレセン学園から探し出さなければならないあたり案外大変なのだが。

 

それでもすんなりと見つかってくれた事に沖野トレーナーは喜んでいた。その上彼の目から見てもトドロキは才能のあるウマ娘だった。

 

 

 

 

合図とともに飛び出したウマ娘達の中で最もスタートが綺麗だったのはトドロキだった。

「入学したばかりであれだけのスタートを切れるなら上出来だ。まあ惜しいのはあいつの脚質は捲りって事なんだがな」

いくらスタートが上手くできても序盤は後方位置につく捲りや差しのウマ娘にとってはそのアドバンテージは逃げや先行に比べて半減する。

 

それでも最初の50mはバ群の真ん中あたりを走っていたあたり相当強力な武器にはなりそうだった。

 

模擬レースは大半が1000mとかなりの短距離だ。原則として本格化が始まる前の体であることと、体力面における成長がまだ未熟であるため負担をかけれないのがその理由だ。

ただし、例外的にステイヤー系の脚質向けに1100mのレースが存在する。

 

 

その中で50m。まだ始まったばかりだが、この時点で彼女は最後方に落ち着いていた。だが前方からはだいぶ突き放されている。

沖野トレーナーには彼女が遅いようには思えない。むしろ今まで見てきた模擬レースと比べても平均速度に近く決して遅いわけではないのだ。

「テン2ハロンのタイムは全体ペースでやや早め……」

そう、むしろ速いのは彼女を除いた7名であり、その速度は些かハイペースだった。模擬レースでハイペース状態になる場合ほぼ確実にゴール前で失速する。ハイペースについていけるだけの体力も根性もまだ彼女達には備わっていない。それらを養って伸ばしていくのはトレーナーの役目だからだ。

 

実際彼の前でハイペースを維持する彼女達の表情はだいぶ苦しそうだった。息が乱れ始めている。

「こりゃ……全員手前で潰れるな。しかしなんでまた……」

そこまで口にした所で1人だけハイペースに飲まれず1人自らの走りを続けるトドロキの姿が目に映った。その表情が不適な笑みを浮かべていた。沖野トレーナーもようやく気がついた。

 

「なるほど、策士だな」

 

仕掛けたのは最初のスタートの段階。そしてその後の50m。

トドロキが好スタートを切ったことはゲートがない状態なら誰でも確認して認知することができる。

それを逆手にとった。好スタートを切りつつも、加速を加減しバ群の中に入った。おそらくこの時点で最初に不審に思ったのはこのレース唯一の逃げウマ娘であるホルダーライトだった。

自分よりも前にとびだしてっきり逃げで競り合うと思っていた。

だが予想より粘ることもなく、ましてや真っ先に後ろに後退した彼女に一瞬競り勝ったと思ったのだ。

この時彼女は先に飛び出したトドロキを抑えるために普段よりも強めに加速していた。加速し切ったそのタイミングでトドロキが後ろに下がったため錯覚してしまったのだった。

(よし!このままペースを維持して……)

 

だがこの考えが彼女のスタミナを奪う事になる。

本来逃げを行うウマ娘は自身がペースメーカーになる。では先頭を常にキープし続けるペースとはなんなのか。自身の体にその指標となるラップタイムなどを刻み込み、常にレースを牽引するレースメイク技術があれば話は楽だがそのような技術はまだ彼女にはない。そもそもそれらが全逃げウマ娘ができるとも限らない。それでも最も確実かつ簡単な方法はある。方法は後方の足音を聞き取りその音の強弱を一定に保つ事である。

 

こうすれば理論上は常に後方と一定の距離を保つこちができる。ただしそれは自分の体力との相談となる諸刃の剣でもあった。だが確実かつ堅実ではある。結局逃げは極論を言えば最後まで先頭に居続けられれば良いのだから。

実際まだ経験が浅いホルダーライトは最も簡単で初歩的なこの方法を使用して距離を保っていた。

 

後方のバ群がハイペースになっている事に気が付かずに。

 

 バ群がハイペースになったのにも理由はある。最もその1番の理由は白い髪を靡かせて走るトドロキだった。バ群の中を後退する際、一度だけトドロキは脚を強く踏み込んでいた。

 加速する時の音。それがバ群中央に響いた。丁度スタートの加速から速度を維持する段階で加速を全員が緩め始めたタイミングの、軽快なその足取りの中に紛れ込んだ異音はその突発性と特異性で周囲のウマ娘の耳に残った。力強い足音は通常の加速でも行うが、異常なほどの踏み込みの音は異様に目立つ。そしてバ群の中でその音が響けば周りはどう思うか。

(加速の音⁈)

 

 まだこの段階でそれほどの加速をする存在が紛れ込んでいると言う錯覚を引き起こした。

 バ群中央にいる事が救いだ。このまま全員でブロックしてなどと考える余裕はまだレースメイクと言うものに慣れていない上に即席の協力体制を組むといった高度な戦術を取ることもできず、無意識のうちに加速が続いた。

 通常であればもう加速をやめて息を整え速度維持に移るタイミングでも全体は加速していた。

 

 勿論これはトドロキが意図的にやったものの、そこまでの意図があったわけではない。それは単純に減速を悟られないようにするためのものだった。一度大きめに踏み込み速度を上げるフリをしながら、音を消して減速する。元々彼女は捲りを得意とする割には前に行きやすい癖、自然とスタートで前に飛び出しやすいそういった古癖があったのだ。

 だけれどそれを矯正するわけでもなく、前に飛び出したのなら後ろに下がれば良いという考えで今まで走ってきた。

 意図しないうちに全体のペースが加速していくのを後ろから見て一瞬不審に思い、これはレースなのだと気持ちを切り替えて彼女は利用した。

 

 

 

「こりゃあ完全に掛かっていやがる。ゴールまで保たねえな」

 沖野トレーナーは既にペースを維持できなくなり始めているバ群を見てつぶやいた。完全に加速し切ったハイペースのレースは、暴走とも呼べる状態になっていた。唯一それに気づいて速度を落としたスズマッハがギリギリゴール手前でスパートを掛けられるかだった。

 

 

この時点でトドロキはさらに後ろから追い立てていた。

 主に後ろから前方のウマ娘をコントロールする手っ取り早く効果が上がりやすい方法を使用していた。

気配を殺してやや大きめに足音を立てるようにする。第六感と呼ばれる勘が鋭いウマ娘や闘い慣れているウマ娘には通用しづらい方法だが音を使った牽制や誘発はよく行われるものだ。

 

背後から近づくように錯覚する足音にバ群後尾にいた2人が翻弄され、少しづつではあるがペースが上がっていた。

流石に集団から距離ができればこの方法は使えなくなるが、その頃には加速をしようとして横に並んだウマ娘同士で加速し合いが始まり自家中毒のように全体を蝕んでいた。

 

 この効果はやはり甚大で、もとより速いペースだった速度は中盤には完全にハイペースとなりスパートをかけるスタミナを全員から奪っていた。

ただし模擬レースではよく見られる光景であるため周囲でそれが半分意図的に引き起こされたというのに気づいたのはごく少数だった。

 

さらにペース維持もできなくなり残り200mの段階で全体が失速を始めた。

特に序盤で強引に加速し、その後も後ろのバ群に押される形でスタミナを消耗していたホルダーライトは一足早く失速が始まっていた。

 そのため唯一速度を保てたスズマッハがすぐにホルダーライトに迫った。

最も加速していったわけではない。スズマッハにもスパートをかける余裕はなかった。純粋に減速していただけだった。

(脚が!もう前に行けない‼︎)

 

(もらった‼︎)

 

 

「先頭は、我が頂く!」

2人が並んだその直技、最後尾にいたトドロキの声が響いた。

 

白いツインテールを靡かせてトドロキはゴールまで残り400mのハロン棒を通過していった。

そこで一気にスパートをかける。スタミナは十分に残っていた。流れていく景色が数段早くなる。あっという間に3バ身離れていたバ群に追いつき、外側から追い越していった。

 

直後の右コーナーを加速しつつ姿勢を落とし、体を傾けてコーナーを通り越した。

この時点で先頭はホルダーライトから変わってスズマッハになっていた。

ホルダーライトがバ群に沈み、そのバ群自体も減速していた。側から見ればスズマッハとの一騎打ちとなっていた。

だけれどバ群で押し上げられた時のスタミナの浪費がここにきてスズマッハを苦しめた。

 

既にトドロキの追撃を振り切るだけの速度は既に彼女にも残っていなかった。

 残り10mの位置でトドロキとスズマッハが並んだ。だけれど競り合いは起きず、そのままトドロキの体がスズマッハをパスして前にでた。

負けじとスズマッハが追い縋るが既に距離がなかった。

 

 ゴール位置を示すために建てられていた看板をトドロキが先頭で通過していく。その差はアタマ差。

だけれどはっきりとトドロキが先頭であるとわかる程度にははっきりとしたゴールだった。

 

「なるほど、戦術に優れているかと思ったがそれだけじゃねえな。加速も競り合いもかなり良い。こりゃ相当な人材だ」

 純粋な速度だけならスズマッハが早い。そして最初から逃げを打ったホルダーライトなら今の段階でも1000mはスタミナが続くはずだった。

だけれどそれだけではレースを勝つのは難しい。

 

トドロキは戦略的な誘導とレースの支配で自身に有利な状態を作り出し、ポテンシャルを最大限に使ってレースを勝つ。稀にしか現れない王道のレースだった。

 

 

 

額を流れる汗を拭って、ゆっくりと一周息を整えるように流したトドロキの元にも、早速何人かのトレーナーが集まり始めていた。

「我は既に契約者との契りを交わした身!再召喚の生贄を捧げるのであれば考えなくはないが」

(ア……チョット距離が近い…)

その言葉に疑問符が浮かぶ。それは誰が先着でスカウトしていたのかという疑問ではなく、厨二病めいた言動に対して向けられる疑問符だった。

その上に眼帯である。

瞬く間にトレーナー達の合間に痛い子という共通認識が生まれたのだった。

それでも彼女の技量は本物であり、スカウトを継続するトレーナーが殆どだった。たかだか厨二病くらいでダイヤの原石を捨てるようなプライドは彼ら彼女らにはないのだ。

「はいはい通してくれ」

 

「契約者よ!待ちくたびれたぞ!それで我と血の盟約を結ぶ気にはなったか?」

そこに遅れて現れた沖野トレーナーに、トドロキは目を輝かせた。その瞬間トレーナー達は悟る。

既にチームスピカが目をつけていたのかと。

なんだかんだと彼の目利きは優秀なのだ。同時にクセの強いウマ娘が在籍しやすいチームスピカであるが故にトドロキならスピカに入っても不思議ではないか。と奇妙な連帯感が生まれていた。

「チームへのスカウトか?ああ、バッチリだ。改めてスカウトさせてくれ」

 

「ふふふ、良かろう!我と血の盟約を結ぼうではないか!」

 

(やった!これでチームに入れる!)

内心大喜びのトウショウトドロキであったが、実はこの時チームスピカは所属が誰もいないため結局1人チームになってしまっている事を知らなかった。

後日チームスピカのチームルームに向かってみれば、チーム物品以外何もなくて生気を感じられない部屋にショックを受ける事になる。

 

 

 

 

「うう……悔しい。でも……トドロキちゃん強かったなあ……」

トドロキの策にハマっていたものの、スズマッハは逆に闘志に火がついていた。

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