名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘とジャパンカップ裏1

 

 

ジャパンカップの最終直線。逃げでスタミナが続くとは誰も思っていなかった。私でさえもそうだった。こちらがいつものペースでスパートをかけたけれど逃げた彼女に追いつくには後20m足りなかった。

まだ3番手なのに……その背中がゴール板を抜けていった。

『カツラギエース!カツラギエース逃げ切った‼︎今ゴールイン!』

 

あ……あれ?なぜか私はレースを上から見ていた。いまの今までどうしてそのことに気が付かなかったのだろう。私が走っていると思っていたのはルドルフで、そこまで頭が回ってきたところで振り返れば脚音も呼吸の仕方も息の入れ方もまるっきり違ったではないか。ゲートが開いてからずっとレースにいると思っていた。

けれど実際にあのレースに私は参加していなくて、カツラギエースが逃げ切りをして……あ、ルドルフ‼︎待って!

 

「ルドルフ!」

 

自分の声で目が覚めた。

時刻は午前2時を指したあたりで、月明かりがちょうど良く窓から差し込んでいた。

ああなんだ夢か……それにしても変な夢だった。私は居ないし、よくよく思い出せば何人か出走者の顔ぶれが違う。

多分あれは明日のジャパンカップなんだろうけど……変な夢だった。

悪夢というわけじゃないけれど見てみて気分が悪くなるタイプの夢だ。

うん……忘れないようにしておこう。

 

 

それにしても大逃げで逃げ切っちゃうか。あれは確かに後方をスローペースに仕立てて……

 

 

 

 

 

 

東京レース場、ここは日本ダービーやジャパンカップをはじめ、数々のビッグレースが行われる日本の顔とも言えるレース場だ。コースは左回りで、芝の1周距離は2083.1メートル直線の長さは525.9メートル。幅員も最大41メートルと非常に広い。

 

 

起伏の構成もハードに設定されている。

1コーナーから高低差1.9メートルの長い下り坂が続き、3コーナーの手前には高低差1.5メートルの上り坂が待ち受ける。

 

最初の坂を上りきった後は短い平坦部分を挟んで下り勾配が続き、4コーナーの手前からは再び若干の上り勾配に。そして直線、残り460メートル地点から300メートル地点にかけては2つめの上り坂が設けられている。

 勾配設定自体は中山や阪神レース場と比べるとなだらかと言える。

しかし東京レース場の難点はそこからで、最後の上り坂である高低差は2メートルに及ぶこの坂を上り切ってもなお300メートルを走ってようやくゴールにたどり着く。

 コースを1周する間に2つの坂を上り下りするレイアウトは福島レース場と実は同じ設計となっているが勾配やストレートの長さは段違いである。

 

それゆえに通常であればウマ娘の純粋な力比べとなりやすい。いくら小手先の努力をしたとしても東京レース場を制するのはやはりウマ娘の底力によるところが大きい。

 

そんなレース場であるからか、芝の違いを差っ引いても海外ウマ娘が有利になりやすい土壌となっている。

そんなレース場に早々とやってきていたのはトウショウトドロキ達だった。

 

「我を祝福する大いなる北壁の風と生命の源の光‼︎絶好だ」

 

「おうそうかそうか。じゃあいまのうちにコースの確認しておくか」

トドロキを先に控え室に向かわせ、沖野はタケホープと共に第一レースが終わった直後のコースの偵察に向かった。

第二レースまでは時間がある。その合間に少しでもコース状態を把握しておきたかったからだ。

「場は良いんじゃないかな?芝の痛みも少ないし数日雨降ってないし」

 

「絵に描いたような良場だ。だが、それでも落とし穴はある」

一周2000mを超えるコースの上がどこも一定とは限らない。そしてコースの上を歩ける時間は限られる。その中で可能な限り場の状態を確認していく。

「3コーナー内から外にかけてのある一線。芝は張り替えているが下の土までは手入れが及んでいない」

平坦だとしても芝だとしてもその下の地面は土である。だからどうしても凸凹や何度も走者が上を走ることで地面に跡や溝が作られる。

芝を整備してもその下の地面までは誤魔化せない。

「少しだけ溝みたいに凹んでるね」

レールのような溝。それは多くのウマ娘がそこを最適コースとして走るからこそ生まれる一種の轍のようなものだった。いくら芝を張り替えて下の土を整地してもこれだけは直ぐに生まれてしまう。芝を水平に切って整えるため遠目では均一に見えるターフでもこのように意外と凸凹なのだ。

「大抵はこのルートに沿って走るから問題にはなり得ない……なり得ないが……」

 

「レースに絶対はない」

 

そして何よりレースを支配してコントロールするウマ娘が最低でも2人、掟破りなターフの演出家が出るのだ。

常識はこの際捨てた方が良いだろう。

その考えで2人は一致していた。

「まあ兎にも角にも走るのはあいつだ。あいつがどう判断するかだな」

 

「そうだね。それにしても広いコースの割にコーナーだけはみんな走るところが一定になるよね」

 

「最短でコースを走り抜ける方がタイムも縮むしスタミナの消費も抑えられるからな」

実際にはコーナー進入速度と脱出速度の兼ね合いもありアウトインアウトが最も最速になる。だがこの場合コーナー入り口と出口で外側に膨れる上にコーナー中盤ではインは別のウマ娘に抑えられる事がほとんどだ。

だから大抵はインを走るコースを取りたがる。

「でもそれで団子になるくらいなら外から捲るけど」

 

「お前さんは例外の方だからな」

 

「ならそれはきっと例外の多いレースセオリーだね」

そして同時にそのような例外をするウマ娘がこのレースでは多いのも事実だった。

それだからか、レースにおいてトウショウトドロキはシンボリルドルフに次ぐマーク対象とされていた。

十数年ぶりの英国クラシック三冠、英愛ダービー制覇。

だがそれを加味しても一際注目をしていた人物がいた。

 

 

 

 

 

 

「やあ、君がトウショウトドロキだね!初めまして!と言ってもアタシは君のこと結構昔から見ていたよ」

彼女の勝負服は他の勝負服よりもよく目立つ。だからパドックから降りてターフにいたとしても直ぐに見つけることができた。

 

「自由の散歩者ではないか!我をみているとは心の底から暖かい熱が湧き出て来る」

「あはは、相変わらずみたいだね。ルドルフと仲良いようだけど調子はどう?」

本当はもう少し前から話そうとは思っていたけど、なんかタイミング悪くルドルフに先を越されてなんか気分じゃなくなったらいつのまにかイギリス旅行していたしで完全に話しかけるタイミングを見失ってた。

一方的に知っているだけの関係になっちゃってるから何だかそれは嫌でこうして対決の直前になっちゃったけど話しかけてみた。案の定言葉からは不思議な感じがする。

それにしてもルドルフと仲良くなちゃったかあ。すごいねえあの獅子王だよ?私も少しは直したらって言っても一向に直らない獅子王の風格をものともしないんだから。

 

「盟友とは良好よ!」

 

「あの獅子王を盟友呼ばわりできるのは君くらいだよ」

それにしてもルドルフはなんだか調子悪そうだね。まあ強行軍なんかしたらそうなるよね。それほどまでにトドロキと戦いたかったのかな……なーんか底にちくっとくるなあ。

 

「今までレース全部見させてもらったよ。すごく一緒に走りたいって思えるものばかりだったよ」

 

後ついでに周りに対して闘争心を与えるよね君は。無自覚なところがまた無邪気で可愛いんだけどさ。

おっと、あまり彼女を独占していると悪いかな?イギリス代表の子が睨んでるよ。

 

人気者だねえ君はさ……

同じトウショウ家だけど母と父は駆け落ちしたから実質本家との縁は切れている。彼女はまだトウショウの名を受け継いでいるから本家も見ているのだろう。なんだか光と影みたいで気に入らないな。自由人は影になっちゃいけないんだよ。

ああいけないいけない……余計な私情をレースに持ち込むなんてアタシらしくないや。うん!いつも通りでいこう。

「それじゃあレース楽しもうか!」

 

「わ、悪いが勝つのは我だから!」

む!そんなことないよ私が勝つかもしれないじゃないか。まあ時の運なところあるからねえ。

 

「それにしてもイギリスのウマ娘……仲良いねえ」

英語で割り込み気味に話しかけていったウマ娘。名前は確かチーフシンガーだったっけ?イギリスで活動しているけど確かアイルランド出身。

トドロキとは随分と仲がいいようだね。うんうん、友達ちゃんといるんだね。まあこの前あったあの子も友達かといえば友達だけど……なんか執念のベクトルがおかしい気もするんだよなあ。

まあいいか。本人達に無理に割り込むと蹴られそうだし。

 

それにしてもルドルフはなんだか元気がないね。エースは……うんまあいつも通り?なーんか考えてそうな感じするなあ。

 

でももう直ぐ始まっちゃうし今更深く考えても仕方がないや。行けるようにいく。やるようにやる。

さぁて、トウショウトドロキ。お手並み拝見と行こうか。

 

 

 

 

 

日本の空気はイギリスよりも乾燥している。トレーナーによれば冬は乾燥して寒く、夏は湿度が異様に高い高温。熱帯に近いそうだ。

そんな気候で育ったからトウショウトドロキはあそこまで捻くれているような戦略を用いるのだろうか?

いずれにしても日本の慣れない芝だけれど、それでも私はそこに立ってしまった。

原因はいくつかある。エルグランが私に出て欲しいと言ったこと。

私もエルグランも結局トドロキにこだわり続けている。あっちは怪我という強制的な引き離しがあったから良いけれど、私にはそれがなかった。

だから見ないように、聞かないようにして過ごしていた。けれどやはりレースに身を置き続ける限りあの子の話題は聞くしそれを聞くたびにあの子に挑戦しなかった事の後悔が頭の中に残り続ける。

理屈では諦めていても執着心は収まらない。エルグランの仇とまではいかない。けれど嫉妬の心はいくら理性が納得しても簡単に抑えられるものじゃなかった。

パリ大賞典を終えてその気持ちに気がついてからもそれは収まらなかった。

やはり一戦交えないとダメだったらしい。

そんな中でのエルグランの言葉だった。ジャパンカップ。断る気にはなれなかった。

 

そんなレースだったけれどゲートに入った今も、トドロキとの対戦だという実感は湧いていなかった。いつものレースのような、そんな不思議な感じだった。心ここに在らずというわけではない。

レースはレースだ。想いのぶつかり合いだ。そういえば彼女に勝つビジョンを私は描けていただろうか?

 

ゲートが開いた瞬間考えていたのはその事だった。

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