名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘と有馬記念

私は何をしているのだろう。

 

 

12月に入る季節の風は走り切った後で熱を持った体をすぐに冷やしていく。

それでも頭まで冷静にはなれなかった。

無理を通して参戦したジャパンカップは散々な結果になった。最後の最後で彼女と勝負の土俵に立つことすら出来なかった。

 

体調不良という言い訳をすることはできたかもしれない。だが元々強行したのだからそれくらいのリスクは想定していたはずだった。

それでも勝ちにいけるほど力があればどれほど良かっただろう。本気で戦いを楽しみにしていたであろうトドロキに対して申し訳なさでいっぱいだった。

 

彼女は普段から奇抜で変わり者として通っているが本心は心優しいが内気な子だ。

レース前に体調不良ですなんて教えてしまえば心配が勝って彼女はレースに集中できなくなる。

無理を通している事を知られたらまずいと思い素っ気ない態度をとってしまったがこれが不味かった。

 どうやら本人は嫌われているのではないだろうかと思ってしまっていたようだった。そんなことがあるはずないだろう。ただの誤解だと説明をしたものの、彼女は私との接触を無意識に避けているように見えた。

こうなってしまっては仕方がなかった。ただ、それでも私との勝負は楽しみにしているらしい。有馬記念で共に走ろうと言ってくれた。

だとすれば彼女に対して無様なレースをすることだけは避けなければならない。

今まで以上に練習量を増やして、一ヶ月で出来る事をする。勿論体の負担は考慮しないといけないから練習量を劇的に増やせたわけではない。

 

トレーニング最後のクールダウン中の雑念は、トレーナーの言葉によって遮られた。

トレーニング中に計測していたタイムの結果が出たのだろう。バインダーに挟んだ紙を見ながら、何かを追加で書き込んでいた。

「タイムは上々ね。兎も角有馬を考えるのならこれが今の限界よ。これ以上は故障につながりかねない」

急速かつ無理な能力の引き上げは事故につながる。

徹底した管理型のチームリギルの強みである高効率なトレーニングでも限界はある。ましてや有馬までは一ヶ月と空いていない。ジャパンカップ後のクールダウンとレース前の調整期間を引けば使える時間は半月も残ってないのだ。

「おハナさん。わざわざすまない」

結果的にチームリギルは他のメンバーがいるにも関わらず東条トレーナーは私専属な状態になっていた。勿論優秀なサブトレーナーがいるからチームメンバーの方がトレーニングが回らなくなるという事はない。

 

「良いのよ。貴女はチームリギルのメンバーで、私はそのチームのトレーナーなのだから」

 

 

「これで有馬は大丈夫と言えるわけじゃない。ただ、最適解を導き出せるよう道は作ったわ。あとは貴女次第よ」

渡された紙には現在の私の能力と有馬のコースを元にした最適な走り方、タイム、位置取りが書かれていた。

私が頭の中で想定していたものと寸分違わない。だがこれだけではトドロキに対して何か決め手に欠けているような気がした。

最後はやはりそこなのだろう。私とあの子との違いでもある。

彼女の強みは私の弱みでもあり、彼女の弱みが私の強みでもある……確かサブトレーナーはそう言っていた。

真剣に考えなければならないな……

 

その事について考えながらも、体は無意識のうちに日常生活のリズムを刻んでいた。

声をかけられるまで私は、トレーニングを終えてシャワーを浴び、着替えて寮に戻るという動作全てを意識していなかった。記憶にも残っていない。

 

「ご機嫌よう」

 

一度見たことがある顔だった。

確かトレセン学園入学前、メジロ家との合同パーティの会場だったはずだ。

確かその時彼女は青色のドレスを着ていて……ダンスの誘いを受けたのだった。

「貴女は、確かメジロラモーヌ」

 

「あら、名前を覚えてもらっていたとは光栄ですわ。皇帝シンボリルドルフさん」

今はトウショウトドロキのチームメイトだったはずだ。

「敵情視察かな?」

私の言葉に首を横に振りながらメジロラモーヌは少し目線を細めていた。

「そんな詰まらないものじゃないわ。今日は貴女と話をしたくてきただけよ」

まっすぐ射抜くような視線に居心地の悪さを感じる。まるで分家の集まりに出席した時のようだ。

 

「貴女はトウショウトドロキとどういう関係でありたいのかしら?」

その言葉の意味を理解するのに一瞬の合間思考の全てが止まった。

「それはどういう意図があっての質問かな?」

 

「いえ、ただ……あの子が貴女と走ったジャパンカップ。どうも貴女がつまらなく見えたから」

 

「……」

 

「あのような走りをするのでは皇帝の名が廃れますよ。少なくとも強行などせず有馬まで待てばよかったのではありませんか?」

 

「……それは」

どうしてだろうかな……あの時私は海外から戻ってきたトドロキと戦えると思って少し浮かれていたのかもしれない。

私が目をつけていた相手と全力で戦いたい。その思いが先走ったからだった。

今になった考えても、やはり無理があったのではないかと思う。だけれどその時の選択肢を否定してしまっては今ここに立っている私まで否定されることになってしまう。

私がここにいる限りそれは出来ない。

「それは……分からない。だが選択を後悔しているわけではない。あの時走ったからこそ彼女のことをもっと知ることが出来た。海外でどれほどのレースをしてどのような経験を積んできたのか。それが知れたのだからあの時の選択も無駄ではなかったはずだ」

そもそも皇帝だの獅子王だのそのような呼び名は野外が勝手につけるものだ。勝手に呼んで勝手に失望して、だがそれは今の私には関係のないことだ。私は純粋に、トウショウトドロキとレースをしたいのだ。今の願いはそれだけだ。

「そう、なら次のレースでは面白いレースを期待していますわ」

 

流石メジロ家次期当主とまで言われたメジロラモーヌだ。気がつけば冷や汗が出ていた。

全く恐ろしい方だ。

 

 

 

 

有馬記念。

 

有馬記念の歴史はかなり古く、グレード制導入前の1956年まで遡る。

元々はファンが決めるレースを行いたいという案が形になったレース中山グランプリの名称が変更されて今の名前になった。

その頃の有馬は年の瀬の最終レースとして12月の最後のG1として最終日の最終レース組み込まれていた。

だが来年よりホープフルステークスがG1に格上げされる為最終G1レースは固定されなくなったが、それでも年の瀬は有馬と言われる状況は続いて行く。

 

中山レース場を使用するもののそのコースはやや変則的なものになる。

スタート地点は外回りコースの3コーナー手前から始まる。3コーナー部分はほぼまっすぐ通過するため実質的に最初のコーナーが4コーナーとなる。そこ目がけて緩い下り坂を約192m走る。正面スタンド前で最初の急坂。1コーナーから2コーナーの中間までは上り坂。

 その後は内回りコースに入り、直線は平坦。そしてもう一度現れる3、4コーナーはスパイラルカーブで、緩い下り坂になっている。最後の直線距離は310mで、中央が持つ4つのレース場中では最短。しかしそんな短い直線の中にゴール前には高低差約2mの急坂がある。

最初に通過する急坂はここでも牙を剥いてくるというわけだ。

 

コーナーの多さと急坂を2回登ることからスタミナの配分が重要になる。

特に最後も急坂で失速する子が多いのもこのレース場の特徴だった。

有馬は最終レース。午前中にレース場にきたものの、少し早すぎたかと後悔していた。

流石に有馬がおこ回れる日だけあって屋台の出店などで普段よりも賑わいを見せているが、安易にそれに入れば有名人である私達がどうなるかなどだいたい想像はつく。

 

しかし……

 

「うむ!この形容し難い神の体の一部を使った食べ物は美味しい!」

 

「たこ焼き上手いか。そりゃよかったな」

なぜか私服で屋台の立ち並ぶエリアを満喫しているトドロキがいた。

普段の勝負服の姿の方が世間に対して印象が強いからか私服でいると案外バレないものなのだろうか。

見たところうまく溶け込んでいるように見える。遠目にだったが……

「もしかしてトウショウトドロキさんですか!サインください!」

 

いやそうでもなかった。

普通にファンにバレてた。

 

 

 

しかしこう見ていると随分と楽しんでいるようだ。なら、私も少しくらいハメを外してみようかな。

少し距離を置いて休んでおこうと考えていたが、彼女を見て考えが変わった。

「貴女が何を考えているのかは分かっているわ。レースに支障が出ない程度に気を休ませなさい」

レースまで気を張り詰めていたら保たないのだから。

 

 ハナさんはやはりエスパーではないだろうか?

 

 

 

 

「機嫌は直ったか?」

朝から不機嫌で不調を疑っていた沖野がトドロキを屋台の並んでいるところに連れ出したのは必然だった。

タケホープの時も似たような事があったから仕方がないとは言えこういう大事な時に揃いも揃って不調が発生するのは呪われているのではないだろうかと沖野は真剣に考えていた。

「バッチリである!」

 

「そもそもどうして機嫌が悪かったんだかなあ」

 

「それは深淵なる我の心とそこに同居する悪魔神の戯れ故」

トドロキはそう誤魔化すが単純に低気圧が朝方かけて関東一帯を覆っていたため気圧差で片頭痛を起こしていたからだった。

流石にレースまでには治るだろうと思ってはいたがそれでも痛いものは痛い。それで不機嫌になっていたのだった。

機転を効かせた沖野によって気を紛らわせたためだいぶマシにはなったようだった。

「まあ、ここにいたいならもう少しいても良いぞ。俺はタケホープと合流してくる」

 

「黄泉の刻には座にいよう」

そう言って別れたトドロキだったが、人の多いところに長時間居ることが出来ない性格だったため早々に離脱しては離れたところのベンチで休憩をしていた。

ルドルフの様子はまだ気になっていたが、レース前になれば顔を合わせるのだからと気持ちを落ち着けようと目を伏せていると、頭上に影が落ちた。

「へえ、あんたがトドロキか。意外と小さいんだな」

失礼なことをいきなり言うやつだなんて思いながら顔を上げると、どこかルドルフに雰囲気の似た少女が立っていた。

(もしかしてルドルフの妹とか……?)

「……?我が名は確かにトドロキだが、見知らぬ顔だ」

 

「いや、今はいい。あのいけすかない皇帝サマがお熱な相手がどんななのか見にきただけだ。アタシの事はあんたにいつか挑む奴ってだけ覚えとけば良いさ」

唯我独尊。その強い我を通す性格にトドロキのスイッチが入った。座ったままで見上げるような格好ながら、周囲の空気が凍りつく。

「……宣戦布告は大好きだ。いつでもかかってくると良い」

 

「は!せいぜい強がってな」

流石に引き際は弁えていた様子で、すぐに少女は雑踏の中に消えていった。

「……もしかしてシンボリ家の関係者だったのかな?」

 

三日月っぽい髪の白い部分とか絶対にそうだよねと思いながら、まあいいかと次の瞬間にはその事を記憶から追い出しているトドロキだった。

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