生憎有馬記念は会場で見ることはできなかった。レース場の外に設けられた大型の液晶モニターの前も人集りになってしまい前の方に行かないと分からない状態だった。
こうなっちまったら映像で見る手段は中継映像しか無かったが、生憎私のスマホはテレビ中継は映らない。
動画サイトのライブ機能があるが、通信制限をくらってる状態じゃみれたものじゃない。
「やっぱりラジオしかないか」
「ほい、ラジオ」
ニット帽を被って革ジャンにジーパンと可愛げのない格好で棒付き飴を舐めるダチがどこからか出してきたラジオをチューニングし始めた。
だが同じようなことをしている奴が多いからかどうにもハウリングがひどい。その上AM波の電波は元から音質が悪い。
「AMじゃノイズがひでえ、FMの方は中継してねえのか?」
「FMヨコハマは中継をしていたはずだが入るかどうか……トウキョウFMは有馬の中継はやってないはずだ」
新聞のラジオ番組表を見ながらああでもないこうでもないと数分間協議して、結局なぜか入ったFMヨコハマでレースを聴くことにした。
「ほお、3人ほぼ同着か。こりゃ面白え」
ラジオの中継だけじゃどんな感じにゴールしたのかが見れないから誰が勝ったとかわからねえ。結果が流れるのを待つしかない。だが最後の最後に追い上げてきたあの2人はやっぱり実力だけは相当なものだ。気取ってていけすかない皇帝サマと実力はあるのにどこか躊躇う奴だけどな。
「賭けでもするか?」
「ならあの白色に人参三本」
単純にあの皇帝サマが嫌なだけだ。だから願掛けついでにあいつに入れておいた。
「なら皇帝に同じく三本」
『今結果が出ました‼︎』
ようやくか。結構審議していたんだな。
『一着は8番……』
長い時間協議しているように感じられた。
実際には2分と経っていなかったけれど、まるで時間が引き延ばされたかのようにその時だけは数時間経ったのではないか。心臓の鼓動はレースの時とは違う、喉の奥に響くような気持ちの悪い高鳴りをしていた。
最後の最後、前しか見れていなくて、隣がどうなっていたのか全くわからなかった。
勝てたのかどうか。悪魔神は何も言わない。そして結果は神に祈っても簡単に出てくるものでもない。
小さなざわめきが集まったかの様な状態だったスタンドが、急に爆発した。
音の全てが人々の歓声と怒号と悲鳴に似た声に上書きされていく。
下を向いて呼吸を整えていたが、まだ呼吸は整っていない。けれど、顔を上げた。
我の番号は8番、表示は8番が1番上にあった。鼻差でスズマッハとシンボリルドルフさんが続いていた。
「や……やったの?」
我が有馬に勝った?
実況の声がなんて言っているのか。聞き取れなかった。
喜びを誰かと共有したかった。けれどそれをするのは勝者としてある程度わきまえてやらないと……でもそんな考えを持つこと自体が傲慢な事なのかな。いまだに勝った時にどう感じていいのか分からない。
「おめでとうトウショウトドロキ」
最後までデッドヒートを演じていたスズマッハ。その頬はなんだか引き攣っていた。
「スズマッハ……我の勝ちだ」
「うん、本当、全部ひっくり返して賭けたのにね。あーもう勝ちたかった‼︎……子供っぽいかな?」
そう言って笑うスズマッハにはレース前のような鬼神のような感じはなくなっていた。
「所詮は子供心の延長線、我も其方も何も変わりはしない。だから走っている時は気分が良くなるし、レースを楽しみながら戦えるんだ」
「そっか。うん……でもやっぱり勝てないのは嫌だからもう一戦したくなってきた」
さっきまでの引き攣った顔はどこにも無くて、そこには闘志の炎が再燃した武者の顔があった。
えっと……取り敢えずまた走ろうとだけ言っておこうかな。あまり過度に期待させても悪いし……
そういえばルドルフさんは?
気がつけばルドルフさんの姿はターフのどこにもなかった。
まさか、嫌われちゃった?で、でもそんなことあるはずが……
いや、今までずっとそうだったじゃないか。我と一緒に走った人達みんな……
ああきっとそうなのだろう。いつか見た悪夢を思い出した。
ルドルフさんも私の走りが嫌になった……その考えを頭から追い出したかったけれど、上手くできそうになかった。
「な……なんでレース終わったらこんなに絶不調になってるんだ?」
「さ……さあ?」
私が走るたびにルドルフさんがあんなに辛そうに。悲しそうにしているのを見ることになるのなら私は……
いや、そんな事を考えちゃったら今まで走ってきた人達に顔向けできない。
だから表だけは……でもトレーナーさんにはバレているらしい。
一体どうしたら良いんだろう。
結果が表示されなくても、私にはわかっていた。私の脚があの時トドロキを追いかけようとして深く踏み込みすぎたこと。そして踏み込んだ先がよりにもよって芝がはげて土が剥き出しになっているところだった。
反動が吸収された結果スパートでわずかに出遅れた。その出遅れを最後まで取り戻すことはついにできなかった。だから負けだった。
「また情けないところを……」
理由はあるのかもしれない。しかし私自身がそれを言うのはただの敗者の言い訳にすぎないのだ。
結局万全の体制で望んでも彼女に対して胸を張れるレースをすることができなかった。そんな自分が1番嫌いで、悔しい。敗北の2文字がどうしても頭から離れない。
私はあの子の隣に並ぶ資格はあるのだろうか?夢の共有者として名を上げてくれた彼女に申し訳が立たない。
ライブの前も、ライブの後も話しかけられる雰囲気にはなっていなかったトドロキに、私は退散するしか無かった。怒っているわけじゃない。落ち込んでいるのだと言うのはすぐにわかった。
ああそうだった、私が真っ先にしなくてはならなかった事は、彼女を祝福する事だったんだ。繊細で、脆い。その事をすっかり忘れていた。
数日経ってそれが私のレース後の態度が原因だと知って、誤解だと心の中で叫んだ。
すぐにでも謝ろう。そう思っていたけれど、彼女が普段どこに居るのか分からない。チームスピカの部屋は有馬以降殆ど開いていない。空いていてもメジロラモーヌのトレーニングしかやっていない。学園は冬季休暇に入っているから学園で会うのも難しい。
栗東の寮にいるのは確かだが部屋がわからない。探し出すしかないか……
同じ寮で彼女について知っていそうなスズマッハに様子を聞いてみた。
「え?彼女なら昨日実家に帰省するって言ってたよ」
まさかレースが終わってすぐに実家に帰省するなんて。確かに年の瀬だし私も本家に顔を出しに行かなければならないのだが……
まるで私をさけているかのようだ。
トレーナーさん。私は一体どうしたらよかったのだろうか。
実家からトレセンに帰ってきたのは年が明けた1月3日だった。
流石に3日を過ぎたら学園に戻らないとなあと言う意識もあったし、地元に帰っても盟友は居ない。トレセン学園にいる知り合いも話しかけてこなかった。
ルドルフさんから手紙が実家に来ていたけれど、有馬での彼女を見たら怖くて読むことが出来なかった。酷いことが書いてあるはずなんて無いけれど、私はルドルフさんを結局信頼できなかった。そんな自分が嫌で仕方がなくて自己嫌悪してしまう。
学園に戻って早速契約者のところに向かうと、彼も話がしたかったと言ってチームの部屋に連れて行ってくれた。
メジロラモーヌは5日にメジロ家本家から戻ってくるらしい。
まだ学園は閑散としているけれど、すでにトレーニングを再開しているところはしているようでグラウンドや練習場から声が聞こえてきていた。
肌に突き刺さる寒さが心地いい。
「年明け早速で済まないな」
「問題ない。我が体への魔力補給は滞りなく行われた」
「そっか。今日呼んだのは他でもない、今年の目標を決めるために呼んだのだが」
「目標……」
今の我は一体何がしたいのだろうか。盟友とうまくいかずギクシャクしたまま、レースで顔を合わせるのはなんだか怖い。
このまま国内で走っていたら、いや学園にいたらきっと顔を合わせてしまう。その時私はどうしたらいいのだろう……
やはり私は根暗なのだろう。交友関係もほとんどないし……
「その、契約者よ。出来ればまた欧州を……」
「欧州か?お前さんの実力ならどこに行っても通用するとは思うが……」
何かを察したであろう契約者が静かになった。ああ言わないで、それ以上言ったら私は、我を保てなくなってしまうかもしれない。
「ルドルフと何かあった……ってわけじゃないだろうな?」
「喧嘩したわけじゃない……ただ、これ以上一緒に走ってルドルフが私から離れて行ってしまうのが辛い」
「別にルドルフが離れていくとは思えないけどな。あんたら仲良い方だし。でもまあ、お前さんらを無理に引き合わせてもいい結果にはならないだろうし、あっちもそれは望んでいないだろうな。なんと言うかなあ……話し合ったところで多分お前らの性格じゃわかりあうのは難しいからなあ」
本当ならそう言う時は想いをぶつけ合うためにもレースで争った方がいいんだが……多分逆効果に近くなるだろうしな。
痛いところを突かれて言葉に詰まる。確かに今のままルドルフさんと話し合っても多分和解はできない。そもそもこれは我とルドルフさんの勝負事に起因する事だから……
でもだからと言って彼女にわざと負けるなんて事はもっての外。そんなことしたら嫌われるじゃ済まない。
でも今の私は彼女とレースをするのが怖い。
「仕方がねえ。気持ちの整理がつくかあいつと戦いたくなったら戻ってくればいいから、欧州に行くか」
「ごめんなさい」
「いいさ。人には誰しも得意不得意がある。人間関係が不得意だったとしても恥じる事じゃないし道はいくらでもあるからな。ただ、いつかは向き合わなきゃいけないからちゃんとそれは頭に入れておけ」
いつまでも逃げ続けることなんか出来ないんだからな。
そうだ、逃げ場なんてないのだ。戦い続けなければいけないのだ。