珍しくルドルフが相談したいと言ってきた。自称気分屋の私でも流石に相談事に乗る時くらいは気分屋でいる事を止めたけれど、冬休み明けに久しぶりにあったルドルフはなぜか耳が垂れて明らかに不調になっていた。
それでいて態度とか表情は全く普段と変わらないのだから顔の皮が厚いと言うかなんと言うか……
午後の時間の食堂はカフェテラスとしての営業に切り替わっている。この時間はあまり学園の生徒は来ないし来ても教職員やトレーナーくらいであまり会話を聞かれる心配もない。
私はオレンジジュース、ルドルフはカフェオレを頼んで席についた。
「それでそれで、あたしに相談って?」
耳が垂れたままでルドルフは事の発端を話した。
簡単に言うとルドルフとトドロキの合間でどうも意思疎通が出来ていなくてその結果として気持ちのすれ違いが自己で修復できないレベルまで来ているようだった。
「それでトドロキとの仲をなんとかして直したいのだが……」
「ええ……んーなんだそれ」
どっちもどっちを通り越して何方も何しているのさ。ここまで程度が低いと言うかすれ違いすぎてるのもなかなかだよ。
まあトドロキの方は前に話した感じどうも人見知りが激しいのを無理に隠しているところあるから本質的に人と触れ合うのが無理な方なんだろう。それがこうも悪い方向に作用するなんてねえ。
「まずちゃんと顔を合わせないといけないけど……」
「それが出来たらどれほど楽か……」
深刻な顔でカフェオレを一口飲んだ彼女は、言葉を濁した。
向こうが避けちゃっているからルドルフ自身ではどうしようもないしレースなら強制的に顔を合わせられるけど海外に行くとか言っているし。
トドロキさーん、何しているのかなー……
「それじゃあいっそのことルドルフも海外行く?まだ体は十分動くでしょ」
そもそも2人ともまだクラシックが終わってシニア級に入ったばかりだ。それにルドルフは海外にも挑戦したいって前に言っていたしこの際だから行ってくればいいじゃない。
「そのことも考えたのだが……」
「……チームの方針かい?」
「今のチームメンバーは私以外全員が国内戦のみの出走予定だ。海外に行くとなったらサポート1人とトレーナーかサブトレーナーが1人の2人は連れていくことになる」
ああ確かに。ルドルフ1人だけでレースに出てこいって言うのは無理だからね。そう考えるとウマ娘2名しかいないチームスピカは少数精鋭で良かったのかもしれない。
「流石に東条さんも田原さんも引き抜けないか。あー確かにまいったねえ。いっそのことチーム抜けたら?」
ここまで方針とずれてたら私だったら一時的に他のチームに移動するかな。実際今はチームじゃなくてトレーナーと個人契約だし。
「それは東条トレーナーへの恩義に背く事になる」
律儀だなあ。まあ私もリギルにいたから分からなくはないけどさ。
「じゃあ海外に行く合間だけ臨時でサブトレを手配してもらう?」
チームリギルの名声を考えたら臨時で短期間であってもサブトレーナーとして弟子入りをしたいって人くらいはすぐに集まりそうなものだけれど……
「考えたが私のためだけに見ず知らずのサブトレーナーを臨時で雇うのはチームとして考えたら……」
まあ確かにそうだよね。
「八方塞がりじゃん。と言うか最終的にその案しか無いよね?」
「そうは言うが……」
「あーもう焦ったいねえルドルフくん、このままウジウジしているようなら私が直接話をつけてこよう!自由人にお任せあれ」
「あ、ちょっと……」
だからオレンジジュース代よろしくね。
唖然としている顔のルドルフを写真に撮って、私はトレーナー室に向かった。
やっぱりと言うか私の時から変わっていない。この時間はトレーナー室で書類の整理をする。ルーティンは変わっていないようだった。おかげですぐに見つける事ができる。
「やっほう、東条トレーナー」
「あら、久しぶりね。貴女が来たと言うことは……どうせ厄介事でしょう」
顔を上げて一瞥だけした東条トレーナーが手元の書類整理の動きを止めた。
「失礼だなあ。私は自由人なだけで厄介ごとは運んできていないよ」
実際厄介ごとを運んできた覚えはないんだけれどなあ。
「確かに貴女にとっては厄介ごとではないのかもしれないけれど」
それはそうだね。でも迷惑な事でもないでしょう。
「それでね、ルドルフのことなんだけど」
その一言だけで東条トレーナーは察しがついたらしい。少し悩ましい顔をしてから口を開いた。
「大体想像がついたわ。ルドルフから相談を受けたのでしょう」
そこまでわかっているのなら好都合だ。ともかくルドルフを海外レースに連れ出すことさえできればこっちのものだからね。
「さっすが!話が早い」
「これは独り言だけれど、ちょうど私の友人に海外レース専門に扱うトレーナーがいるのよ。ちょうどこの学園に在籍しているね……その友人に話をつけておくからルドルフには明後日の昼にはチームの部屋に居なさいと伝えておいて」
どうやら私やルドルフの心配は杞憂だったらしい。東条トレーナーは既に一手先をいっていたようだった。
「どうして君がいるんだい?」
「いやあ、興味が湧いたからね」
「チームの方はどうしたんだい」
「ちゃんと許可はもらったよ」
東条トレーナーが海外でレースさせるなら頼めるのはあの人しかいないなんていうほどだからどんな人なんだろうって興味が湧いたのさ。
どんな人なんだろうなあ。
あ、来たみたいだ。
足音は二つ。一つは東条トレーナーのものでもう一つは……なんだか小さい。
東条トレーナーの隣にはちんまりとした少女が立っていた。
いや単純に東条トレーナーとの対比が強調されていたからそう見えただけで実際には中学生くらいの見た目だった。
それでも胸に輝くトレーナーバッジは本物で彼女がトレーナーであるという証明につながっていた。
「初めまして、ミス・シンボリルドルフ。チームアルデバランでトレーナーをしています合田瑠璃と申します」
見た目とは裏腹にやや低い声とその体から出る覇気は十分強者に値するものだった。
ルドルフも強者と認めたみたい。
いやあまさか東条トレーナーがこんな隠し玉を持っていたなんてねえ。
「初めまして、シンボリルドルフだ。よろしく合田トレーナー」
「合田はトレセンの中でも海外レースを専門に扱っているわ。今まで担当した人数は少ないけれど確実に勝利に導いてきた実績があるわ」
東条トレーナーがそこまでいうのならすごい人なんだろうなあ。
「失礼ですがそちらの方は、ミスターシービーと見受けられますが」
「おっと、自己紹介遅れてごめんね。友人枠だよ」
嘘は言っていないよ嘘は……
「ルドルフ、貴女を一時的にチームアルデバランに移籍させるわ。問題はないかしら?」
「問題はない。ですが東条トレーナー、私がこのような事を言うのも可笑しいですが、良いのですか?」
「生憎、海外遠征に付き合えるほどチームを空けておくことはできないわ。それに餅は餅屋、貴女が相手にするのは貴女以上の実力者よ。だから合田に頼んだのよ」
それほどまでにすごいトレーナーなんだ。へえ、今度合田さんのチームのレース見てみよっと。
さてと顔も拝めたし私はこれで失礼しようかな。
「ミス・シンボリルドルフ、君は海外レースは初めてだね」
チームアルデバランの部屋は学園校舎に近い二階建てアパートを大きくしたような建物の二階だった。
部屋は台所がない以外は家と変わらないような感じになっていた。生活感が一切ない事を除けば誰かが住んでいそうな感じすらあっただろう。
「はい。まだ海外の芝すら踏んだ事がありません」
何度か海外に行く予定はあったが、その度に急用が入って断念した過去がある。今の今まで実のところ海外には行ったことすらない。パスポートは流石に作ってはいるが真っ白だ。
「では……最初の目標はどうしますか?一応東条トレーナーから事情は一通り聞きましたが」
「ならば最初はガネー賞に出る」
フランスのG1レース。そして同時にトドロキが出ると宣告したレースだ。
「サポートは出せませんが同時期に海外に挑む子がチームにいます。彼女と共に海外遠征を行うことになりますがよろしいですか?」
「問題ありません合田トレーナー」
現在のアルデバランは私を含めて2人だけらしい。まだこのチームは結成日が浅いしG1も未出走。それでも参戦レース全てで勝っている。常勝のチームだと、ハナさんはそう言っていた。
「では、今後の予定を大まかに説明しましょう。ミス・シンボリルドルフ。ガネー賞は5月です。フランスの芝に適応させるためにトライアルを挟みますので現地入りは3月に行いましょう。それまでは日本で私が指導します」
見下げる形になってしまうが、こればかりは仕方がない事だった。トレーナー自身は東条トレーナーと同じ年齢だそうだが、それでもいかんせん小さい。
「よろしくお願いします」
「もう1人の子のスケジュール調整もありますので現地入りは前後するかもしれませんがその時は都度調整します」
「ところでもう1人のチームメイトは今どちらに?」
「今は自主練をさせていますが間も無く戻ってくるでしょう」
そう言った直後に部屋の扉が開いた。音に釣られて振り返る。
「戻ったぜトレーナー……っておうおう、獅子王がなんでここにいるんだ?」
「ミス・シリウスシンボリ、30分遅刻です。それに今日は新しいチームメイトを紹介すると伝えたはずですが?」
そこには体操を雑に着崩したシリウスがいた。
「あーそれがこいつか」
「シリウス?君がアルデバランに居たとは……確かにチームに入ったと聞いてはいたが……」
シリウスは何度か顔を合わせたことはある。その度にツンケンで態度が異様に悪かった。だから一度……あれは小学生の後半だったかな。
完膚なきまでに叩き潰した。
後から聞いたらシンボリ家の分家の子だったらしい。それ以降目の敵にされていたのだが……
「なんだ?悪いのか?」
ああやはり殺気立っている。それでも別に悪い気はしない。なんと言うか……彼女の感情には悪意がない。純粋な敵意だけだ。それはそれで嬉しくもある。
「いや、君と一緒に切磋琢磨できると思うと嬉しくてね」
「はっ!あいつにいいように負けてみっともなく尻を追いかけるのか?まあいいさ。あんたの悔し顔がみれるからが見れるから悪くはねえな」
「ふふ、よろしく頼むよ」