名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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斯くしてそのウマ娘はデビューする裏3

 

トウショウトドロキにとって初めてとなるチームは、漫画やアニメなどで見たような和気藹々としながらも上下関係が存在する学園の縮図のような場所だと思っていた。

 

 その為第一印象が大事。普段よりもインパクトのある名乗りをあげようと思っていた彼女だったが、その期待はあっさりと裏切られることになった。

トレーナー以外にウマ娘の姿が見えない寂しい部屋。現状チームメンバーはトドロキしかないと告げられた彼女は誰の目にも明らかなレベルで動揺していた。

「同期は……我と同じ十二支の巡りの下で生まれたやつもいるだろう⁈」

 

「ああ、残念だがお前さん以外に見つからなくてなあ……」

というよりも話しかける前か話しかけてからすぐに脚を触る為第一印象が壊滅してしまっているのだが、こればかりは職業病なのもあり治せそうになかった。

「仲良い人……できると思ったのに……」

あからさまに落ち込んでいるトドロキを見てトレーナーはトドロキの弱点を早速一つ見つけていた。

(こりゃもしかしたらメンタルが結果に色濃く出るタイプかもしれないな)

勿論トレーナーとしてそう言うウマ娘は数えるほど見てきた。それにメンタルを整えるのはある意味トレーナーの仕事の大半でもあると言えた。

「俺が言うのもなんだけどよ、あんたがチームで活躍すればそれを見て憧れを持って来てくれる奴とか一緒に走りたいってやつが来るかもしれないから頑張ってみないか?」

 

「な、なるほど‼︎契約者よ‼︎さすがだな!」

スズマッハが隣にいればちょろすぎるとつぶやいていただろう。

 落ち込んでいた状態からあっさりと気を取り直したトドロキがそのままトレーニングをすることになったのもまた浮き沈みしやすい性格をうまく使われたからだろう。

チーム内のルールと言った物を教えるのを後回しにして練習用のコースにやってきたトドロキはトレーナーの指示のもといくつかの走法と距離でコースを走ることになった。

 

相変わらずかっこいいを極めたデザインの髪留めでツインテールに髪をまとめて白色の眼帯をつけたままの姿だったせいか、ジャージを着てもどことなく漂う奇抜感は抜けなかった。

「そういやお前さんその左目はどうしたんだ?ずっと眼帯をつけてるけど」

思えばファッションであっても走る時くらいは眼帯は外す物だろう。メガネなら兎も角として眼帯は視界を遮る。立体視にも影響が出る事は間違いないのだが。

「これは……ソノ……あ、悪魔神を封印するために……」

 

「どう考えても片目ばかり隠してたら視力に悪いし立体視にも影響出るだろ」

 

「そ……それが……ジツハ…」

言いづらそうにしながらも、トドロキは眼帯を外した。

眼帯の下の左目は、白色のカラーコンタクトが入っていた。そのカラーコンタクトをトドロキはさらに外した。

「生後すぐに白内障を患ってて左は視力がもう殆ど無いんです」

挙句片眼のみのため視覚遮断弱視 となり術後も視力が戻らなかったのだという。眼鏡かコンタクトをつけていた時期もあったが今度は片側のみ遠視となってしまいやはり落ち着かないそうだ。

 

 カラーコンタクトをつけるとその白くなっている瞳孔の目立ちが抑えられる。彼女にとってはファッションというより外傷を隠すようなものだった。

 

トドロキの左目の視力はなんと0.01。ほぼ無いと同じなのだった。右目が視力1.2なので両目で物を見ようとしても意味がないのだ。左の視野が欠如しているものの別にそこまで困っているわけでは無いと慌てて付け加えたトドロキ。

 

「そうか、悪かった。無神経なことを聞いてしまって」

 

「い、いえその……言ってなかった私も悪いですし……」

 普段の口調や態度からはかけ離れ、目線をやや右下に逸らしながら小声で話す姿。それは普段見せないように本人は努力している本来の性格だった。

 

「そっちが素のあんたか」

 

「……‼︎わ、我のもう1人の人格だ‼︎」

慌てて隠すように声を荒げるトドロキに対して、トレーナーは走っている合間に書き込んだメモを開きながら話を変えた。

 

「それで一通り走らせて調べて見たが、適正距離は今のところ中距離以上。少なくともスプリンターの素質はほぼ無いな。言わずもがな脚質は完全に捲りだ」

 

「それとトレーニングだが、まずは基礎体力の向上とレースメイクのための知識だ。本格化を迎えてから本格的な併走やレース向けのトレーニングを組む。そんな感じでいいか?」

 

「かまわぬ!無論その中で我のしたいようにある程度はやらせてもらうがな」

 

「おう!そういうタイプは大歓迎だ!それでだ、お前さんは何をしたい?」

そしてトレーナーは重要な事を尋ねた。

本来ならスカウトするタイミングで聞くべき事である。

「……え?何を?」

突然の問いかけに鸚鵡返しをしてしまう。しかし考えてみればトドロキはまだ目標を言っていなかった。何を目標にして走るのか。それによって身の振り方は変わってくる。はじめに決めなければいけない大事なことだった。

(友達とかと相談して決められたら良かったけど……ってまともに相談できる友達いないじゃん)

一瞬だけネットで安価でも取ろうかと悩んだものの、大事な判断をそんな運任せも良いような阿呆な決め方をしても良いのか。思考を追い出すために首を振っては、一言つぶやいた。

「……みんなにチヤホヤされたい。ううん違う。一緒に走れる友達を作りたかった。だけど……一緒に走る子はみんな辞めていっちゃうから……せめて勝ちたい。レースには勝ちたい」

 

「……なるほど、それがあんたの目標か」

どこか納得した様子で頷く沖野トレーナーに対して、不安を隠さない顔でトドロキは尋ねた。

「笑わないの?」

 

「逆にどうしたら笑えるんだ。それだけでも立派な目標だぞ。そうだな……差し当たり脚質を考えればクラシック路線か。あんたが良ければまずはクラシックって事で進めていくがどうする?」

 

「そ……それなら我は契約者の叡智を受け入れよう‼︎」

 

クラシック路線は大まかな分類で言えば皐月賞、東京優駿こと日本ダービー、菊花賞、桜花賞、優駿牝馬ことオークスの5つのG1を目指すものだ。

その挑戦にトドロキは挑む事にした。

 

「それとまずは友達を作れ!併走相手を探し出すのはトレーナーだけじゃない。むしろお前の方にかかっているからな!」

 

「え……待ってそんなの聞いてない」

 

 

 

 

 

 

 

 斯くして一ヶ月をチームでの錬成に費やす頃には、彼女は本格化を迎えていた。本格化は個人差があるものの、身長が急激に伸びたり筋力が急速に発達したりを伴う。

 

トドロキの場合は後者の方が顕著であり身長はあまり伸びなかった。だが時期が時期だった。彼女の本格化はかなり早い時期であり、そして中等部一年の中では最も最初だった。

当然クラスメイトからは驚かれた上に囃し立てられた。

 

「おお!これが、うちなる悪魔神の力‼︎体が羽のように軽いではないか‼︎なるほどこれが本格化!正しく隠されし力の覚醒……」

 

「もう本格化⁈早いねえ」

 

 

「ふふふ、スズマッハよ!すぐに追いつくがいい!悪魔神はいつでも待っている!」

模擬レース以来何かとよく話すようになったスズマッハは未だ本格化の兆候は見られない。早く一緒に走りたい。不思議とそう思えるようにはなっていた。

 

「ところでスズマッハよ。我のチームには入らないか?」

 

「うーん……遠慮しておくね」

 

「な、なぜだ……」

自然とスズマッハは彼女と走るのを遠慮するようになっていた。トドロキに対して勝ちをとりに行くにはなるべく自分の力量は隠さないといけない。そういう策略を働かせていたからだったが、当の本人はそんな事梅雨知らずでしょんぼりするのであった。

 そうしたむず痒い照れをひた隠しにして、ようやく慣れてきたものの独り身である事に変わりはないチームルームに行くと、

「本格化したばかりはまだ体の筋肉や骨が追いつかないから無理は禁物だ。体に負荷のかからないメニューを組むから今日は一旦別の事をするぞ」

 

「了解だ契約者(マスター)‼︎それで今日は……」

 

「まずは本格化に合わせてだが、あんたが出るレースを決めないといけない。それに合わせて調整していくからな」

 

「ううむ……我にとっては彷徨える亡霊がいくつもいて選びきれないな」

 

「出走する予定を出している奴の情報を見て決めても良いんじゃないか?まあ言っても半分も埋まっていないがな」

 

通常のレースと違ってメイクデビューは本格化した時期によって左右されやすい。そのため誰がどこのメイクデビューを走るかは実は4日ほど前にならないと完全には分からないのだ。

「ふむ……」

 

「コースの得意不得意もあるだろうが……候補は7月のレースだな」

 

メイクデビューが行われるレース場をピックアップした紙を見つめながら、トドロキの瞳は真剣そのものになっていた。

頭の回転が速くなり、コースを利用した戦術を立てていく。即席で建てた戦術の中で最も勝ちが拾えるであろうコースを選定したトドロキは顔を上げた。

 

「ならば我は新潟の直線番長をやろうではないか‼︎」

 

(また何か考えてるな……)

そうして迎えた新潟メイクデビューレース。その日は偶然か必然か後に皇帝の異名を授かることになるシンボリルドルフも出走することになっていた。

 

 

 

7月の土休日とは言えメイクデビューでは観客はそこまでやってこない。本当に競バ通かあるいはレース関係者。メイクデビュー、未勝利戦を見に来る人はそのくらいなのだ。世界的な催しにもなる競バであっても他のスポーツとやはり本質は変わらないのだった。

 

 

「やったぞ‼︎契約者よ‼︎」

 

レースは粗方想定した通りに進んで行った。好スタートを切り、逃げのペースをハイペースにするよう軽くし向けては後方からバ群を乱す。

バ群後方にわざと追いつくようにして最後尾にいた子の隣に並んでは、やや後退する。横に並ばれることをウマ娘は本能的に嫌う。背後から追いかけられるのは怖い。そして全体のペースは変わらないのに後方待機の位置にいたトドロキが横に並んでいる事に、最後尾は刺しと捲りがスパートをかけたと勘違いした。自然と足の速度が上がる。スパートとまではいかなかったがそれでも気持ちが前に行こうとせかしていた。

 

ここまでレース前半で仕込んだ罠だった。

それは本人があまり自覚しないうちに行われた事でもあった。トレーナーも別にこのような小細工をしなくともトドロキの力ならば十分に勝ちはあり得ただろうと考えていた。事実表示板に掲示されたタイムは、このレースのレコードタイの数字だった。

 

「まあ、勝ちを確実にする為の戦法だと思えば良いか」

見た目や豪快な捲ります確かな力量に反してトドロキは慎重派。そんな印象を抱くトレーナーだった。

 

そしてメイクデビューはある意味ではレースの残酷な部分を集めた縮図でもある。

それ以降のレースではあまり見られないが、このレースに勝てなければ未勝利戦。そしてそれすら勝てないようであればローカルや障害レースに行くかレース人生を諦めるか。そう言った岐路に立たされる事になる。

しかしメイクデビューは一生に一度。それも10人近くいて次のステップに進めるのはたった1人。それ以外になれば未勝利戦から上がらなければならないが未勝利戦は複数回経験している経験者とも混ざる為余計に確率が下がる。

要はメイクデビューは異常なほどの緊張とプレッシャーがかかる上に走り終われば明確にその後の人生の振り方にも関わってくるためメイクデビュー後のウマ娘は大半が落ち込んでいるか。故意にではないにしろ嫉みを持つ。

 

 

「フ、ハハハハハハ! 我こそ最強、真なる悪魔神……!」

 

メイクデビューを勝ったものの、その後のウィニングライブの後も言動と行動が厨二病と世間から受け止められる彼女はひとりぼっちまっしぐらだった。

予定があり来れないスズマッハやクラスで話す仲のウマ娘達も予定が重なったりしたためメイクデビューを見に行くことは叶わなかった。そのせいか案の定記者の写真撮影以外ほぼぼっち街道まっしぐらをトドロキはかましていた。

普通ならチームメンバーが見に来るのだがそのチームメンバーがいないのだから然もありなん。

 

「な……なぜ、話しかけられないんだ。あんなにかっこよく勝ったのに」

しょんぼりしながらも自信が出るレースを走り終えたトドロキはそのまま帰宅コースに気分を乗せていた。しかしトレーナーはライバルになりそうなやつがこれから走るからちゃんと見ていけと強引に彼女を観客スタンドに連れていった。

最も沖野トレーナーはチームリギルの東条ハナ事おハナさんと少し離れたところで話していたため実質1人観戦だった。

そんな彼女の前で新潟レース場第6レースは始まった。

 

 

 

 

 

 それは蹂躙だった。

否、最初から蹂躙であったわけではない。しかしその牙は確かにレースを蹂躙しようと駆け抜けるウマ娘の中で研ぎ澄まされていた。

 

 初めてレースに出たウマ娘達を纏めて薙ぎ払うかのように、中盤まで流れていた闘志は、そのウマ娘がスパートをかけた事で絶望に変わった。

 

 追いかけるようにスパートをしても加速力で引き離される。距離を活かして逃げ切ろうとしても速度で轢き潰される。

 

 時々狂おしいように身を捩りながら、ウマ娘達を一網打尽に追い抜いていく。その姿は、美しくも触れれば怪我をしそうなほどの凶暴性を秘めた獣だった。

 前半の大人しさとは打って変わって、圧倒的な力によってレースをひっくり返す。

純粋な力量が違う。そして周囲を静かに威嚇する殺気めいた覇気はスタンドにいたトドロキにも届いた。

走っているウマ娘にとっては事故同然だっただろう。そうこれは不幸な事故だ。そう思う事で心が折れるのを抑え込む。

 

皇帝(ルドルフ)?そんなものではない、獅子王ではないか」

レース自体はアタマ差でルドルフの勝利で幕を閉じた。

圧倒的な強者による蹂躙の割にはその勝ち方は堅実そのもの。最後に先頭に入れば良いというものだった。

 

 

「あのルドルフなるもの……辛勝に見えて随分と余裕がある」

結果は確かに辛勝。しかし呼吸の整いも早く、そして獰猛な肉食獣のように研ぎ澄まされた瞳にはいまだに闘志がみなぎっているのがトドロキには見えた。

 

「さぞや遠大にして壮麗な大志があるのだろう……」

(私はかっこよく勝ちたいって考えてだけなのに、かっこよさも人を惹きつける力でも負けた…すごいなあ)

 

「……いつかあんなふうに人を惹きつけられる走りをしたい」

それがいつになるのかは分からないけれども。

そう思っていると、スタンド最前列にいたトドロキの前に影が落ちていた。地面の高さを合わせてあるスタンドとは簡易的な網柵で隔てられているだけである。

トドロキが顔を上げると金網越しにルドルフが彼女を見つめていた。

 

「トウショウトドロキだね。レースを見にきていたのかい」

 

「アッハイ」

突然のことに声が裏返る。想定していなかった事態に言葉が出なかった。

「君のレースも見させてもらった。いや素晴らしいレースだったよ。今年のクラシック戦線は私の独壇場だと思っていたが……油断大敵だね」

「い……イヤ……ソンナコトハナイデスヨ……」

 

「ああ、すまない。もう少し話したかったがライブの準備もあるから今日はこれで、また会えると良いね」

 

 

中々言葉を出せないうちに去っていくルドルフを見ながら、トドロキはある種の感動に浸っていた。

「見ている人にまでちゃんと話してくれるなんて…優しい人なんだろうな……」

レース直後で収まっていない皇帝の覇気に当てられていた事に全く気付かないある種の鈍感さを披露してしまうトドロキだった。

ルドルフにとっては自分に恐れ慄かないトドロキを気に入り始めていた。

 

 

 

 

 

そしてそこにもう1人。見学と称して彼女たちを見にきていたウマ娘がいた。

「へえ……面白い走り方するじゃん。うんうん、先輩としてはとっても面白そうだよ」

 

「どっちと対決かな?私は堅実な走りよりトリッキーな方が好きだけど……まあ両方ともでいいかな。あ、燕だ」

 

 

 

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