名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘とイスパーン賞裏

歓声は遠くから聞こえていた。

 

 

距離と走り方は大きく関係する。短距離に行けば行くほど瞬発力とトップスピード。長距離はその逆で一定速度で長く走る事を求められるものだから1500m前後の距離で3000m級のスタミナを持つステイヤーがイマイチ活躍できないのは道理なのだ。

 

だが、私とこのイスパーン賞の組み合わせでは必ずしもそうとはならない。

私の適正距離は2400m。イスパーンは1850mと短い。となれば本来2400mで争う分のスタミナならば最初から最後までハイペースで走ることも可能ではある。

最も鍛えた筋肉や呼吸と走法で一概にそれが最速であるかと言われると首を縦に振ることはできない。それにその優位性も周囲のウマ娘の能力を考えればそう簡単に行くものでもない。実際短距離であればあるほどレースのペースは上がるのだ。

 

ただ……それでも切り札はあった。

 

先行位置。何故かトドロキがそこにいた。3番手につけている彼女を、今はまず追い越す。彼女の網にかからないようにやや大きく外を回りながら……

 

 

 

トドロキと闘って負けた日の夜。悔しさが込み上げてきた。数時間遅れの悔しさに感情は大きく掻き乱された。だけれどそれも抑え込んで私は眠りについた。朝居眠りを繰り返す中でウマソウルが疑問を呈した。

『なんで重しが無いのにこの程度の速度しか出せないのか?』

 

この世界にも……この世界ってなんだろう?そんな疑問を上書きするように理ことわりに縛られていると。頭の中に声が響いた。

 

体にかかる余計な重量、約60kg。頭に何故だか浮かんだ数字。ウマソウルが反応する数字だった。一般にウマ娘は同じ力を出せるのであれば重石1kg当たり1バ身は変わるという。タイムで換算すれば0.2秒。

 

 

後方で最後尾につけていたルドルフが周囲を掛からせて、それをトドロキがさらに前に吹っ飛ばした。飛ばして逃げの体制に移った私を追い越すように2人が前に飛んでいった。

私は脚の動きをさらに早くする。私も掛かったかのように見えるだろう。

踏み出すたびに蹄鉄が軋みを上げて脚が、膝が足首が悲鳴を上げた。

 

結果として後ろとの差は10バ身以上離れる事になった。それでも脚を鈍らせるわけにはいかない。

 

そんな中でコーナーを利用して後ろを見れば、バ群は大きく乱れているように左右に広がっては収束を繰り返していた。

 

単純な計算では60×0.2で12秒。本来ならそれだけ加速する事が可能だった。

一体何をいっているのか分からなかった。そこで浅い夢から醒めた。だけれどそのことだけははっきり覚えていた。体は確かに普通の人間と変わらないウマ娘。そこに何故60kgも余計な重量がかかっているのか?何故そのような事を……ウマソウルは示したのか?

 

つまり現行最速タイムから理論上は12秒は縮める事が可能だという事だ。

どの距離であっても……実際にはそううまくはいかないだろう。だけれど……それが可能なのであれば私はまだトウショウトドロキに対抗できるかもしれなかった。

最もそれをするためには脚を限界まで使わなければいけない。下手をすれば脚は壊れてしまうかもしれない。だけれどそれでも……私は彼女の前でゴールがしたかった。

 

だから、800mを過ぎたあたりで前にすっ飛んでいったウマ娘が減速しても私は速度を緩めなかった。経過タイムを体で測る事ができるようにするトレーニングを積んでいる。その体が教えてくれる。イスパーン賞のレースレコードは去年の1分50秒6、その時のタイムを遥かに超えていた。

トドロキが後ろで気配を消した気がした。来る!

 

間に合わなくなると思ったのだろう。野外から見たらこの時点で加速するのは判断として愚策に見えるが、私にとっては厄介だった。

ふと気がつけば後ろからもう1人上がってくる気配がした。

後ろの方にいた足音……シンボリルドルフだ。

 

他のウマ娘はルドルフが上がってきたこととトドロキがロングスパートをかけたことに釣られて軒並みロングスパートを始めようとしていた。

けれど、ルドルフに引っ掻き回されトドロキに蓋をされ続けたバ群は既にロングスパートをかけられるだけのスタミナが残っていなかった。

 

スパートかけたもののその加速は鈍い。そしてトドロキと並んで加速していてもすぐに減速していってしまう。最早レースになっていなかった。

 

それでも何人かは上がってきていた。

 

『残り500を切って先頭はスズマッハ!早い!レコードを大幅更新する早さです!その後ろからトウショウトドロキ、シンボリルドルフ、サガスが続きます!追いつけるのか!』

実況の声がその時だけは鮮明に聞こえた。フランス語はここに来るまでに付け焼き刃ではあるが覚えこんでいた。それでもなかなか聞き取れるものではなかった。

 

 

「なぜ、そこまで!」

そんな声が聞こえた気がした。

今度は日本語だった。

ああ私について来れるのは2人だけだと思っていた。脚を壊す寸前の私に追いつけるとしたら……

「可能だったから!」

 

だけれど誰も私に追い付かせない。12秒差、埋められるのなら埋めてみろ!

その言葉が出てきていたかは分からない。

 

可能だったから……ああそうだ。「できる」からだ。できるけどしない……それも良いのだろう。体を守るためにはね。だけれどそれは「してはならない」ということじゃない。

全ての覚悟を受け入れるのであれば、それは「してはならない」から「可能」となる。

 

ルドルフが追い縋ってきた。トドロキの姿は、いつのまにかルドルフの後ろにいるようだった。

順位が変わっていた?いや……ルドルフを風除けにしていたのだ。

 

だけれどもう誰も届かない。届かせない。脚をさらに動かす。理から、体を解き放つ。常識という名の鎖を引きちぎれ、なんのための覚悟だ。ウマソウルの呪縛を解き放つんだ。

足元が白い砂で埋め尽くされているようで、私の走っている場所は砂漠のような景色なっていた。

そんな不思議な光景は、後ろから放たれた緑色の光と、黒い闇で覆い隠されようとしていた。

あの時と同じだった……けれど、違うのは脚がさらに軽くなる気がした事だろう。

さあ加速しろ。後ろから迫る闇を振り払え。

 

 

最後の200m。ふと後ろを振り返った。トドロキが急減速していた。何かがあったらしいとしか今は考えられなかった。ルドルフが飛び込むように追い上げてきた。けれど、私を捉える事は不可能……

 

 

足からついに割れる音がした。耐えられなかった。連鎖的に軋みが広がる。

それでも速度を緩める事はしない。緩めてしまったらここまできた意味がないからだった。

なんのために……捨てたんだ。なんのために……悔しさに泣いたんだ。また繰り返すのか?私の意味は……このレースで証明する!

 

鈍い痛みを引きずったまま、私はゴールを駆け抜けた。

 

心臓が破裂しそうで、肺は空気を送りきれていないようだった。

視界がくるくると回っているようで、私は気がつけばターフに倒れ込んでいた。

今だに回る視界の端に二つの人影が落ちた。

「盟友!」

 

「スズマッハ!大丈夫なのか?」

シンボリルドルフとトウショウトドロキがそこにいた。

「あ……あはは…私の勝ち」

勝ったのだ。私は……トウショウトドロキに勝ったのだ。だけれど不思議なことに実感が湧いて来ない。

左脚の膝から下の感覚が無い。鈍い痛みだけがずっと脚を蝕んでいる。

「なんという無茶を……」

ああ、しばらく走れそうに無いのだろう。この感じだと復帰すらできるかどうか怪しい。

わかっている。自分が今どういう状態なのかくらい。

ルドルフはピンピンしていた。掲示板を見れば私との差は5バ身差で二着。

あれだけ無理をして走ったにも関わらず5バ身まで詰められていた事に恐れ慄く。やはり天才は違うのだろう。

「貴女こそ無茶してますよね……」

 

 

「トドロキは?」

 

「我は……」

そっと脚を上げたトドロキ。何かが捲れたように垂れ下がっていた。

 

脚から垂れ下がる蹄鉄。それは大きく先端をすり減らし、踵から脚の真ん中にかけての部分が折れ曲がり、固定金具をつけたまま靴から垂れ下がっていた。

その状態でも三着に食い込んでいたのだ。

掲示板に表示されている数字では、トドロキがルドルフの半バ身後……恐ろしい事に三着までがレースレコードを更新していたのだ。

私のタイムは1分39秒20……1分40秒切り……間違いなくレースレコードだった。だけれど……

もしトドロキの蹄鉄が壊れなかったら……結果は分からなかった。私の脚も靴も蹄鉄も全てがボロボロになっていた。

やはり理を超える代償は大きかったらしい。

 

いつまでも倒れ込んでいるわけにはいかない。起きあがろうとして、左脚が動かない事に気がついた。

「……その、盟友。優勝おめでとう」

そういってトドロキが手を差し出してきた。今ならその手を握ることも躊躇はなかった。

ああ、そうだ。私はトドロキに勝ったのだ。勝てたのだ。

今になって湧いてくる実感。込み上げてくる感情がどういうわけか涙になって出てくる。

 

歓声が響いているのにようやく気がついた。

なんとなく応えるように手を振ってみた。やっぱりまだ実感は湧かない。だけれど、トドロキに勝った事実は揺るぎなく私の胸に刻み込まれた。

 

私の脚は膝から下の至る所が骨折を起こしていた。

幸いだったのは関節部分は無事だったことだろう。それでも筋肉の一部が剥離していたりとあと少しでも負荷がかかっていたら脚は完全に使い物にならなくなっていたらしい。

すぐに救急車でパリの病院に連れて行かれた私の検査結果は全治1年以上だった。

「私のレース終わったなあ……」

 

こうなってしまったらもう無理だ。治ったらドリームリーグに籍を移す事にしよう。

というかせっかく勝ったのにライブ出れないってなんだか悲しいなあ……

でも黒沢トレーナーに本気で怒られたし仕方がない。

「何もライブに出るなとは言っていないぞ。処置が終わったら車椅子のままライブに出られるよう手配する。振り付けは出来ないが歌詞はわかるだろう?」

 

「……!トレーナーそれって」

 

「勝者が出ないライブほど悲しいものはないからな」

 

 

 

 

その日のライブはセンター三ヶ所とも日本のウマ娘が立つ異例のライブになったとか。




Qイスパーン賞は日本のレースですか?
Aいいえフランスのレースです
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