名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘とサンクルー大賞裏

コースは上から見るとアルファベットのeの字のように見える。

そのeの字の真ん中の横棒のところから始まるレースで、私はやはり脚を取られていた。

スタート直後こそ横並びに飛び出したものの、10メートルを進むうちに前に出るものと後ろに出るもので差が出来ていた。どこで力を入れるかと言う事だからそれ自体は無理のない事だ。

まあ私の場合は脚を取られて無駄に力を入れることができなかっただけなのだが……

洋芝は根が浅いから走るたびに足に絡んでくる。確かにその通りと言える。特にこう天気が良くて良場な時は顕著に出る。

シリウスが言っていたのはこれの事だ。良場だけれどまるで重場。

そのためスタートダッシュでは余計なスタミナの消耗を抑えるために後方のいつもの位置に行くしかなくなった。

(流行り慣れない……だが‼︎)

 

芝への感覚が慣れなくても、遅く走るなど論外だった。

しかし全体的にスローペースだった。原因はおそらく前に行ったトドロキだろう。

逃げの状態でラビットのウマ娘と並んで走っているが、どこか遅めに調整している。距離が空いているからわかりづらいがペースを落としているな。

スタートで前に飛び出た逃げにまだ200mも経過していないタイミングで追いつくなんてあり得ないという心理をよく突いている。

 

だがそれは私に対しては有利に働く。

いや、もう1人いたな。

 

私の隣にいた。深緑の私の勝負服と似た色……若草色の勝負服を纏ったオーストラリアから来たというウマ娘。

ストロベリーロード。彼女の目線を盗み見すれば既に前方のトドロキをロックしていた。

散々フランスで暴れているからかどうやら相当マークされているようだ。最もそれは私も変わらないのだが。

このままスローペースに持ち込まれると不利と判断したのだろう。全くもってその判断は正しい。私も同じように考えていたからだ。であれば利用させてもらう。

ストロベリーロードが動いた。

鹿毛のツインテールが大きく靡いた。半歩遅れるようにその後ろに入り込む。歩調と歩幅を合わせ音を、気配を消し去る。

トウショウトドロキの最も得意としたものだ。何度も近くで見ていれば再現は可能だ。

流石オーストラリア生まれと言うべきか、フランスウマ娘に比べてガタイが大きい。そも大柄な体でバ群を無理やり押し除けるようにして前に出ていく。力技だが確実だ。それができるウマ娘もかなり限られる。

小柄な部類に入る私では難しいものだ。

珍しくストロベリーロードは力技を多用するように見えてタイムをきっちり刻んで走るタイプのようだ。加速に関しても100m単位で調整して走っている。几帳面な性格なのだろう。

レースを時間で区切り最良タイムを出し続ける。上手いものだ。

それにリズムを刻んでいるから私も後ろを走りやすい。脚の位置も調整すれば芝に脚を取られると言うことも少なくなる。

 

しかしそのような技を駆使しても突破は難しい場合もある。特に相手がトドロキの場合は例え先頭にいても相手を押さえつけることはできる。

案の定急に塞ぐように2人のウマ娘がストロベリーロードの前に割り込んだ。

タイミングも完璧だ。私でも流石にこれを出来るかと言われたら難しいな。

リズムを崩されてさぞかしご立腹のようだ。真後ろにいても殺気が伝わってくる。なるほど君はかなり短気な方なのだね。逆に言えば周囲からの刺激に反応しやすい……操りやすいと言う事だ。

そうしているうちに最初の左コーナーは終わり長めの直線に入った。

しかしここで彼女に留まってもらっても困る。さあ前に行こう。

少し後ろから圧をかけると、少しだけ耳が動いた。

 

自ら周りを牽制することは慣れていても自分がそれをされると言うのは慣れていないようだった。

直線に入ったため左右にスペースができたためブロックが2人だけでは自ずと限界がある。

 

ストロベリーロードが開いた隙間に飛び込んだ。ほぼ真後ろの私もそれに続いた。

どうやら強引に突破する事は想定していなかったようだ。

驚愕の表情で2人のウマ娘はストロベリーロードを見ていた。私には気づいていなかったようだ。

それはそれで好都合だった。まあ後ろ姿を見られれば嫌でもわかるだろうが、だが彼女たちにはもうどうすることもできない。

まだスパートをかけるタイミングではない。かと言って逃げるトドロキと追い上げる私達を放っておけるかと言われたら心理的には難しい。

 

自然と追いかけてくる形になるが、ストロベリーロードが追い上げる2人の足音で加速した。

陰に隠れているおかげで余計な風の抵抗を受けないでいるため多少加速してもそこまで負担にはならない。2400mなら私の体なら耐えられる。

 

もうすぐ直線が終わる。トドロキは少しだけ速度が落ちていたようだがそれはスタミナが切れたわけではないのだろう。おそらく逃げて差す。その前兆だ。

あの速度のままでも脚を溜めることができるとは……流石だ。

 

だがわかっていれば対策も可能だ。

 

コーナーに入る。ストロベリーロードは多少外に膨らんでいるがそれでもしっかりとコース内よりに入っている。だが速度の関係で内側にはまだ空きがある。

 

シリウス、君の力を使わせてもらうよ。

彼女は左コーナー内側を高速で通過するのが得意だ。何度か模擬戦をしていてその脚の運び方は覚えることができた。それでも本家オリジナルには及ばないが、私もコーナーは得意な方だ。彼女と違い右コーナーが得意というだけでね。

陰から飛び出す。後は速度を乗せてスパートをかけるだけだ。

普段の2割り増しの加速。なるほど、確かに左コーナーでは普段より走りやすい。流石だシリウス。独学でこれを身につけるとはね!

 

だが所詮これも借り物の力であることには変わりはない。トドロキの技、シリウスの技術。

なるほど今の私はツギハギなのだろう。

だがこれらは経験がないこの欧州のレースを制するために身につけたものだ。本来私は真似ることについてはどうやらシンボリ家の中では秀でているようだからな。私の普段の走りも教えてもらった母の走りのコピーのようなものだ。

だが、ここからは私本来の走りだ。

歩幅を開きピッチからスライドに変更。それでいて脚の回転だけは落とさない。

ここまでスタミナが保った事に感謝しないといけないな。

すぐにトドロキの背中が見えた。随分と小柄なように思えた。今まで後ろを走っていて感じたことのない感覚だった。

 

足元から火花のような緑色の閃光が飛び散った。視界のコースに重なるように何か別の、夜空のような光景が重なる。

不思議な光景だった。

 

(……!)

 

急にトドロキが減速したように感じた。

レース中で神経が極限まで酷使されていたから感じただけだったかもしれない。映像で客観的に見れたとしたらそれはスタミナが切れて逆噴射し始めているように見えたのだろうか。或いは私が逆に加速したのか。

 

何れにしても空いていた差が大きく縮まり、私はトドロキに何が起こっていたのか分からなかった。

追いつくどころか追い越してしまい、ゴール板を一着で通過していった。

フランス語の実況が何かを叫んでいた。だがそれを聞き取る余裕は残っていなかった。

あまりにも呆気ない。それでいて張り合いが無いというか……何か違和感が残るようなレースだった。

歓声で埋まるレース場。その表示板に示された番号の中に私ではなくトドロキの番号を探す。

普通なら私のすぐ後ろにいるはずだった。だがそこに彼女はいない。

後ろにいたのはフランスのウマ娘だった。

(では、一体どこに?)

そう思いもう少し下に行くと、4着の位置に彼女はいた。

私から後ろはクビ差に固まっている。その中に彼女はいたらしい。

 

 「勝った……しかしこれでは……私がジャパンカップで負けたようなもの」

確かに初めてトドロキに勝てた。そんなレースだったが、それでもどこか納得がいかない。素直に嬉しいという感情が出てこない。引っかかる。私は全力で挑めた。彼女に見せたかった私の姿を見せられた気がした。だが……

「なぜあんなに調子が悪い? 疲れているのか……?」

 

ファンサービスをしながらも、足早にターフを去ったトドロキの様子が気になって仕方がなかった。

掲示板にはいるがそれでも彼女の中では最低の記録だった。

「何があったのだろう……」

ここまで勝って釈然としないというのもおかしな話だ。しかし……勝ちは勝ちなのだ。

いくら釈然としなくても、何があったとしてもだ。そして勝者はそれを受け入れなければならない。

 

しかしまだ彼女に並んだとは言えない。あともう一戦。彼女と差しで勝負して負け越した分は返さないといけない。

先に行ってしまった彼女のことが心配で、それでも勝者としての態度を示さなければならない状況に歯痒い気分だった。

 

 

 

 

 

最後の最後、ルドルフさんの纏う閃光に見惚れていた。

体が急にスタミナ切れを起こしたのはその直後だった。2400mで慣れない逃げをした代償は最後の最後に脚を引っ張った。

その結果が4着。フランスのウマ娘にも追い越される結果になった。

 

「あ……あ……負けた」

だけど、どこか安心している。そんな心がどこかにあった。これでよかった……どうして?勝つのが辛いから?きっとそうなのかもしれない。スズマッハに負けた時も、どこか気分がかき乱されながらも受け入れていた。

いつから私は勝つことが辛くなっていたんだろう……ルドルフさんに勝った時から?

いや……それよりもっと……

「トドロキ」

サブトレーナーさんの声だった。

俯いていた顔を上げたら、そこにはサブトレーナーさんが立っていて、頭を撫でてきた。

いつのまにか自力で私は地下通路に戻ってきていたようだ。

 

「お疲れ様、今日は休もう」

優しい声だった。他の人が聞いたら安心するという感想が返ってきそうなほどに。

「……うん」

その言葉に、お腹の底に棘のようなものが刺さったような感覚がした。落ち着かない。気分が悪くなる。自己嫌悪の一種だ。どうして?

私は……何を恐れて何を気にしているんだろう?

 

 

 

 

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