「負けた……全部を出し尽くして、負けた……」
響き渡る歓声の中、どこか燃え尽きたような心にぽっかりと穴が空いたような、寂しさと虚しさだけが残っていた。
全てを出し尽くした結果の負け。勝てない私になんの価値があるのか……だけれど同時に新たな燻りがあるのも自覚していた。それが少しづつ穴を埋めていくような感じだった。
「トドロキ。君は強い」
肩で呼吸しつつ私よりも辛そうに柵に手をかけながらルドルフさんは言った。
「その強さによる孤独を、私は知っている」
それが嘘じゃない。慰めでもないのは私もよくわかっていた。ルドルフさんも孤独だった。……孤独だったからこそ自らの理想に突き進む事で全てを得た。
私が出来るかわからない事でもルドルフさんはやり遂げた。
「君は私の理想の共有者たらんとしてくれたが、私は君にこそ幸せになってほしかった。全力を出すことを忌避する君にこそ、全力を出してほしかった」
その目は、理想の体現者じゃなくて、ただの年頃の少女……ただ友達を心配する目だった。
きっと私が望んでいた……欲しかったもの。ああそうだ。忘れていた……私はただ、友達が欲しかっただけだったんだ。心の底から競い合えて楽しめる友達が……
「……次は」
自然と言葉が出ていた。何かが切れた気がした。脚を縛っていた何かが……
「ん?」
「……次は、我が勝つ!ルドルフの全力を、我が全力で打ち滅ぼす!」
「ふふふ、その意気だ!ああ、そうとも!君にはその顔が相応しい……」
「「次は有馬だ!」」
皇帝と怪物の意思が一致した瞬間だった。
英雄の誕生。
日本では史上初の凱旋門賞の勝利に沸いていた。それを成し遂げたのが皇帝、絶対と言う異名を持つルドルフだったことも影響していた。
そしてその真後ろに常にいたトウショウトドロキ。
常に争い続けてきた両者の激闘に、その姿に人々は熱狂していた。
そんなルドルフは一連の欧州蹂躙撃によりフランスからは魔王の異名を得ることになった。
怪物と魔王。2人は確実に欧州のレースに爪痕を残していった。
しかしトドロキは凱旋門賞を最後に再び日本に戻ることを表明し、ルドルフもそれに続くように日本のレースに戻ることを発表した。
そのせいもあってかフランスのレース界の荒れ模様は次第に落ち着いていった。なにせ良いように2人にレースを荒らされてプライドはズタズタだった。
それを知ってか知らずか、ルドルフは調子が良かった。借りているホテルの部屋に戻るなり先に戻っていたシリウスに揶揄われた。最もルドルフ本人は揶揄っていることに気づいていない様子だったが….
「お、魔王サマのお出ましだ」
「シリウス、次はあなたの番ですよ」
「わかってるさ。ま、今はせいぜいそこで見下ろしているんだな」
「はは、手厳しいなシリウス。どうやら休ませてくれるような事はないらしい」
「わたしにとったらあいつもあんたもただの通過点だ。その先に行く」
きっとそれは彼女の紛れもない本心で、昔から変わらない本質だったのだろう。
いくら見た目が変わり、態度が横柄で行動する子たちが危険な側にいる子だったとしてもだ。芯があるのならきっと彼女はわたしに並び立つだろう。ああ今から楽しみで仕方がない。
そうすればトドロキにシリウスと同じ土俵で戦うことができる。それはルドルフにとっては願ってもいないレースだった。
彼女の本性は手段のためなら目的を選ばない。それを鋼の理性によって抑えているのだ。だからそうして手段の一つであるレースそのものを極限まで楽しみたいのだ。そのためにはなんだってする。
けれどその楽しみはお預けになる。
それはルドルフのせいでもなく、誰のせいでもない。不幸な連鎖だった。
そしてそれを何よりも悲しんでいたのはトドロキ本人だった
空港に着陸したパリからの直行便は、直ぐにその巨体をターミナルに接続させた。
久しぶりに日本の空気を吸った。
世界中どこでも空気は変わらないけれど、フランスの空気よりも些か呼吸が楽な気がした。
それはきっと空気のせいだけじゃないのかもしれなかった。
ただ、それでも気を重くさせる存在は居た。
カメラを構えた集団が見えると、気分が重くなる。正直メディアは好きではないのだ。フラッシュ眩しいし五月蝿いし。
タケホープと共に空港に集まるメディアを避けるために変装して京成線まで逃げ込んだ。
その時になって、なんとなく行きたいところが出来てタケホープさんに許可をもらって出かけることにした。
なんとなく父のことが気になったからだった。
あまり詳しい話は聞いていなかったけれど私が生まれて直ぐに事故で亡くなったと聞いた。ただそれだけだった。どんな人でどんな性格だったのか。残っているのは母の部屋の写真くらいだ。後たまに墓参りに行くくらい。
それもトレセン学園に行くようになってからはめっきり行ってなかった。薄情なのかもしれないけれど物心ついた時からいないのだから実感が無かったのだ。
気になったのは偶然に過ぎない。でも、もしかしたらそう言う必然なのかもしれない。
父の墓は父の実家があった長野にひっそりと建っている。
電車に揺られタクシーに揺られやってきたお墓は、季節相応に冷えていた。
人気がないから余計に寒さが強く感じる。
「久しぶり……なのかな?」
正直墓で話すってことは今までしていなかった。
「なんて言って良いのかわからないけど……取り敢えず現状報告だけね」
正直お墓なんてのは生者のためのものでしかない。死者にとってそこはただの場所でしかない。そう思っている。
でも話したらなんだか気が軽くなった気がした。きっと心のどこかで父に対する思いが重しになっていたのかもしれない。
元々父はトレーナーだった。母を担当していたわけでは無いけれどそれでもその筋ではそこそこの実力があったらしい。まあそれも20年近く前の話だ。
意識していなくても無意識のうちにトレーナーである父と競技者だった母の事を考えていたのかもしれない。
「それじゃあ帰るね」
正直今更父について知りたくなったわけじゃない。きっと知ってもわたしにとっては他人事になってしまうのだろう。
だとすれば、有馬記念見にきてねくらいの気持ちの方がちょうど良いのかもしれなかった。
もしかしたら私を引っ張っていたのはこれなのではないだろうか?
昔から母1人だったから、父に認めてらうと言う感情は天国にいる存在に認めてもらうと言うことで、だからこそ全力を出し続けて周囲を怖がらせていたのではないだろうか?
まあ、今となってはもうわからない。10年以上も前の私の感情なんてのは曖昧でわからないものなのだ。
結局私がその時どう考えていたのか、もう私にはわからなかった。ただ、その根底には父親の存在があったのかもしれない。
ただまあ、いずれにしても気分が良くなったのは確かだった。
「待たせた」
表に止めておいたタクシーに戻ったのは墓についてから十分くらいだっただろうかな意外と短かった。
「気にしなさんな。ここら辺はバスも無いから来るのが大変だからな」
気さくな運転手だった。どうやら彼もまた娘がトレセン学園に入学したいと言っているらしい。変装していてもウマ娘だと言うのは隠していないからか、意外なほどにおしゃべりだった。
「ところであんたさん何処かで……いや、気のせいだな」
「我の名は今は秘匿されている。すまない御者よ」
「口調で案外わかっちまうモンだがまあ、内緒にしておくよ。娘が君のファンだからサインをと思ったんだがね」
「そう言うことなら」
サインをお願いされたのは初めてだった。ふと、父が生きていたらこうやって娘を溺愛していたのだろうか?
なんとなく娘さんが羨ましくなった。
嫉妬というよりかは持てなかったものに対する憧れの方が近いのだろう。
その気持ちが嫉妬に変わらないうちに、タクシーを降りて少し歩くことにした。生前の父の実家は駅の近くにあったらしい。ただ、父の両親もまた結婚する前に不幸にあい既に家は無くなっていたと聞く。
それでも確かにそこは父の過ごした場所なのだ。こうしてセンチメンタルになると時々散歩する癖がある。トレセン学園に入ってからは鳴りを顰めていた癖だ。
母はよく放浪する癖があったからそれが移っているのかもと言っていたけれど癖まで遺伝するものなのだろうか。
悪魔神は答えてはくれない。生命の神秘にはノータッチらしい。
まあ普段から答えてくれるものでも無いのだから今更のような気もするが……
駅前だというのに東京のように商業施設が立ち並ぶわけでも無い。民家が多い光景。金沢でもそうだったけれどよく言えば日常的。悪く言えばよくある地方都市。
ただ、閑散としているからか、我にとっては少し気分が良かった。
山の麓というのもあるのだろう。次の夏合宿は山に行くのも良いかもしれぬな。海は海で良いが灼熱の太陽神のフレアアタックは対処が手間だ。
そんな事を考えていると、背後で雷でも落ちたのではないかと思えるほどの大きな音がした。それが金属同士が衝突してひしゃげる音だと理解するよりも先に振り返るとフロントを破損した車が私の方に飛び込んできた。
車同士の出会い頭の衝突事故。反動で吹き飛ばされた車だと知ったのは全てが終わった後だった。
瞬間神経に血が昇ったのか光景がゆっくりとし始める。だけれど超人になったわけじゃないから体はゆっくりなままだった。
「危な……」
最後まで言葉は出なかった。
ただ、体だけは確かに動いていて、同時に左腕に鈍い痛みが走ったのは覚えている。
車は我の側を通り抜けて電柱にぶつかって止まった。
ただ、同時に吹き飛んできた大きな金属の破片が我の腕を直撃、当たりどころが悪く腕が曲がってはいけない方向に曲げていた。
不思議なことに痛みは無くて、気が付けば我は大破した車から同乗者を救出していた。
結局医者からは全治2ヶ月の骨折と診断された。リハビリを考えれば有馬記念は絶望的だった。
「あ……有馬記念……」
断念するしかありませんね。という医者の無情にも思える言葉だけが心に残る。
ルドルフと約束したのに……