トレーニングをするルドルフの気合いがいっそう高まったのはやはりメイクデビューの後だった。もちろんそれまで彼女が手を抜いていたかと言われればそんなことはない。
むしろ今までだって相当な負荷と練習量で力をつけてきた努力家だ。
そんな彼女を一層やる気にさせたのはやはりあの白毛のウマ娘。トウショウトドロキの影響が大きいのだろう。
メイクデビューを見て確信に至った。あのウマ娘は純粋に強い。いや、模擬レースを見た時もあの才能は既に他者を圧倒していた。
それでもそのままの成長であればリギルのメンバーであれば対抗可能だった。ライバルくらいにはなるのではないか。その程度だった。
その想定は本格化を迎え更に強くなった彼女を見てすぐに吹き飛んだ。プランの練り直しが必要だった。幸いにも彼女はかなり手の内を見せていたから対策そのものは組み上げられる。ただしその負荷に現状耐えられそうなのは同期のルドルフだけだったのは皮肉だろう。
その上、レース後の最も気が立っているであろう状態の彼女と平然と会話をしていた。ルドルフは表に出ないものの感情の起伏が大きく、そして何より激情家で他者を威圧しやすい。
だからレース後は少し時間をとってそれを落とすのだけれど、観客スタンドにトドロキを見つけた彼女はあろうことかそのまま向かっていった。
それにもかかわらず、トウショウトドロキというウマ娘はあのルドルフに対して一歩も引いた様子はなかった。
あれに堂々としている時点で相当な自信家か、ルドルフ並みに気が強いのか。その気の強さはレースでは最もな武器になる。
おそらくこのまま行くのであればクラシック路線を走るルドルフとはぶつかり合うことになるだろう。
「まずは情報集めと対策が必要ね」
元々トウショウトドロキはトレセン学園に最初からいた生徒ではない。
新入生が入ってから一ヶ月ほどした5月に、彼女は転入でトレセン学園にやってきた地方組である。
それ自体は珍しい事ではない。転入のための試験をクリアすれば誰でも途中から中央のトレセンに来ることは可能である。
だけれど、大概の場合最初の進路希望で中央トレセンを選ばなかった。選べなかった子が地方経由で中央に行くのは簡単な事ではない。
それもまだ地方トレセンの方も入学して一ヶ月しか経っていないと聞く。どう考えても早すぎるしまだメイクデビューも本格化も済んでいない状態であるのは目に見えていた。
それでいての急な転校。邪推してしまうのも仕方がない事だった。
「理事長、なぜ私なのでしょう」
「回答!たづなは別件で今は手が離せない。それにこれから面談をしにいく子に対してトレーナーの目線からの意見も欲しい」
「なるほどそれで私ですか」
「肯定!君の実力はトレセン学園でも指折りだ。それに理論的で明白に物を考えるからな!」
納得できる答えを提示されてしまったら従うしかない。それに転入を推薦するほどのウマ娘にトレーナーとして興味もあった。
「承知!これから会いにいくウマ娘はカナザワトレセンからの推奨でもあるのだ」
聞けばそのウマ娘は地方トレセン学園とは言え中央への転入の推薦までするほどだった。それほどの逸材ならば見に行って損はない。
「丁度模擬レースのようですね」
そして行われたのはレースを圧倒的なセンスで支配する姿だった。
終盤でスタミナ切れを起こしたのは先頭から4番目までの子達だけだったが、彼女達が減速した事で一瞬後方の集団が詰まった。左右に回避しようとしてもバ群を形成しているためすぐには動けない。
その隙を最後方にいたトドロキはまとめて抜き去った。
なるほど、あれだけのセンスと技量を既に持っているのであれば中央に送りたいというカナザワトレセンの考えもわかる。
ローカルレースは結局のところ規模でも名誉でも中央には及ばない。どうしてもそれは中央という日本全国が注目するレースをする関係上強豪が集まりやすい。それゆえに自然と中央集権な運営と規模に陥る。
だけれど同時に、分かってしまった。あの子は私には育てられない。
「感激!トウショウトドロキは技量は申し分ない!」
「残念ですが、私の手には余ります」
チームリギルの育成は、個人に最適化させたトレーニングにより個人の長所の育成と短所の克服を行こなう。その為サブトレーナーやトレーナーによる管理養成の割合が強くなる。
総合で高いポテンシャルを磨き上げるのがチームリギルのやり方だ。
利点は、ある程度突出したポテンシャルを持たない非才能型でも強者へとなりやすいこと。
当然欠点もあり、ある一定のポテンシャルがずば抜けているような子の場合その個性を潰しかねないということ。
目の前で勝利を得た白毛のウマ娘は後者だった。
総合的なポテンシャルも高いが、それ以上に突出した得意分野を持つ。一戦だけでもそれが目に見えてわかる。そう言うタイプは私のチームでは育てられない。持ち味を活かすことはできない可能性が高い。
彼女がチームリギルに来たとしても彼女にとってそれが良いことだとは思えなかった。
「彼女は、チームスピカが良いのではないでしょうか」
チームスピカ。今現在所属ウマ娘が居ないものの、あのチームのトレーナーもまた相当天才と呼べる人だ。彼の得意とするのは私とは真逆。ある一点に特化したようなタイプの養成で右に出る者はいない。
悔しくないと言えば嘘になる。だけれど、彼女の夢を叶えるとなった時に最善の選択肢を見つけてあげるのもまたトレーナーの役目だ。
そして案の定トウショウトドロキはチームスピカに入った。
トウショウトドロキとシンボリルドルフのメイクデビューは偶然にも同じ日になった。それは、彼女はルドルフのライバルとなる事を意味していた。
もしもどちらかが一年本格化する時期がずれていたら、ライバルになることも無かったかもしれない。
ルドルフに劣らない。むしろあの多彩な戦術はそれこそルドルフよりも優っている。そしてそれを使い分ける技術。純粋に彼女は強い。自らの技術だけでなくコースの特性まで利用して周囲の勝ち目を潰していく。
それは戦略と言って良いものだ。頭脳から言えばむしろトレーナーに近いかもしれない。もしかしたらそのうちトレーナーになって私の前に立ちはだかってくるかもしれない。それはそれで面白そうね。
「やっぱり相当手を打っているわね。でもこれだけ手の内を見せていたら、ネタ切れになるわよ」
彼女のメイクデビューのレース映像を見つつ対抗策をメモしていく。それにしても行っている術が多い。それにこれらは自分自身が大丈夫であっても周りのウマ娘がそれに影響されてしまうとそれに巻き込まれる可能性があるという中々厄介なものばかりだ。
唯一これを回避する術はあるにはある。ただ、それは博打要素が強くなる戦術であるのだが。
「いざという時のためにトレーニングさせておくべきね」
スズマッハにとってトウショウトドロキは、風変わりなクラスメイトの印象しかなかった。
未だ環境の激変に体を慣らすのがようやく終わってきた頃合いにクラスに現れた彼女は、たちまちクラスの話題となった。
眼帯をして葦毛とも違う白毛を靡かせている彼女は見た目からもかなりインパクトがあった。
「我が名はトドロキ!」
同時に性格の癖が強すぎるというのも話題となった。
模擬レースでも走り方が独特で、尚且つ彼女と走ると例外なく普段よりも疲労が溜まる。
それ故かレース事に関しては彼女は一目置かれ始めた。
転入生という色眼鏡が無くなる頃には、レースで会いたくないウマ娘という称号が密かにつき始めていた。
メイクデビューを勝った彼女に対してもクラスの評価はトドロキならそうなるかな。と言った感想が多かった。
それはシンボリルドルフも同じだったが、彼女は野望の為に走る為あまり世間体の一喜一憂は気にしていなかった。
彼女がOP戦に進むと言ったのは、メイクデビューで華々しいデビューを終えた2週間後だった。
ただ、彼女と同じ日にデビューしたシンボリルドルフの強いレース展開に人気は押されていた。
話題に上がるのは多くがルドルフのレースだ。それだけ強者の走りをしたのだから仕方がないとスズマッハは思っていた。ただ、そのせいで警戒すべき対象を見誤る人が出るかもしれない。人は誰しも強い光を求めるのに目を焼かれやすい。
(もしかしてトドロキちゃんはそこまで考えて?)
あらぬ誤解だった。
特段トウショウトドロキはルドルフの事など面識もない上に知らなかった。多少シンボリの名で(シンボリ家の強いウマ娘かな?)程度は考えていただろうが。
そんなあらぬ疑いをかけられるトドロキの次のレースは比較的に早く決まった。
preOP戦、アスター賞。9月前半の日程で中山レース場で行われるレースだ。
OP戦とデビュー戦、未勝利戦の合間に位置付けられるレース。一応条件を満たせば上のOP戦へ出場が可能であり、同時にトドロキはメイクデビュー時に条件を満たしていた。そもそもレースレコードタイの実力があって条件を満たせないというのがおかしいのだ。
(しかし彼女は堅実に実践経験をつに上げていく方法をとった。堅実なんだろうな。或いは……8月の猛暑の中で行うレースを嫌ったのか)
7月のメイクデビューも決して涼しいわけでは無かったがそれでもまだなんとか耐えれる気温だった。
既に茹だるような暑さが全国的に襲いかかっていて、レースをする気温ではない。大抵のウマ娘は暑さに弱く、それはスズマッハもトウショウトドロキも変わらなかった。
ただ、暑いからと言ってメイクデビューを勝利したウマ娘が休めるかと言えばそんなことはなく、この時期は体を作り基礎を磨き上げ、応用も少しづつ入れていく時期である。とはチームスピカのトレーナーの説明だった。
ただしそのトレーニングメニューはかなりトドロキのしたいようにさせている様子だった。
ある時はプール。ある時は屋内のトレーニング設備で。徹底的に外を避けている様子だった。
「いや外でろ。たまには芝を走れ」
「生憎だが灼熱地獄に行く切符は持ってない」
偶々プールでのトレーニングをしようとしていたスズマッハは入口の方から聞こえてくる声に耳を傾けた。鹿毛に包まれた耳が音を効率よく捉える。
「最終的に走らないと走法とか忘れるだろ!芝の感覚忘れましたじゃ洒落にならんだろうが!」
「わ、……忘れないもん!忘れたらハリセンボンお汁にして美味しく食べるもん!」
「アバサー汁じゃねえか!美味しいけどよ!」
(ええ……大丈夫なのかな……)
流石に心配になったスズマッハだったが、少ししてお互い納得したのか声は練習の掛け声になっていた。
「ええ……あそこから普通に練習に入れるって気持ちの切り替え早いなあ……」
その上かなりストイックにトレーニングをしていた。
(やっぱりG1目指すのならあれくらい頑張って人生賭けるくらいじゃないと行けないのかあ……分かっていたけど現実は厳しい)
毎年500人以上が入学する中でG1で活躍できるのは本当に10人ほどしかない。勝負で勝つという事は残酷な事でもある。ただ、トドロキはその事への自覚が薄すぎた。
中山レース場はやや閑散としていた。いくら中央のレースとは言えpreOP戦。メイクデビューより人は増えても会場満員とまではいかない。
トレセン学園から学生でも経済的に簡単に観にいける距離の位置にあるためか、スタンド席にはトレセン学園生や若いウマ娘も多かった。
比較的簡単に前列に行けたスズマッハ。そして彼女に気づいて手を振るトウショウトドロキ。
側から見れば友達のように見えるがスズマッハは応援ついでにトドロキのレース技術を見て、対策を練ろうとしていた。友達であり同時にライバルである。その言葉通りの関係だった。ただしその感情は一方通行でありトドロキは友人というより友達だけど一緒に走ったらまた他の人のように自分から離れていってしまうのではないかという不安に苛まれる関係であった。
それでもトドロキは力を隠すことはしない。勝ちを狙いにいく。それだけだった。
圧倒的なレースで心を掴んでいったルドルフのかっこよさを参考にしていた。
(ルドルフのように圧倒的なかっこいい勝ち方をしよう!そうすれば人を惹き寄せられるのかも……)
彼女は知らない。圧倒的な走りは憧れや惹き寄せる方向に働くが、それはあくまで目指す目標としてや、観る側からの評価であって、走る側にまわれば絶望を振り撒くものでしかないということを……
レースは幕を開ける。