名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘と天皇賞 裏

天皇賞は後半戦に入った。

 

同時に緩んでいたペースが戻り始める。スタミナを戻すとまではいかないが呼吸を整えるという意味ではこのペースダウンは長距離レースに見られる一つの分岐ポイントである。

ここでいかに息を整えることが出来るかで最後の伸びが変わるとまで言われているくらいだ。

例外的に全く息を整えず最後まで走り通す猛者もいるがそれは心肺機能が元から強いイレギュラーだ。

 

事実トドロキもルドルフもこのタイミングで息をいれていた。ただし極力周囲に気づかれないよう、息継ぎをハイペースにする努力は怠っていなかった。

 

 

再度加速したタイミングでほとんどのウマ娘は思った以上に息が整っていないこと、心拍数が変動していないことに気がついた。しかし今更そんなことでレースを辞めるわけにはいかなかった。

 

諦めるわけにもいかなかった。

ペースが上がり始めてすぐに2人が仕掛けるとしたポイントを通過した。この時点でルドルフは6番手ながら外に出ており前方には誰もいなかった。

 

トドロキはペガサスの真後ろだが同時にペガサス自身が加速していた。ペガサス自身は仕掛けるポイントは2300mと決めていたが、全体がハイペース気味になっていると思いやや早めのスパートをかけていた。当然全体的にはハイペースにはなっていなかったのだが、後ろからかかるプレッシャーのようなものに気圧され無意識のうちにそう感じてしまったのだ。

 

結果として3人、そしてそれを横目にやや遅らせたタイミングでミスターシービーがスパートに入った。

長距離では珍しくないロングスパートだ。淀の最後の坂に向かって4人が前に出る。

後方もそれに釣られてスパートが入るがどうしても速度が伸びなかった。レース全体に撒いたトドロキとルドルフの毒が回り始めたのだ。それでも前年のタイムと総合的には変わらないのだからレベルが低かったわけではない。ただ、相手が悪すぎたのだ。

 

 

後方を突き放そうとする3人と巻き込まれの1人。

4人の一騎打ちのように見えていたそれは、残り距離が600mを切ったところで全く別のものに変わった。

 

「うらあああ!私だってええ!」

その集団に突っ込んでくる影があった。

それも大外側に斜めに入り込むようにだ。

(な!まさか……)

あろうことかニシノライデンがここにきて破滅的なスパートをかけて追い上げてきたのだ。後先考えない破滅的なそれは、内側から固まっていた4人の前を横切るように派手な斜行を繰り広げた。

ルドルフもトドロキも制御できない爆弾が爆発したのだ。

 

 

真っ先に被害を受けたのは先頭を走っていたルドルフだった。

斜めに思いっきり進路をかぶられてしまえば接触を避けるために加速を鈍らせるしかない。それでも接触をスレスレで回避できてなお減速を最小限に抑えるように立ち回っているあたりは流石の判断力だった。

通常であればそれだけの隙でルドルフの敗北は見えてこない。

しかしミスターシービーとトウショウトドロキという僅かなミスすら突いてくる化け物レベルのウマ娘が相手ではさしものルドルフも確定した勝利は描けなかった。

最もそのトドロキもシービーも混乱に巻き込まれていた。

トドロキは風除け代わりにしているペガサスが接触回避で大きく横に飛び退き、予定よりも早く影から飛び出す羽目になっていた。

シービーも飛び退いたペガサスを回避するために進路を横にずらさざる終えなかった。

結果としてペガサスは既にトドロキによって削られたスタミナのせいでスパートの鋭さが鈍っていた。

加速で3人に追いつけない。

斜行で前に出たニシノライデンも、流石にできたのはそこまでで一旦前に出れてもすぐに後退が始まっていた。

その彼女をルドルフ、トドロキ、シービーの順で抜いていく。

残り200m。

全員が並んだ。

 

もはや誰が勝つのかも分からない。予測不可能なレース。

「悪魔神……行くぞ!非日常の魔の手に!」

 

 

ミスターシービーが前に出た。

 

しかし抜いたと同時に2人からのプレッシャーを浴びた。さしものシービーも一瞬その視線に心が乱れる。

 

その乱れは走りにも僅かに現れた。前に進む、その動きがブレる。

そこをすかさず2人が捉える。僅かな差はほぼなくなり、勢いを増した2人がやや前に出た。

 

「汝、皇帝の威厳を見るがいい……」

ルドルフの声がトドロキには聞こえた気がした。もちろんそれはただの幻覚だったかもしれない。しかし視界の一部にノイズのような別の情景が映り出した事で、トドロキも幾度となく体験したものが来たのだと感じた。

 

同時に覚悟を決める。加速しようと姿勢をさらに下げる。視界が低くなり見える光景が変わる。

闇のような幻影が一瞬だけ背中に翼のようなものを作った。

 

(2人とも……いやあ私も先輩になっちゃったなあ)

そんな2人に追い縋るミスターシービー。前を譲ったものの、それでも彼女はまだ諦める気は毛頭なかった。しかし同時に脚が限界に来ているのも理解していた。

これ以上彼女たちと張り合えば確実に脚が壊れる。わかってしまっていたのだ。だからシービーは追い縋ることをやめた。

(でもいつまでもそこの景色に甘んじていると足元掬われちゃうよドリームリーグでは特にね)

 

最後の最後に残ったのはやはりルドルフとトドロキだった。

シンボリかトウショウか。互いの意地が歪に交差し、ぶつかるたびに火花が散った。

 

ルドルフが少しだけ前に出ていた。

既に互いが見るそれぞれの幻覚のようなものは相互に打ち消しあい消失していた。残るのは自らの信念と力のみ。

 

残る距離は100mもなかった。スタミナもほぼ尽きる寸前。

そこまできて、トドロキはルドルフに立つための最後の手段をとった。全力で走る。そのために手段を選ぶのをやめた瞬間だった。

 

「我が……勝つ‼︎」

少しづつ歩幅が広がっていく。体のバネを極限まで使った動きに関節が悲鳴を上げていた。だが速度を落とすことはできない。

その最後の足掻き、ピッチ走法の足の回転を維持してスライド走法を行う無茶苦茶な走りでトドロキは僅かに前に出た。

 

「……‼︎」

ルドルフの声にならない声が聞こえた気がした。

ゴール板通過はトウショウトドロキは覚えていなかった。

ただ、真っ白な視界の中に歓声だけが聞こえていた。

 

僅かにアタマ差。トドロキが勝利を決めた。それは去年から続く連敗を完全に払拭させ、ルドルフのライバルとして返り咲いたのだという証でもあった。

 

 

しばらくの合間トドロキもルドルフもどこか他人事のように湧き上がる歓声を聞いていた。

自らの事なのにどうしようもなく心は冷静でいて、まるで映像で見ているかのような客観的な感覚にさえなっていた。

実感が湧かないような顔をしながらも、段々と平常心になるにつれて喜びで溢れたトドロキは飛び上がっていた。

 

その様子を見ていたルドルフも年下の子供を見るような慈愛の気持ちが生まれていた。ただ悔しさや悲しさといった年相応の、そしてレースをする上で必要な感情がないわけでもない。

 

「おめでとうトドロキ。それはそれとして悔しいが」

 

「ははは!ならば我とまた勝負だ!」

 

「全く君は楽しませてくれるね」

 

だからこれからもずっと、ルドルフのその言葉は言わなくても伝わるかとそっと心に留めた。

 

 

 

 

 

 

 

『ついに勝ちました! 尻沼の5連敗からの9馬身差! みたか! これが トドロキだ!』

 

興奮鳴り止まぬ夜と言われるが走り終えた後は結果がどうであれ日常生活に戻るのが普通だ。トウショウトドロキもシンボリルドルフも、ミスターシービーもそれは変わらない。

 

だがシービーとトドロキは偶然にも淀川を散歩している最中にバッタリと出会してしまった。

2人とも考えていることは同じで、せっかく京都に来たのだから観光してから帰ろうという魂胆だった。ただし2人とも街を歩けば老若男女様々な人から声をかけられるスーパースターのような存在になりかけている。

 

そのため変装をしていたのだが何かと引き寄せられるものでもあったのだろうか。

「奇遇だね……トドロキ」

 

「いかにも、都の宴を巡った後の余興にな」

そこまで言ってトドロキはシービーが少しおとなしいのに気がついた。持ち前の人見知りが前面に出ようとする。それでもここで黙り込んでしまうと双方共に無言の空間が出来てしまいそうで、それに耐えられないと思ったトドロキは必死に話を繋げようとした。

「……何かあった……の?」

 

「あちゃあわかっちゃうか……ごめんね少しセンチになっててさ」

耳が深く被っている帽子の下で動いた気がした。

 

「私はもう一線で走るのは難しいかなって思ってねトゥインクルシリーズを降りようかなって」

シービーの言葉に、トドロキは言葉が出てこなかった。

「それは……」

 

「今回のレースで分かったよ。私の体はもう前にように戦えない。だから私は走ってエンターテイメントに興じるのは少し休もうかなってね」

言うほどエンターテイメントをしていたのかと突っ込むのは野暮だよと付け加えるのは忘れない。

「ドリームトロフィーに?」

トドロキの言葉に少し苦笑いしながらシービーは答えた。

「そのつもりだけど出るかどうかはわからないよ。あ、君たちが出るのなら勿論出るけどね」

シービーにとってはC調と遊び心がレースにおいて最も重要だった。そんな彼女がそれを見出せる相手は実のところそこまで多くはいない。その中でも最大だったのは実はトドロキとルドルフだった。

 

 

「まあ、気にしないでよ。先に言って待っているからさ」

 

 

「死力を尽くして、誰が勝つか分からない最速の世界……非日常の世界はあっさりと消えていく。まるで夢のように……」

 

(もしかしたら夢なのかもしれない。だけれどその非日常に囚われている心は本物だ……)

そしてトドロキ自身もトゥインクルで走れる期間はあまり長くない。そのことは彼女自身がよく分かっていた。限界を超える力を時々発生させるレースでは脚の寿命は相当に短くなる。

(いつか自分自身もシービーのようになるのだろうか)

「でもその非日常に飛び込んでいくのが私達でしょ」

 

「そうだったな吟遊の民よ」

 

「なんか私の二つ名変わった?」

 

「それは秘密」

 

 

1週間後、ミスターシービーの正式なトゥインクルシリーズ引退が発表された。

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