名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘は変わる

走る事に対しての情熱が冷めたわけではない。

シービーさんはそう言っていたけれど……それで納得できるほど私は心が強くない。

でも、だからこそ私はシービーさんの分も思いを乗せて走らないといけない。

京都から学園に戻ってすぐ、私はまたトレーニングに戻った。

だけれど沖野トレーナーの課す課題はそこまで負荷がかからないものだった。

そんなトレーニングが1週間ほど続いて、我も段々と何かがおかしいような、そんな気がしていた。

隣でメジロラモーヌがティアラに向けた調整で極限まで追い込まれているのとは対照的だった。

 

 

そしてついに沖野トレーナーは我を呼び出した。

「大事なことを言わないといけない。チームの部屋に来てくれ」

普段よりも真面目な態度に、薄々何を言われるのかは理解しているつもりだった。

 

「あんたの脚についてだ」

隠しても仕方がないというように、トレーナーさんは単刀直入に言った。

 

「やはりか……」

 

「もう分かっているんだろう。もう限界だってな」

実のところ勝利することができた天皇賞においても脚が軋むような違和感はあった。ルドルフさんと競り合っている中で気にしている余裕はなかったが、あれは一歩間違えたら壊れていただろう。

 

全力を出して脚が壊れる……つまり力に対して足の耐久力が追いついていない事を意味していた。だがそうしないと彼女には勝てない。

 

では力の方がつきすぎたのか?否、力自体は変わっていない。

肉体強度のピークが過ぎたのだ。おそらく遅れて力も衰え始める。

「……後どのくらい走れる?」

我の感覚がずれていることを祈りたかった。けれど帰ってきた答えは残酷なほど我の予想と同じだった。

「トゥインクルなら今年いっぱいだ。ドリームの方なら出走回数も少ないし後数年は走れるかもしれない」

改めて言われるとショックなような気がしたけれど、胸の内にその言葉はストンと落ちた。

あっさりと目の前の現実を受け入れてしまう我の頭が、冷淡なような、冷めた態度のような、なんとも言えない嫌なやつに思えた。

「……今年か」

 

「どうするかはお前が決めるんだ。お前の選んだ道を俺は納得いけるようにするためにいるんだからな」

 

「……有馬で身を引く」

本音を言えばルドルフさんと沢山走りたい。もっとレースをしたい。だけれど体に無茶をかけて取り返しがつかない事にもなりたくはない。

だからせめて後悔だけはしたく無かった。

 

全力を出せるレースを体の限界と相談して決めた答え。

「分かった。バックアップは任せろ」

こんなすんなりと引退が決まってしまうのは、なんだか納得がいかない。でも同時にその判断に正当性を持って答えられる気がしている自分もいて、その思い同士が何処かぶつかり合わずに共存している不思議な感じだった。

 

 

その日はトレーニングは休みになった。気持ちを整理する時間が必要だろうというトレーナーさんの計らいだった。

 

その次の日も授業後のトレーニングは見学する事になった。

 

シンボリルドルフさんや我を応援している人達にはいつ話そうか、なんて子供じみたサプライズのような感覚。それはある意味心の防御機構が働いているから生まれる虚栄なのだと理屈で押さえ込んでラモーヌさんのトレーニングを漠然と見ていると、声をかけられた。

 

 

「ねえ、トウショウトドロキ」

 

「魔性の令嬢?」

同じチームながら我が海外に行っていたりしたため、チームであっても中々一緒に練習する事が少なかった。

あれ……折角一緒に練習出来る時間…結構ふいにしてた?

 

 

「トレーニングのお相手してくださる?ティアラへ向けての模擬レース」

 

「無論!宴前の余興は何度でも付き合うぞ」

 

 

「安心しましたわ。脚の寿命を教えられて参っているのでは無いかと思いました」

目を細めるラモーヌさんが、なんだか品定めしているようで少し怖かった。試されているのかな……

「そんなことは……ラモーヌサントノハシリタノシカッタシ…」

 

「何か言ったかしら?」

 

「なんでもない、宴の準備に取り掛かるぞ魔女よ」

 

「令嬢から魔女になったのね」

 

 

 

 

 

 

模擬レース。距離は1600m。

我にとっては少々短すぎるが、桜花賞の距離がこれだから仕方がない。

スタミナ管理が重要だがそれは走りながらするしかない。幸い模擬レースと言っても我とラモーヌさんの2人だけ。

 

 

スタートはゲートが借りれなかった為、トレーナーの旗の合図。

 

振り上がった旗が降りればスタート。

ゲートが無いからラモーヌさんの待機する姿はよく見える。自然体で、でも鋭い目線だけは旗を凝視していた。

我は、どう見られているのだろう。感じたことのない感覚だ。

やっぱりこうして並んでスタートするのを考えると、ゲートという1人だけの空間の方が我は落ち着く。

旗が降りた。勝負が始まる。

 

駆け出してすぐに前に出たのはラモーヌさんだった。我のスタートを抑えるように最初の出だしで前を抑える作戦のようだ。

 

まるで檻のように絶妙な位置で動きを牽制してきていた。

見えない監獄、それがピッタリ似合うものだ。

 

ならば我はその檻を突き破るまで!

前に行かせないために取れる方法は2つ、進路を被せ続けるか、前に逃げるか。

前者は上手くやらなければ進路妨害を取られる。後者は走法が先行や逃げとなる。

ラモーヌさんはルドルフさんと同じで本来捲り。脚質を考えて取っているのは前者の方法だ。

 

ただ、後ろから見ると色々とわかる。まだ荒が多い。トレーナーさんしか確認する人がいないから多少のラフプレーは目溢しされる。

 

本来その位置はイレギュラーなのだろうけれど、本質的にバ群後方にいるのが得意なウマ娘同士で模擬レースをすればこうなる。

とすれば勝敗の有利不利は、得意な走法云々ではなく自分のペースで走れる前方有利なのだ。だからラモーヌ嬢は前に出たのだ。若干我が出遅れ気味になったというのもあるだろうが……

 

ならそれを元に勝つための方法を考える……

 

 

背後に回る。ラモーヌさんの背中に極力近づいて、空気の抵抗を落とす。スリップストリームと呼ばれる現象は人間サイズでも発生しうる。ただし体の面積の関係上その恩恵を受けられる位置はごく限られている。その限られた空間を有効活用する。

我が良く他者の後ろスレスレにいる理由でもある。

仕掛けるのはスパートから。それまでにスタミナを削らせる。

ラモーヌさんのスタミナはティアラを走る上で最長となる2400mに合わせて調整されているから1600mできっちり使い切るとすれば相当早いペースで走る事になる。だがそれはイコールでずっとハイペースになると言うわけではない。力の緩急があるのは1600mも2400mも一緒だ。常に全力を出し続けるわけではない。

だからその力の緩急のリズムを乱す。

 

少し荒っぽい方がラモーヌ嬢にとっては負担になる。無意識より意識させる方が、意識が逸れやすい。

 

 

そろそろ良いだろうか。やはり1600mでは時間が足りないか……もうスパートをかけるタイミングだ。

 

コーナーを抜けた最後の直線。ゴール位置までキッチリ400m平坦な直線だ。

 

最後のスパート。

 

スタミナと力でねじ伏せる。ルドルフさんのよくやる技。だけど違うのはその力の入れ方。勝ち負けって不思議なもので極端に言えばゴールを誰よりも早く抜けれればいい。それが頭一つ分でもなんでも……でも我の勝負はそんなんじゃない。

 

ラモーヌ嬢の横をすり抜けて前に出る。

 

 

(誰よりも早く……全力で……一緒に走りたい。それで勝ちたい)

 

横に並んだ。大気の壁が体を押さえつける感覚が、心地よかった。

だからスパートをかけたラモーヌ嬢を追い越して、独走に入る。荒い呼吸は我のものかラモーヌ嬢のものか。

 

トレーナーさんを通り越した時点で我はラモーヌさんを完全に追い抜いていた。

タイムはラモーヌさんが1分35秒の10、我は1分34秒の21だった。

(ああやっぱり……我はまだ終わりたくないんだ……まだこの感覚を我は味わいたいんだ)

 

 

模擬レースと言えども走った後のクールダウンは必須で、トレーナーさんのマッサージを受けた後はトレーニングは全て切り上げとなった。それはラモーヌさんも変わらない。

体操服から制服に着替えつつも、気がつけばラモーヌさんは我の側に来ていた。

「トドロキ、良いかしら?」

 

アドバイスと言うものでも無いけれどとラモーヌさんは前置きしてから話し始めた。

 

そばで見ていてわかったことがあるの。

「……彼の方、トレーナーさんは言いづらいでしょうけれど…感情の起伏が抑えきれていないわね」

 

「それは……」

我の走り方…戦い方は感情を抑えて極限までレースを解析する。その中で最適解を類い寄せる。つまりラモーヌさんが言いたいのはきっと……

「クラシック期のレースと見比べてみなさい。随分と表に出ているわ」

今までの貴女ならそんなことはなかったはずよ。常に冷静に、周囲を見て使えるものはとことん使う。貴女はそう言う走りをしていた。周囲に絶望を振り撒く魔王ね、だからこそ私も面白いと思えたのよ。言うなればアイデンティティ。

 

 

「……我のアイデンティティ……」

薄々分かってはいた。走りのキレが無くなった。簡単に、一般的に言えばそう言うことなのだ。

ピークを過ぎている。個人差にもよるがピークを過ぎても多少は実力は横ばいになる期間がある。我はおそらくもう下がり始めているのだろう。

「まあ、私はその方が面白いけれどね」

そう付け加えたラモーヌさんは、けれど何か物足りなさそうな顔をしていた。

練習をしても戻らない。衰えといえばそれまで。

だけれどそれらを全てひっくるめて、我は走るしかない。決めた最後の目標までの最適化。

だとすればこの変化も受け入れて走り方を変えていく。

「……ラモーヌ嬢、今度は我の模擬レース、暦が日を跨ぐ頃に」

 

「1週間後ね、わかったわ」

 

ルドルフさんもピークが来ているのかな……デビューが同じだしそろそろ来ていてもおかしくはないはず、でも最近になって、合田トレーナーさんになってから走り方も振る舞い方も変わっていった。もしかしてあれは我と同じで変化を迫られていたと言うのもあるのだろうか。

だとしたらルドルフさんのピークって結構前に来ていたんじゃ……

ああこれはますますこんなところで躓いていられなくなった。

 

「せめて悔いだけは残したくないなあ……」

 

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