白毛のウマ娘と言うのは絶対数から言っても珍しい。その中でG1を勝利し一線で活躍していたウマ娘となれば世界的にも指折りで数えられるくらいしかいない。
特にトウショウトドロキは白毛の中で言えば世界一の戦績を持っていると言える。
そんな彼女であったが、その表情は晴れていなかった。
天皇賞(春)、宝塚記念と二連勝を飾ったトドロキを世間は完全復活としてたたえた。だがトドロキ自身はもうピークを過ぎ速さも衰える方に向かっているのを感じていた。
終わりに向かう焦燥感なのだろうと思っているがそれでも感じてしまうものは感じてしまうのだった。
「なんとか誤魔化しが効いたが、おそらく次の秋天は対策されるだろうな」
流石に何度も繰り返せば対策もされる。そうでなくてもルドルフのような規格外相手では一回見せただけで対策される。それはトウショウトドロキも分かっていた。
「契約者よ。宿敵が知将なのは元からであろう?」
「そうだな。だがこれから先はサシでの勝負になるぞ」
好きに走らせるということはその分手札は減ってしまう。好きな走り方と言うのは一つか二つしかないしトドロキの場合あの一種類しかないそうだ。であればその走り方で勝つしかない。力でゴリ押しするしかないのだ。
その力も次のレースまで維持できるかどうかが焦点だった。
「……なあトドロキ。現役を退いたら何か目標はあるのか?」
現役が長くないからなのだろう。沖野トレーナーはふとトドロキにそのことを聞いた。前から聞いておきたいと思いつつなんだかんだとタイミングを逃し続けた質問だった。
「我は…契約者になりたい」
それはいつしか心に芽生えていたある種の憧れ。二人三脚でここまで連れてきてくれた沖野トレーナーやタケホープへの憧れでもあった。
「トレーナーになるってことか。……良い夢だ。本気でトレーナーを目指したらすぐに俺たちのライバルになっちまうな」
それは沖野トレーナーの偽りない思いだった。トウショウトドロキはその言動さえ変人枠に入るが考え方は非常にロジカルでありトレーナーに求められる知将としての役割は十二分に応えられる。
その上ウマ娘であるからウマ娘同士でのコミュケーションや体験も十分活かせる。
「険しい道になるだろうが勉強面でのバックアップは任せろ。まあ今はレースに全力で挑むんだな」
天皇賞(秋)は春と違い距離2000mの短距離戦となる。現状のトドロキの脚を考えればなるべく長距離を走らせるのは良くないと判断した沖野トレーナーのレースプランでもあった。
だがトドロキは長距離対策を行った代わりに短距離の適性を失っている。しばらくは短距離の適性を取り戻すトレーニングが主体だった。
「そんなすぐに距離適性なんて戻せるの?」
トレーニングメニューの細部を決めていたタケホープにとっても頭に疑問符が沸いていた。距離適性は簡単にコロコロ変えられるものではない。
「無理だな。短距離から長距離はともかく長距離から短距離は不可能だ。筋肉の性質の不可逆性の話になるがな」
生物学の書籍を幾つか無造作な山の中から引き出しては沖野トレーナーは答えた。
「だとしたら秋天は難しいんじゃない?」
距離2000mはウマ娘で言えば短距離の部類だ。1800m程ではないが適性が薄いトドロキが力を最大限に発揮するには短い。その点についても沖野トレーナーは心配していなかった。いくらピークが過ぎてもトドロキのフィジカルは健在だからだ。
「あいつなら感覚を取り戻させるだけで化けるさ」
「確かに感覚を掴めるだけでも十分違う。けど無理をさせると保たないよ」
そう言いながらもトレーナーの考えを読んでトドロキのトレーニングプランを仕立て上げるタケホープはある意味沖野トレーナーの1番の理解者でもあった。
「そこはお前さんの匙加減もある。まあ本当にやばい時は俺もフォロー入れるから気にするな」
「けど天皇賞かあ……」
同じ名前でも春と秋でこうも性格が違うと困る。タケホープは1人つぶやいた。それもそのはず秋の天皇賞は中距離王者決定戦としての異名を持っている。
東京競馬場の芝コース、2000mを使用するためだが中距離にしてはやや短いという短距離寄りな中距離と言う特性もある。
スタート位置は第1コーナーの奥に設けられた「ポケット地点」と呼ばれる場所から始まる。スタートから120mほどで第2コーナーにかかりそこからの向正面にかけての700mは落差2mの緩やかな下り勾配となる。
約1.5mの急な上り坂を超え、第3コーナーに入り、カーブを回りながら約1.8m下る。下り勾配のコーナーと言う最も危険度が高い場所の一つでもある。速度が出やすい状態でコーナーをこなさないといけないため両立には相当なテクニックを要するのだ。
逆に第4コーナーからは上り勾配に転じ、直線に入る。ゴールまでの直線は約525m。URAのレース場では2番目に長い直線距離を持っている。そんな直線の中ほどにも高さ2mの長い上り坂があり、坂を登り切ったあともゴールまで約250mの平坦路がある。
スタートから最初のカーブまでが短く速度が乗り切らないうちにカーブに入るためか序盤はスローペースになりやすい。そのため序盤から前へ行きたい逃げや先行のウマ娘が外側の枠に入った場合、スタートからすぐに先行できなければ、カーブで大きく外を回ることになり、距離を余計に走ることになる。コース距離も合間ってスタート直後の先行争いが焦点となる。
「今回もトドロキは先行をやるだろうからやっぱり最初の勝負で前に出れるように対策するしかないかな」
「どのゲートからスタートしても前を抑えられる程度にはしないといけないな。まあそのあたりはトドロキは得意分野だろう」
実際トドロキがゲートに失敗したこともましてや位置争いで負けたこともない。
それでも念には念を入れておくのだった。
「後は警戒対象だが……」
「私ならミホシンザン、サクラユタカオー、ギャロップダイナの3人」
「シンボリルドルフはしないのか?」
「ルドルフは見た感じトドロキと同じで、それ以上に下が無いんだ。特に長距離用に調整もしているだろうから、この2000mではトドロキ以上に難しいはずだよ。400m長ければ違ったんだろうけれどね」
実際1800m、2000m級レースは何度か走っているルドルフだったがその成績は実はパッとしない。普段のルドルフのイメージからは想像できない。
それでも不動のライバルなのだから警戒はする。だがそれ以上に警戒しなければならないのがタケホープに取ってはこの3人だった。
直近で近い距離を走った成績からの判断だ。特にミホシンザンは中山レース場の2000mでコースレコードタイを出している。
「それと……」
「確かにこれはイレギュラーだな」
参加表明をしているウマ娘の名前の中に存在感が薄くそっと添えられているような印象がある名前。しかし知る人が見れば警戒度は一段も二段も跳ね上がる。
「スズマッハ…」
当初1年以上かかると言われていた怪我だったが、彼女の持つ驚異的な回復力によって半年でトレーニングに復帰。そしてトウショウトドロキ、シンボリルドルフに対抗できるダークホースとして天皇賞に殴り込みをかけてきたのだ。
「オールカマーでしっかり勝ってきてやがる」
秋の天皇賞へのステップレースとも言われ地方ウマ娘に天皇賞への優先出走の権利が与えられるサンケイ賞オールカマー。
そこに参加したスズマッハはタイム2分01秒。相当早いタイムだった。後方も三バ身突き放している。
「完全に復活してるね…こりゃ荒れるぞ」
「秋の府中には魔物が潜む……混沌としてきたね」