名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘と天皇賞(秋)

流石の10月ともなれば中山レース場に吹く風も涼しいものになる。

残暑が厳しい東京でも半袖では厳しくなる。

 

そう言う季節だからか、ウマ娘に取っては走るのに最も適した季節と言える。

けれど思い出すのはイスパーン賞。あの時の興奮と頭が冷静になる感覚が再び頭を支配する。

 いけないいけない。レース前に熱くなってしまっては勝負所を逃す。冷静になるんだ。今の私はあの時のような一度きりのレースは出来ない。やったら今度こそ確実に走れなくなる。

 

私がパドックに行くのはかなり後ろの順番になる。他の出走者に目を向けると、何人かは緊張と共に悲壮感が漂っている。きっとトドロキやルドルフがいるからだろう。けれど視線が下を向くことはなく、絶望という感情は誰からも見受けられなかった。

私の番が来た。快晴の青空の下…パドックに集まる人たちは何かメモをしたり私を見ていろんな表情でいろんなことを話していた。私はどんな顔をしているのだろうか?私の最大の目標、トウショウトドロキとはまだ会えていない。意図的に会うのを、話すのを避けていたから。

けれどパドックを降りてコースに向かおうとすれば確実に顔を合わせることになる。

 

コースに出ると観客の歓声が沸いていた。けれどその歓声すらどこか遠くの他人事のように感じる。いつもと変わらない。でもそれが嬉しく感じる。

この舞台を長い合間忘れていた。ふと前を通過した見慣れた勝負服のウマ娘が振り返った。

「久しいな!ほんとうに……」

白毛が陽の光を浴びて煌めいていた。去年よりどこか小さく見える。私が大きくなったのだろうか?

「や、久しぶりだね。……ただいま」

 

「おかえりはレース終わりまで取っておく」

相変わらず格好つけたがりで、何も変わっていないんだなって安心した。

 

「出走者はゲートに入ってください」

ゲートインだ。入ってしまうとゲートの中は静かだ。けれど個室と言うわけでもない。

私はゲートの真ん中あたり。7番でのスタートになる。良いのか悪いのかで言うとよくわからない位置だ。外側にならなかっただけ良かったと思うべきだろうか。

しかし長い。こんなに長かっただろうか?

こうも長いとどうやって走ろうとか誰と最初は競り合うのだろうとかそういった事が頭を過ぎる。

 

でも確実にその時は来る。

モーターの音が一瞬だけ響いてゲートが開いた。

 

歓声、怒号、自分自身の音も全て脚が地面を蹴り飛ばす音に掻き消される。

やはりと言うべきか真っ先に先頭に出たのはトウショウトドロキだった。でもそれを追い越して先頭にミホシンザンとギャロップダイナが躍り出た。

明らかにハイペース。それでもトドロキを前に出したくなかったのだろう。宝塚記念の走りを見ていればその考えは間違っていない。だけれどその影響は全体に波及した。3人がハイペースになったことでそのペースに合わせて先頭に行くもの、すぐコーナーにはいるからここはペースを落として後半戦に勝負を仕掛けるもの。

ハイペースになる前方集団とスローペースで脚を溜める後方集団に分かれた。

後方集団はルドルフを先頭にして私、背後に5人。16人立てのレースだから残り9人は前方集団になる。

 

この距離なら前方有利なのは間違いない。けれど……

トドロキと言うジョーカーのせいで前方は危険だった。案の定前方は荒れていた。

人数が多いことに加えトドロキを中心としたバ群を形成してしまっていた事で良いようにトドロキに弄ばれていた。本人たちの無意識のうちに潜り込むように、確実に足をすり減らされていく。

一瞬だけどトドロキの体から影が立ち昇ったように見えた。幻覚だとわかっていても警戒してしまう。

後方からはそれがよく見えた。最もその後方も安心はできない。シンボリルドルフの発するプレッシャーで、こちらも思うように走れない。左右からルドルフをかわそうとすれば後ろに目でもついているかのように的確に進路を塞いでくる。それも自分自身を使わず他のウマ娘を使うからタチが悪い。

 

 

 

 

特に真後ろにいる私にはとことん妨害が入る。だけど別に今の段階でルドルフを追い越そうとかする気はない。風除けにさせてもらう。

体力を保たせる。レースは相手がいるようでいない。自分との戦いの方が半分を占める。

コーナーが終わって直線に入った。ずっと続いていた緩い下りが唐突に上りに変わる。脚にかかる負担が一段と大きくなり全体がスローペースになる。

前方集団だけがハイペースを維持していた。あれは保たないな。何かに追われるように走る前方から二つの影が後退してきた。ハイペースを生み出した張本人のトドロキとミホシンザンだ。

 

ゆっくりと、まるでついて行けませんと言う雰囲気出しているがその表情は真剣そのもの。計ったななんて声が後で聞こえてきそうだ。ミホシンザンの方はトドロキの後退に巻き込まれる形だったのだろう。すぐに前方のルドルフの影に隠れてしまいその姿は見えなくなる。足音ではルドルフの右前方にいるらしい。ルドルフにとっては少し邪魔だし大外を捲りたかった私にとっても邪魔だ。

先頭が上りを終えた。1秒足らずで私の脚が一瞬浮いたような感じがする。時速60km近い速度で上り勾配が下に変わるポイントを通過したのだ。人程度の体重では気をつけないと飛んでいってしまいそうになる。その浮遊感のようなものが脚に錘をつけたかのように減速を促す。

勝負はコーナーを抜けた直後から。でもここで最後尾がスパートをかけた。

一気に大外に膨れ上がって駆け抜けていく。

でも確かあの子は短距離がメインに走っている子だ。そこからのスパートでは到底耐えきれない。

 

そんなウマ娘に釣られて後方集団が加速した。ルドルフが意図的に脚を早めたからだ。私もそれに続く。それでもスパートでは無い。まだ脚は溜める。前方と後方が混ざり合い、一つのバ群になる。ルドルフもトドロキも私もそのバ群の真ん中に入ってしまう。このままではスパートで位置取りが出来ない。一瞬焦りが生まれる。

 

 

でも落ち着かせる。無理やりにでも心を落ち着かせる。ルドルフの真後ろなら必ずこの囲いから抜け出せる。その算段があるからトドロキもルドルフもここにあえているのだろう。集団の中は意外と空気抵抗がないから多少速度があがっていても走りやすい。

もしかしてそれが狙い? きっとそうなのだろう。

 

ペースを支配し続ける2人、逆にこの2人の意表をつければ勝ち筋は見えてくる。

コーナーが間も無く終わる。左足にかけていた荷重を少しづつ中心に戻していく。バ群全体がコーナー出口で膨らんだ。

 

トドロキの姿が一瞬で消えた。

(あれ?)

ルドルフが加速した。それもコーナーに沿って一気にバ群から抜け出た。

バ群が加速にために外側に少し膨れた所を逆に2人は内側に潜り込む形でガラ空きになったコーナー内側のスペースに入ったのだ。

想定していなかったけれど、でもグリップは効く。少し内側にもう一度体を倒して、ルドルフに追従。スパートをかけた。地面を蹴る力をさらにこめる。世界が引き伸ばされる。視界が前に伸びていく。

ルドルフと並んだ。前方はクリア。トドロキは左側半バ身。

 

直線で上りが終わる。平坦に戻って再び速度が上がる。並んだ状態だったルドルフが前に出た。視界端に緑色の軍服が見える。

こちらの脚はもうこれ以上早くできない。これ以上は壊れてしまう。それなのに……前に出たかがる。こんなところで妥協したく無い。勝ちたい気分が表に出ようとする。

(まだ加速するの?)

いやだ。負けたくない。置いていかないで、私は、私は……

 

 

 

音速を超える時に必ず発生するソニックブーム、その空気の衝撃波が戦闘争いをする2人の耳に聞こえた。

背後から加速する足音がする。スズマッハの周囲を空気が白く飛行機雲のように伸びていく幻覚が見えた。

それを掻き消すようにルドルフがスズマッハに並んだ。

 

ゴールまでの距離は200mを切る。トウショウトドロキと2人の距離が縮んでいく。だが、沖野トレーナーはこれを読んでいた。トドロキもレース後半からこうなることは分かっていた。

「我は……我は‼︎」

トドロキが再度加速した。スパートで加速し切った体がさらに前に飛び出る。距離を縮ませていた2人が再び後ろに下がった。

トドロキは瞬発力がデビュー時より落ちている代わりにスタミナがある。

そのスタミナを最大限に活かすために沖野トレーナーはスパートを二段階に分けさせたのだった。

脚の耐久を大きくすり減らす走りで、引退時期を決めていないのであれば絶対に許可できない方法だった。

本来ならトドロキもこれは使いたくなかった。だけれど持てる全てを使って勝負をすることに決めたのだった。ウマ娘と言うのはそう言うものだ。どうしようもなく最後まで競り合い続ける。

 

ルドルフは逆にここをロングスパートに当てたが、スズマッハが真後ろで余計に足音を立てて違和感を与えていたため僅かながら脚のリズムが崩れていた。それがここにきて最高速度の到達点の遅れとなって現れていた。

トウショウトドロキと並んでいればルドルフは勝てたかもしれないが、それはたらればになってしまった。

対策も! 領域も!」

「押し潰す! 私の力で!」

「それでこそ、それでこそ私のライバルだ!」

先頭でゴールに飛び込んだのはトドロキ、半バ身を追う形でルドルフ、スズマッハとゴールラインを超えて行った。

 

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