名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘と2度目のレース

 

ウィニングライブを終えたトドロキを待っていたのはいくつもの報道陣のカメラとマイクだった。

沢山の目線に慣れていないトドロキは、足早にその場を後にするしかなかった。それでも少しは愛想を良くしようと思っていたのかカメラに露骨に不機嫌な顔を写すのだけは避けていた。

それでもいつかはトドロキも発表しなければならない。トゥインクルシリーズはジャパンカップと有マ記念で最後にすること。ルドルフにも言わなければならない。でもそれは今では無い。そんな気がした。

少しだけ静かになったレース場の廊下を歩きながら、段々と冷静になる頭から引退の文字が出てきた。

我が走るのをやめたら、どうなるのだろう?

そんなことばかり考えていると良い時間になっていた。沖野トレーナーと合流しないと行けないと思っていると廊下に2人の影が見えた。レースはとっくに終わっていると言うのに、とっくにインタビューも終わっていたと言うのにレース場の廊下には2人が立っていた。

 

「トドロキ、いい勝負だったよ」

「盟友、それと音速の覇者」

 

トウショウトドロキの言葉にスズマッハの疑問が飛ぶ。

「あれ?私の渾名変わった?」

 

「音速の覇者か…いい響きだな」

 

「ええ……?」

ルドルフの感性もどうやら影響されているらしい。

「結局負けてるけどね。悔しいなあ……」

そう言いつつもスズマッハも照れていた。それでも内心では悔しさが滲んでいた。

「その悔しさを次にと思うが、残念だが次は私が勝つ」

 

「聞き捨てならないわ。私が貴女達に勝つ」

 

「我はいつでも魔王城で待つ!いつでも相手になるぞ」

そう言って別れたトドロキだったが、その後になって気がついた。そう言えば引退ちゃんと伝えていなかったと。

(あ、我は後2戦で引退)

 

だがシンボリルドルフはトレーナー同士の会話で引退時期については目星がついていた。同時に自分の衰えもある。

スズマッハは怪我の事もあり脚の寿命がだいぶ削られている。それゆえに長くは走れない。

3人ともそれぞれの理由で今年を目安にしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

天皇賞の興奮と栄光も足早にトウショウトドロキはトレーニングに戻っていた。天皇賞からジャパンカップまではほぼ一ヶ月しか無い。だがトウショウトドロキは体力面での調整はもう効かない。その為与えられた時間の中でそのほとんどは走り方の矯正や負担の少ない走り方、位置取りなどに当てていた。

 

それでもトドロキの脚は確実に疲弊していっていた。その兆候に真っ先に気がついたのはタケホープだった。

メジロラモーヌとの並走を終えてクールダウンを行ったトドロキの脚はなぜか熱を保ったままだった。マッサージで触れるまでもなく、冬の冷えた外気に白い湯気が足から出ていれば誰でも熱を持っているとわかる。そこまでの熱がクールダウンをしても残っているにであればそれは由々しい自体だった。最悪の場合筋肉の炎症がひどいと言う可能性もある。

 

 

沖野トレーナーも確認を済ませた上でタケホープは彼と2人きりでチームルームで相談することにした。

「ジャパンカップまであまり時間がないけど大丈夫?」

ここで故障となったら彼女の競技者としての人生はほぼ終わりになる。そのプレッシャーが2人にはのしかかっていた。

当然沖野トレーナーはそのプレッシャーを浴び続けてきたベテランだった。故に落ち着いて判断を下す。

「脚が熱を持っているだけだ。今の本人に違和感が無いなら大丈夫だ。念の為に三日間は様子を見る」

骨に異常はない。筋肉も腫れている様子や健に異常が出ている様子は感じ取れなかった。勿論より詳しい検査をすることも出来るがこの時期病院はどこも予約が難しい。G1ウマ娘といえど順番割り込みは不可能だ。

 

「前よりも回復力が目に見えて劣ってきているな」

 

「やっぱりピークを過ぎているから」

体が成長傾向にある状態なら成長という回復増進が出来ていたが既に体力の成長はない。ここからは緩やかにウマ娘としての体は衰えに入る。

故に今まで問題なかったところに負担が余計にかかるのだ。

「これからは逐一様子を見たり一層ケアを重視しないとな。最悪ジャパンカップで引退ってのも視野に入れる必要があるな」

なるべくトドロキの願いを叶えてあげたい2人だったが体を壊しては元も子もない。

「トドロキには伝える?」

 

「いや、ここで伝えるのは悪影響だ。それにあいつなら体が本当にやばくなったら自分でストップさせる。無謀に足を踏み込むタイプじゃ無いだろう」

それは信頼の現れと同時にある種の爆弾でもあった。

だけれどトドロキの体の事をよく知っているのはトウショウトドロキに違いなかった。そんな彼女は電気もつけず1人だけの寮部屋で1人脚をほぐしていた。

「まだ、まだ我は……私は走れる…走れるからっ」

 

 

それはトウショウトドロキだけではなかった。スズマッハもまた、トドロキがジャパンカップに出走すると言う情報を聞いてそこに勝負を仕掛けるつもりでいた。だが怪我した後の骨は骨折癖が出来やすい。その上脚の熱が引かなかった。そのためジャパンカップを見送り有マ記念一本に絞る事になった。

 

そんな中で唯一ルドルフだけは順調にジャパンカップへの調整を済ませていた。

 

 

東京レース場芝2400m。

トウショウトドロキにとっては2回目のレース。だけれどその頃よりも色々と変わっていた。しかしレースは何一つ変わらない。

前回のトウショウトドロキのタイムは2分25秒。そのタイムよりも早くなっている自信を沖野トレーナーは持ちきれていなかった。

あの時より確かに体力も心理面も向上しているが、それ以上に脚を引っ張りかねないのが体の耐久力だった。

「なんとかケアでどうにか調整できたが……」

パドックで心配な視線を隠せないでいたものの、本人の前では流石に隠す。結局最後にものを言うのは精神力だ。

「ジャパンカップは一度走っているから彼女なら大丈夫だよ」

逆にタケホープも同席しているメジロラモーヌも心配はしていなかった。それは盲目的に彼女を信頼しているからでは無い。

「ええ、それに私も並走したのですわ。大丈夫出なければつまらないわ」

 

ウマ娘のことはウマ娘が1番詳しい。そして本人達が意識していなくても無意識のうちに細かい体の動かし方などを見て好調かどうかを見極める事ができる。

言葉にできなくても今のトドロキが好調なのは分かっていたのだった。

 

「お前らが言うんなら大丈夫なんだろうな」

「ルドルフも、ずいぶん仕上がっているね」

そしてルドルフの後にパドックにやってきたのはイギリスから参戦のエルグランセニョール、そしてチーフシンガー。

その2人の名前を聞いた沖野トレーナーとタケホープは息を呑んだ。分かっていたとは言っても実際に見ることで分かることもある。恐ろしく仕上がっている特にエルグランセニョールは故障していたとは思えないほどの仕上がりだった。

「すごいな……」

 

「現役時代なら流石に戦うのは躊躇しちゃうなあ」

 

「あら?面白そうじゃないの。ティアラに来てくれないかしら……」

 

「やめとけ、ティアラがぺんぺん草も生えなくなる」

 

そんな注目を浴びてしまっているエルグランセニョールとチーフシンガーは、出走者の大半からはかつてイギリスを蹂躙した相手へのリベンジに来たのだと思われていた。だがなんのことはなくただ単純にトウショウトドロキとの約束を果たしにきただけだった。

それでもトドロキを狙っていることに変わりはない。

2回目のジャパンカップが始まる。

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