名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘と2度目の決着

海外のウマ娘が半分以上をしめる国際交流レースでもあるジャパンカップ。その評価はトウショウトドロキが海外で暴れたことで上昇傾向にあった。

トドロキと対等に戦うウマ娘がひしめいている。それだけで強い者が戦いにいくだけの理由になる。

結果としてジャパンカップのレベルは急激な上昇を起こしていた。

前までは二流、三流のウマ娘が箔付で出走するなんてのも珍しくなかったレースの恐ろしい変貌だった。

 

「懐かしい舞台ね。あの時とほとんど変わりませんわ」

 

「わたしは初めてだ。約束を果たすためとはいえ少し無謀だったか?」

あくまでもグランエルセニョールにとっては完全にアウェイな上走ったこともない異国のレース場だ。だからジャパンカップ出走経験があるチーフシンガーを連れてきたのだ。

「無謀と言うほどではありませんが、やはり病み上がりにジャパンカップは難しいのでは?」

純粋な心配は、しかし彼女には届かなかった。

「だがここを逃せばもう彼女と合間見えることは不可能だ」

確信があったわけでは無いがトウショウトドロキと現役で戦えるのはこれが最後のような気がしていたのだった。日本語で言えば虫の知らせ、six senseと言うものなのかもしれない。

「そうね。なら存分に楽しみましょう。でもトドロキの顔を見に行かなくてよろしいの?」

 

「構わない。わたしが出走するのは知っているはずだ。わざわざ顔を合わせる必要はない。顔を合わせるのはレースの最中と決めているんだ」

そんな彼女たちの想いも思惑も全て飲み込んでレースという巨大な舞台は幕を開ける。

その結果がどうなるのかは全くわからなかった。

 

 

 

不思議とレース前はいつも心拍数が下がっていく。スタート直後に血の流れが緩やかになって頭が冴えていく。どのタイミングで駆け出せば良いか。それを迷ったことはない。

このレースはグランエルセニョールにチーフシンガーも出走する。でもあの2人と会うことは出来なかった。でも構わない、きっとレースが終わればまた会える。会った時に恥ずかしく無いように我は走るだけだ。

 

パドックでの他の共演者達の様子は、契約者曰く全員よく仕上がっている。

我にとってはいつもの事だった。調子の悪い共演者がいても変わりはしない。

ゲートインから勝負は既に始まっている。さあ勝負が始まる。最後の世界レース。我を、見るが良い!

ゲートの中でも吐く息が白くなる。凍てつく寒さのはずだけれどそれがかえって涼しく丁度いい。

 

 

 

 

 

 

 目の前が明るくなった。同時に体がゲートから飛び出した。

左右に2人づつ、だけど先行争いにしては加速が緩い。これなら先頭を走れるかなと思ったけれど、背後から追い越していく影が前に飛び出た。

チーフシンガーさんだ。

ラビット……じゃなくて先頭抑え込み。無理に追い越そうとするのはスタミナを消耗してしまうからこうなってしまったら後ろにつくしかないけれど、ペースはスローだ。

こうなると全体的に最後のスパートが高速化しやすい。

なら後ろを牽制しないといけない。

背後は我の後ろ半バ身の位置にバ群が出来上がっていた。

ルドルフさんとグランエルセニョールさんは…バ群を回避して後方にいる。干渉は難しい。ならバ群を利用する。ちょっとだけ後ろに下がりつつ、脚音を強くする。

必要以上に脚音が大きく聞こえると、加速するような錯覚に襲われる。スローペースのバ群のペースをあげさせる。

案の定350m時点で我とチーフシンガーはバ群に飲み込まれた。全体的に緩やかな登りになっているのもあるけれど、先頭の入れ替わりが激しくなり先頭でペースを取る存在がなくなる。となれば速度の調整はバ群先頭に委ねられるがその先頭が安定しないから混沌としたレースになる。再び強く足を踏み込んで少しだけ前に出ようとする。

 

遅れている、前に行かなきゃと数人が勘違いしレースペースがあがっていく。

上りでそんなリズムがあがってしまったらスタミナの消耗は激しいはずだ。それでも周囲の流れにはなかなか逆らえないのだろう。

我は流されないように少しづつバ群外側に向かっていく。

流石に誰かが気付いたのか減速が始まった。でも消耗が響いているのは確実だ。

問題は、我を抑えるように前に居続けるチーフシンガーと最後尾にいる2人。一瞬後ろを振り返る。

バ群を眺めつつ我を見つめていた。ルドルフさんもエルグランセニョールさんも、自らの道を走っている。干渉が難しい。でもあの2人とはサシで勝負したい。だからこのままだ。スパートのタイミングさえ間違えなければいける。

 

 

直線後半に待ち構える坂に差し掛かった。負荷の強い走りを繰り返していたバ群が露骨に減速した。この坂は減速して最後の上りとスパートのためにスタミナを温存するのがセオリーだからだ。けれどここでルドルフさんとエルグランセニョールが距離を詰めた。

バ群からの咄嗟に離れた。背後のルドルフさん達が近づいてきたことに気づいた全体が一瞬だけ掛かって加速しかけた。

ペースが上がりかけて、坂という重しが足をひっぱり、全員が急減速した。

チーフシンガーだけが加速をしなかったからそれに気がついて全体が落ち着きを取り戻すが、既に手遅れだったらしい。反動でバ群全体が後退してチーフシンガーが前に飛び出る。それに合わせて今度はルドルフさんが後退した。最後尾につく。

まるで間違えちゃったと言うような動きに全体のペースがさらに落ちた。ローペースからハイペースになったりローペースに戻ったりと忙しなく翻弄され続ける。相当脚に負担がかかったはずだ。

流石にここで加速するのは自爆行為だと知ってはいるのだろうけれど集団心理では真逆に自体になってもついていってしまうことがある。脳に酸素が足りない状態では尚更だ。

上り坂が終わって緩い下で左コーナーが始まる。バ群よりも内側にルドルフさんとエルグランセニョールが入った。

外側にいる我からは姿が見えなくなる。音も紛れてわからない。

順位的には我は4番手付近だろうか。思いっきりバ群から外に膨れて大外を回る。

 

少し脚を早めても、外側を走るからか大して順位はあがっていないようだった。

だが勝負はまだ早い。コーナーを超えてから。スパートをかけつつ坂に突入する。

 

コーナー出口が迫ってきた。

まだ、まだ我慢。まだ……

体に傾きが戻って直進に入った。同時に地面を蹴り上げる。走法を僅かにスライド双方にしつつ足の回転もあげていく。同時に坂が脚を後ろに引っ張る。重力に引かれて思うような加速ができない。それでも突き抜ける!

隣にはエルグランセニョール、額の汗が日差しに煌めいて目線に灯る熱意を強調していた。その後ろにルドルフさん。我の後ろには別の足音。チーフシンガーさんだ。

 

坂が終わった。重力の楔が引きちぎれる。体が文字通り前に吹っ飛ぶ。

それは向こうも同じで、エルグランセニョールとルドルフさんが我より少し前に飛び出ていた。チーフシンガーさんも隣に並んできた。

4人が並んだ。ここからは純粋な力比べになった。負けたくない気持ちはみんな一緒。冷たい風が体を冷やし、前に行くのを押し留めようとしてくる。息が荒い、心臓が痛いほど高なって肺活量の限界を超えて空気を吸い込もうとするから肺も痛い。

それでも前に突き進む。勝ちたい。感情が体を支配する。速度を上げるために歩幅を開く。スライド走法で速度をさらにあげる。前に出ていたルドルフさんとエルグランセニョールの姿が一瞬見えなくなる。後50m、最後のスパート。

 

姿はもう見えない。見えるのは前だけ。ゴールが近づいてくる。息遣いと足音が重なる。見えなくても隣にいるのはわかる。この感覚が、この世界が我のいるべき場所。ああ、楽しいなあ……

 

ゴールを駆け抜けた時我の前には誰もいなかった。

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