名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘は警戒される裏1

誰にも負けない走りを得る為に、人は何を生贄として捧げるのだろう。

等価交換、或いは悪魔との契約。何かを得る為には同等の何かを犠牲にしなければならない。

それであれば今G1で活躍している彼女たちはどれほどの犠牲を払ったのか。

 

そしてルドルフさんはあの強さを手に入れるまでにどれほどの代償を払ったのか。

 

我はどれほどの代償をこれから払うのか?

 

その代償を払ったとして結果がついてくるとは限らない。それでも我は……何を代償にして強さを得れば良いのだろうかな

 

おっといけない、思考のノイズを振り払ってトレーニングに意識を戻す。

 

 

 

 

 

 直射日光が肌を焼く。それでも昼間よりかはマシになったものの西日が目を直撃するから眩しい。

最もそれ以上に心肺が悲鳴をあげ、脚は酷使されて棒になる寸前だった。

 

「あと一本で今日はやめだ!戻ったら脚のマッサージと診断するからな!」

 

既に声も出せない状態になっていたから片手を挙げて返答する。

 

 人は限界まで追い込まれると自然と感覚が切り替わる。

自分自身の体の状況を冷静に観る事ができるようになる。あそこの筋肉が足りていないとか心肺機能が低いななどだ。だからそれが分かったらあとはそこを重点的にに鍛えれば良い。

 限界まできたらそこからが本番というわけだ。

無論ウマ娘の脚はガラスとも言えるほど繊細で脆いからトレーニングで過負荷を続ければ壊れてしまう。

何事も程々にしないと行けない。だからここまで追い込む筋トレも1週間に一回ほどだ。

 

 最後の坂路を往復し終えてトレーニングは終了した。

 額を流れる汗をどうにか拭い取りながら息を整える。やっぱり夏は暑い。体から出た熱が中々逃げず、体に溜まり続ける。

「契約者よ、なぜ我は避暑地でトレーニングをせんのだ」

 

「まだデビューしたばかりだろう。合宿で追い込みをするくらいのトレーニングが必要なのはG1戦線とか上位くらいだからな」

それまでは低酸素マスクをつけつつこうして筋トレをするかランニングでフォームを整えるかのどちらかだ。

模擬レースでレース勘を鍛えたりもしたいらしいが模擬レースを挑んでくれる相手は中々見つからないらしい。どうして……

どちらにしても屋内でのトレーニングが最近多かったからか反動と言わんばかりにトレーナーは外でのトレーニングをやらせてくる。

クソ暑い上に我はもう夏休みだぞ!なぜ他の生徒が遊びに行ったりしている中でこのようにトレーニングに励まなければ……いやまあレースに勝つためなんですけれどね。分かっている。レースに勝つ為にここまでやっているのだから。

「もうすぐお盆…あの世からの死者に混ざって灼熱地獄に落とされるのであれば我は地獄の鬼と合戦願う」

 

「ただの腹いせじゃねえか。マッサージと脚の確認に行くぞ」

腹いせとは失礼な!悪魔神を宿した我なら鬼との合戦くらいこなして見せようぞ!

 

 

 トレーニングと言えども脚を使うことに変わりはない。骨、筋肉、健。どれ一つをとっても壊れれば競技人生に大きく影響が出る。

だから初期症状を見つけるのは大事なことで、それが可能なのは今身近にいる人だとトレーナーくらいなものだった。

「熱はあるが触った感じは問題ない。そっちは異常はあるか?」

 

「全く問題ないぞ契約者」

とは言っても実のところ我の脚は矯正を軽くしている。生まれてからこのかた右回りの周回を多く走っていたせいで重心の乱れとそれによる脚の変形が少しだけ起こっていた。

それを治す為に現在かなり急ピッチでの矯正を行なっていた為トレーナーはかなり脚について気にしていた。

少なくとも痛みなどは起こっていない。それならば大丈夫だろう。

 

「問題がないならあとはシャワー浴びて今日は解散だ。明日はまたプールだったか?」

 

「灼熱は悪魔神が精神を破壊するというからな」

 それに今日の脚の負担を考えたら明日はプールにして負荷を軽減させた方が良いだろう。決して暑いからプールで涼みたいとかではない。断じてないぞ。

まて、契約者。に……睨まないで!

「プール入りすぎだ。あれは脚に負担がこない代わりに体全身の筋力の付きに左右する。余計なところの筋肉もつくからそこらへん頭の隅に入れておけよ」

 

「う……ワカッテマス」

 

ちなみに部屋は相変わらず1人部屋だった。虚しく開いた空の家具が虚しさを誘う。使っていないせいで埃が溜まり始めていた。片側半分だけが生活感のない無許の空間。うぐぐ、美浦寮の利用人数が奇数人ってどういうことだ。我はルームメイトと夜おしゃべりしたかったのにっ!

 

「どうしてひとりぼっち……やっぱり勝ってチヤホヤされるしか道はないのかなあ……」

 

 

 

 

 

 翌日、プールで体を程よく追い込みやや倦怠感が増した体をチームルームに引き込めば、沖野トレーナーはホワイトボードに次走についての情報を書いていた。

戻ってきた我に水を投げ渡しながらトレーナーは次走の説明を始めた。

「次走、きまったんだ……」

 

「おう、今のお前さんの状態を加味して決めた。まだ出走届は出していないから何か理由があるなら変更するが、どうする?」

 

 

 次走であるpreOP戦。

9月前半、学園の夏季長期休養期間こと夏休みが終わってすぐにあるレースだ。

 レース名称はアスター賞。しっかりと名前が入った歴としたレースだ。

メイクデビューか未勝利戦を勝ち上がって最初に行うレースとされているが、必ず全員がこのレースを出なければならないわけではない。上がり3ハロンのタイムやレースレコード、などで免除され次のOP戦に飛び級する事も可能だ。

 トレーナー曰く我は条件はクリアしているからOP戦でも良かったらしい。だがそうすると直近のOP戦は8月の暑い時期になる。調整期間が短い上にトレーナー曰く実戦経験の少なさによる弊害もあるからお勧めはしないそうだ。

「夏の暑い時期に走りたいなら良いが、暑いのダメだろ?」

 

「当たり前だ!我に似合うのは月夜の光だけだ!後ブルーライト」

 勿論暑い時が1番苦手なのは自覚しているので、理由を聞いてしまっては我の考えは大体決まってしまうようなものだった。

もちろんpreOP戦に出る。

焦っても仕方がないしかっこよく勝ちたいし……

(それにこいつはフィジカルは問題ない。心配なのは致命的なメンタルだからな)

 

「中山レース場はG1でも世話になる場所だ。コースの感覚を覚える為にも一回走ったほうがいいからな」

 

 皐月賞、スプリンターS、ホープフルS、そして有馬。

 G1だけでもその四つが行われる。特に年の瀬の有馬記念は知名度と人気ではジャパンカップを超える事もあるくらいだ。

「コースは、分かるか?」

 

「教科書で習った程度には……」

それでも義務教育の科目に押されてサラッとしか触れていなかった。

「じゃあ細かいところはまだか」

そう呟いて沖野トレーナーはホワイトボードにレース場の概略図を描き出した。

 

 中山レース場は競技用トラックのような綺麗な楕円を描いたコースとその楕円の片側が大きく外側に緩い三角形を描くように飛び出した外周コース。その外周の内側に斜めに二つの周回コースが追加された構造になっている。

アスター賞は外周を利用した1600mコースを使用する。

 

 スタート地点は1コーナー横のポケット。高低差5.3mの芝コースの最高地点からスタートする。その為2コーナーまで緩やかな下りとなる。

最初の2コーナーまでの距離が240mと短いため、余程の事がない限り外枠に入った馬はそのまま位置取りを行えずに2コーナーは外側を回らされる。スタート位置で既に有利不利が強く出る特徴があった。

 

 

「1600mはスタートからずっと下りだから逃げと先行と中盤から加速するロングスパートタイプが3コーナーまで勢いを保ったままもつれ合う展開になりやすい」

 

その為3コーナーとそのまま曲線率が違う為に区別されているだけで連続して続く4コーナーを抜けた最後の直線入り口でのポジションが大きく反映される。

ただし直線に入ってすぐは急坂が控えている為無理なペースで入れば減速は避けられない。

ただし坂があるとは言えゴール板までの直線区間は短い。

そう言ったコースだったと授業では言っていた。稀に大逃げをして坂を無理やり登って走り逃げるなんて曲芸をするウマ娘が出るらしいがそれは例外中の例外だそうだ。

 

「そんなところだ。ただ、preOP戦やメイクデビューではテンの入りのタイムは遅く出る。その代わり坂を登りきった直後の瞬発力勝負になることが多い。だがあのコースの攻略はむしろペースを保ったままのラップを刻むレースだ。だから基本は4コーナーの終わりの位置どりが重要になる」

 

魅せるレースで言えば序盤の加速と中盤のスローペース、そして終盤の瞬発加速の方が見栄えは良い。だけれど加減速が激しいレースは同時に体力の消耗が激しくスタミナ切れを起こしやすい。というか十中八九なるそうだ。

 

 だからこその一定の速度で走るようなレースメイクが最終的に強くなるレース場でもあった。

「我の場合はどうする?」

 

「そういやお前、スタートは上手いんだろ?そのまま先行位置か逃げに徹するなんてのはどうだ?」

思い付いたかのような提案。別の視点で見れば何かが掴めるのではないかという考えだった。だが、生憎我は先行と逃げには星座がそっぽを向いている。

「逃げは我が悪魔神には荷が重い。そもそも我は後ろからレースを見つつ仕掛けるポイントを選んでおるから先行も悪魔神の力を最大限には引き出せない」

 

そもそも一定のタイムで駆け抜けるレースなど我には無理だ。絶対加減速でフラフラすること間違いなし。

我自身は別に嫌がらせをしているわけではない。ただ、走りが不安定なだけだ。意識していないうちにいつのまにかそうなっている。だからこそ悪魔神(ドルバロム)なのだ。

「まあそれなら捲るしかないか。しかしほんと特徴的な走りだよなあお前さんは」

 

「褒めても悪魔神の力しか出てこないぞ」

 

「その力はレースに使え」

 

「無論そのつもりだ。我が闘争心は止められないのだ!フハハハ‼︎」

でもついでだから友達も欲しい。一緒にトレーニングしてくれる子探そうかな……

プールだって私が来るとレーン一つ勝手に開けてくれるけど……別に開けなくて良いしなんなら一緒に泳ぎたい。トレーニングの邪魔とかじゃないから……

 

言ってて虚しくなってくる。や、やめだやめだ!こんなこと考えても仕方がない!

それにもうすぐお盆だ。地元に戻れば誰か1人くらい……居ないや。

ふへ…ふへへ、そうだった。地元の子達は私と走りたがらないんだった。

 

「……お盆帰るのやめようかな……」

 

「お?なら学園に残るのか?」

お盆を学園で消費するのもそれはそれで虚しい気がするが、学園で生活するための仕送りと、メイクデビューの勝利した賞金だけでは実家帰省ならともかく旅行などという贅沢はまだ出来ないままだ。そもそもメイクデビューの賞金だって殆どは我のトレーニンググッズやチームとしての消耗品に消えているのが現状だった。

ならば金のかからない旅行に行けばよいか……

「旅に出る。探さないでくれ……」

我とはなんなのか。それを探しに行くか。それも悪くはない。

「放浪癖とか洒落にならねえよ‼︎前にチームにいたやつがそうだったけどよ‼︎」

 

 

 

 

暑い残暑は9月になっても変わらないままであった。地球温暖化を恨めしく思いながらも9月に入ったからと言って急に涼しくなるわけがないとトレーナーに言われてしまったら言い返せなかった。悪魔神も天候を左右することは出来ない。

カラッとした晴れ渡る空の下。乾いた良場の芝はどこを通っても一見大丈夫そうに見えた。

パドックでのお披露目は走者の姿はトレーナーしか見ることは出来ない。だから警戒相手はどうするかなどの情報はトレーナーに任せる事になる。

preOP戦からは少なくとも我よりは皆場慣れしている。下手な動きをしてもラインを塞がれたりして前に出れなくなる可能性が高い。

 

少し緊張気味に待っていると、トレーナーが戻ってきた。

「契約者よ。どうであったか?」

彼の顔に心配そうな表情は見られない。

「少なくともお前さんが心配する事はない。正々堂々ぶっちぎってくれば良いさ」

つまり我が道に盾突くライバルは居ないということか。それは嬉しいような張り合いたいという欲求が不満を訴える。それでも油断するつもりは毛頭なかった。

「ならば天運を味方につけて闘争をひたすらに楽しむとしよう」

 

間も無くレースが始まる。ゼッケン番号6番。やや外側の方だ。既にレースが始まる前から、不利と言われている方に近い。だがこればかりはもう仕方がない。不利な条件で勝ってこそ強さとかっこよさが出るもの……そうだと思う。

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